戦前のアトミス、病床の二人
「ここに来るのも久しぶりですね!」
「ああ……そうだな」
アトミスの本部を見上げて、サラちゃんが言った。
機巧士関連の事件でしばらくここに厄介になっていた時のことは、流石にまだ覚えている。実際のところそこまで昔のことでもないが、あれから色々ありすぎたせいかやけに懐かしく思えるものだ。
「おっ、黒の魔術師一行じゃあないか、久しぶりだな。どうしたんだ突然?」
早速アトミス本部に入った俺たちを、一人の冒険者が迎えた。同時にその場に居た多くの冒険者――ギルドの定番として本部の一階は酒場になっている――からも視線が飛んでくる。
しばらく住み込んでいただけあって、顔見知りも多い。元々俺への偏見が少ないギルドではあったが、今では親しい仲のメンバーも珍しくないのだ。
「よお」
「お久しぶりですっ!」
「リアス様とセルテ様のお見舞いに参ったのですが……レオ様はいらっしゃいますか?」
「おおっ! そいつはわざわざありがとな! すぐにマスターを連れてくるよ。その辺の空いた机にでも座って待っててくれ」
その冒険者は奥へと進んでいき、しばらくして……
「ぬおおおお! よくぞ来てくれたぁ!!!」
聞きなれた大声を発する男と共に戻ってきた。
俺たち三人は思わず耳を塞ぐが、周りのアトミスのメンバーたちは気にする素振りを見せない。このギルドではこの音量は日常茶飯事なのだろう。
「ぐっ……げ、元気そうでなによりだな、レオ……」
「そっちこそ!! 今日はわざわざリアスとセルテの見舞いに来てくれたそうじゃあないか!! 心遣い感謝するぞっ!! ガッハッハッハ!」
「館から戻るときは大した挨拶もできなかったからな。以前世話になった以上来ないわけにはいくまいよ」
「いやいやありがたいことだ!! 早速案内させてもらうぞ!!」
挨拶も程々に、レオは元来た方向へ歩き始めた。俺たちも三人揃ってそれに続く。階段を上がって居住区へ入り、そのまま奥へ。アトミスの医務室はこの先だ。
「あの、レオさん……」
その道すがら、サラちゃんが恐る恐るに口を開いた。
「む、どうした!」
「その、少し言いにくいんですが……」
「遠慮するな! 俺たちの仲じゃあないか!」
「……酒場に居た人たち、前より少し少ないですよね」
……サラちゃんも気づいていたか。俺が言い出そうと思っていたんだが。
酒場は確かに賑わっていた。三大ギルド(もはやアトミスしか残っていないが)の一つだけあって、その賑わいは他とギルドと比べても引けを取らないものだろう。
だが、それでも……俺たちがアトミスで生活していた時と比べると少しばかり静かになっていたのだ。以前は机に空きがあるなどあり得なかった。
「やはり、例の件の余波がこちらにも?」
「うむ。あの通知があってから何件もの離脱者が出ている。おかげで"機関"へ提出する脱退届の処理にてんてこ舞いでな、リアスのサポートが得られん状況だというのにとてつもない仕事量に追われているのだ。寝る時間も惜しいほどにな」
流石のレオも真面目な声色になる。
ただでさえ所属冒険者の多いアトミスのことだ、抜ける冒険者も多いだろう。寝る時間も惜しいというのも決して誇張表現ではないはずだ。
「残っている者も、いたずらに冒険者を減らすだけの通知を出した"機関"の行動を疑問視している。これでは今後の運営に支障があるのではないか?」
「覚悟の上だとよ。信頼度を落とすリスクを冒してでも、今回の襲撃には備えておかなきゃならんとさ。とんでもない報酬額もその覚悟の現れってことか」
今回の防衛戦には、多額どころではない報酬がかけられている。議会の連中に聞いたところこの報酬で"機関"は大赤字だそうだ。
「思い切ったものだな。確かに報酬目的で残るものも多いが、それこそ今後の運営が辛くなるだろうに」
「それくらい重要な戦なんだよ、こいつぁ」
自然と、俺たちの足が止まった。
「この戦いはいわば分岐点だ。これほど大きな襲撃に勝利を収められれば、悪魔との戦いにかなりの進展が期待できる。逆に負ければこの街は壊滅、サラちゃんも敵に渡り……あとはわかるな? 俺たちは何がなんでも勝たなきゃいけないのさ」
栄光への道か、絶望への道か。
俺たちは、密かに大きな分かれ道に立たされているのだ。
「……がはははは!!」
しばしの沈黙の後、レオがまた大きな声で笑い声をあげた。
俺たちは思わず驚いて耳を塞ぐ。全く、油断ならんなこいつは……!
