狂気の花 その2
「な……なんつー大きさだ! 『ザ・サード・フリート』並み……いや、下手したらそれ以上か……!?」
「自分の拠点までも破壊するとは……完全に狂っている……」
機械花の目玉が、イブリスたちへ視線を向けた。
「さあ、『T.M.F』……私とサラちゃんを引き離そうとする害虫を駆除するわよ」
「来ます」
フロワと『T.M.F』が同時に動いた。
「っ! わ、私か!」
六本の鉤爪のうち一本がセルテに向けられ、その先端からレーザー光線が発射される。フロワがすぐに動いていたおかげで、それは簡単に防がれた……が。
「フロワちゃん、盾が……」
サラが恐怖を交えた声を出す。
フロワの盾が、扉ほどもある分厚い鉄製の盾が、レーザー光線を受け止めた部分だけ、ドロドロに溶けているのだ。
「とてつもない高温……ですね」
「こんなもの……人がうけたらどうなるか……ありがとうフロワちゃん、助かったよ」
「礼には及びません……が、少々厳しい状況ですね……これは」
再び『T.M.F』の鉤爪にレーザー発射の兆候が見られている。
今度は一つではない。六本の鉤爪全てだ。
全てが違う方向を向いている。フロワだけではカバーできない。
「全員、回避してください!」
ラディスが叫ぶと共に、レーザーが周辺に降り注いだ。
六本の鉤爪が攻撃タイミングを少しずつずらしており、絶え間なくレーザーを発射している。
発射間隔はそこまで短くないものの、発射するごとに狙いを変えてくるため、気を抜かずに回避しなければすぐに黒こげだ。
「うおおおお!」
だが、そんな中でも果敢にも攻め込む人物が一人。レオだ。
先ほどのリベンジとばかりに、レーザーを巧みにかわしながらもノゼルに殴り掛かる。
確かに鉤爪を攻撃に使っている今なら先ほどの様に防がれることはないだろう。一見無謀に見えるが、攻撃を仕掛けるタイミングとしては悪くない。
「無駄」
だが、その拳は再び遮られた。
今度は鉤爪ではない。『T.M.F』に巻き付いているツタが伸び、変形し、ノゼルを守る盾になったのだ。
「レオ、下がってろ!」
レオの攻撃は無駄に終わったわけではない。ツタでの防御をしたせいか、レーザーの攻撃がほんの少しの間だけ止まったのだ。
レオが作り出してくれた隙は無駄にしない。イブリスはノゼルを守るツタの壁に狙いを定め、レオが退避したことを確認して、左手を通して引き金を引く。
「"removE"!」
発射された弾丸はツタの壁に着弾するとゴーンという低く、重厚で不快な音を立てる。そして周辺の空間を一瞬歪め、ツタの壁を消し去った。ツタに隠れていたノゼルの姿が再び皆の視界に入る。
「何……!?」
「ラディスっ!」
「わかっています!」
ラディスが刀の柄に手を掛けた。
「させない……っ!」
「主様!」
だが、時空斬を発動すると同時ににツタの薙ぎ払いがラディスを襲った。フロワがすぐに防御に入ったために怪我はないが、盾でノゼルへの視界が遮られてしまう。攻撃は中断だ。
一応、一発は喰らわせられた。良い方だろう。
「ラディス、さっきの音は」
イブリスがラディスに近づき、言葉をかける。
「……共鳴反応」
共鳴反応。黒属性同士がぶつかった時、独特の音が響く反応。
「君の黒属性とツタがぶつかってあの反応が起きるという事は……」
「やはりアイツ……黒の魔力を……ん?」
会話を交わすイブリスたちの周りに、何かが落ちてきた。見てみると握りこぶしほどの、小さな球体だ。
「こいつは……!」
「っ! イブリス! 離れてください!」
二人はすぐにそこから飛びのいた。すると、球体が光を発し、爆発する。
落ちてきたのは、『T.M.F』から投下された小型爆弾だったのだ。
「ぐっ……!」「くぅ!」
「イブリスさん! ラディスさん!」
サラが叫ぶ。
二人は爆発の直撃こそ免れたものの、少々急に飛びのいたせいで着地に失敗し、体を打ってしまった。
「レオ、危ない!」
「ぬぅ……くそ、これでは近づけん……!」
他方、レオやリアスたちのほうへはまたレーザーが発射されている。イブリスとラディスが狙われていないだけあって、回避の難しさは先ほどよりも上に見える。
