【全翼機-GAUL】 その2
「当たったか……?」
左手の痛みに顔を歪めつつ、様子を見る。隙はついた、よほどのことが無ければダメージは与えられているはずだ。
辺りは爆煙のせいで先ほどまでよりも視界が悪くなっている。敵の動きを知るには音、気配、そして煙の動き。視覚以外のあらゆるものに気を払わなければならない。
「レオ、ヴェルキンゲトリクスが被弾した瞬間を見たか?」
「すまんがわからん。煙の中に消えたのは確かに見たのだが……少なくとも回避の動きは見られなかったな」
「リアスは?」
「残念ながら、俺もレオと同じです……」
煙に包まれる廊下。イブリスたち三人は背中合わせで辺りを警戒する。
とてつもなく長く感じる数秒間。先ほどまでの激戦とは打って変わって、沈黙がその場を支配する。
「……! 来るぞ!」
しばらくして、その沈黙の中に音が現れた。破裂するような音と、小さな何かが空気を切って進む音。
全翼機、ゴウルからの射撃である。
ゴウルからの弾丸は煙を押しのけながら突き進む。狙いは固まっている三人の中心。三人は散り散りになって射撃をかわさざるを得なかった。
「今のは少々痛かったぞ」
息つく間もなくヴェルキンゲトリクスの姿がイブリスの前に現れる。頬を切っているところを見ると、瓦礫によるダメージは多少ながらあるらしい。
しかし、逆に言えばそれほどのダメージしか与えられていないということ。回避行動をとった様子もないのに、先ほどの攻撃を避けていたということだ。
「イブリスッ!」
「"devastatE"!」
ヴェルキンゲトリクスの姿を見た瞬間、イブリスは自分の頭に銃を突きつけた。
"devastatE"は周囲に吹き荒れる風を巻き起こす黒属性魔法。かまいたちによるダメージと、風による爆煙の吹き飛ばしを狙う。
「させるとでも?」
「ぐぁ!?」
だが、ヴェルキンゲトリクスの反応も早かった。イブリスが引き金を引いた瞬間に右手をナイフで攻撃し、銃の狙いを逸らした。
二発目。
発射された銀の弾丸はイブリスの頭を貫くことはなく、虚しく虚空へ飛んでいった。
「くっ……」
おかしい、明らかにおかしい。
さきほどからヴェルキンゲトリクスの動きは常軌を逸している。リアスと交戦していたはずなのに一瞬でイブリスの元へやってきたり、回避行動をとらずに攻撃のダメージを軽減していたり。
ゴウルの攻撃によって行動の自由が利かないからではない。それを差し引いても相手の動きが異次元すぎるのだ。
……だが、イブリスも何も考えていないわけではない。
ひとつだけ、心当たりがある。ひとつだけ、この現象を説明できるものがある。
「この動き……青属性の瞬間移動か……!」
「ようやく気づいたか」
果たしてそれは正解であった。
青属性の得意とする魔法は時空操作。時間と空間を操る魔法である。ラディスの操る時空斬などがその最たる例だ。
瞬間移動は青属性の中でもかなりコストの高い魔法にあたるが、短い距離での移動ならばそこまで大きな消耗にはならない。
ヴェルキンゲトリクスの属性は青であり、瞬間移動を駆使してこの戦っている。それがこの戦いの真実だ。
「だが、それがわかったところでどうなる? 貴様らに勝ち目が全くないことに変わりはない……違うか?」
「……」
イブリスはすぐに返答することはできなかった。
悔しいがヴェルキンゲトリクスの言うとおりである。相手の動きの正体がわかったからといって、イブリスたちにはそれに対抗する手段はない。
いくらヴェルキンゲトリクスに攻撃を仕掛けても、瞬間移動でかわされてはそれについていくことはできないのである。
「……確かにそうだな」
イブリスたちに勝機があるとすれば、それは……
「だが、俺たちは一人じゃねぇ」
「ぬおおおお!」
数の多さという事実である。
まだ辺りに残っていた煙幕の中から雄叫びとともにレオが飛び出し、ヴェルキンゲトリクスを再び拘束しようとつかみかかる。
「させん!」
だが、そう簡単には捕まえさせてはくれない。ヴェルキンゲトリクスはレオのつかみかかりを華麗にかわし、ナイフでの反撃を試みた。
「おっと、隙だらけですよっ!」
「っ!」
しかしその背後から今度はリアスが姿を現した。
レオとは違い、音もなくヴェルキンゲトリクスへと忍び寄っていたのだ。
