EMQ:機巧士の捜索、及び捕縛 その1
「……なんだ? こいつは」
目の前のものを見て、イブリスさんが疑問の声をあげる。
ラディスさんと別れたあと、私たちは遺跡のある場所へ戻ってきていた。
中は暗かったが、私が辺りを照らしながら皆を先導し、階段を下へ下へと潜っていった。
ここはその最深部。階段を下り終わったそこには目の前に両開きの扉があった。石でできたその扉をレオさんが開くと、そこには円形の部屋があった。
「これも何かの兵器ですかねぇ……具現化されたものじゃなくて、ちゃんとした機械みたいですが」
「どちらにせよ、遺跡という場所にはおおよそ似つかわしくないですね」
リアスさん、続いてフロワちゃんがイブリスさんと同じものを見て感想を漏らした。
そう、この部屋には、数々の機械がおいてあったのだ。
どうやら機関車と同じように蒸気で動いているらしい。何に使っているものなのかは検討もつかないけれど、円形の部屋を囲うように沢山の機械が動いていることから、かなり大きな技術が使われているみたいだ。
「まさかこいつらが機巧士の秘密とやらかぁ!?」
レオさんが言った。この人の大きな声は、この遺跡の中だと良く響く。
「うーん、でもこの機械、本当に何のための機械なんでしょうか……?」
「さあ、ちんぷんかんぷんだな。とりあえず壊してみるか?」
「正体が判らない以上、やめておいたほうが賢明ですよ、イブリス様」
「冗談だ」
「……あれ?」
機械をあちこち見回していると、一本だけ、他の機械とは全く別の方向へ伸びている導線を見つけた。
どうやら部屋の中心に向かっているようだ。暗くてよく判らなかったけれど、他の機械からも同じ方向へ導線が伸びている。
……その先には、石でできたベッドのようなものがあった。
「なんだろう、これ……」
私は興味のそそるままに、導線を辿ってそのベッドまで向かう。
どうやらベッドには誰か横たわっているようだ。でも、こんな場所でどうして寝ているのだろう?
人がいることはわかっても、暗くて顔や体格はいまいちわからない。光球は皆のそばに置いてきてしまったので、新しく光球を出す。
最も、すでに出してあるものよりは小さい光球だ。二つ同時に強い光球を出せるほどの実力は、まだ私にはない。
その小ささ故に、出しただけでは暗さが少しましになった程度だ。
「よいしょ……っと」
私は光球をベッドに寄せ、寝ているその"人"をよく見てみた。
「……っ!」
それは……
「い……いやああああああぁぁぁ!?」
それは、確かに人間だった。目を閉じ、胸の上に両手を置いて横たわる人間だった。
しかし、その体全体は水分が吸い取られたように干からびている。
それは……所謂、"ミイラ"だった。
「サラちゃん!?」
「どうしましたか!?」
驚き、しりもちをついてしまった私にイブリスさんとフロワちゃんが駆け寄ってくる。少し遅れて、リアスさんとレオさんも来てくれた。
「あ……ああ、あの……」
パニックのあまり言葉ではうまく伝えられない。震えながらも、ベッドに横たわるミイラを指さす。
「……こいつは……?」
「まさか、ミイラというやつかああああ!?」
「のわっ……急にでかい声出すな! 鼓膜が破れる!」
イブリスさんが怪訝な顔をし、その隣でレオさんが驚きの声を上げる。レオさんは驚いたというか、これが普通な気もするけれど。
「遺跡にミイラ……ですか。定番ではありますが、この機械のことを考えるとそう単純な事情ではなさそうですね」
リアスさんが冷静に分析する。
遺跡は、誰かを埋葬するために建てられることも多い、とどこかで聞いたことがある。この遺跡も、このミイラを埋葬するために建てられたものなのかな?
