-Quartet- Melodia
時は少し遡り、カイリと別れた直後のイブリスたち。
「数が多い……イブリス様、手分けを」
「そのつもりだ、だが離れすぎるなよ! 互いを守れるようにな……!」
「承知いたしました」
彼ら二人は、クロウ・ロ・フォビアの操るツタと戦っていた。
ツタは次々に地面から生えてその数を増やしつつ、手当たり次第に周辺の冒険者たちへ襲い掛かる。
ある者は掴まれて放り投げられ、ある者は強力な叩きつけを食らい、ある者は紫百合の術中となって仲間割れをし……挑む冒険者の大半は軽くあしらわれていた。
「クロウはどこだ……! 本体を叩かなきゃあキリがないぞ!」
イブリスは銃と魔法を駆使してツタを処理しつつ、クロウの姿を探す。恐らくこのツタは無尽蔵だ。止めるにはクロウ本人を倒さねばならない。
だがどういうわけかどこを見てもクロウの姿は無かった。派手な道化師の格好をしている分、近くに居るのならすぐにわかるはずなのだが。
「花の力を使って身を隠しているのかもしれません」
「一理あるな。姿が見えなくても攻撃には警戒しておくべきか……!」
自分たちが既にクロウの術中に嵌っている可能性は十分ある。
あの能力で姿を消す――正確には"姿が見えない"と思い込ませる――ことが可能かどうかはわからないが、『森林の館』でラディスに姿を変えていた前例があるのだから可能であると考えるべきだ。
確実ではないにしろ、可能性はある。見えているツタからの攻撃だけではなく、全方位に注意を払わなければ。
それを意識したイブリスとフロワは、自然と背中合わせになっていた。
「"removE"」
「ふん……っ!」
イブリスが真正面のツタを消し去り、フロワは同じく真正面のツタを両手の盾で思い切り押しつぶす。
と、同時に二人を挟み込むようにツタが出現。イブリスは直接銃撃で、フロワは片手の盾を使い、これを片方ずつ処理。無論、この間もクロウ本体を探すことは忘れない。
「うわぁ!」
「! ちぃっ! "bladE"!」
イブリスの視界に襲われる冒険者が入った。見捨てるわけにもいかず、魔法でツタを斬り裂いて救出する。
「す、すまん! 助かっ……」
「油断するな!」
「へっ!? ひっ!」
助かったのも束の間、すぐに新しいツタが冒険者に襲い掛かる。イブリスは再び同じ魔法で新しいツタも斬り裂いた。
「礼を言う暇があったら周りを見ておけ! 三度目は助けん!」
「その通りです、イブリス様」
冒険者へ向かって叫んだ直後、イブリスの背後からツタが迫る……が、これはフロワによって迎撃された。
「……すまねぇな」
「お構いなく」
あの冒険者へ気を取られていたあまりに周囲への警戒が少し疎かになっていた。どうやら人の事を言えないようだ。イブリスは少しばかり反省しつつ、戦闘を続ける。
「この植物は明らかに私たちを集中的に狙っています。他の方々以上に警戒をしなければ」
フロワの言うとおり、イブリスたちに対する攻撃は他の冒険者たちに対する攻撃よりも激しい。複数のツタが、入れ代わり立ち代わり隙なく襲い掛かってくるのだ。
「こりゃどうみてもこっちの事を認識してるな。やっぱりクロウがどこかに……っ!?」
突如、ツタが急激にその数を増加させた。新たなツタはイブリスとフロワを円形に、隙間なく取り囲むように地面から生えている。
「檻のつもりか? こんなもの……」
出来上がったツタの壁を、イブリスが銃で撃ち抜く。だが被弾個所に穴は開いても、すぐに新しいツタが生えてその穴を埋めてしまった。修復のスピードが早い。簡単には脱出できなさそうだ。
『森林の館』でクロウと戦った時、部屋を分断したツタの壁がフロワの頭をよぎった。あれほど堅牢な壁ではなさそうだが……
「一体何の狙いだ……俺たちを閉じ込めて戦力を削いだつもりか?」
「……! イブリス様! 息を!」
「な――っ!」
二人は思い切り息を吸い込み、止めた。二人を囲んでいるツタの内側を埋め尽くすように紫百合が咲いたからだ。緑色の壁が一瞬で妖艶な紫色の壁に塗り替えられた。
これが二人を取り囲んだ理由。イブリスとフロワを確実に術中に陥れることが、クロウの目的だったのだ。
(これは……マズイな……!)
四方八方、視界に入る全てがクロウの花だ。匂いを吸い込まぬよう息を止めているが、当然ながら長くは持たない。
("flooD"……!)
