遭難少女
「……暑いなぁ」
青い海、白い砂浜。照り付ける太陽の下で、私は気だるげに歩いていた。
私たち、ではない。私、である。
そう、私は今、仲間たちとはぐれて一人でいる。私だけじゃない、きっと皆バラバラになっていると思われる。
ここはクエストの目的地だった孤島だ……恐らく。遠くにマルメールの街がかすかに見えるからきっとそうだろう。
右を見れば広い広い海、左を見れば深い深いジャングル。しばらく歩いているけれど、仲間たちの手掛かりはどこにもない。
攻撃魔法を使えない私だけじゃ魔物に遭遇するのは危険だから、迂闊にジャングルに潜るわけにもいかないのだが……このまま砂浜を歩き続けるのにも危険な理由がある。
「……っ!」
ドカン、と言う音が遠くから聞こえた。咄嗟に近くにある木の陰に隠れる。
音はその一回きりで、他に特に異変はない。
「反対側……かな」
この島はそこまで大きくない。数十分もあれば歩いて一周できるほどの大きさだ。大きな音なら島の反対側まで届くのも不思議ではない。
……問題は今のは仲間の一人に対する攻撃の音か、それ以外か、だ。
私たちは今、現在進行形で攻撃を受けている。退路はなく、この島からは出られない、おまけに仲間とははぐれた。そんな最悪な状況の中でだ。
もし、今の音が仲間の誰かを狙った攻撃だとしたら……
「……ううん、大丈夫」
仲間たちは皆、経験豊富な冒険者ばかりだ。そんな簡単にやられるわけがない。
それに今の音はヒントにもなる。音がした方向へ行けば仲間に会えるかもしれない。勿論、敵に遭遇する確率だってあるけれど。
私は隠れていた木の陰から姿を現し、砂浜を再び歩き出した。
……さて、こんな状況に陥った経緯を話しておこう。
* * *
今から数十分前。私たちはマルメールの海岸から小船に乗り、件の孤島を目指していた。
「速いですねー」
今乗っているのはエンジンと呼ばれる魔具を積んだ小船。帆船や手漕きとは違って魔力をエネルギーとして動く船だ。
エンジンが魔力をエネルギーに変換し、それで推進力を生みだしているらしい。説明だけではいまいち分かりづらいが、とにかく魔力で動いていると思えばいいのだろう。
「船がこんなに速く進むなんて、思ってもみませんでした」
最も私が知っている船は絵本なんかに出てきたものだけだ。そのどれもが帆船だった。
風の力を借りてゆったりと進む、そんな印象ばかり抱いていたものだったが……この船はとにかく速い。私の中の船の常識が一気に覆されてしまった。
「エンジンという技術自体、まだまだ浸透していないものですからね。まだこんな小船にしか積めないのです。しかしそのうちあらゆる船が魔力で動く時代がやってきますよ」
「大型の船がこんな速さで……か。恐ろしいな」
後ろを見てみると、マルメールの街が遠くに離れている。出発してからそんなに経っていないのにもうこんなに進んだなんて。
「目的地までは……あと半分ほどでしょうか」
「レオ! もう少し加速できるか?」
「無茶を言うなリアスよ!! これ以上は流石に危険だ!!」
船を操縦しているのはレオさんだ。案外こういったスキルは高いらしい。
筋肉隆々としたレオさんの身体は、正に"海の男"といった風貌だ。中々に似合っている。
……しかしレオさんの口ぶりからすると、これ以上の加速も不可能ではないという事か。
「今機巧士の襲撃を受けるのが一番危険だ。できるだけ急ぎたいもんだがな……」
「……まあ仕方ありません。焦りすぎて転覆だなんて間抜けすぎて笑えませんからね」
「でも、見たところ私たち以外には船は見えませんよ?」
目の前に孤島が迫ってきていることと、後ろに遠ざかっているマルメールの街を除けば見えるものは何もない。相手が艦隊を使うというのなら、死角がないこの海で視認するのは簡単なはずだが……
「サラさん、相手は具現化能力を使うのです。もしかすると突然……」
「伏せろぉぉお!!!」