「おいおいズルいなイブリス! そこまで言われては我々も気合を入れなければいけなくなるじゃあないか!! まあ、俺はいつでも気合十分だがな!! がはははは!!」
「そいつは結構……健闘を祈るぞ」
「がははは!! お互いにな!!」
「痛い痛い。痛いっつーの。いいからさっさと二人んところに連れてってくれよ」
レオは激励の意を込めて俺の背中をガンガンと叩く。本人は軽く叩いているつもりかもしれないが、持ち前の力強さもあって流石に少し痛い。
……まあ、悪い気分はしないがな。
「ここだここだ! 二人とも今はここで療養している!!」
それから少し歩いて、俺たちはとある部屋へと案内された。
「リアス! セルテ! 喜べ!! イブリスたちが見舞いに来てくれたぞ!!」
早速とばかりにレオが勢いよく扉を開く。
おい、今メキッって言わなかったか。大丈夫なのかこの扉。
「レオ……少しボリュームを抑えてくれ、傷に響く」
「ははは!! すまんすまん!! 了解したぞ!!!!」
「いったい何を了解したって言うんだお前。より一層元気が良くなってないか」
「何を言っているリアス!! ギルドマスターである俺が元気を無くしてはアトミス全体が暗い雰囲気になってしまうではないか!!!」
「わー立派な心構えだ」
「ふふっ」
早速繰り広げられるコントのようなやり取りに、サラちゃんが思わず笑いをこぼす。
「やれやれ、相変わらず騒がしくて楽しいね……や、三人とも。来てくれてありがとう。元気そうで安心したよ」
リアスの隣のベッドに寝ていたセルテが背中を起こし、二人のやりとりを横目で眺めつつ挨拶をした。
「ああ、俺からも礼を言うよ。大変な時だろうに、わざわざありがとう」
リアスもそれに続いて挨拶と礼を述べる。
「いや、礼なんて……」
「お礼なんていいですよ! お二人が元気で私も安心しました!」
「ああ、そう。俺も今そう言おうと。それで傷は……」
「傷のほうは大丈夫なんですか?」
「……うん、そう聞こうと思ってた」
サラちゃんが次々に俺の台詞を奪っていく。こいつ、元気な二人に会えたのが嬉しく猪突猛進モードに入ってるな。
「ああ、とりあえずは塞がったよ。流石にまだ激しい運動はできないけどな」
「まだ安静にしてろって。おかげで見てのとおり、しばらくはずっとベッドでゴロゴロするだけの生活だよ」
「それじゃあ、今度の戦いには……?」
「悪いけど、参加できそうにないかな。きっとマスターも許してくれないだろうからね」
セルテは少ししょんぼりとした顔でレオに向かって視線を送る。
「当たり前だぁぁぁ!! 怪我人を危険な戦いに出すわけにはいかんだろう!!」
「やれやれ、せめて後衛でサポートくらいはやらせてくれてもいいだろうに」
「ダ! メ! だ!!」
レオは腕組みをして、普段通りの大声で答える。
彼の言うことも最もだ。セルテとリアスの傷は当分戦えるようなものではない。言い方は悪いが、この状態で戦闘に出ても足手まといになるだけだろう。
「まあ、少し休んでろ。となると……」
「となると、避難にはお二人も参加していく形になるのですね」
「お前ら俺になんか恨みでもあんの?」
俺は腕を組みながら、またもや台詞を奪われたことにぼやきを入れる。
「避難?」
「なんだセルテ、聞いてないのか? 非戦闘員は地区ごとに違う街へ避難だ」
今回の防衛線は街の外で行われる。敵の数の多さから、前のように街中に直接現れる可能性は少ないだろいうという予測だ。
しかし、街の外で戦うことと街中に被害が出ないことはイコールではない。場合によっては戦場が中へと拡大することもあり得るだろう。それを見越しての避難勧告というわけだ。今も冒険者ではない一般市民たちから順次避難が進められている。
「え、そうなんだ……知らなかったよ。リアスは?」
「俺も。レオ、どうなってる?」
二人をはじめとして、俺たち全員の視線がレオに向けられる。
ギルドマスターであるのなら、避難の通達は間違いなく行っているはずなのだが……?
