【全翼機-GAUL】 その4
「フロワ、お前……!」
「いい所だったようですね、イブリス」
「はいはい、見せてごらん……うわ、こりゃ酷い怪我だ、すぐに治療しなきゃね」
フロワに続いて、ラディスとセルテも階段を上がり、イブリスに駆け寄ってくる。
分断し、地下へ向かった直後に連絡がつかなくなっていた三人が、ここまでやってきたのだ。皆、見たところ大きな怪我はないようだ。少なくともイブリスたちよりは随分元気らしい。
「お前ら、無事だったのか……」
「地下に降りた瞬間、上り階段が塞がってしまいましてね……壁や地面に飲み込まれそうにはなりましたが、僕とフロワで壁を破壊しながらどうにかここまで来ることができました」
ラディスが言うには彼が壁に傷をつけつつ、フロワがそれを突き崩したそうだ。相変わらず彼女の怪力は驚くことをやってくれる。
「他の二人は?」
「向こうで倒れてる……重症だ、俺よりもレオとリアスの治療を優先してやってくれ」
「りょーかい、だよ」
セルテは駆け足でレオ達の治療へと向かう。ヴェルキンゲトリクスはそれを軽く目で追いつつも、追うことはしなかった。
彼の意識は、目の前に立つ男に向いている。
「全く邪魔をしてくれたな。もう少しでとどめを刺せたところを」
「それは良かった。彼を殺させるわけにはいきませんからね」
鋭い視線で睨み付けるヴェルキンゲトリクスに対し、ラディスは余裕のある表情を見せている。
今まで戦闘をしていたヴェルキンゲトリクスと、ここまでひたすら壁を壊してきたラディス。双方とも疲労こそしているが、その度合いは圧倒的に違う。ラディスに体力的な優位があることは明らかだ。
「気を付けろラディス、奴は青属性だ」
イブリスが忠告をする。青属性による瞬間移動にはかなり苦しめられたのだ。
「なんだ、僕と同じじゃあないですか! だからと言って仲良くなれる気はしませんが」
「注意しろっつってんだよ俺ぁ」
「大丈夫、同じ青属性なら立ち回りはよくわかっていますよ」
ラディスが刀に手をかける。
「全く自信過剰、だな。あの島での戦いを忘れたわけではあるまい」
「あの時とは違います。何かを守る必要が無い……ただ敵を倒すことに集中できる」
その瞬間、ヴェルキンゲトリクスを多数の斬撃が襲った。しかし刀に手を置いた時から警戒されていたこともあり、瞬間移動で回避される。
それでもヴェルキンゲトリクスの頬にはかすり傷がついていた。時空斬には刀に手を置くという予備動作こそあれど、斬撃はいつ発生するかわからない。全て回避するのは至難の技だ。
「守る必要は全く無いと言ったな? 本当にそうか?」
ヴェルキンゲトリクスがラディスの目の前に転移し、ナイフを振りかざす。同時に窓の外のゴウルからの射撃も襲った。
ただし、銃口が向いている方向はラディスではない。
「……! 何!?」
イブリスである。
「全く、とは言っていませんが」
だがラディスは焦らずにナイフを刀で受け止めた。
一方、イブリスに向かう弾丸は……鉄壁の壁に阻まれていた。
「誤解されては困りますね。守る必要は無いと言うのは、他に守ってくれるものが居るからこそですよ」
ラディスはヴェルキンゲトリクスのナイフと競り合いながら、盾を構える少女、フロワに視線を向けた。
「……こちらはお任せを、主様」
「感謝しますよフロワ。おかげで……こちらだけ見ていられます」
ラディスはナイフをおもいきり弾き飛ばし、怯んでいるヴェルキンゲトリクスに対してすぐさま斬りかかる。
「ぐっ……!」
ヴェルキンゲトリクスは咄嗟に一歩後ろへと転移した。魔力の消費を最低限で済ませ、かつ、刀を回避するためのごくわずかな距離の瞬間移動である。
「逃がしません」
だが、ラディスもみすみす空振りはしない。ヴェルキンゲトリクスの転移を読み、すでに一歩前へ転移していたのだ。
時空操作を得意とするのは、ラディスも同じ。この程度の瞬間移動、造作もない事である。
振り下ろされた切っ先はヴェルキンゲトリクスの胸を捉え……
「おっと……」
そこで止まった。
ゴウルから、機銃による援護が入ったからである。
踊り場全体をカバーする、広い範囲の掃射。ラディスは刀を鞘にしまって柄に手をかけ、時空斬でそれを打ち落としていく。フロワも大盾で弾丸を防いでいる。
ヴェルキンゲトリクスからはその二人しか見えないが、あの盾の向こうにはイブリスも居るのだろう。
現状、イブリスは大した脅威ではない。先ほど銃を蹴飛ばしたために、今は魔法を使えない状況のはずである。
セルテはレオとリアスの回復、フロワはイブリスを守っている。人数こそ増えたが、実質敵は一人だと考えていい。二人の回復が終わる前にラディスさえ倒してしまえば、あとはどうとでもなる。
ヴェルキンゲトリクスは弾き飛ばされたナイフを拾い上げ、弾丸を捌くラディスに向かって突きを繰り出した。
だがナイフが突き刺さる前に、ラディスの姿が消える。瞬間移動である。
ヴェルキンゲトリクスは咄嗟に背後を振り返った。だが、そこにラディスの姿は無い。前後左右、どこにも居ない。ラディスは……
「どこを見ているんです?」
ヴェルキンゲトリクスの頭上へ転移していた。
怯むヴェルキンゲトリクスに、ラディスの刃が降り注ぐ。
回避する暇もない。ヴェルキンゲトリクスは左腕を盾に防御の体制を取る。
刀はその左腕を捉え、肘から先を切り落とした。
「ーーっ!」
「しまった……やりすぎた」
ラディスは顔色ひとつ変えずに呟く。この場にサラがいなくて良かった。彼女にこんな光景を見せたらトラウマものだろう。
だが相手もそれなりの手だれ。容赦は必要ない。
ヴェルキンゲトリクスは左腕を失ったことも構わず、残った右腕でナイフを構える。ゴウルからの射撃のターゲットもラディスに変更されたようだ。
「主様、ご注意を」
すぐにフロワが駆けつけ、弾丸からラディスの身を守る。同時に、ヴェルキンゲトリクスが瞬間移動でラディスの目の前に現れた。
「心配ありません」
ラディスは慌てず、ヴェルキンゲトリクスのナイフを刀の鞘で受け止める。
「……確かに短い距離の瞬間移動の負担はあまり大きくありません……が、そこまで多用すれば消費もばかになりません」
ラディスの言葉に返答もせず、ヴェルキンゲトリクスの攻撃は続く。
「血液も減っていて体力が大分なくなっているはず……そろそろ頭もぼーっとしてくることでしょう」
だがその攻撃はどんどん鈍くなっていく。ラディスは落ち着いてすべての攻撃をさばき続けた。
「もう終わりにしましょう。これ以上は貴方の体を傷つけるだけです」
「黙れ……全く、問題はない……」
「……そうですか、僕にはそうは思えません。だって……」
ヴェルキンゲトリクスの頭に、何かが触れた。
「敵の接近にここまで気づけないんですから」
「"fisT"」
鳴り響いた銃声と同時に、黒く、巨大な拳がヴェルキンゲトリクスを殴り飛ばした。





