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魔術の師匠はフリーター  作者: 五木倉人
師弟、運命の分岐点
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嵐の前の喧騒

「ん? なんだこれ?」


とあるギルド。革製の鎧を纏った冒険者が、掲示板に貼りだされた知らせの紙を見て、誰に聞くわけでもなく呟いた。


「なんだ、知らないのか? 近々、悪魔どもが押し寄せてくるんだと」


その呟きを聞いていた、斧を背負った同じギルドの冒険者がそう答える。


「な、なんだって!?」


革鎧の冒険者は目を丸くして、改めて貼り紙に目を通した。


そこには近いうちにこのアヴェントの街に悪魔たちの大規模な襲撃が行われる事、そしてその迎撃に、街に滞在する全冒険者の参加を義務付ける旨が書かれている。当然ながら、実力に応じて配置は考えられるようだが。


末尾に"機関"の押印があることが、悪質な悪戯などではないのだということを物語っていた。


「状況が状況だから、希望すれば装備も"機関"から良いやつが支給されるし、戦果に応じてかなりの報酬が支払われるんだと。こりゃ腕がなるな」


斧の冒険者はそう言って拳を鳴らす。彼にとってこの襲撃は名を挙げるチャンスなのだろう。


「じ、冗談じゃないぞ!」


だが、もう一人にとっては違うようだ。


「俺は悪魔と戦って死んだ奴や、瘴気のせいで廃人になった奴を何人も知ってる! この間の襲撃でも知り合いを二人も失ってるんだぞ……! 今度は俺の番かもしれないじゃあないか!」


「おいおい。冒険者なんてやってんだから遅かれ早かれ悪魔との戦いくらい経験することになるだろ?」


「俺は細々と魔物を狩って過ごすことができていればそれでよかったんだ!」


掲示板の前で繰り広げられる口論に、自然とギルド内の視線が集まっていく。


一口に冒険者といってもその目的は様々だ。サラのように憧れから冒険者を志す者もいれば、ただ生活のために剣を振るう者もいる。皆が皆、悪魔と戦う覚悟ができているわけではないのである。


「迎撃作戦なんて俺はごめんだぞ……こうなったらこのギルドともこの街とも、今日限りでおさらばだ!」


「お、落ち着け! ここを出てどうするつもりだ!」


「今時"機関"の出張所なんてどこの町にでもある! 遠く離れた町で今まで通り魔物を狩って過ごすさ!」


革鎧の冒険者はそう言ってこの場を去っていく。斧の冒険者は複雑な顔をして、次のクエストのためその場を去る。


――そうして二人が消えた後には、ただ喧騒が残った。


* * *


「イブリスさん、あれ……」


クエストを終えて帰還し、馬車を降りたところで、サラちゃんがある方向を見つめて言った。


そこには、今まさに馬車に乗りこまんとしている冒険者。大きな荷物を持っていることから、この街を出るのだろうということは容易に想像できた。


「……またか」


俺は少しばかり辟易しながら呟いた。あまり良いことではないが、ここ数日であのような冒険者も珍しいものではなくなったのだ。


数日前のこと。アヴェント襲撃に関するお触れが"機関"からこの街全域に出された。カイリの話によれば、この襲撃にはかなり大規模な戦力が投入されるらしい。だから"機関"はこちら側からも全冒険者を投入する必要があるという判断を下したのだが……結果がこれだ。


お触れが出されてから、かなりの数の冒険者が街を出ている。恐れをなしたもの、養う家族が居るもの……大半は前者だ。前回の襲撃でかなりの被害が出たことが一層恐怖心を煽っているに違いない。


当然ながら、これを予想できなかった"機関"ではない。"機関"の言う"全冒険者"の見積もりは、この街の冒険者人口の実に半分である。幸いにも、それでもかなりの人数を確保できる。


「……」


サラちゃんは去っていく冒険者を、神妙な面持ちで見つめている。


――少し考えればわかるが、アヴェントへの大規模襲撃とは名ばかりである。


結局はサラちゃんを強奪するための口実。表向きはアヴェント防衛戦と言いつつ、その実態はサラちゃんの防護なのだ。


そんなサラちゃんはこの騒動の中心にいる人物として、去り行く冒険者たちに思うところがあるのだろう。


「やはり、気になりますか?」


ただただ大荷物の冒険者を見つめるサラちゃんに、フロワが優しく声をかける。


「気にならない……って言ったら嘘になるかな。悪魔たちがここを狙うのは私がいるからなんだもん」


答えるサラちゃんの表情は珍しく堅い。暗い気持ちを押し殺していることがバレバレだ。


「どうか気負いすることのなきよう……全ての元凶は悪魔の軍勢なのですから」


「大丈夫、わかってるよ」


フロワがかけた気遣いの言葉で、サラちゃんの表情は崩れた。その笑顔には少しばかりの曇りが見えるものの、奥底には持ち前の芯の強さが見える。


――本当に強い子だ。齢14の少女が背負うには重い宿命だろうに。自分を守ってくれる人々への信頼故だろうか? だとしたら、それに答えないわけにはいくまい。


さて。


「そら二人とも、ちゃっちゃと報酬受け取ってアトミスに行くぞ。リアスとセルテの見舞いに行くんだろ」


「はい! 途中どこかのお店でお見舞い品買っていきましょう?」


先の森林の館での戦いでイーグル・アイと戦い、負傷した二人。傷だらけの重症ではあったが命に別状はないようで、今はアトミスの本部で療養中とのことらしい。今日はそんな二人の見舞いに行く予定を立てていたのだ。


俺たちが最後に見たのは満身創痍の二人だ。なにかと世話になったのだし、元気な顔を見なきゃ安心もできない。


「見舞い品か、何を買って行けばいいのやら」


「プリンとかどうです? 美味しいお店があるんですよ! とってもなめらかで甘くて……」


「……それはサラさんが食べたいだけなのではないですか?」


「ソ、ソンナコトナイヨ?」


他愛もない話をしながら、俺たち三人は街の中を進んでいった。

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