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魔術の師匠はフリーター  作者: 五木倉人
師弟、狙われる
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大盾に照らされて

「これが無事に見えるかよ」


「悪態をつくくらいの余裕はあるようでなによりです」


イブリスに皮肉を返しつつ、盾を持つ少女……フロワは二人の方へ振り返る。


相変わらず無表情で抑揚のない声。数日前に会った時と全く変わらず、まるで人形のような印象を与えるメイドは、倒れる二人を見下ろす形で、そこに凛として佇んでいた。


「フロワちゃん……どうしてここに?」


「良くない噂を聞いたもので」


サラの疑問に一言だけの返答が返される。三大ギルドの怪しい動きはフロワの耳にも入っているらしい。


だとすれば、必然的にラディスも把握しているだろう。


「で、ラディスの命令で助けに来たわけか?」


「いえ……これは私の独断です」


「……は?」


イブリスが素っ頓狂な声を上げた。


イブリスの知る限り、フロワはラディスの命令を忠実にこなす人物だ。逆に言えば、ラディスの命令こそが彼女の全てとも言える。


少なくとも、彼女が独断で行動するなど今までに聞いたことがないのだ。


「ふ、二人とも!来ますよ!」


積もる話があろうとも、攻撃の手は休まらない。


次々に聞こえるボウガンの発射音。その全てがフロワの盾により弾かれていく。


「攻撃は私が引き受けます。お二人は敵の位置の把握と迎撃を」


悪魔の攻撃に耐えるほどの腕力だ。ボウガンごときではびくともしない。


「話は後……か。仕方ねぇ、頼むぞ!」


フロワの盾に守られながら銃に弾丸を詰め込む。いつもの銀弾ではなく、ただの鉛だが。


ボウガンが飛んでくる方向で大体の位置は掴めている。イブリスはそちらへと銃を向け、一発、撃った。


火薬のフラッシュが一瞬だけ辺りを明るく照らし出す。


その瞬間、盾と大蛇の向こう側。人の腰辺りの高台で弾丸をかわした一人の人影をイブリスは見逃さなかった。


顔は布で覆い隠されていて見えない。その装備は、全身が黒っぽい色調で統一されていた。暗闇で身を隠しながら戦闘することを想定した服装だ。


鎧などではなく、布でできた軽装。ボウガンを使う狩人クラスらしい装備であった。


「見えたな……!逃がさねぇぞ!」


「……っ!」


辺りは再び暗闇に包まれる。


先ほどまでと違うことは、走る足音が聞こえること。居場所を察知された敵が移動しているのだ。


イブリスたちも足音を追いかける。盾役であるフロワを先頭に、イブリス、サラと続く形である。


「イブリスさん!光、出しますか!?」


「いや、まだいい!……必要になったら合図を出す!」


「わ、わかりました!」


視界を確保しようとするサラの提案は一旦断られた。逃走劇はイブリスの発砲によるフラッシュを頼りにしながら続いていく。敵は洞窟を脱出するべく、外へ向かって進んでいた。


「フロワ、大丈夫か?」


「……心配ありません……!」


この中で最も体力消費が激しいであろうフロワを気にかけつつ、イブリスは作戦を考える。


奴は是非とも捕縛したい。ラディスにでも引き渡してやれば、あとは“機関”が三大ギルドに捜査のメスを入れてくれるだろう。


イブリスは怪しまれているとはいえ善良な一般冒険者なのだから、“機関”もこちらに味方してくれるはずだ。


だが捕縛のためとはいえイブリスの魔法は使えない。イブリスの使う攻撃魔法は人に使っていいものではないからだ。“removE”の消滅などを見れば黒属性魔法の危険性がよくわかるだろう。


黒属性魔法なしで、いかに奴を捕まえるか。イブリスは頭の中で考えを駆け巡らせた。


* * *


「はぁ……はぁ……くそ、まだ追ってきやがる!」


イブリスを狙った冒険者は洞窟の出口めがけて逃げ続けていた。


黒の魔術師を待ち伏せして闇討ちするという任務。そこまで難しいものではないと思っていたのだが、まさかこんなことになるとは。


自分を追う黒の魔術師とその弟子の少女。


そしてそれを守る巨大な盾、これが唯一失敗の原因だ。


聞いていた話と全く違う。黒の魔術師は弟子と二人だけで行動するのではなかったのか?


先ほどから何度か銃声が聞こえたが、幸いにも被弾はない。この暗闇の中では狙いがつけられないか。


「はぁ……はぁ……クソッ!」


冒険者も負けじとボウガンに矢を装填する。盾に阻まれてしまうことは明白だが、万が一と言うこともあるし、簡単な牽制くらいにはなるはずだ。


暗闇の中、自分の後ろにいるであろう黒の魔術師たちにボウガンを向けた、その時。


「……?」


冒険者は異変に気がついた。


「ま、撒いた……のか?」


自分を追ってきていた足音が聞こえなくなっている。無我夢中で走っているうちに撒いたのだろうか?


