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魔術の師匠はフリーター  作者: 五木倉人
決戦、ヒュグロンギルド
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【全翼機-GAUL】 その1

「はっ……おでましか」


座り込んでいたイブリスは右手だけでややぎこちなく立ち上がり、階段上のヴェルキンゲトリクスを睨み付けた。


この場所に来る時点で、再び彼と会うことは予想していた。ヒュグロンを相手にする以上、機巧士(マシニスト)との接触は常に付きまとうリスクだ。


なにより、ヴェルキンゲトリクスはイブリスたちがこの場所に居る原因を作ったと言っても差し支えない人物だ。決着はつけねばなるまい。


階下に降りる階段は例の人食い壁で塞がれている。どちらにせよ退路は無い。


「丁度いい、サラちゃんがどこに居るか知りたかったところだ」


「素直に話すとでも?」


「まあそうだろうな。だがこうしてお前が現れたってことはこの方向で間違いないってことだ。違うか? ヴェルキンゲトリクスよ」


「さあな。合っているかも知れないが、全くの見当違いかも知れん。少なくとも私には話す気は全くないぞ。今のところはな」


「つまり力尽くでなら吐かせられるってことか。簡単なことじゃないか」


見たところ相手はヴェルキンゲトリクス一人。敵陣とはいえ、単純に数だけ見ればイブリスたち三人の方が有利だ。今回は全員がそれなりの実力を持っており、以前のように人質を取られるような心配もない。


最も、ハンディキャップを背負っているのはあちらだけではない。


「果たしてそうかな。その手では弾丸の装填など全くできないだろう」


イブリスの左手である。


イブリスは片手だけで素早く弾丸を装填できるほど器用ではない。時間さえかければ不可能ではないだろうが、戦闘中にそこまでゆっくりできるはずもない。現在装填されている弾丸しか使えないものと思った方がいいだろう。


銃の最大装弾数は6発。先ほど壁の爆破に1発使ったため、残りは5発だ。この後装填の余裕を与えてもらえるとも限らないため、できるだけ残しておきたいところである。


「確かに黒属性魔法は脅威だが、制限があるのならばそう容易くは使えまい。全くの話、不利なのはやはりお前たちの方だ」


「くぅ……! 好き勝手言いおって!」


「大丈夫だレオ……問題ない。あいつ一人くらいこの数の弾丸で事足りる」


たったの五発であるが、五回まで魔法が使えると考えると案外シビアでもない。


単発の威力が大きい黒属性魔法であれば、一発の直撃でも十分致命傷となり得る。人相手であれば、使用回数を抑えつつ勝利することなど容易い事である。


「室内なんだ、自由が利かないのは向こうも同じのはず……ならば数の多いこちらの方が優勢になるのは自明の理。あいつの言葉は我々を混乱させるための虚言に過ぎないぞ、レオ」


リアスも冷静にレオをなだめる。


相手は空を飛ぶ兵器の使い手。こうも狭い建物の中では使えるはずもない。そう踏んだリアスは、あくまでもこちらが有利であると語る。


離島の地下で対峙したとき、わざわざ人質という手段をとったことがその証明だ。


「ふん……流石にそう簡単に挑発に乗るほど馬鹿ではないか。だがその分析には誤りがあるな」


「何?」


「以前は地下だったが、今は地上。重要なのはそこだ」


ヴェルキンゲトリクスの言葉と共に、静かなエンジン音が聞こえ始めた。


「この音……まさかっ!?」


「この場所が私にとって不利な場所だと? そんなことは全くあり得ないっ!」


徐々に大きくなるエンジンの音。その発信源は……


「外ですっ!」


窓の外だった。


イブリスたちが居る踊り場の窓に、外に浮かぶ全翼機『ゴウル』の姿が現れたのだ。


距離は窓の目の前。その機銃はすでにイブリスたちへ照準を向けている。


「上がれぇ!!」


「ぬおおおおお!!」


三人がほぼ同時に動く。


ゴウルの掃射から逃れるため、ヴェルキンゲトリクスが待ち構える上階へと階段を駆け上がっていく。


「見ての通りだ。空に面しているのならば、『ゴウル』に飛べない場所などないっ!」


ゴウルから機銃の掃射が開始された。ガラスが割れる音が鳴り響き、踊り場の窓が飛び散った。


階段を上がるイブリスたちを追うように、機銃の照準は徐々に上へと向けられていく。足元すれすれに飛んでくる弾丸に、自然と足が速くなる。


「中には私、外にはゴウル! 貴様らに逃げ場など全くない!」


ヴェルキンゲトリクスがナイフを取り出した。階段を下り、イブリスたちを迎え撃つ。


軽めの武器に、素早い動き。冒険者としてのクラスはリアスと同じ"狩人"のようだ。


「邪魔だぁ!」


レオがヴェルキンゲトリクスに殴り掛かった。赤の魔力、自己強化を施した、真正面からの一撃。真っ直ぐに放たれた拳は空気を掘り進み、ナイフを構えたヴェルキンゲトリクスへと向かう。