フロワを巻き込まぬよう、彼女を守るように抱き寄せ、自分の頭を打ち抜いて魔法を発動する。飛び出した黒い亡霊たちが周囲の花に次々襲い掛かった。黒い魔力がぶつかったことで低い共鳴音が鳴り響く。
"flooD"は自分を中心とした広範囲を攻撃する魔法……このようなシチュエーションにはピッタリの魔法だ。だがどうやら破壊と再生の速度はほぼほぼ互角。ツタに隙間こそ開くが、即座に閉じてしまう。
隙間が開いて閉じてのいたちごっこ。魔法の効果が終わるころにはまた包囲だ。
「イブリスッ!」
万事休すかとも思えた状況だったが、そこで救援が現れた。
ツタを斬り裂く数多の斬撃。ラディスである。
「ラディス……! 本物か?」
「安心してくれ、本物だ」
二人に駆け寄るラディス。魔法と斬撃で粉々になったツタはそれ以上再生することはなかった。
「イブリス様。年頃の女子を抱きしめ続けるのは如何なものかと思いますが」
「……あ、いや、すまん。不可抗力だ」
指摘を受け、イブリスはすぐにフロワを離す。本人は全く気にしていなさそうな表情なのだが。
「イブリス、クロウは?」
「わからん。どういうわけか一向に姿を見せん……」
「ン・ン・ン……」
「――!」
寒気のするような道化の声が聞こえてきたのは、イブリスとラディスが揃って周囲を見渡した丁度その時だった。
「流石に二人がかりでは壊されてしまいますか……」
クロウ・ロ・フォビア。紫百合を操る道化が、ついに姿を現した。
その周囲には冒険者たちが倒れている。辛うじて息を保っている者も居れば、ピクリとも動かず、死んでいるか生きているかわからない者も居る。
イブリスたちが閉じ込められている間に、あたりの冒険者はほぼ全滅してしまっていたようだ。
だがイブリスたちが目を奪われたのはその光景ではなく、クロウが捕らえている少女だった。
「イブリス……さん……!」
悲痛な表情を浮かべる、白いおさげ髪と、鮮やかな青い目をした少女……サラ・ミディアムスが、クロウに捕らえられていたのだ。
「サラさん!? どうして……!?」
「ン・ン・ン……彼女を我々から隠すには……少々詰めが甘すぎるのではないですかネェ? "機関"内部に我々の手の者が居る事……まさか忘れたわけではないでしょう? ミディアムスちゃんが海辺の街に居る事はいとも簡単に突き止められましたよ」
「馬鹿なっ! サラちゃんの避難先は俺たちしか知らないはずだ!」
未だ突き止められない、"機関"内部の裏切り者。サラがマルメールの街へ避難することについては、当然ながらそれを考慮した情報規制が行われた。
避難者のリストには偽名で登録し、実際に避難に向かう際にはローブで顔を隠させた。これを知っているのは"機関"の議会に所属する人間とイブリスたちだけだ。裏切り者に悟られないように……
あえて言うのならば、サラと行動を共にし、今も一緒に居るはずのセルテやリアスは知っているが。
「ククク、ですから詰めが甘いと言っているのですよミュオソティス君……人の秘密はいとも容易く噂として流れ出ていくものなのです。たとえどれだけ強固に守っているつもりでもね」
クロウの言葉は、サラの居場所がどこかから漏れたことを暗示している。議会の何者かが誰かに話したのか、それともイブリスから漏れたか……
「くそっ……一体誰から漏れた……!?」
「僕だよ」
悔しさを滲ませて呟いたイブリスの隣から、ラディスの凛とした声がした。
「……主様?」
「サラちゃんの居場所を漏らしたのは僕だ。"機関"の中に、それとなく噂としてね……海辺の街の名を流しておいた」
「ラディス……? 一体何を言ってる!?」
ラディスは何かを確信したように、まっすぐ前を見据えながら語る。
「噂はひっそりと広まった。そして、裏切り者を通じて悪魔たちの耳にも入っただろう。クロウ、お前はサラちゃんを捕らえるためにその街へ向かっただろうね……実際の居場所とは逆方向の海辺の街へ!」
「――!」
「何だと?」
未だ状況がつかめないイブリスたちに対して、クロウの仮面がどこか動揺を感じたように揺れる。
「僕が流したのは違う街の噂だ! マルメールの街に悪魔が来ていないことは確認済みさ!」
ラディスは先ほど伝達魔法を使い、マルメールの街に居るセルテに連絡を取った。あちらの状況は至って平和であったのだ。
「……なるほど、つまり!」
「そういうことだよ、イブリス!」
ラディスは刀の柄に手をかけ、クロウが捕らえているサラをにらみつけた。
クロウはラディスの視線から彼女を隠すために、身を翻した。が、ラディスのほうが早い。時空を超えた斬撃がサラを……いや、サラに見せかけられていたツタを斬り裂いた。
「偽物、ですか……!」
どうやらイブリスたちはしっかり花の影響を受けていたようだ。崩れ去るツタの人形を見て、フロワは安堵の声をあげる。
「そして……これではっきりした!」
ラディスの暴露劇はまだ終わらない。いや、これからがラディスが真に暴きたかった事だ。
「悪魔たちの目的は……やはり、サラちゃんじゃあないッ!」
悪魔の軍勢の真の目的である。