突如、レオさんが今までよりももっと大きい声で叫んだ。
直後に船を大きな揺れが襲った。
「わ! な、なに!?」
「くそ! よりによって今か!」
周囲の海が激しく波立っている。その波の向こうに、先ほどまでは見えなかった巨大な影があった。
船のようだが、私たちが乗っている物とは全く違う。桁違いの大きさを持ち、様々な武装が取り付けられている。所謂戦艦というやつだ。
更にその周囲には小型艦が数隻あるようだ。
「あれは……!? さっきまであんなのいなかったのに……!」
「相手は具現化能力の使い手……何もないところに突然出現させることも可能ということです……!」
「あいつが『ザ・サード・フリート』……なるほど、確かに前の戦車に比べるととんでもない規模だな。護衛艦までありやがる……!」
戦艦の主砲がこちらに向けられた。先ほどの攻撃は外れたようだけれど、今度はそうはいかないだろう。
「くっ……レオ! 避けられるか!?」
「わからぁぁぁん!! だがこうなれば背に腹は代えられん!! エンジン出力全開で行くぞぉぉぉ!!」
私たちの船が急激に加速した。主砲によって引き起こされた荒波に逆らい、もう目前まで迫った孤島へ全力で進む。
とてつもないスピードだ。波による揺れも相まっていつ振り落とされてもおかしくない。
「……攻撃っ! 来ます!」
「ぬおおおお!!」
フロワちゃんの警告の直後に砲撃の音が響く。
レオさんが船を更に加速させた。そのおかげで攻撃はかわせたが、波が再び大きくなる。
「おい! 大丈夫なのか!」
「がっはっは!! 舵が効かん!!」
「ええっ!?」「笑ってる場合か!」
島は目の前。しかし船は完全にコントロールを失っている。大きな波に任せて飛び跳ねるのみだ。
「きゃっ……!」
「っ……!」
そしてついにその時はやってきた。
私たちの船は波にひっくり返されて、仲間たち全員が海の中に投げ出されたのだ。
「あっ……!」
声を上げる間もなく水中へと強制的に潜らされる私たち。
水の中に差し込む太陽の光が見える。こんな状況でもなければ神秘的に思えたものなのかもしれないが、当然そんな光景を楽しむ余裕などない。
(あ……駄目……だ……)
突然慣れない環境に放り出された私はパニックですぐに酸素を失ってしまう。
息ができない苦しみ、自由に身動きが取れない苦しみ。どちらも経験したことのない私を、死んでしまうかもしれないという恐怖が支配した。
その恐怖によって私はますますパニックに陥っていく。落ち着いて海面を目指すことができれば助かるだろうけど、この時の私にはそんなこと出来なかったのだ。
酸欠で遠のく意識。やがて私は水中でもがくことすらやめて、波に身を任せていた。
(……ここまで……なのかなぁ)
そして、私は意識を手放す。
最後に見えた水中に差し込む光は、なぜかとても綺麗に見えた。
***
(…………)
波の音が聞こえる。
身体に太陽の光が照り付けている感覚がする。
「ん、ん……?」
私はゆっくりと目を開いた。
……生きてる。
「……ここは……?」
私が目を覚ましたのは砂浜だった。海辺にうつ伏せで倒れている形。
目の前には深そうなジャングルがあり、横を見てみるとずっと砂浜が続いている。
立ち上がってあたりを見渡してみた。海の向こうには、小さくマルメールの街が見える。
「あの島……なのかな」
もう一度あたりを見渡してみる。そこで一つ、重要なことに気が付いた。
「……! 皆は!?」
イブリスさん、フロワちゃん、リアスさん、レオさん。
誰もここにはいない。少なくとも、ここから見える範囲には影も形もない。
私以外、全員沈んでしまった……? 最悪の考えが頭をよぎる。
が、頭を振ってその考えを振り払った。ネガティブな考えにとらわれちゃ駄目だ。私がこうして生きているんだから皆もきっと生きている。
「探さなきゃ」
そうして私は当てもなく島の探索を開始した。





