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魔術の師匠はフリーター  作者: 五木倉人
決戦、ヒュグロンギルド
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地に墜ちる鋼鉄の翼 

イブリスの放った拳の威力は相当なもので、飛ばされたヴェルキンゲトリクスは踊り場から階段を跳ね上がり、そのまま上階の廊下の壁へ激突する。


イブリスたちはそれを追ってすぐに階段を駆け上がった。


片腕を失い、更に全身に傷がある。流石にこれ以上は戦えないようだ。ただし、息は荒いものの意識はまだある。


「やれやれ、怪我人なのに無茶をしますね」


「無茶でもねぇよ。まあ、守られてばっかりってのも癪なもんでな……それにフロワの盾は動きを隠すのに丁度いい」


二人は言葉を交わしつつ、倒れるヴェルキンゲトリクスを見下ろす。


「起きてるだろ? サラちゃんの居場所、答えてもらうぞ。答えたら命くらいは助けてやる」


「……なに、全く簡単なことだ……上だよ、この上だ」


サラの居場所は案外あっさり吐かれた。ヴェルキンゲトリクス自身による敗北宣言とも言えるだろう。


「このまま登れば、マスターの部屋につく……あの少女はそこだ……」


「そうか」


嘘をついている可能性もある。だが、イブリスはあえてその言葉を信じた。なんとなく、信じられるような気がしたからだ。


ああ、彼女に影響を受けているのかもしれない。頭の片隅にそんな考えが浮かんでくる。


「セルテさん、彼の治療を」


「了解! プリースト一人だと忙しいね」


セルテがレオとリアスの治療を切り上げ、ヴェルキンゲトリクスの元へ向かう。


「不要だ……!」


だが、ヴェルキンゲトリクスのかすれた大声がそれを止めた。


「おいおいお前、このままだと死ぬぞ? 敵の情けを受けるくらいなら命なんていらないとでも?」


イブリスは目を丸くしてヴェルキンゲトリクスを問い詰める。


彼は大量に血を失っており、止血もされていない。一刻も早く治療しなければものの数分で死んでしまうことだろう。それでも治療は不要だと言うのだ。


「いや……そうだな、言いなおそう。治療など、全くの無駄だという事だ」


「大丈夫、まだ間に合うよ? お姉さんが言うんだから間違いない」


セルテは構わずヴェルキンゲトリクスに駆け寄り、回復魔法を施そうとしゃがみこんだ。


「そういうことではない」


「……!?」


だが、そこでセルテは気づいた。


「あ、あはは……確かにこれはお姉さんじゃどうにもできないかな……」


ヴェルキンゲトリクスが、徐々に廊下に飲み込まれていることに。


「っ!? お前!」


イブリスがすぐに、ヴェルキンゲトリクスを飲み込もうとする床に魔法を撃とうとする。先ほどイブリスの左手が飲み込まれかけた時のように、この床を破壊すれば助かるはずだ。


「やめておけ、もう間に合わない」


ヴェルキンゲトリクスは冷静な口調でそれを止める。既に右腕がすべて飲み込まれており、確かに今から助けるのは難しそうである。


「何もしないよりはマシだ! フロワ、ラディス、手伝え!」


「イブリス様……」


「やめろと言っているだろう、全くの無駄だ。それよりも……お前らに頼みがある」


「……頼み?」


自分の体がどんどん飲み込まれていき、意識も朦朧とする中、ヴェルキンゲトリクスは静かに話し始めた。


「マスターは……マスターはどうも、しばらく前からおかしくなった。今まで目の敵にしながらも均衡を保っていた他の三大ギルドを、血眼になって"潰せ"と言い出したり……な。元から目的のためには手段を選ばぬような人だったが……今はまるで暴走しているようだ」


ヴェルキンゲトリクスの右肩が全て飲み込まれた。


「あの少女を連れてきてからは、それがもっと酷くなった。ずっとあの子を連れて部屋に引きこもるようになり、全く人を寄せ付けようとせず……極めつけはこれだ」


ヴェルキンゲトリクスの瞳が、彼を飲み込む床に向けられる。


「あの少女を連れ出させないためか、突然悪魔の瘴気が発生して、その影響で本部が人を食うようになった。今までそんな兆候は全く無かったのに、だ」


どうやらこの状況、ヴェルキンゲトリクスにとっても想定外の事だったらしい。だがサラをここに連れてきたタイミングで悪魔の瘴気が発生したのならば、やはりこのヒュグロンのマスターが関わっていることは間違いないだろう。


この話から、ヴェルキンゲトリクスがマスターと悪魔の関係を知っていることは無さそうだが。


「頼む、マスターを止めてくれ。彼女はこのままじゃ、このアヴェントの街……いや、それどころかこの世界を滅ぼしかねん……」


ヴェルキンゲトリクスからの依頼。彼は悲痛な、しかしまっすぐな目でイブリスたちを見つめ、返答を待つ。


その体は既に半分以上廊下に飲み込まれてしまった。もう、あまり時間はない。


「……お前の頼みを聞いてやる義理は俺たちにはない」


しばしの沈黙の後、イブリスが静かに口を開いた。


「そうか……そうだろう。全くその通りだ」


ヴェルキンゲトリクスは目を閉じて、諦めたようにそう言う。


イブリスの言うとおりだ。ヴェルキンゲトリクスは今まで彼らに対して許されざる行為を繰り返してきた。


このヒュグロン本部にイブリスたちがやってきているのも、元はといえばヴェルキンゲトリクスがサラを連れ去ったのが原因だ。


……実を言うと、これもマスターの指示ではあるのだが、イブリスたちがそんなことを知る由もないし、知ったとしても許すことはないだろう。


願いが聞き入れられないのも仕方のないこと。ヴェルキンゲトリクスはそう思い、ただただ、自分が建物に食われていくのを待つことにした。


「だが」


しかし、イブリスの言葉はそれでは終わらなかった。


「俺たちの目的はあくまでサラちゃんを助ける事だ。サラちゃんがここのマスターに捕らわれているなら……そのマスターは(・・・・・・・)倒さなきゃあならない(・・・・・・・・・・)だろうな」


ヴェルキンゲトリクスの目が再び開かれた。冷たさと哀れみ、そして少しの同情が入り混じった視線がヴェルキンゲトリクスに降り注ぐ。


イブリスの言葉の意味するところは、すぐに理解できた。


「お前のことは決して許さねえが……ただ死なれるのは後味が悪い。頼みを聞く義理はないが、ついで(・・・)に済ませる事くらいならやっといてやる」


「ふん……とんだお人好しだ」


「そのお人好しにモノを頼んだのは一体誰なんだか」


「……全く」


ヴェルキンゲトリクスの口が飲み込まれた。もう、言葉を発することはできない。ヴェルキンゲトリクスはまた目を閉じてゆっくりと沈んでいき……


そして、やがて完全に消え去った。

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