「がっはっはっは! すまん! 伝えるのをすっかり忘れていた!!」
『……はぁ~……』
皆のため息が見事なまでに重なる。
リアスが倒れた分、しっかりと仕事をしているように見えたのだが、やはりこういうところはレオだったか。
「なに! 心配せずとも二人とも申請は済んでいる! 避難のスケジュールもまだもう少し先だからな!!」
「イブリスたちが来てくれて良かった。危うくいきなり避難させられるところだ……それで、俺たちの避難先は?」
「確かマルメールの街だな!」
「……ちょうどいい。潮風は気分転換にも有効だろうからな」
海沿いの街、マルメール。かつて俺たちが機巧士を追って足を運んだ街だ。
「なんだ、二人もマルメールなのか」
「もって? もしかしてマルメールに避難する知り合いが他にも?」
「ああ、二人も良く知ってる子がな」
俺は同じ部屋に居た"マルメールに避難する知り合い"を見つめる。
「もしかして……サラちゃんが?」
「はい」
セルテの問いに、サラちゃんが複雑な表情で頷いた。
彼女は今回の戦いに参加しないことになっている。前回のように俺が止めたのではなく、"機関"からのご命令だ。
「皆様も知っての通り、サラさんは悪魔たちに狙われる立場です。今回の襲撃もサラさんを狙うことが主目的でしょう。ですから万が一防衛線を突破されても大丈夫なように対策としてサラさんには別の街に行ってもらうのです」
「険しい戦いの後に見つけた宝箱は空っぽでした……ってわけだね」
「そういうことだ、中々にイラっと来る嫌がらせだな。ちなみにこのことは他言無用で頼むぞ……くれぐれもな」
負け戦だと考えているわけではない。万が一の対策だ。
当然ながらサラちゃんは「私も参加します!」と言ってきた。だが今回は前回と違って俺ではなく"機関"から駄目だと言われてしまっているからなのか、割と簡単に折れてくれた。『森林の館』の一件での反省もあるか。
この避難先は"機関"内部でも公表されていない。当然だ、まだ"機関"の裏切者が特定できていないのだから。信頼のおけるこのメンバーだからこそ話せることなのだ。
「二人が来てくれるならサラちゃんも退屈しないだろう。当日は……おっと、失礼」
俺の懐で何かが振動した。ラディスから連絡用にと受け取っていた伝達魔法の魔石だ。
魔法の伝達魔法と違って通信先は限られるが、黒や白の魔法しか使えない俺やサラちゃんでも使える。(ただしそもそも魔力を扱えないフロワは使えないが)
ラディスはいつも俺たちと会っていたが、流石に今は"機関"から離れられないとのことでこいつを渡してきたのだ。
「……どうした。今か? アトミスだが……そうか、わかった。ああ、レオたちにも伝えておく。じゃあな」
手早く通信を終了し、魔石を再び懐にしまい込む。
「すまない、どうやらすぐに避難してもらう形になりそうだ」
「む、何だと!?」
「悪魔たちの動きから、襲撃の日程が確認できた」
「二日後。遅くても三日後。それまでには悪魔たちが襲ってくる」
更新が遅れてしまいましたが、決してFF14をやっていたわけではありませんし、極ティタと極イノセンスを周回していたわけでもありません。決して。
遅くなって申し訳ありませんでした。





