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魔術の師匠はフリーター  作者: 五木倉人
師弟、運命の分岐点
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裏切者の問答 その4

「はぁー! やっと終わった。全く息が詰まるぜ」


議会が終わり、ほとんどのメンバーが退出すると、カイリは思い切り伸びをした。サラちゃんも緊張感のある空気から解放されたからか思い切り伸びをしてフロワと何か話しているようだ。


「まあ息が詰まるのは当分は一緒か。監視だなんてなぁ」


約三時間にも及ぶ話し合いの結果、議会は一応はカイリの裏切りを信じる結論を出した。口調はふざけつつも解答自体は筋が通っていたためだ。


しかしそう簡単に解放するのも問題というもの。まだ演技の可能性は消えたわけではないし、そうでなくとも悪魔が堂々と街中を歩いていたら大混乱だ。どうやらカイリは角を隠すのも得意ではないようだし。


そこで"機関"は監視役を付けたうえで行動をこの本部内に制限することを決定した。その監視役はこの後議会メンバーだけで決定するそうだ。ただし、前から関りのあるラディスを除いた四人で。


「仕方がないだろう。今まで敵だった存在を簡単には信用できないさ」


「そうは言ってもよぉ剣聖サン。折角奴らから離れられたってのにこの建物ン中でしか行動できないんだぜ? それも一般人の目に触れる一階は立ち入り禁止と来た。窮屈ったらありゃしない」


「しばらくの辛抱だ」


「ま、せいぜい頑張って信頼を勝ち取るとするさ……で、イブりん。話ってのは?」


「……ああ」


今この会議場には、俺、サラちゃん、フロワ、ラディス、カイリの五人が残っている。


他のメンバーが退出しているのにわざわざ俺たちが残っている理由。それは俺からカイリに対して個人的な質問(・・・・・・)があるからだ。


「少しばかり聞きたいことがある」


「カーッ! またかよ、終わったと思ったのに。聞きたいことがあるならさっき言いなって。先生怒りますよ」


「あまり聞かれたくない話でな」


「……話しな」


真剣な俺の態度を汲み取ったのか、カイリは話を聞く態勢に入る。サラちゃんとフロワも話をやめてこちらに注目する。


「俺の記憶について」


「ノーだ」


だがカイリは、俺の質問を最後まで聞くことなく答えを出した。


「おい、人の話は最後まで……」


「聞かなくてもわかるさ。あんたの事情は剣聖サンから聞いてるからな。あんたの記憶を消してるのは俺じゃないかって聞きたいんだろう?」


……なるほど、こいつにはラディスという情報源があることを失念していた。すでにお見通しというわけだ。


「そのうえで答えさせてもらうが、答えはノーだ。俺はあんたの記憶にこれっぽっちも触れちゃいねぇ」


俺はラディスの顔を見る。


「イブリス、彼の言うことは本当だ。君の記憶喪失の原因は彼じゃない」


そう答えるラディスの眼は、いつものラディスの眼だった。何かを隠しているが、嘘はついていない瞳。……信じてもよさそうだ。


「……わかった」


俺は記憶の手がかりが再び潰えた事に落胆し、同時に焦りを感じた。定期的にサラちゃんから俺との思い出話を――記憶の確認の意味も含めて――聞いているが、最近俺が覚えていない話も増えてきた。