冒険者は静かに足を止め、周りの気配を探る。


「いない……よな?」


誰かがいる気配はない。息遣いなども聞こえてこない。耳に入るのは自分の心音と洞窟の中を吹き抜ける風の音だけだ。


「た、助かった……」


緊張の糸が切れた冒険者はその場にへなへなと座り込んだ。逃走劇で疲れた体を休める。


そうだ、もともと向こうには大きな盾を持った奴がいる。スタミナの消費は自分よりも圧倒的に大きいはずだ。


……とはいえ、ここにずっととどまっているわけにはいかない。どこかの御伽噺ではないが、休んでいる間に追いつかれるなど間抜けが過ぎる。


息を軽く整え、立ち上がろうとした瞬間。


「サラちゃん!今だ!」


冒険者の視界が真っ白に染まった。


「ぐあっ!?」


光だ。暗闇の中、突如発生した眩い光が冒険者の視界を奪った。


次に彼を襲ったのは盾による体当たり。立ち上がりかけていた冒険者はバランスを崩し、そのまま倒れこんだ。


その隙を逃さずに、誰かが彼を押さえ込む。冒険者はわけがわからないまま拘束されたのだ。


「人間ってのは……暗闇の中でいきなり光を見ると視界が完全に奪われる。瞳孔が開いてるところに多量の光が入ってくるからな」


少しずつ回復していく視界の中で、自分を取り押さえる黒の魔術師の声が聞こえてくる。


「だから、こいつで目潰しをさせてもらった」


洞窟はサラの光球によって明るく照らされていた。


サラがこれを冒険者の目の前に発生させることで隙を作り、取り押さえたのだ。


気配はイブリスの”miragE”によって消していた。何度も銃を撃っていたのは、魔法を使ったことを悟られないためである。


「ま、眩しかったですよね……?すみませんでした」


白髪の少女が冒険者を覗き込み、謝罪の言葉を投げかける。噂に聞いていた黒の魔術師の弟子だろう。


もう一人、巨大な盾を持ったメイド服の少女は覚えがなかったが。


「動くんじゃねぇぞ」


頭に突きつけられる銃。もう逃げ場はない。


「や、やめ……助け……」


「別にとって食おうってわけじゃねぇんだ。ただ幾つか質問に答えてほしくてな」


イブリスは冒険者に馬乗りになりながら、銃を持っていない方の手で煙草を咥え、火をつける。


「お前、何者だ?誰にこんなこと頼まれた」


イブリスの目つきが鋭くなる。ぼろぼろとこぼれた灰が冒険者の黒い装備に同化していく。


「か、勘弁してくれ、それ言ったってばれたら俺は……」


言葉もなく撃鉄が起こされた。


「わ、わかった!言う!言うから撃たないでくれ!」


「早くしろ」


「す、ステレオンだよ……ギルドマスターの命令だ」


「……やっぱりか」


男の口から出たのは、三大ギルドの一角だった。


「す、ステレオン……って確かあの規模が大きいっていうギルド……!?」


イブリスの隣でサラが驚きの声を上げる。


サラにはあまり聞いてほしい話題ではなかったが、こうなってしまっては仕方がない。みすみす何も情報を引き出さずに逃がしてしまうよりはいいだろう。


「じ、じゃあ私たちを狙っている勢力って……」


「ステレオン、ヒュグロン、アトミス……三大ギルドです」


イブリスに変わってフロワが返答する。彼女もちゃんと情報は仕入れてきているようだ。


「他の二つも絡んでんのか?」


「し、知らない……!本当だ!」


「なぜ俺を狙う?」


「ま、マスターがいきなり依頼してきたんだ!報酬は多く出すからって……!何故かは俺もわからない!」


恐怖による震えがよく伝わってくる。どうやら本当に何も知らないようだ。


欲を言うならば狙われる理由くらいは知っておきたかったが、仕方がない。これ以上は何も引き出せなさそうだ。


「な、なあ、もういいだろ……?知ってることは話したんだ、助けてくれ……!」


「……そうだな、親切にどうも」


イブリスは一言皮肉を言うと、片手を通して引き金を引いた。


「えっ……!?」


鳴り響く銃声。立ち上る黒いオーラ。イブリスが抑えたステレオンの冒険者は気絶していた。


「ち、ちょっと!イブリスさん!?何してるんですか!?」


「"modificatioN"……今日の記憶を少し書き換えただけだ。情報を漏らしたってことと、あと……フロワのこともな」


記憶を改変する魔法。黒属性の中でも珍しく、対人を想定した魔法である。


「俺たちはともかく、フロワは一応"機関"側の人間だ、しかもラディスの側近。この場に居たって奴らにバレると不備があるかもしれないだろ」


「お気遣い感謝します」


「……お前にも聞きたいこと、あるんだからな?」


「わかっています」


フロワは盾を折りたたみ、抑揚のない声で返事をした。

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