「馬鹿正直に殴りかかるだけか?」


ヴェルキンゲトリクスはそれをひらりとかわし、レオの背後を取った。ナイフを逆手に持ち、レオのたくましい背中に向け思い切り振り下ろす。


「させるかっ……!」


しかし、それはリアスのナイフにより防がれた。階段の中腹で、二人のナイフの競り合いが始まる。


レオとイブリスはその隙に階段の一番上へと駆け上がった。イブリスは銃を構え、ヴェルキンゲトリクスへと狙いを定める。


「くっ……」


だが、すぐには撃てなかった。


ヴェルキンゲトリクスとリアスが競り合っているこの状況。下手に撃ってしまっては、リアスが巻き添えになってしまう。


弾丸の少なさ、撃つタイミング、使用する魔法の選択。その選択の難しさから、イブリスは引き金を引けなかったのだ。


「言ったはずだぞ! 休む暇など全くないと!」


だが、攻撃の手は緩まない。


不意に左側から聞こえたエンジン音。イブリスたちのいる廊下の窓から、ゴウルの姿が確認できた。


「ぬぅ!」


「避けるぞ、レオ!」


二人は思い切り地面を蹴った。イブリスはゴウルの方向へ潜り込むように、レオはその逆へと回避行動をとる。


イブリスはそのまま窓の下の壁へ体を張り付けた。ここならばゴウルの照準から身を隠せる。ただ、廊下の角を超えてここまで回避したために、二人の様子を直接伺う事が出来ない。


反対側へ行ったレオは銃撃を回避できたと思うのだが、心配なのはリアスだ。彼はヴェルキンゲトリクスと一騎打ちになっているはず。しかも階段の中腹で隙を突かれていたとなると、優勢であるとは考えにくい。


「リアスッ! レオッ!」


イブリスはそのまま身をかがめつつ、階段の様子が見える場所へと移動を始めた。


「どこを見ている?」


だが、その背後から非情な声が聞こえた。


「そちらは全く見当違いの方向だぞ」


「なっ!? いつの間にっ!?」


振り返ると、そこにはヴェルキンゲトリクスがイブリスを見下ろしていた。


片手にはナイフを構え、それを今にも振り下ろそうとしている。


「そう驚くな、今来たばかりだ」


「くっ……!」


そう言って振られたナイフを、地面に転がってなんとか回避する。


今来たばかりだと、ふざけるな。イブリスは心の中で悪態をついた。


あの階段からこの場所まで移動しているところなど見ていない。いくら銃撃の回避で精いっぱいだったといえ、敵の移動を感知できないほど混乱してはいなかった。


何か仕掛けでもなければイブリスに気づかれずにこの場所に来ることなどできないはずなのだ。


「隙だらけ、だな」


左手の負傷ゆえうまく立ち上がれず、身動きの取れないイブリスにヴェルキンゲトリクスが迫る。


「危ないっ!」


だがその時、二人の間にリアスが割り込んだ。体の所々に軽い傷が見受けられるが、とりあえずは無事だったようだ。


「無事かっ!?」


リアスがヴェルキンゲトリクスと競り合いを繰り広げるなか、レオもその場に駆けつけた。イブリスはレオに肩を借り、何とか立ち上がることに成功する。


「今から無事ではなくなるな」


だがその時、リアスと戦っていたはずのヴェルキンゲトリクスがイブリスたちの背後から声をかけた。


「何ッ!?」


「また……!」


驚きの声を上げるリアスとイブリス。怯んだところに、ヴェルキンゲトリクスから容赦のない攻撃が繰り出されようとしている。


「ぬおおおおお!!」


今度はそこにレオが割り込んだ。ヴェルキンゲトリクスの腕を掴み、ナイフを振ろうとする動きを完全に封じた。


「くっ……馬鹿力が!」


ヴェルキンゲトリクスは必死に腕を振って抵抗しようとするものの、レオの鍛え上げられた筋肉にはかなわないようだ。掴まれた腕はピクリとも動かない。


「でかしたぞ、レオッ!」


戦闘が始まって初めての大きな隙。この好機を逃すわけにはいかない。ゴウルからの射撃が来る前に、攻撃を仕掛けなければ。


イブリスはここぞとばかりに銃を構え、狙いを定めた。


銃口の向く先はヴェルキンゲトリクスから少しだけずれた場所。レオを巻き込まないように、慎重に、しかし素早く向きを調節する。


「"blasT"!」


一発目。


狙いが定まった瞬間、イブリスは左手を通して銀の弾丸を撃った。


「つうッ……!」


負傷した左手に撃ち込まれた弾丸。その苦痛は言葉では言い表せないほどのものだ。だが、黒属性魔法は状態に関係なく身体を通すことさえできれば発動する。


左手を突き抜けた弾丸はヴェルキンゲトリクスのすぐ近くの壁に着弾し、大きな爆発を起こした。


レオは着弾の直前に離脱しているため、こちらへの被害はないようだ。


ヴェルキンゲトリクスは、飛び散る瓦礫と巻き起こる爆煙の中に飲み込まれた。

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