やがて、全てを忘れてしまう日も来るのだろうか。


「イブリスさん……」


「大丈夫だ、サラちゃん。ありがとな」


気を使ってくれるサラちゃんを軽くなだめる。少し暗い顔をして心配させてしまったか。


「……私からも一つ、よろしいでしょうか」


「なんだなんだ、フロアちゃんもか。まあいいぜ、可愛い子からの質問は大歓迎だ」


「フロワちゃんです」


懲りずに名前を間違えるカイリに、サラちゃんがむっとして訂正を入れる。……こいつ、絶対わざとだろう。


「あの館で私たちと対峙した時……あなたはこう言っていましたね。主様の過去をこの街の者の記憶から消したと」


「ああ、そんなことも言ったような。よく覚えてるね、記憶力抜群?」


「……貴方が本当に私たちの味方だというのなら、なぜそんなことをしたのですか?」


「あー……」


質問を受けたカイリは先ほどの俺への回答とは正反対に、言葉を詰まらせ、ラディスと長めのアイコンタクトを取る。


「黙秘で。こりゃ剣聖サンのプライバシーにも関わる」


そして両手の人差し指でバッテンを作りながら、そう答えた。


この反応。関係者からラディスの過去についての記憶を消したのはカイリの独断じゃなく、他でもないラディスからの依頼であることを示唆している。


「ラディス」


「……」


「そいつぁ、クロウがお前の事を"シラサギ"と呼んだのと関係があるのか?」


俺はラディスへの追及を入れる。ラディスの過去と、この名前。どうにも無関係だとは思えない。


「それは……」


「それは? 言っておくが黙秘は許さないからな」


思わず目を逸らすラディス。聞かれたくなさそうな態度だが、ここで引くほど甘くはなれない。俺は少し声にドスを利かせて問い詰める。


するとラディスは観念したように俺に向き直り、話し始めた。


「……昔、僕が"機関"の人間じゃないとき。悪魔たちとの争いがあってね。シラサギというのはその時に名乗っていた名前だ。できれば……これ以上の追及はよしてくれると助かる」


ラディスは慎重に、言葉を選びながら話す。まるで俺に渡したくない情報を口走らないようにしているような……いや、実際そうなのだろう。


こいつがここまでして隠したい情報は何なんだ? 俺が知ったら何がマズい?


予想はできる。恐らく、俺の正体。


やつらがラディスのことを"シラサギ"と呼ぶのと同様に、俺は"ミュオソティス"と呼ばれている。このことからも、ラディスの言う悪魔たちとの争いに俺が関わっているのは明白だ。その時に……俺の身に何か起こったのだろうか。


「……わかった」


多少なりとも記憶の糸口はつかめた。


俺の予想が正しいのなら、やはり『カルテット』……奴らが俺の記憶のカギを握っている。少し探りを入れる必要がありそうだ。


「俺たちはこれで行かせて貰おう」


「ありゃイブりん、今日はもうお別れか?」


「聞きたいことは聞いたからな。それに……例の件(・・・)への備えもある」


俺はラディスへアイコンタクトをとる。彼はそれに軽くうなづいた。


「ああ、イブリスたちはもう戻って休んでくれ。その……今回は、ありがとう」


ラディスはそう言って、俺たちへ深々と頭を下げた。自分が悪魔たちの手に落ちたことに関して、少なからず責任を感じていたのだろう。


「そんな、気にしないで下さい!」


「主様が攫われずとも、『悪魔の巣』が見つかっていれば突入作戦は計画されていたでしょう。結果として大きな違いはありません」


女子二人の慰めを聞いたラディスは、今度は何も言わずに少しだけ頭を下げた。


「皆、十分に注意してくれ。カイリが話した例の計画(・・・・)が控えているならサラちゃんを狙う悪魔たちが襲撃してくることはないと思うけれど、確実とは言えない。ルツァリも"機関"側に戻ってもらわなきゃいけないし、何かあったら君たちに対処してもらうほかないんだ」