ヴェルキンゲトリクスの反応が遅れた。無理やりに回避しようとした結果バランスを崩す。リアスの攻撃の射程内からは逃れられない。
振り下ろされるリアスのナイフ。その刃はヴェルキンゲトリクスの背中を確実にとらえた。
「ぐぁぁ!」
ヴェルキンゲトリクスの傷から鮮血があたりに飛び散る。致命的ではないが、この戦闘が始まって初めてのしっかりとしたダメージだ。
「よし! このまま一気に畳みかける!」
すかさずリアスからナイフの追撃が入る。
今度は魔法を纏った斬撃。これを決められれば、ヴェルキンゲトリクスへダメージと妨害の両方を与えることができる。戦況が一気に覆る一撃だ。
だが、流石にそううまくはいかないというもの。
「リアス! 飛行船からの砲撃が来るぞ! 避けるんだ!」
レオの怒号と共に銃声が響き渡る。
窓の外のゴウルからの攻撃。リアスは追撃を中断し、バックステップで射撃を避ける。
「これしきの傷……何もっ! 全く問題ではない!」
続いて声と共にヴェルキンゲトリクスの姿が消えた。瞬間移動だ。
現れたのはリアスの背後。回避後の隙を狙った攻撃だ。今の一撃への報復も兼ねて、だろうか。
「……やっぱり、そう来たな」
「!!」
だが、イブリスはそれも読んでいた。
「お前は瞬間移動するとき……そうしていつも背後をとる」
リアスの背後に現れたヴェルキンゲトリクス……その更に背後。そこに、銃を自身の頭に突き付けたイブリスが立っていた。
「今もそうだ。恐らくリアスの背後をとりにくるだろうと……そう思ってここに居た。果たしてそうだったようだがね……"rippeR"」
三発目。
空振りに終わった二発目とは違い、銀の弾丸はしっかりとイブリスの頭を貫く。
「が……ぁ……!?」
"rippeR"……『切り裂く者』。貫かれた頭からは黒い魔力で作られた刃が何枚も発生し、ヴェルキンゲトリクスの身体中に切り傷をつけていく。
腕、胸、脚。至る所から血が流れ出ていく。
先ほどの背中の傷とは比べ物にならないダメージ。ヴェルキンゲトリクスはたまらずその場に座り込んだ。
「形成逆転……苦労させやがって」
傷を負い、動けなくなったヴェルキンゲトリクスを三人が取り囲んだ。リアスがヴェルキンゲトリクスの喉にナイフを突きつける。
「教えてもらおう……サラちゃんがどこにいるのか」
始められる質問……もとい、尋問。リアスはヴェルキンゲトリクスに冷たい視線を向け、ヴェルキンゲトリクスもまたリアスを睨み付ける。
「……このナイフで……私の喉を斬る覚悟は、あるのか……?」
「黙るんだ」
ナイフが強く押し付けられた。ヴェルキンゲトリクスの喉に冷たい金属の感覚がはしる。
「こうして相手を威嚇する時は……押し付けるのではなく、少しだけ……ほんの少しだけ斬りつけるべきだ。そうでなくては威嚇の意味は全くない……」
「黙れといってる……早くあの子の居場所を話せ」
全身の傷が痛むのか、息も絶え絶えになりつつも言葉は紡がれる。だが、その言葉の中にサラの居場所を示すものはない。リアスの表情は曇っていく。
レオもいらつきを感じているのか少々苦い顔をしはじめた。イブリスがそっとその肩をたたき、落ち着くように言葉無くなだめる。
だが、時間に余裕があると言えないのは事実だ。サラは勿論、地下へ向かった三人もどうなっているかわからないのだから。
「話す気がないのなら、こちらにも考えがある」
イブリスもヴェルキンゲトリクスの後頭部に銃を突きつけ、尋問に加わった。ヴェルキンゲトリクスが銃の触感を感じられるように、しっかりと押し付ける。
「面白い……まさか撃てるとでも? 残り少ない貴重な弾丸なのだろう?」
だが、ヴェルキンゲトリクスの態度は変わらない。イブリスは何も言わず、撃鉄を引いた。あとは引き金を引くだけだ。
「結局貴様らはお人好しだ……人を殺す覚悟など全くできていない。自らの手で人の命が失われることを怖がっている……だからこうした尋問のときも相手に恐怖を与えられない。武器で脅し、それだけで油断して……それ以上のことができない」
「黙れ!」
それでもなお、ヴェルキンゲトリクスの口からサラの居場所は出ない。それどころか、余裕な様子でどんどん口数が増えていく。
……イブリスたちはその余裕の理由を、すぐさま知ることとなった。
「そんなことだから……貴様らは勝てんのだ」
その瞬間、窓の外のゴウルから、鉄の柱が発射された。





