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魔術の師匠はフリーター  作者: 五木倉人
師弟、遠出する
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黒き来訪者

ヴェルキンゲトリクス……男はそう名乗った。間違いない、あの飛行船……いや、全翼機の"本体"だ。


「くっ……! 早く! 逃げなさい!」


わざわざこうして"本体"が姿を現したということは、確実にここに居る人間を全員殺すという意思表示。


普段姿を見せない者が現れるということは、そういうことなのだ。


ラディスは刀を構え、ヴェルキンゲトリクスへ攻撃の意思を示す。戦闘部のメンバーたちも観念したのか、悔しそうな表情を浮かべて"機関"の船へと走っていった。


「折角挨拶をしたのに返答もなしか。全く失礼な態度だな」


「黙れ」


短く、冷たい返答とともにヴェルキンゲトリクスのすぐそばへ"斬撃"を繰り出す。


「……」


「今のは威嚇です。何か怪しい動きをしたら斬ります。姿を見せたのは失敗でしたね」


姿を見せるということは、ラディスの視界に入るということ。そしてラディスの"斬撃"は、視界内全てが射程内だ。


視界にさえ入っていれば、素早く、確実に斬ることができる。


「どうやら君は全く馬鹿な人間のようだ」


「何?」


「……私ばかりを見ていては、私の端末に全てを持っていかれるぞ?」


「っ!?」


だがそれは、相手が一人だけの場合だ。


「む、迎え撃て!」


背後から聞こえた声。


全翼機ゴウルが、撤退しようとする戦闘部メンバーたちへと向かっていたのだ。


照準が"機関"の船へと向けられ、機銃の掃射が開始される。


「くっ!」


ラディスは即座に振り返った。ここからなら船の周りがよく見える。


ラディスの"斬撃"は船へ撃たれた弾丸を全て打ち落としていく。彼らを沈められるわけにはいかないのだ。


「全く素晴らしい魔法だ。視界にさえ入っていれば迎撃は容易というわけか」


後ろからヴェルキンゲトリクスの拍手の音が聞こえる。


「だが視界内に捉えていればいいということは、眼で見て認識しなければいけないという事。あの速さ、あの量の機銃を打ち落とし続けるのは全くの苦行ではないかね?」


ヴェルキンゲトリクスの言う事は事実である。実際、今のラディスにはそれに返答する余裕がない。


それに加え……


「無論、私本人のことも忘れてもらっては困るからな」


後ろからはヴェルキンゲトリクスが襲い掛かってくるのだから。


「わかっていますよ……それくらいっ!」


ヴェルキンゲトリクスから繰り出された足蹴りをかわしつつ、視界は去っていく戦闘部の皆から離さない。


さっき魔法を使ったときの体力はまだ回復していないが、体に鞭うってゴウルから放たれる弾丸を打ち落とし続ける。


避けて打ち落とし、避けて打ち落とす。そんな応酬が幾度となく続いた。


「……全くしぶといな」


しばらくして、ゴウルの標的が"機関"の船からラディスへと切り替わった。


「はぁ、はぁ……おや、諦めたんですか?」


「全く口が減らない男だな、全く腹立たしい。確かにあそこまで距離を離されてはあの船を沈めるのは難しいが、君を殺すことが全く難しくない事には変わりないのだぞ」


船を追ってある程度遠くまで行っていたゴウルは、見る見るうちにこちらに接近してきた。機銃を掃射しながらラディスに向かって急降下してくる。


「仲間を守ることに意味があるんですよ……仲間を手にかけるような貴方にはわからないでしょうがね」


が、ゴウルの機銃は全てラディスが呼び出した斬撃にはじかれた。


ラディスの息は変わらず荒いが、仲間が無事で済んだことでむしろ冷静さを取り戻したように見える。


「君たちを攻撃した時、たまたまそこにあっただけだ。それに結局はたかが具現化されたもの……また具現化してしまえばいい。あれを壊したことは全く問題に成り得ない」


「……そうですか」


ヴェルキンゲトリクスは、高圧的な態度でラディスの前に佇んでいる。


正面に立ってみるとよくわかるが、かなりの大男だ。ガタイの良さはレオほどではないにしろ、その身長はラディスの知っている誰よりも高い。


当然ながら、ラディスは上から見下ろされる形となる。その状態が、ヴェルキンゲトリクスの迫力をさらに増幅させていた。


「さて、そこを退いていただけますかね」


ヴェルキンゲトリクスの向こうに広がる森の中には、まだイブリスたちが残っている。


戦闘部のメンバーを逃がしただけでは足りない。彼らも皆助からなければ意味がないのだ。


「そう言われて素直に退くと思っているならば、君の脳内はかなりのお花畑と言えるだろうな」


「……まあ、そうでしょうね」


当然ながら、これで相手が引くとは思っていない。これで帰ってくれるのならば、最初から苦労はしていないのだ。


「なら……こうするしか無いようです」


こうなっては仕方がない。


ラディスはそっと、刀の柄に手を置いた。


「まさか私と戦おうとでも? 全く勝ち目がないという事は火を見るよりも明らかであろうに」


「……」


ラディスは答えなかった。


戦闘部を追撃するために遠くに居たゴウルが、こちらへ迫ってくる音が聞こえる。


「……全く馬鹿だな、君は」


ヴェルキンゲトリクスの言うとおりである。今、ラディスにはあの兵器を相手に出来るほどの体力はない。魔法も、使えて一回だ。


だが、ラディスのこの行動は考えあってこそのものである。


その"一回"を、うまく利用する考えがあるからこそ、こうして冷静にヴェルキンゲトリクスの前に立っているのだ。


危険な賭けになる。だが、皆が無事で居られる可能性は、これが一番高いはずだ。


「お望み通り、死んで行けっ!」


来た。


前からはヴェルキンゲトリクス。後ろからはゴウル。前後左右、どちらへ動こうが避けることはできない。


「死んで……たまりますかっ!」


……ならば、|前後左右を超えて動けばいい《・・・・・・・・・・・・・》。


「なにっ……!?」


ゴウルの機銃と、ヴェルキンゲトリクスの蹴りがラディスに当たることは無かった。


二つの攻撃は、何にも当たっていなかったのだ。


銃弾も蹴りも、見事に宙を切り裂いていた。


ラディスの姿は、どこにもない。


「……逃げられたか」


空間を瞬時に移動する魔法。


ラディスは、たった一回分残った魔力を、回避と逃走に使ったのである。


勝ち目がないなら、戦わなければいい。たったそれだけの、単純な話であった。

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