狂気の花 その1
「ハートでは止められなかったか……まあいい。このノゼルとサラちゃんの空間を踏み荒らす害虫は私自ら駆除してあげるわ」
ヒュグロンギルドマスター、ノゼル・リケイド。ここまでイブリスたちを振り回した元凶が、目の前に立ちはだかっていた。
「イブリスさん、フロワちゃん……! 皆も!」
「サラちゃん!」「サラさん!」
ノゼルの後ろ居るサラを見つけ、イブリスとフロワが同時に声を上げる。
意外と言うべきか幸いと言うべきか、怪我はなく、拘束されている様子もない。
「無事だったか、良かった……!」
「おい! 黙れ! 近寄るなぁ! お前たちにサラちゃんと話す"許可"も、サラちゃんに触れる"許可"も与えた覚えはない! "許可"を与えるつもりもない! サラちゃんは私のもの、私だけのもの……! お前たちごときが私の『白』に触れるなぁぁぁ!!」
「ぬおおお!?」
イブリスが一歩、前に出た瞬間、ノゼルが突然激昂した。
先ほどまでの抑揚のない声とはうって変わってヒステリックに喚き散らし、一行に向かって次々と火球を撃つ。すぐにフロワが再び盾を構え、他の皆を火球から守る。
「待っててねサラちゃん……! あいつら、すぐに追い出すから! すぐに、すぐにまた二人きりになれるからアァァァァァアァアアァアアアア!!」
明らかに正気ではない。 ヴェルキンゲトリクスの言葉に相違は無かった。
「なんだあれは……異常すぎる!」
発狂するノゼルを見てリアスが恐怖に戦いている。
「様子がおかしいとは聞いていたけれど……予想以上だね」
セルテも少し戦慄しつつ、魔法を使い皆の能力を強化した。フロワの盾にも防御魔法を施し、防壁を展開させる。
「驚いている暇はありません!」
無数の火球が飛来し続ける中、ラディスが盾の前に躍り出た。
「良い度胸だ! まずはお前から火刑に処してやる!」
「ラディスさん! せ、"Saint Defender"!」
サラが叫び、ラディスを守るように防御魔法を使った。この攻撃の嵐の中、盾の防御を捨てるのは自殺行為だ。
しかし防壁は火球を3発ほど受けるとすぐに崩れてしまった。サラもこの中ではまだまだ見習い。杖を持たなければせいぜい一瞬の隙を作ることしかできない。
「……感謝しますよサラちゃん。君なら防壁を作ってくれると思っていました」
だが、ラディスにはその一瞬の隙で十分であった。
この隙があったからこそ、安全にノゼルを視界にしっかりと捉えることができるからだ。
ラディスはノゼルを見据え、刀の柄に手を置いた。
「っ! うっ!?」
時空斬。時間と空間を超える一筋の斬撃が、ノゼルを襲う。
自身の位置に現れるピンポイントの斬撃に、ノゼルはたまらず怯んだ。火球の攻撃が途切れる。
「今です!」
「ぬおぉりゃあぁぁぁぁ!!」
好機。ラディスの号令を聞き、すぐにレオが動いた。
赤属性の魔力とセルテの魔法で攻撃力強化を施した破壊力抜群の拳を振りかざし、ノゼルに殴り掛かる。
「ぐあっ!?」
……だが、痛みによる悲鳴をあげたのは、レオのほうだった。
レオの拳は、とてつもなく硬い"何か"に阻まれたのである。強化されたレオの拳をものともしない、"何か"に。
「ぐぅっ……何だ!?」
レオはすぐに距離をとった。
拳をすりむいており、血がにじみ出ている。幸いにも軽い怪我のため、セルテが応急処置をするとすぐに傷は塞がった。
レオが殴った物は、一見、四角い鉄柱に見えた。
その大きさはとてつもないほど巨大だ。決して低いとはいえないこの部屋の天井さえも突き抜けており、その全貌はわからない。
こんなものは先ほどまでなかった。この鉄柱はレオの攻撃に合わせて突如として出現し、ノゼルを守ったのだ。
「こいつは……!」
「やはり、具現化の使い手……ですか」
イブリス、次いでフロワが声をあげる。この鉄柱は"機械"だ。何らかの"機械"の一部。
ノゼルもペンドラゴンやヴェルキンゲトリクスと同じ、機械具現化の使い手。恐らくは……今までの中で、最も強力な機巧士だ。
「ああ……この人数、しかも仮にも機巧士たちと渡り合ってきた人たち……流石にこの身一つでは失礼なようね」
ノゼルは元の抑揚のない冷たい声で話す。
「いいわ……見せてあげる」
鉄柱が動き出した。
部屋の天井が、壁が、次々と吹き飛ばされていき、清々しいほどの青空が姿を現す。その空には巨大な影が浮かんでいた。
中心核のような部品の周りに、鉤爪の様になった鉄柱が六本、等間隔でついている。先ほどの鉄柱はこのうちの一本のようだ。その姿は、機械の花の様にも見える。
この場に居る誰も見たことのない、異様な形状の機械。だが、異様なのはそれだけではない。
六本の鉤爪には、その全てに植物のツタが巻き付いており、所々に本物の花が咲いているのだ。更に、中心核には辺りを見回す目玉が一つついている。
機械だけではなく、生物も取り込んだ歪な具現化。この機械は、まるでノゼルの異常さを表しているようであった。
「咲き乱れろ……『The Majestic Flower』」