「わ、私もなにか……!」
サラは部屋の中を駆け回っていた。このまま見ているだけでいるなんてできるはずがない。何か皆の役に立てることはないか。
一番良いのは防壁やバフの魔法による援護だ。しかし、やはり杖がなければまともな援護はできそうにない。
ここで目を覚ました時には荷物を持っていた。取り上げられた覚えはあるが、持ち出された覚えはない。恐らく、この部屋のどこかにあるはずなのだ。
「どこ……どこにあるの?」
部屋の中は天井や壁が崩れたことにより瓦礫だらけになっている。荷物が瓦礫に埋もれているとしたら、その中から探し出すのは至難の業。
この瞬間にも仲間たちは攻撃を受けているし、攻撃の流れ弾がこちらに来ないとも限らない。あまり余裕はない状況だ。
「小賢しい……さっさと潰れてくれないかしら」
防御よりではあるが、皆それなりに持ちこたえている。ノゼルも苛立ちを感じ始めているようだ。
今度は『T.M.F』から数本の太めのツタが伸び、鞭のように叩きつけられた。
狙いをつけている様子はない。とにかく何度も何度も、めちゃくちゃに叩きつけられる。天井と壁に続き、床まで破壊しようかという勢いである。
「くそっ……防戦一方ですね……!」
狙いをつけずに攻撃されているからといって安全なわけではない。むしろ次に攻撃が来る場所が予測できないために回避が非常に難しい。
フロワの防御で持ちこたえ、ラディスの時空斬でツタを切り落としていくが、新しいツタが次々に伸びてくる。どうやらこれには際限がないらしい。
「やはり黒の魔力を持つだけあって異常な動きをしてくる……! これじゃあキリがないぞ!」
イブリスが魔法でツタを処理しつつ叫ぶ。体力が尽きる前に、どうにかしてこのツタを切り抜けなければ。
「俺に任せてください!」
リアスがナイフに緑の魔力を纏わせる。
「具現化された存在とはいえ、植物も生物! このツタにも毒は効くはず!」
「ぬうぉ!! リアス! 今だぁ!」
レオがツタの一本を受け止めた。ツタの力がかなり強い故苦しそうではあるが、なんとかつかんだまま拘束している。
「レオ、助かる! "Toxic Dagger"!」
レオにつかまれたツタにリアスのナイフの傷がついた。ツタはその傷口の周りから見る見るうちに変色していく。
「これは……!」
「俺の使える妨害魔法の中でも五本の指に入るほど強力なもの……即効性の毒を仕込みました」
ツタの変色はどんどん広がっていき、『T.M.F』に巻きついているものも含めて全てのツタがどんどん元気のない褐色へと変わっていく。
「私の花が……枯れていく……?」
「今です!」「"blasT"!」
これでツタの防御は消えた、絶好のチャンスだ。ラディスとイブリスが同時に攻撃を仕掛ける。
「ぐぅ!?」
多数の斬撃と魔法による爆発がノゼルを襲う。切り傷と爆発によるやけど。一瞬の攻撃だが、ダメージは大きい。
「よし、このまま……」
「お二方、右です!」
「何! ぐあっ!?」
それでも、攻撃の手は休まらなかった。枯れたはずのツタが、なぎ払いで二人を攻撃したのだ。
予想外の攻撃に二人は対処できず、部屋の隅にある瓦礫の山まで仲良く吹き飛ばされた。
「楽園の花は決して死なない……枯れても何度でも蘇る!」
数秒間だ。たった数秒間のうちに『T.M.F』のツタと花は枯れたものから新しく生え変わっていた。
「やはり貴方たち二人は脅威ね……」
瓦礫に埋もれ、身動きの取れない二人に『T.M.F』の鉤爪が向けられる。
「主様、イブリス様! ……っ!」
「う……これじゃ助けるのも難しいか……!」
フロワがすぐに向かおうとするものの、それはツタの攻撃によって防がれた。セルテには小型の銃砲が向けられ、防御魔法に対する牽制が行われている。
狙いは正確に心臓に定められている。防壁を展開しようものならば、すぐにセルテがあの世行きだ。
「さあ……こんがり焼けてしまいなさい」
『T.M.F』から二人へ向けて、レーザーが発射された。
守るものはない。最早これまでか……と思われたその時。
「"Saint Defender"」
ガラスのような防壁が、二人の身を守った。





