対決、無人島の大猿 その1
「まさかレオの大声に呼び寄せられてきたんじゃねぇだろうな!」
突然の魔物の襲撃に、俺は愚痴りながらも銃を取り出し、急いで銀の弾丸を装填する。
「なにぃ!? 俺のせいなのか!」
「いえ、恐らく奴の住処か、それに近い場所なのでしょう!」
ああ、やはりこのあたりに足跡が多くあったのはそういう意味だったのか。大方この遺跡に住み着いたといったところだろう。
「"Saint Defender"!」
サラちゃんがフロワの盾に魔法を施す。盾は透明な防壁で拡張され、その防御性能が引き上げられた。
「さっきは逃げるしかなかったけど……皆がいる今なら勝てるはず! "Saint Booster"!」
サラちゃんは続いて俺たちにバフをかけてくれた。
出会った当初と比べると、明らかに大幅に強化されている。さらに戦闘に入っても焦らず、すぐに適切な魔法を使えるようにもなっている。この子もちゃんと成長しているのだ。
「よし! 袋叩きにするぞ!」
「がははははは!! 猿鍋にして食ってくれる!!」
……レオが言うと冗談に聞こえない。
最初にリアスがナイフを構えて大猿に突撃していく。フロワは一旦どいてサラちゃんを守れる位置に付いた。
「グアアッ!」
大猿はリアスを視界にとらえると、その太い腕を振りかぶり、リアスを叩き潰そうと思い切り振り下ろす。
「レオ!」
「任せろぉ!!」
しかしその腕はリアスには届かなかった。レオが腕を受け止め、リアスを守ったのだ。
自慢の力をいともたやすく受け止められたからか、大猿は戸惑ったような反応をする。
「がははは!! なあ大猿よ! 俺と力比べでもしてみないか!?」
……白属性がサポートに長け、青属性が時空操作の特性を持っているように、属性にはそれぞれ得意な分野がある。
レオの属性は赤。そして赤属性の得意分野は"自己強化"。単純な力を行使する戦士クラスに重宝される属性である。
「そおら!」
レオは受け止めた腕を両手でつかみ、思い切り投げ飛ばした。大猿はたちまちバランスを崩して倒れてしまった。
あの巨体をいとも簡単に倒してしまうとは。やはりレオの筋肉は飾りじゃないらしい。
「ナイスだレオ!」
続いてリアスが追撃を加える。狩人クラスらしい素早い動きで、倒れた大猿に淡い緑の輝きを纏ったナイフでの攻撃を与えた。あの輝きは魔法を使っている証拠である。
リアスの属性は緑。その得意分野は"妨害"だ。
今使ったのは麻痺の魔法だろうか。大猿の立ち上がる動きがどこかぎこちない。
「すごい動きですね……」
サラちゃんが感嘆の声を上げた。実際今の二人の連携は見事だった。リアスが囮になって攻撃を誘発し、レオがその攻撃を受け止め、さらにリアスが追撃を仕掛ける……これを流れるようにこなせるのは流石というしかあるまい。
ギルドのマスターと、その右腕をこなしているだけのことはある、ということか。
さて、俺も見物ばかりしているわけにはいかない。折角リアスが妨害をしてくれたのだから、この隙をつかない手はないだろう。
「二人とも危ないぞ! どいてろ!」
「了解!」
「がははは! お手並み拝見だな!」
俺が警告すると、二人は大猿の近くから退避する。
大猿にはリアスの魔法がよく効いているらしく、緩慢な動きでようやく立ち上がることができたようだ。
「"blasT"」
俺は大猿が二人を追う前に手のひら越しに銃口を向け、引き金を引いた。
久しぶりに繰り出す黒属性魔法。手を銃弾が貫通する痛みはやはり良いものではない。
黒いオーラを纏った銃弾は大猿に直撃すると、爆発を引き起こした。大猿は爆発の衝撃によろめき、再び倒れてしまう。
「な、なんだかちょっとかわいそうですね……」
「やらなきゃやられるんだ。そうも言ってられないさ」
「はっ!」
今度はフロワが動いた。大猿の上空へ盾を持って跳躍する。
「おお! 凄いな! 大盾を持ってあんなにも高く跳ぶとは! あの華奢な体のどこにあんな力があるのだ!?」
