アトミスでの生活
「ええっと……魔力を一点から放出するイメージで……それ!」
私が付きだした手のひらから、光る球が勢いよく発射された。
それは真っ直ぐ進み、壁に当たると儚く消え去る。
「うーん、まだ時間がかかってしまうね」
「す、すみません……」
「謝ることはないさ。最初は誰だってそんなもんだよ」
少し離れてその様子を見ていた女性がこちらに声をかけてくる。
ここはアトミスギルドの修練場。アトミスにお世話になることになった私たちは普段メンバーしか使えない施設をいくつか使うことを許されている。ここもその一つだ。
今まで魔術の練習をクエストやそれに向かう馬車で行っていた私としてはこうして集中できる環境があるのはとても嬉しいこと。折角なので使わせてもらっているところだ。
「でも筋はいいよ。成長もなかなか早いね」
「あ、ありがとうございます!」
私は褒めてくれた女性に深くお辞儀をしてお礼を言う。
この人はセルテさん。アトミスに所属するプリーストさんだ。このギルドの中でも五本の指に入る実力者らしい。
属性は私と同じ白属性。イブリスさんとは違った視点で色々な指導をしてくれる、私にとって第二の師匠のような人だ。
魔法の基礎や使いどころをじっくり教えてくれるイブリスさんに対して、セルテさんは同じ白属性プリーストという立場から魔力の性質を応用した使い方を教えてくれる。
今行っていたのは魔力を集中させて敵にぶつける訓練。光を放つ白属性魔力の特性を利用して、敵の目をくらませようというものだ。
「すまんな、わざわざ時間取ってもらって。ほんとは師匠の俺がもっと面倒見てやらんと駄目なんだが……」
「一向に構わないさ。私も暇をしていたし、属性も違うとなると教えられることにも限界があるだろう。それに……黒の魔術師とその弟子に興味があったものでね」
……アトミスの人たちから私たちに向けられる目線は、正直良いものではない。立場を考えるとそれも当然かもしれないけれど。
とても気まずかったけれど、そんな中でセルテさんはレオさんたちと同じように私たちを温かく迎えてくれたのだ。
「そういえばお仲間が一人見当たらないようだけど?」
「フロワちゃんのことですか?」
今、この場には私とイブリスさん、そしてセルテさんの三人しか居ない。私たちが訓練している間、フロワちゃんは別行動だ。
では一体何をしているのか、というと……
「あいつにはちょいと調べ物をしてもらってる。フロワが戻ってきてから少し休んでクエストに行くつもりだ」
「なるほどね……調べ物ってのは一体?」
「周辺の魔物が最近どうなってるかとか……ま、クエストに関する色んな情報ってとこだよ」
「へぇ、仕事熱心だねー?」
「やることやらなきゃ食ってけないもんでな」
「……」
イブリスさんはこう言っているが、半分は嘘だ。調べ物というところまでは正しいけれど、それはクエストに関する情報じゃない。
今、フロワちゃんはラディスさんの所へ行っている。用件は、機巧士に関する情報を聞くことだ。"機関"も存在は知っているとのことだから、戦闘部トップのラディスさんが知らないはずがないだろう。
そしてもう一つ、アトミスギルドの動向について。当然これはこのギルドの誰にも言っていない。イブリスさんが嘘をついた理由もこれだ。
イブリスさんは慎重な性格。念には念を入れてこのギルドに関する不審な情報が無いか探って貰うことにしたらしい。私は……そこまで疑うこともないと思うのだけれど。
でも、イブリスさんは周りからずっと疎まれて過ごしてきたのだから……必要以上に慎重になってしまうのも仕方がないことなのかもしれない。
「しっかし貴方も中々のやり手だね? こんな幼気な少女を二人も侍らせるとは……しかも片方はゴスロリメイド! ちとマニアックすぎやしないかな?」
「同じ様なことをどこで何回聞いたか覚えちゃいないが俺に変な気はないからな?」
「でも皆噂してるよ? 黒の魔術師は悪魔の手先なうえにロリコ……」
「後者は"機関"のデスクでニヤニヤしてる剣聖に言ってやれ。少女にメイドさせてるような奴だからな」
まあ、信頼を得た相手からも別の意味で苦労させられているらしい。これは私たちと行動を共にしているせいなのだけれど。
それにしても、こんな会話に巻き込まれるラディスさんも中々に不憫なものだ。
「こちらでしたか」
大人しい声が二人の会話を遮った。
「おっと、噂をすればだね」
「……?」
「気にするな」
当然、声の主はフロワちゃんだ。
帰ってくるのが思ったよりも早い。情報集めがスムーズに終わったのかな?
