新たな仲間、そして……
「ところでイブリス、今日は大変だったって聞いたけど?」
「……ああ、ステレオンの冒険者に襲われた」
ラディスからの質問に、今日の苦労を思い出しながら答える。
流石に情報は掴んでいたか。受付嬢であるセレナが知っていたのだから、機関上層部の人間であるラディスも当然知っているだろう。
「三大ギルドが俺を狙ってるって、本当なんだな?」
「確信は持てないが、ステレオンの人間が襲ってきたのなら信憑性は高いだろう」
「はぁ……お前曲がりなりにも"機関"のトップなんだろう?どうにか制裁とか加えられないのか?」
他の冒険者へ明確な悪意を持って攻撃を加える行為。制裁を与えるには十分すぎる。実際、そうした違反行為で冒険者権限をはく奪された者も過去には存在する。
冒険者同士のトラブルをそうして解決していくことで、今の世界が成り立っているのだ。
「無茶言わないでくれ、物的証拠があるわけじゃないんだろう?」
が、それはそう甘い話ではない。
「君を襲った冒険者は何かステレオンギルドだと証明できるものはあるのかい?」
「……いや、本人の口から聞いただけだ。それに装備は全身真っ黒で……多分、足がつくようなものは持っていなかった」
「なら"機関"もそう簡単には動けないよ。今回の場合、相手も小さい組織じゃないからね。ステレオン単体ならともかく、三大ギルドが動いているかもしれないという状況なんだ。制裁を加えるにしても"機関"中の皆が慎重になるだろう……」
"機関"がギルドを支えるのと同時に、ギルドも"機関"を支えている。ギルド体制が崩壊すれば、それだけ路頭に迷う冒険者も増えてしまうのだ。
三大ギルドのような規模の大きいギルドともなればなおさらである。
歯がゆいのはラディスの言う事に納得できてしまうことだ。確かに相手は大きな組織。物的証拠でも用意しないと"機関"も動きにくいのだろう。
「言っておくが、ギルド本部に突撃なんてしないでくれよ?そうなったら僕らは君に制裁をしなきゃいけなくなる」
「わあってるよ……くそっ」
煙草を足で乱暴に踏みつけながら消火する。ベランダの床とイブリスの靴が鳴らした衝撃音に、部屋の中にいたサラとフロワが少し驚いた。
狙われているとわかっているのに、自分からは何もできないのか。できることと言えば、襲ってくる敵を待つだけ。ただただ苛立ちが募るばかりだ。
「そう怒らないでくれ、僕もできる限り尽力する」
「……頼んだぞ」
「ら、ラディスさん……!?どうしてここに?というかいつの間に……」
しばらくして、驚きに目を見開いたサラ、続いて落ち着いて歩くフロワがベランダへ出てきた。
途端にラディスは険しかった表情を張り付けたような笑顔に変化させ、二人に微笑みかける。
同時にイブリスの不機嫌メーターも上昇した。ラディスのこの笑顔はどうしても気に食わない。
「やあ、サラちゃん、こんばんは。勝手にお邪魔して申し訳ありません」
「あ、い、いえ、こんばんは……」
サラの挨拶の隣で、フロワが丁寧なお辞儀をする。
「フロワ、サラちゃんとは無事にお友達になれましたか?」
「……はい」
「そうですか。それはよかったです」
照れからか、返事の声はいつもよりも小さい。そんなフロワの頭を、ラディスが優しく撫でた。
「……やっぱロリコンじゃねぇのお前」
「……違いますよ?」
「少し迷った挙句何で疑問形だよ」
やっぱりこいつをサラちゃんに近づけては危険な気がする。
「さて、フロワ。お前はしばらくはイブリスたちと一緒に行動しなさい。お前の盾は二人を守るのに丁度いい」
フロワは静かに頷いた。
狙われているとわかった以上、護衛があるに越したことはない。イブリスはまだしも、サラはまだまだ未熟だ。危険から身を守る盾がいる。
「そういう訳でサラちゃん、イブリス。フロワをよろしくお願いします」
「は、はい!」
「ちょっと待て何を勝手に話進めてんだ。流石にそんな金ねぇぞ」
「イブリス様、心配なさらずとも自分の宿代を払うくらいのお小遣いはいただいております」
「小遣い制なのか!?」
「月15万リトスですよ」
「14の少女にほいほい与える額じゃねぇよそれ!」
流石、"機関"トップなだけあって裕福さもトップクラスのようだ。
「さて、じゃあ僕は帰りますよ……フロワはここに置いていきます」
「おい、お前……!」
「今晩の宿代は立て替えておきました。それでは……良い夜を」
「おい!」
イブリスの静止も聞かず、ラディスはそのまま去ってしまった。嵐のような奴だ。
「……では、これからしばらく、よろしくお願いいたします……全力でお二人をお守りしますので」
しばらくの沈黙の後、フロワが深くお辞儀をした。
* * *
「逃がしただと!?」
イブリスたちの会話と、ほぼ同時刻。アヴェントのとある建物の一室にて、初老の男が激昂していた。
「す、すみませんでしたぁっ!」
その男に深々と頭を下げて謝罪の弁を述べるのは、イブリスたちを狙った狩人クラスの冒険者。
ここはステレオンギルドの拠点。冒険者に怒りをぶつける初老の男は、このギルドのマスターであった。
マスターはイブリスをみすみす取り逃がし、収穫も持たずに帰ってきた目の前の冒険者を叱責していたのだ。
「や、奴が予想外の抵抗を見せたもので……」
「言い訳をするなっ!」
ギルドマスターが大きな音を立てて机をたたく。部屋の外まで聞こえてもおかしくないほどの爆音。目の前で突然鳴らされた冒険者はたまったものではない。
「奴は私たちにとって癌のようなものだ!早急に排除しなければ私たちステレオンの立場が危ういのだぞ!わかっているのか、ええ!?」
「は、はぁ……」
異常なほどの怒りを見せるギルドマスターに、冒険者はたじろぐ。
今までこんなにも怒鳴るマスターを見たことがない。黒の魔術師は敵視していたが、ここまで酷く言うのは初めてだ。一体何があったというのだろう?
