再会、大盾の少女
とまあ、そんな経緯で私はここに居る。
しばらく歩いてみたのだが仲間たちの痕跡は見つからず、それどころか見つけたくないものを見つけてしまった。
私たちを襲った戦艦……機巧士操る『ザ・サード・フリート』がこの島の周りを巡回しているようなのだ。恐らく、仕留めそこなった私たちを探しているのだろう。
身を隠しながら進みたいところだけれど、ジャングルの中からは時折恐ろしい唸り声が聞こえてくる。きっと今回のクエストで依頼されていた魔物だ。
砂浜もジャングルもどちらも危険。私にできることと言えば……死ぬ前に仲間と合流できることを祈るくらいである。
「っとと……!」
噂をすればなんとやら。戦艦が私の前に姿を現した。
とっさに近くにあった木に隠れる。さっき海上で見た時よりも小さい……どうやら本体じゃなく護衛艦か何かのようだ。
私が居ることはバレていないみたい。このまま隠れてやり過ごしてしまおう。
「……」
落ち着いていれば大丈夫。声が出ないよう、静かに呼吸をする。
「……グォォ」
「しぃ……声出しちゃだめ」
全く、近くに敵がいるのに。
「グオォォ……」
「駄目だってば」
バレたら対抗する手段はないっていうのに。
「グォア……」
「もう! いい加減に……!」
……あれ?
私、今誰と喋ってるの……?
「……あ、ああ」
「グアァァッ!!」
「きゃあああ!?」
振り返るとそこには身長2メートルはあろうかという、ゴリラのような魔物がいた。いつの間にか背後に近づかれていたのだ。
思わず飛び出る悲鳴。その悲鳴で護衛艦がこちらに気づいたようで、途端に銃撃が開始される。
砂浜に行けば蜂の巣。私はすぐにジャングルの中へ逃げ込んだ。
「はぁ……はぁ……! なんで……こんな……!」
所狭しと茂った草をかき分け、ひたすら前へ前へと走る。
後ろは決して振り返らない。いや、そもそも振り返る余裕が無い。そのせいで魔物の姿を見ることはできないけど、ドスドスという重厚な足音が私を追ってきていることを示している。
杖魔法で足止めをしてみるのもいいかもしれない。まあ、失敗すると命はないだろうけど。
……やっぱりひたすら逃げるのが一番なのかな。でも相手はこのジャングルに住み着いている存在。撒くのはかなり難しいだろう。それに体力は明らかに向こうの方が上だ。
私の体力が着実に消費されているのに対し、後ろから迫る音は全く勢いを緩めない。いつか追いつかれるのは火を見るよりも明らかだ。
対抗しても危険、逃げ続けるのも危険。こうなってしまうと、私にできることと言えば……
「た……助けてぇぇぇぇ!!」
やっぱり、祈ることくらいだ。
「い、イブリスさん! レオさん、リアスさぁぁん……!」
貴重な体力を使って、思い切り叫ぶ。この島全域に届かせるくらいのつもりで、お腹から助けを求める声を出す。
そして、祈る。自分の無力を嘆きながら、仲間の助けを信じながら……ひたすら、祈る。生き残れるようにと。
「フロワ……ちゃん……!」
仲間の名前を、友達の名前を、叫んだ。
「お呼びでしょうか」
……ああ。
もしかしたら、神様というのは本当に居るのかもしれない。
聞こえた声に私が振り返った瞬間、私と魔物の間に巨大な影が割って入る。
それは扉一枚はあろうかという大きさの盾だった。盾は襲い掛かる魔物を阻む壁となって私を守ってくれている。
……ああ。私はこの盾を知っている。そしてこれを扱う人を良く知っている。
「フロワちゃん……!」
「御無事……とは言えないようですね。しかし、お怪我がなくて幸いです」
盾で魔物を防ぎつつ、言葉をかけてくれるフロワちゃんの顔に、安心感が溢れてくる。
生きていた。そして生きられた。