……だとしたら、ここにある機械は一体何なんだろう。
「……よく、来たな」
突如、私たちの後ろから声が聞こえた。
「っ!?」
「敵か!?」
フロワちゃんとイブリスさんがいち早く反応し、全員で身構える。
「敵……か、そうだな、お前たちにとっては、俺は敵……と言って差し支えない存在なのかもしれない」
そこには、一人の若い男性が立っていた。暗い声に、暗い表情。物静かな印象を与える人だ。
敵だとは言うものの、武器の類を持っている様子は見られない。
「何者だ……何故ここに居る。答えろ」
イブリスさんが鉛弾を込めた銃を突きつける。
「残念だが、"この"俺にいくらそんなものを撃っても無駄だよ」
「そんな言葉で銃を下ろしてやるほど甘ちゃんじゃねーぞ、俺ァ」
「嘘は言っていない。疑うなら撃ってみると良い」
「……」
イブリスさんはしばらく無言で男性をにらみ、そして……
「後悔すんなよ」
撃った。
突きつけていた頭ではなく、男性の脚に向かって、だ。
遺跡の中に銃声がこだまし、やがて消える。
「……満足したか?」
……けれど、脚を撃たれたはずの男性は平然と、全く変わらない様子でその場に立っていた。
いや、違う。そもそも撃たれていない。
放たれた弾丸は男性の脚をすり抜け、遺跡の床に傷をつけていたのだ。
「な……!?」
「どういうことだああああ!? リアスっ! 今何が起こったのだぁ!?」
「俺に聞かれてもわからねえよ! あとうるさい!」
皆も混乱しているみたいだ。
イブリスさんの狙いは確かだった。動かない相手への至近距離からの攻撃なのだから、外すほうが難しいだろう。
だけれど、事実として男性には当たっていないのだ。
「まあいい、質問には答えよう。俺が何者か……だったな」
軽いパニックになっている私たちをよそに、男性は自己紹介を始めた。
「俺はオーブリット・ハンニバル。外でお前たちを襲ったあの艦隊の……そうだな、"本体"と言えばいいんだろうか」
……ラディスさんから依頼された対象は、自分から進んで私たちの前に姿を現していた。
「くっ……! 機巧士か!」
相手の正体がわかった瞬間に、みんなが戦闘態勢に入った。私も杖を構え、いつでも魔法を使えるように備える。
「サラさん、お気をつけて……」
「うん、ありがとう、フロワちゃん」
フロワちゃんは私の前にたって、盾で私を守ってくれる。
「落ち着け……立場上敵ではあるが、私は敵意を持っているわけではない」
しかし、ハンニバルはこちらに危害を加える気配を見せなかった。
それどころか、敵対するつもりは無いといっている。
「そんな言葉が信じられるとでも?」
「やれやれ……用心深いことだな。まあ、悪いことではないか……」
勿論、イブリスさんたちはそう簡単に信じることもなかった。皆決して警戒は崩さない。
そんな皆の様子を見て、ハンニバルはため息をつく。
その表情に、なんとなく影が射した気がした。
「……」
「サラさん?」
「……敵意は……ないんですよね……?」
「!?」
「サラちゃん!?」
……私は皆の中で唯一、彼の言葉に耳を傾けた。
「教えてください、この場所が何なのか……あのミイラが何なのか」
驚く皆を無視して、私はハンニバルに話を聞く。
「サラさん、どうして……」
「……なんだか、彼が悪い人みたいには思えないの。敵意は無いって話も、嘘をついているような感じじゃなかった……だから、話を聞いてみようと思って」
「だがぁ! やつは我々を襲った張本人なのだぞ!?」
「それは……」
レオさんの言葉に反論できず、私は俯いた。
確かにそうだ。私の意見はあくまでも感覚から来るもの。状況を考えれば、彼が敵だと思うのが普通である。
確固とした理由の無い意見。違う理由を目の前に持ってこられると、どうしようもない。
「……わかった」
けれど。
「話だけは聞いてやる」
私の"師匠"は……ちゃんとわかってくれたようだ。
「落ち着いてくれたようで何よりだな」
「いいからさっさと話せ」
「……前言撤回、落ち着いてはいないな。まずその物騒なものを下ろしてくれ。当たらないとはいえ銃口を突き付けられるのはいい気分じゃない」
