裏切者の問答 その2
「さて、まずは裏切りの理由から聞かせてもらおう。先ほどパイロも言っていたが真に信用できるのはしっかりとした根拠に基づいた情報だけだ。我々が君を信じるためにも裏切りの根拠を提示しろ」
満を持して尋問が始まった。
質問を投げかけるジェラルの口調は威圧感の強いものだ。敵方の裏切り者、即ちこちらの味方である相手とはいえ、それはまだ可能性に過ぎない。裏切ったふりをしてこちらにスパイ行為を働こうとしている可能性もあるのだ。むしろそちらのほうが高いと思ったほうが良い。
カイリが敵方にとって裏切り者ならば、"機関"や俺たちにとっては容疑者なのだ。この状況を"聴取"ではなく"尋問"と表現していることからもその背景がわかる。
「理由ねぇ。あのクソピエロが気に入らなかったから……でいい?」
「君がその解答を望むなら我々は構わない。ただしそれで信用を得られるとは思わないことだ」
「あーわかったわかった。真面目に話すさ。ただしちと長くなるぞ? 先に他の質問をしておいたほうがいいんじゃないか?」
「他の質問に対する解答を信じるための質問だ。これは何よりも優先せねばならん」
「……そうかい。ならちゃんと聞いとけよ。居眠り厳禁、見つけたら問答無用でチョークを飛ばしてやるからな」
カイリはそう言いながら、話しやすいように軽く座り方を変えた。
「最初っから衝撃発言。俺ぁね、実は元は人間なのさ」
『――!?』
――先ほどの名前のカミングアウトとは比べ物にならないほどの衝撃。部屋が一気にざわめく。
「何だって! その話、ぜひ詳しく!」
「アリム」
アリムが勢いよく立ち上がり、再び目を輝かせて叫ぶ……が、ラディスに肩を抑えられてすぐに座った。
アリムは研究部門の代表。ほとんど未知の生物である悪魔の新しい情報にその血が騒ぐのだろうか。
「まあまあ、落ち着けって皆さんよ。ここから先の話の根幹とも言える話なんだからちゃんと聞いてくれや」
その言葉に、部屋はとりあえず静けさを取り戻した。
「まー人間っつってもこの世界の人間じゃあない。こことは違う世界で生きていた人間だ。あぁ元人間か」
「ち、ちち、違う世界、だと?」
「そう、違う世界さ。……あんたら、悪魔の軍勢がどうして自分らの世界を襲うか考えたことがあるか?」
しばしの沈黙。その後に、アリムが口を開く。
「……お察しの通り、わかっちゃいないよ。悪魔たち……ここじゃ知能のない下級悪魔だけど、あいつらは人を捕食するわけでもなかったからね。何が狙いなのかは長年の謎だった」
そうなのだ。人間たちはずっと悪魔たちと戦ってきたが、悪魔がこの世界を襲う理由は一切わかっていない。俺たちはただただ、襲い来る敵から身を守っているにすぎないのだ。
「襲ってくる理由……そういえば、気にしたことありませんでした……」
「そんなもんだ。戦ってる奴らは理由まで考えている暇はないのさ」
小さな声で呟くサラちゃんに、同じく小さな声でそう返す。
戦う時に考えるべきことは勝つことと生きること。理由を考えるのは後ろに控えている奴らの、それこそアリムたちの役目だ。
「そうだろうそうだろう。どうせわかっちゃいないと思ってた。なんたってこっちから言ってないからな……教えてやるよ」
「うそっ! 本当っ!?」
「アリム」
アリム、三度目の絶叫。
いや、だがこれはアリム以外も絶叫……まではいかなくとも、声をあげたくなる情報なんじゃあないだろうか。敵の目的を知ることができるというのは非常に重要なことである。
「悪魔ってのはね、世界そのものの捕食者なんだよ」
「どういうことだ?」
「人を喰うんじゃない。奴らは世界そのものを喰って自分らの住む次元に取り込んじまうのさ」
「……えっ?」
その場に居る誰もが、一瞬理解を拒んだ。
考えてみれば何でもない。この世界の危機であることになにも変わりはない。