俺が聞きたい。
「そのまま寝ていなさい!」
落下してきたフロワは盾で大猿を押しつぶした。フロワが飛んだ高さがそのままエネルギーとなって大猿にダメージを与える。
盾の重さとリアスの妨害により、大猿は自由に動けないようだ。もがいて苦しんでいる。
「流石フロワちゃん!」
「恐縮です」
サラちゃんの称賛に軽く返事をしながらも、大猿の拘束はそのまま続けられる。これは大きなチャンスだ。
「このまま封殺します!」
リアスが再び大猿へと駆け寄った。
大猿はリアスを目で追うものの、まともな見動きはできない様子だ。手足をばたつかせ、せめて近寄らせないようにと抵抗をする。
「がははは! そう怖がるな! ちょっと痛いだけだ!」
その腕をレオが掴み、動きを封じた。
さっきフロワの馬鹿力に驚いていたけれど、お前も人の事言えないぞ、レオ。見た目相応なだけフロワよりは説明がつくがな。
「確かに痛みは一瞬……でも苦しさはどれだけ続きますかね!」
繰り出されたのはレオが動きを封じた腕に対する二連撃。素早いナイフさばきには一種の感銘すら覚える。
「毒の魔法を仕込みました。時間が経つほどに奴は衰弱していきます」
「がははは! 何度見てもなかなかに悪趣味な戦略だな!!」
「清々しく悪口言うな! これが狩人クラスの戦略なんだから仕方ないだろ!」
レオの言う事もわからないでもないが、この妨害があるからこそ前衛に出る戦士クラスが戦いやすくなるのは確かである。
狩人クラスが敵を弱体化させたところを、戦士クラスが攻める。そしてその後ろから魔術師クラスがサポートや追撃をする。パーティーでの基本的な戦法だ。
「全く……しかしそろそろ麻痺が切れる頃です。急がないと……」
「はいよ。"penetratE"」
リアスが警告するや否や、俺は即座に引き金を引いた。
爆発を起こす"blasT"では奴に乗っているフロワを巻き込んでしまう。そこで奴が巨体であることを利用させてもらおう。
"penetratE"はなんでも貫通する魔力の塊。相手が大きければ大きいほどその体を突き抜け、多段ヒットすることで大きなダメージを与えられる。
弾丸は黒い魔力を纏って突き進んでいく。魔法によって貫通効果を持ったそれは大猿の身体を貫いた。
「ガアアア!」
「っ!?」
大猿は痛みで大きく暴れ出し、乗っていたフロワを盾ごと吹き飛ばす。
フロワはそれに反応できなかった。なすすべもなく吹き飛ばされ、俺たちの近くに落下してきた。
「フロワ!」
「フロワちゃん!」
すぐにサラちゃんが駆け寄っていき、回復を施す。
「フロワちゃん、大丈夫!?」
「も、問題ありません……」
フロワは強がっているものの、決して軽いダメージではないだろう。
「くっ……麻痺が切れてしまったようです、かけなおします! レオ!」
「了解だぁ!!」
リアスが再びナイフに魔法を纏わせ、大猿へと向かっていく。レオもそのあとに続いて走り出した。
さっきと同じように、レオが大猿の動きを封じる算段だろう。
だがまだ大猿は貫かれた痛みで暴れている最中だ。うまくいくだろうか。
「そおりゃあ!!」
気合の入った掛け声とともにレオが大猿の腕を受け止めた。
「ぐぬぬぬ……!! 中々やるじゃあないか……!!」
我を忘れた状態での力はやはり強いらしい。レオの腕は振るえ、その顔には苦悶の表情が浮かぶ。
だが、必要なのはリアスが一撃を加えるための時間だ。
「はあっ!」
それだけなら、この一瞬だけでも十分である。
「グアアッ!」
大猿が再び叫ぶ。
また暴れ出すのか? だが麻痺の魔法を喰らったのなら、リアスたちが退避するくらいの余裕はあるはずだ。
「あ……! 危ない! リアスさん、レオさん! 逃げてください!」
……そんな俺の予想は、見事に打ち破られた。
「グオアアアアア!!」
「なっ!」
「なぬぅ!?」
大猿が、麻痺の魔法を喰らったにもかかわらず再び暴れ始めたのだ。