「ああ、わかってる……じゃあ、また必要な時に連絡を寄越してくれ」


* * *


「ふぅ……動いたわけでもないのに、なんだか疲れちゃいました」


「ああいう場だ、緊張で心が疲弊したんだろう」


"機関"を後にした俺たちは、すぐにルベイルの宿へと向かって部屋を取った。今日のクエストはお休みだ。


「でも、ラディスさんが無事で本当に良かったです。"機関"にも無事復帰できたみたいですし!」


「やれやれだな。ほんと、心配かけさせられたぜ……」


「あはは、本当ですね」


「お前らもだぞ」


「うっ……ご、ごめんなさい」


「……申し訳ございません」


サラちゃんがどもりながら、フロワは丁寧にお辞儀をしながら謝罪の言葉を述べる。まあ、勝手に館まで来た件についてはキチンと反省できているようだ。


「け、けど、きっと無駄じゃなかったです! 気づきました? ラディスさん、私たちに対しても砕けた口調で話すようになってたんですよ。これって今回の事がきっかけでラディスさんともっと仲良くなれたってことですよね!」


「……ああ、確かに」


思い返せば先ほどのラディスはいつもの鼻につくような敬語ではなかった。普段俺と二人だけの時くらいしか素の喋り方は出していなかったんだが……奴の中でも何かが吹っ切れたのだろうか。


「ところでイブリスさん、何やってるんですか?」


サラちゃんが俺の手に握られたメモ用紙を見ながら言った。


「ん、ああこれか? 今回の議会で得られた情報をまとめてんのさ。なんせ入ってきた情報が多いからな」


俺はメモ用紙をサラちゃんへと差し出す。彼女はそれを両手で受け取り、まじまじと眺め始めた。


「まず大きな情報は、悪魔の軍勢の真の目的だ」


「この世界を自分たちの次元に取り込むこと……ですよね?」


サラちゃんは俺のメモを指でなぞりながら答える。


「その通り。そのために元々この世界に住まう俺たちが邪魔と言うわけだ。だがどういうわけか襲われた世界の人間が悪魔になることがあるらしい」


「カイリ・コウナギのような悪魔のことですね」


「その通り」


今度はフロワが口を挟んだ。サラちゃんは俺のメモを見ながらうんうんと頷いている。


「次に出た話は……」


俺はサラちゃんからメモ用紙を返してもらい、まとめた情報を指で辿って見直す。


「ああ、悪魔の軍勢の組織構造についてか。これは簡単でいいだろう……俺たちが今まで対峙していた異形の悪魔、下級悪魔を人型の上級悪魔が統率し、更にその上に『カルテット』が居ると。あとは全悪魔を統率する統率者(Conductor)ってのが気になるところではあるな。だがそれよりも重要なのはその次の話だ」


「……クロウ・ロ・フォビアの能力」


静かに、しかしはっきりと発せられたフロワの言葉に俺はゆっくり頷く。


「思い込ませる能力。はっきり言って対策方法が全く思いつかねぇ。館の時は本物のラディスが来たから思い込みを解除できたが……それでも"奴の姿がラディスに見える"って思い込みは解けなかった」


俺は館でクロウと対峙したときのことを思い出す。


特筆すべきはあの時、俺たちは花を直接は(・・・・・)嗅いでいない(・・・・・・)ということだ。にもかかわらず、クロウの姿は変わらずラディスに見えたり、下級悪魔の姿がクロウに見えたりしていた。そして、それはクロウが解除するまで続いた。


カイリ曰く、部屋中にうっすらと花の匂いを充満させていたらしいが……気づくのも難しいレベルに匂いを拡散させていても、そこまで強固な思い込みを誘発させられるようだ。


「とりあえず、今後奴と戦う時はとにかく全てを疑ってかかることだ」


当然"味方"も含めて。俺はそう続けようとして、言葉を詰まらせた。


俺たちの間に重苦しい空気が流れる。俺を含めた三人とも、自分が相手をしている存在の強大さに不安を感じているのだ。


「クロウの力への対策は、"機関"の連中と相談して考えよう。とにかく目下の問題はこっちのほうだ」


俺は二人へメモを差し出し、最後に大きく書いたものを指し示す。


カイリから得られた情報の中で、最も目前に迫っている危機。ラディスとの話で度々出てきていた、例の件(・・・)


――アヴェント再襲撃作戦。この街への再びの大規模攻勢を、悪魔たちが画策しているというのである。

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