だが、悪魔たちがどういう存在かはっきりと提示されたことで、皆の危機感がより一層強く引き出されたのだ。……もしかすると、今まで一番。
「何も難しい話じゃあないさ。この世界を取り込みたいがそのためには先住民……つまりあんたらが邪魔だ。だから綺麗さっぱり"掃除"してやりたい。これがあんたらを襲う理由さ」
「……な、なるほど」
ジェラルが少し戸惑いながら相槌を打つ。
自分の世界を喰らう敵には対抗する……当然のことだろう。そして自らの目的の邪魔者を排除することも、また当然のこと。俺たちは奴らにとっての邪魔者というわけだ。
「さて、ここまで話せばもうわかるだろ?」
悪魔の軍勢は世界を喰う。そしてカイリは元人間である。たった二つのヒントだが、とても大きなヒントだ。ここから裏切りの理由を想像するのはそう難しいことではない。
「……喰われたのか、お前の元居た世界も」
「ご名答」
"それ"は、パイロによって言い当てられた。
「俺の世界は奴らに滅ぼされた。そん時に……あんたらが黒の魔力って呼んでる力に触れたのかね。何故か俺は奴らとおんなじになっちまってたのさ」
「そ、そそ、そんなことが、ああ、あり得る、のか? ほ、他にも同じような悪魔が?」
「あり得るから俺がいる。他には……ああ居たよ、何人かな。皆この力に飲まれてただの悪魔になっちまった。俺も危なかったが……どうにか御しきることができた。で、悪魔たちの最上位、『カルテット』まで上り詰めたのさ」
カイリは自分の周囲に黒い魔力を漂わせながら言う。ふざけた態度のカイリが、この時は遠く、切ない目をしていた。
「以上だ。自分の世界を奪われたことに対する報復……裏切りの理由としちゃあそれで十分じゃないかね?」
「……わかった。信じよう」
議会のメンバー全員が頷いた。
確かに、筋は通っているように思える。あくまでもカイリが元人間であることを信じるなら、の話だが。最も今からそこを疑っていては元も子もない。議会の皆もそれがわかっているから頷いたのだろう。
――それはいいとして、だ。
「少し口を挟んでいいか」
「構わないが?」
「おっ、次はイブりんかい?」
「その呼び方をやめろ」
何様だこいつは。先ほどの悲しそうな雰囲気はどこへいったのか……サラちゃんたちが向こうのペースに取り込まれてしまうと言っていたのがよく理解できる。
まあいい、本題だ。
「悪魔の目的はこの世界を取り込む事と言ったな」
「そうだけど?」
「人間を襲う理由はそれでいいんだが、サラちゃんを狙う理由がわからない。彼女はその目的と何の関連がある?」
カイリが話した目的と、奴らがサラちゃんを狙うことに結びつきがないのだ。サラちゃんの持つ純白の魔力が鍵を握っているのは間違いないと思うのだが……
「ああ、その話か。それはな……」
皆の注目が集まる。特にサラちゃんは食い入るようにカイリを見つめていた。自分が狙われる理由が気になるのだ、当然の反応だろう。
「すまん、わかんねぇんだわ」
だが、期待に沿う答えは返ってこなかった。と、言うよりも何も返ってこなかったというほうが正しいだろうか。
「何故知らないのですか?」
フロワが食い気味に、冷たい声で聞く。
少々機嫌を損ねているようだが、この疑問は至極当然のことだ。最終目的は知っているのにサラちゃんを狙う目的を知らないというのもおかしな話である。
「怒るなよ、本当に知らないんだから。俺、出自が出自だからどうにも他の奴らに信用されてなかったんだよな。だから情報も全部は教えてもらえてなかったのさ」
「……本当に知らないのですね?」
「本当に知らないね」
「……」
「いいよ、フロワちゃん。知らないんだったら仕方ないもん」
煮え切らない様子のフロワをサラちゃんがなだめる。
どうやらカイリは本当に知らないようだ。仮に知っていたとしてもこの様子では口に出してくれないだろう。
「失礼したな。これで俺の質問は終わりだ」
「おーけい、さあさあ、次は誰だ?」
……問答は、まだ続く。