「ところで、貴様がステレオンの人間だというのはバレてはいないんだろうな?」
「そこは大丈夫です。身分が判明するようなものは持って行っていません」
実際のところ、本人が自白をしているのだが、その記憶はイブリスの魔法によって見事に改変されていた。
今、冒険者の中ではあの出来事は『任務に失敗してしまったので捕まる前に退避した』という事になっているのだ。
「顔は?」
「見られていません」
これも改変済みだ。
「……なら、もう一度お前を寄越してやる。次はないぞ」
「……はいっ」
"次はない"。威圧する瞳で言われたそのセリフは、冒険者の心臓にナイフの様に突き立てられた。
もし、次、失敗すれば、自分はどうなるのだろうか。恐怖が冒険者を駆け巡る。
いや、考えるな。ネガティブな考えはかえって成功率を落としてしまう。成功させる、それしかないのだから。
「必ず、次は奴を……」
「おいおいおいおいおいおい、正気かマスター?」
馬鹿にしたような男の声と、扉が開く音が、冒険者の言葉を遮った。
入ってきた男は細く、長身の男。首からかけている何かのエンブレムのシルバーペンダントが印象的だ。
男は茶髪のぼさぼさ髪を右手でかき乱しながら、ゆっくりとマスターの前へと歩いてやってきた。
「一度失敗した奴は何度でも失敗する。やり続けれてば成功するなんてほざくやつも居るが世の中それだけじゃ生きて行けねぇ。一回でも失敗した奴にゃこの仕事は任せらんねぇな」
男は冒険者をにやにやと睨みながらそう言った。紛れもない挑発である。
「ペンドラゴン、テメェ何しにきやがった」
「それを今から言ってやんだろうがよ」
ペンドラゴンと呼ばれた男は冒険者からギルドマスターへと視線を移し、心臓に拳を当てて気を付けをした。
「不肖、私ペンドラゴンがその黒の魔術師討伐をお引き受けいたしましょう」
「……ほう」
敬礼をしながらにやりと笑うペンドラゴンは、おふざけにも聞こえる口調で、そんな言葉を発した。
「確かに貴様なら奴と十分に渡り合えるだろうな」
「へっ、そりゃ違うな……十二分だ」
自信たっぷりにマスターの言葉をいなすペンドラゴン。ギルドの主の前であるが、その態度はひたすらに軽い。
「俺ぁこのギルドのエースだ、トップだ。俺なら失敗なんてしない……絶対にな」
「おい、好き勝手言うな!この任務は俺が!」
「黙りな!さっきも言っただろ、一回でも失敗した奴にこの仕事は任せられねぇんだよ」
「それはマスターが判断することだろう!」
「なら聞いてみりゃいい。どう思う?マスター?」
二人はマスターを注視する。マスターは何かを口にすることはなかったが、その瞳に冒険者の擁護は現れていなかった。
「……そ、そんな」
「これでわかったろ?お前は役立たず、用済み!あとはエース様に任せるこった」
冒険者はその場で膝から崩れ落ちた。汚名を返上する機会はもうないという勧告に対する絶望がこみ上げる。
「まーまー。人生生きてりゃいいことあるっつーの……じゃあ出てけや」
反論する気力も起きず、冒険者はそのまま重い足取りで部屋を出ていってしまった。
「……任せてもいいのか?」
「当然だ」
「……俺が、今まで"失敗"したことがあったか?」