「お疲れさま、フロワちゃん!」
「はい……サラさんも訓練お疲れ様です」
「何か分かったか?」
フロワちゃんはイブリスさんの質問に俯いて首を横に振った。あまりいい成果は得られなかったという事だ。
早く帰ってきたのもスムーズに情報を集められたわけではなく、有益な情報が得られないと判断したからだろう。
「今分かっている事以上の情報は得られませんでした。機巧士に関してはやはり"機関"も手を焼いているようでして……ペンドラゴンも取り調べに対してはずっと黙秘しているそうです」
「……そうか」
「しかし、裏でヒュグロンと関わっていることは間違いないようですね。主様もそちらに目をつけていました」
ラディスさんもそちらの方面には動いているみたいだ。もしかしたら機巧士を相手にする時に一緒に戦えるかもしれない。そうなるとしたらとても心強いのだけれど。
「……アトミスギルドですが、特に怪しい記録はありません。とりあえずは、信用して差し支えないかと」
フロワちゃんがイブリスさんに近寄り、小声で囁いた。心なしか、イブリスさんの表情が少しほころんだような気がする。
このギルドに居る間、ずっと何かを警戒していたのだろう。それが少しは解けたのだろうか。
「ふふふ、主様とは言うけれど……私には黒の魔術師が君の主であるように見えるね」
報告を終えたフロワちゃんに、セルテさんから茶々が入った。フロワちゃんは表情をほとんど変えないが、ムッとした雰囲気でセルテさんを睨む。
「イブリス様は決して私の主などではありません」
「ふ、フロワちゃん、そんなきっぱり言わなくても……」
確かに、事実なのだけれど。
「そんな睨まないでくれ、悪気はないんだよ。ただ、やけに献身的だなぁと思ってさ」
セルテさんはにやつきながら追い打ちをかける。この人、確信犯だ。
「私は主様の命令でイブリス様に協力しているだけです。決して私自身が……」
「へぇ、じゃあ、その子も?」
「え……?」「へっ?」
……突然、セルテさんの視線が私へと向けられた。
「わ、私……ですか?」
「そ、本当にその主様の命令で一緒にいるだけなのかい?」
「サラさんは、その……」
フロワちゃんが明らかに言葉に詰まっている。ほのかに顔を赤らめているところを見ると、少々恥ずかしがっているようだ。
ここは私がフォローをいれてあげなければ。
「私とフロワちゃんは友達ですよ? ね、フロワちゃん?」
「……っ!」
私がそういうと、フロワちゃんの顔がたちまち真っ赤になった。
……あれ? 逆効果だったかな?
「ぷっ……ははは! 面白いね、君たちは」
「えっ?」
「中々にお似合いの二人だと思うよ」
セルテさんは当然笑い出したかと思うと、そんなことを言ってくる。
その言葉自体は嬉しいのだけれど……一体どうしたというのだろう?
「そのメイドちゃんは……多分、今まで他人とは事務的な関わりしか無かったんじゃないかな?」
「……」
フロワちゃんは俯いたまま何も言えずに立っている。セルテさんの言う事が図星だからだろうか。
「他人から与えらえた仕事はこなせても、自己主張が苦手なタイプだ。友達って関係でも、どこか事務的な印象がある」
セルテさんは心を読むようにフロワちゃんのことを分析していく。
確かに、私と接するフロワちゃんにはどこか緊張があるように感じていた。どこか、まだ距離があるような感覚。
思えば出会ってからそんなに経っている訳ではないから、仕方がないのかもしれないけれど……フロワちゃんの今までの人間関係を考えると、距離感というものが掴めないのも当然の話だ。私が初めての友達だと、そう言っていたことだし。
「それに対して君は他者と積極的に関わりに行こうって性格をしてる」
今度は私を指差して言った。
「誰とでも仲良くなれるような、来るもの拒まずな性格だ。だからまあ……なんていうか」
セルテさんはそこで少し言葉を溜めて……
「がっはっはっは!! ごきげんよう諸君!!」
そこでいきなり入ってきたレオさんに、話を遮られた。





