三大ギルド、アトミス
「こちらへどうぞ」
俺たちは今、リアスに同行してアトミスの本部へ来ている。
仲間になってほしいという誘い。リアスは武器も持っておらず、敵意がないのは確かなようだったので、その誘いをとりあえずだが信じてみることにしたのだ。
当然、完全に信用しているわけではない。いつ攻撃されても対処できるよう、銃に弾は込めてあるし、フロワも盾を持ってきた。
わざわざ盾を取りに行く猶予まで与えてくれたのは、嘘をついていないからなのか、それとも余裕の表れか……
「だ、大丈夫だったんですか……?」
サラちゃんが小声で不安そうに聞いてくる。リアスについていくことになってから緊張しっぱなしのようだ。
「安心しろ、何かあっても必ず守ってやるから」
できるだけ緊張をほぐすように、サラちゃんの頭を強めに撫でてやる。
三角帽の上から撫でたにも関わらず、髪をぐしゃぐしゃにしてしまったらしい。サラちゃんは一旦帽子をはずして髪を整えた。
思わず力が入っているところを見る限り、俺も緊張してしまっているらしい。警戒は大事だが、リラックスしなければ。
「しかしここまで何もないところを見ると……案外、信用してもいいのかもしれませんね」
「どうだかね」
「ここですれ違った冒険者たちの中にもイブリス様に気づいたと思われる方は何人か居ましたが、いずれも敵意を向けているような様子ではありませんでした」
「……」
それは俺も感じていた。
明らかに俺に視線を向けている冒険者こそいれど、敵意や嫌悪の目は感じなかった。
三大ギルドはどれも俺を目の上のたんこぶ扱いしていたと記憶しているが……一体どういうことだ?
「こちらです」
数分歩き続けてたどり着いたのは、両開きの扉の前だった。
「マスターが貴方がたをお待ちしております……どうぞ」
先導していたリアスが扉の鍵を開き、俺たちに道を譲る。
俺はサラちゃんとフロワに俺の後ろに隠れるよう促しつつ、扉に手を掛けた。
深呼吸をし、心の準備をしてから、扉をゆっくりと押し開いていく。蝶番が軋む音と共に、部屋の中が少しずつ明らかになる。
印象としては、はっきり言って殺風景な部屋であった。カーペットなどの装飾こそしっかりしているものの、部屋にあるのは……アトミスのマスターが使っていると思われるデスクだけだったのである。
そのほかには何もない。本棚かなにか並んでいてもいいものだと思うのだが、本当に何も置かれていないのだ。
ただ、何もない部屋とは対照的に、デスクの上には書類が山積みにされていた。
「全く進んでいないのか……」
後ろからリアスのため息が聞こえた。呆れた口調である。口ぶりからしてあの書類は溜まっている仕事なのだろう。
……ところで。
「おい、リアスとやら。肝心のマスターさんはどこに居るんだ」
そう、部屋には誰も居なかったのである。リアスの話を信じるのならばここでギルドマスターが待っているはずだったのだが……
「……はい?」
不思議そうな顔をしたリアスが前に躍り出た。
部屋に駆け込み、あたりをきょろきょろと見回す。次いでデスクを調べたが、すぐに戻ってきた。どうやらあそこに隠れているわけでもないらしい。
「っの野郎! まさか逃げ出しやがったか……!? 皆さん、しばしお待ちを! すぐに探し出して……」
完全に想定外の出来事のようだ。リアスは焦った顔で俺たちに話をする……が。それを遮る形で、突如部屋に声が響き渡った。
「ガーハッハッハ!!! その必要はないぞリアス!!!」
聞こえてきた声は耳が痛くなるほどの大声。確かに部屋の中から聞こえた筈なのだが、相変わらず俺たち以外に人の姿は見えない。
だが、戸惑う俺たちをよそに声は続く。
「がっはっはっは!!! よくぞ来た黒の魔術師よ!! 歓迎するぞ!!!」
「な、なんですかこれ!? どこから話してるんですか!?」
サラちゃんが軽いパニックに陥っている。歓迎すると言っておきながら客を驚かせるとは中々に矛盾しているものだ。
まあ、驚いているのは俺たちだけじゃなくリアスも含まれるが。
「どこにいる! おい! さっさと出てこい!」
しびれを切らしたリアスが怒りを交えた声で叫ぶ。さっきから思っていたが出会った時と比べて口調が砕けているのが不思議だ。様子を見る限りこちらが本性か。
「まあそう焦るなリアス!!! 今姿を見せてやろう!!!」
その返事を最後に、声は黙った。
代わりにゴソゴソと何かが作業しているような音が耳に入る。皆その音に集中していることもあってか、やけに静かだ。
ゴソゴソ音はしばらく続いたのち、ガコン! という音で締められた。
「……ガコン?」
どうやら聞こえたのは天井からだ。
俺たち全員が仲良く上を見上げた瞬間……
「がーはっはっは!!! 待たせたなぁ!!」
……筋肉隆々の大男が、天井から"降ってきた"。