二人だけのこの状況。魔物の怪力をものともせず、いつも通りの涼しい顔をしたフロワちゃんが、いつも以上に頼もしく見えた。
「はっ……!」
フロワちゃんが盾でタックルをし、魔物を転倒させる。
「サラさん、今のうちです。逃げましょう」
「う、うん!」
盾を折りたたんだフロワちゃんに手を引かれ、ジャングルのさらに奥へと走る。
魔物はちょうど転倒状態から立ち上がろうとしているところだ。今なら確実に撒くことができる。
先もほとんど見えないジャングルの中を迷いなくどんどん進んでいくフロワちゃんが、なんだか王子様か何かに見えた。
「……ここまでくれば大丈夫でしょうか」
しばらく進んだところで、フロワちゃんが立ち止まった。魔物が追ってくる気配はもうない。
「はぁぁ……」
止まった途端に疲れがどっと押し寄せてきて、フロワちゃんと手をつないだまま乾いた地面にしりもちをついてしまう。
フロワちゃんもゆっくりとその場に座り込んだ。
「……助けてくれてありがとう、フロワちゃん。あと……生きててよかった」
「それはこちらのセリフです。また会う事が出来て……その、安心、しました」
フロワちゃんは私の言葉にそっぽを向き、言葉に詰まりながら返答する。
……なんだか様子がおかしい。どうしてこっちを向かないのだろう。
「フロワちゃん? どうかしたの?」
「……いえ、なんでもありません」
フロワちゃんに呼びかけてみるが、やはりこちらを見ようとしない。
こんな様子でなんでもない訳が無い。もしも調子が悪いのだとしたら大変だ。
「ほら、こっちむいて。怪我とかしてるなら回復してあげるから」
「えっ、あ、あの、サラさん……!」
フロワちゃんの顔を両手でサンドし、無理やりこちらを向かせる。こうして触ってみてわかったけれど、彼女は結構な小顔みたいだ。
まあ、そんなことはどうでもよくて。ようやくこちらに向けられたフロワちゃんの顔は照れと驚きで赤くなっていた。どうやら怪我はないみたいだし、顔色も悪くはない。だけど……
……涙の跡が、かすかに残っていた。
「……あ、あまり……見ないでください」
フロワちゃんが顔を挟む私の手を照れくさそうに振り払う。
「もしかして……泣いてたの?」
「そうストレートに聞かれては……少し恥ずかしいです」
彼女はそう答えて、真っ赤な顔のまま俯いた。
なんだか初めて会ったときよりも表情が豊かになってきているような気がする。心を許してくれているということなのだろうか。
「私も海に放り出され……どうにかこの島まで泳いできたのですが、気づいた時には私一人でした」
フロワちゃんも似たような境遇を辿ってきたようだ。気絶して流れ着いたのか、自力で泳いでここまで来たのかという大きな違いがあるけれど。
でも良かった。私の様に気絶していたら、フロワちゃんは持っている盾の重みで海の底に沈んでしまっていただろう。
「それで……この島に着いて、皆さんを探している時にふと考えがよぎったのです。もしかしたら、サラさんにもう会えないんじゃないかって。そう思うと……自然に涙が……」
「……フロワちゃん」
……そこから先は聞かなかった。私はフロワちゃんをそっと抱きしめ、背中を撫でる。
ああ、やっぱりこの子も、本質は普通の子と同じなんだ。小さい頃からラディスさんのもとで従者として暮らしていても、根源には一人のか弱い女の子が居る。一人になりたくない、寂しがり屋の女の子がいる。
「大丈夫、私はここに居るよ」
彼女を抱き留めたまま、そう囁く。
「……はい」
彼女も、私を抱きしめてくる。私の力よりも、少し強く。
……お互いの温もりを感じて再会の喜びを分ちあう時間は、そのまましばらく続いた……