ハンニバルの言葉に、イブリスさんは顔を歪めながらも素直に銃を下ろす。
「ふむ、しかし何から話せばいいのか……そうだな、それの事から話すのがよさそうだ」
ハンニバルは、横たわるミイラを指差す。私を含めて、皆の視線もそちらへ移った。
「このミイラについて……ですか?」
私が訪ねると、ハンニバルの顔が少し不愉快な表情を浮かべた。
「ミイラとは失礼な。ちゃんと生きた人間だぞ」
……皆、一瞬その言葉の意味が理解できずにフリーズした。
そしてその反動が驚きとなって押し寄せる。
「……え、えっ?」
「おいおいおい!! 何を言っている! どこからどう見たって生きているようには見えんぞぉ!?」
「これで息があるっていうのか……? とても信じられないぞ!」
「人は……ここまで干からびても生きていられるものなのでしょうか……?」
「普通は無理だろ普通は。水分無しで生きられるのかお前」
一瞬の静寂の後に、遺跡の中が様々な声で満たされる。私たちの困惑と驚愕の声だ。
「とことん失礼だなお前たちは。信じられなくても事実は変わらない。それはちゃんと生きている」
そのあまたの声を遮ったのは、ハンニバルの言葉だった。なぜか彼の表情は今までよりもいっそう悲し気で不愉快なものになっている。ちょっと騒ぎすぎちゃったかな?
「……まあいい、とりあえずそれは信じる」
イブリスさんが言った。生きていると信じる根拠はないけれど、疑う理由もない。
「なら、こいつは一体何者だ? こんな蒸気機関に繋がれて、一体何をやってる? もしくは何をされてる?」
今度はイブリスさんから質問が投げかけられる。このミイラ……いや、この人は誰で、どうしてこんなことになってしまったのか。かなり重要なことだ。
「ああ……これの正体か。簡単なことだよ」
「これは俺だ」
遺跡に再び沈黙が訪れた。今度はいつまでたっても驚きの声は上がらない。皆、ハンニバルの言葉をちゃんと理解できていないみたいだ。
当然、私もそう。
「へ……? え、えっと……今、なんて……?」
「だから、これは俺だ」
だからと言われましても。
え、え? どういうこと? だってハンニバルは今、私たちの目の前にいるのに……
それで、ここに寝てる人もハンニバルで……え、あれ?
「……わけがわからん」
イブリスさんがこめかみを抑えている。やっぱりよくわからないようだ。
「言葉足らずだったな。今こうしてお前たちの前に居る俺は、あくまでも俺が具現化したものに過ぎない」
「あっ……!?」
「なるほど!! わからん!」
「わかれ。この寝てるほうが本来のハンニバルで、今話しているのは外の艦隊みたいな存在ってことだ」
「その通りだ。流石アトミスギルドを支えてきただけあるな、リアス・スイープ。最も艦隊と違って今の俺に実体はないがな」
「……」
リアスさんの名前を知っている。大きいギルドに居るだけあってそれなりに有名なのだろうけど、きっとそれだけじゃない。仮にも機巧士の一員なのだから、きっと私たちの情報を与えられているんだろう。
それにしても……まさか目の前のハンニバルが具現化された存在だったなんて。でも、それなら銃が効かないと言った意味も分かる。具現化されたほうを倒されても本体は痛くも痒くもないだろうし、そもそも実体が無くて当たらないのだから。
……あれ? そうなると、私たちはハンニバル……さんのことをミイラって呼んでたことになるのかな……確かに失礼なことを言ってしまったみたいだ。
「……貴方のことはわかりました」
次に口を開いたのはフロワちゃんだった。
「では次に……貴方がなぜこんなことになったのかを教えていただけますでしょうか」
……私は石のベッドに横たわるハンニバルさんを見た。
機械から伸びる導線につながれ、ミイラのように干からびたハンニバルさん。やっぱり、生きているのが不思議に思える。
「そうだな……なぜあの艦隊が|『第三艦隊』《The Third Fleet》と呼ばれているかわかるか?」
ハンニバルさんが、横たわる"自分"に近づいていく。
「……俺が、三人目の実験体だからだ」
彼が語ったのは、余りにも非道な話だった。





