疑惑のギルド
「……マシニスト?」
リアスから聞き覚えのない単語が提示された。マシニスト、機巧士、どちらにしても知らないものだ。
当然、サラちゃんも覚えはないらしい。だが唯一……
「機巧士……とは、もしかして……」
フロワだけは、心当たりがあるらしい。
「知ってるのか?」
「主様の仕事の資料でそのような文字を見たことがあります」
ラディスの仕事。つまり、"機関"にも関連する何かという事か。
しかし戦闘部トップであるラディスが絡んでいるとなると……あまり良い予感はしない。
戦闘部は有事の時に魔物や悪魔……そして冒険者の対応にあたる部隊。つまり、その機巧士とやらは戦闘部に協力する冒険者か……
もしくは、その逆。鎮圧すべき危険分子かのどちらかだ。
この話の流れからして、どちらなのかは簡単に予想できる。
「機巧士は時折、冒険者を襲撃する事件を起こしているグループです」
……やっぱり、な。
「グループってことは複数人……なんですよね?」
「その通り!! だが実際に行動するときは一人ずつで動く傾向がある!!」
リアスが嫌な顔をして耳をふさいだ。隣で突然喋られると流石に困るらしい。
「そしてその素性は一切不明!! 犯行現場にも決して姿を見せず、顔は勿論体格や性別すらも判明していない!!」
レオの声が更に大きくなった。隣にいるリアスは耳を力強く抑えて踏ん張っている。
「何より!! その最大の特徴は……」
「うるせぇ! 客人の前でくらい静かにしてくれ!」
リアスの耳が限界を迎えたらしい。レオに負けず劣らずの大声で注意をした。これくらい大声でないと聞き入れてくれないのだろう。
「おっとすまんな!!」
レオは反省したのかしていないのかわからない態度で謝りながら、人差し指で自分の唇を撫でた。『お口チャック』の合図だろうか。
「で、何が最大の特徴だって?」
「……能力ですよ」
「機巧士は、兵器やカラクリを具現化する能力を持っているんです」
「っ!?」
「……心当たりがありますよね?」
心当たりも何もない。
兵器を具現化する能力だと? ふざけるな。俺たちはこの間正にその能力を目の当たりにしているじゃないか。
チャリアス・ペンドラゴン。
俺たちを狙ってステレオンから派遣された、戦車を操る男。
「あの男……ペンドラゴンが機巧士のメンバーであることは確実です。しかしそうなると疑問が一つ浮かびます」
「なぜ犯行現場に姿を現したのか……か?」
リアスは頷く。
「機巧士は今まで兵器を使役し、自分は姿を隠すやり方で犯行を行ってきました。そのせいで素性がつかめず、"機関"も苦労していたようです」
それが何故か、今回に限ってその姿を、その素顔を曝して戦闘を行った。
「なんだか……おまぬけですね。それで自分のギルドを潰しちゃうなんて……」
「……それだ」
サラちゃんの言葉を聞いた瞬間、俺の中に一つの仮説が浮かんだ。
俺たちを始末するだけならば、戦車だけを戦わせればいい。だが実際にはわざわざ姿を見せ、それが原因でステレオンは潰れた。
……もし、もしペンドラゴンの真の目的が、俺たちの始末ではなく、ステレオンを潰すことだったとしたら?
俺が証拠を握ったのも、ペンドラゴンが意図的に仕込んだものだとしたら?
「もう一つ!! 興味深い事実を教えよう!!」
再び部屋がうるさくなった。チャックを閉じるのは苦手なようだ。
「今までの機巧士の犯行によって!! ヒュグロンは例外なく大小様々な利益を得ている!!」
仮説がますます信憑性を増す。
今回のステレオンの事件、はたから見れば間抜けな自滅に見えるだろう。
だが、この仮説が正しいなら……ステレオンはまんまと、ヒュグロンの罠にかかったことになる。
機巧士という存在、ペンドラゴンという男、ヒュグロンが得ているという利益、そしてステレオンの不自然な自滅……
これだけ材料が揃っているというのに、これを仮説のまま終わらせるのはあまりにも勿体無い。
「つまり……機巧士は、ヒュグロンの手の者であると?」
「そういうことです。当然、正式にヒュグロンに所属しているわけではないですがね」
フロワの質問にリアスが答えた。
正式なメンバーではないのは、まあ当たり前だろう。ペンドラゴンに関してはステレオン所属だったのだ。結果としてはスパイに過ぎなかったわけだが。
「その機巧士がステレオンを潰しました。我々が襲撃を受けるのも時間の問題です」
「これは俺たちにとっても忌々しき事態だ!! 今は少しでも戦力が欲しい!! どうか協力してはくれないか!! なにもギルドに入ってくれとまでは言わん!!」
レオの声は相変わらずうるさいが、心なしか今までよりも熱意が入っているように聞こえる。
「頼む!! この通りだ!!」
「なっ……おい!」
ついには膝をつき、土下座まで繰り出してきた。
今目の前に居るのは、仮にもギルドを一つまとめるマスターだ。それもそんじょそこらの弱小ではなく、三大ギルドの一角のマスターである。
それなりに名高い称号を持った男が、目の前で土下座をしているのだ。流石に戸惑わざるを得ない。
「私からもお願いします」
次いでリアスも頭を下げた。土下座まではしないものの、しっかりと腰を折って頼み込んでいる。
綺麗な90度だ。まるで……サラちゃんが最初に弟子にしてくれと言ってきたときのような。
「イブリスさん……私、二人が嘘をついているようには思えないです」
「……」
サラちゃんがどこか悲し気な目で見つめてくる。フロワは表情を変えずに二人を見たままだ。
確かに、ここまで話をしている限り、騙そうとしている様子は無かった。こちらが中々信用しないにも関わらず、頭を下げてまで協力を要請してきている。
流石にここまでやられたら……
「……はぁ、わぁったよ」
……折れないわけにもいかないだろう。





