EMQ:『森林の館』攻略-救援
「危ないところだったようだな」
目の前の光景を理解できずにいる私とフロワちゃんの元に、イブリスさんがやってくる。
私たちの怪我を気にしてくれているけれど、明らかにイブリスさんの方がダメージを受けている。体には怪我の跡が沢山あるし、服はぼろぼろだ。特に足の怪我の跡が痛々しく残っている。
「い、イブリスさん、これは……? どうして、ラディスさんが2人も……?」
「どうしてもなにもない。俺だって驚いてる。ラディスを連れてきたらお前ら2人がラディスに襲われてたんだからな」
イブリスさんは戦うラディスさんたちを見る。イブリスさんが連れてきたラディスさんには角がないけれど、今までこの場所に居たラディスさんには角がある。見た目はほとんど同じだけれど、見分けるのは簡単だった。
ラディスさん同士の戦いとはいっても、その戦法は全く違う。ツタを操るラディスさんと、ひたすらカタナで戦うラディスさん。2人は攻守を高速で入れ替えながら、一進一退の戦いを続けている。
「イブリス! 向こうは偽物ですよ!」
「それくらい言われんでもわかる。加勢するぞ」
「あっ……!」
私の手が、自然とイブリスさんのマントをつかんでいた。ほとんど同時に、フロワちゃんの手もマントに伸びる。
「……どうした?」
「え、えっと、あの、その……」
私はどぎまぎしながら言葉を探す。
本物のラディスさんは、イブリスさんが倒そうとしている、角の生えたラディスさんだ。でも、それをどうやって説明しよう。あのラディスさんが本物である根拠を持ってるわけじゃなく、ただ、あっちが本物だって確信があるだけなのに。
……あれ? 私、どうしてあのラディスさんが本物だって思ったんだっけ?
私が角のあるラディスさんを本物だと思っちゃってるのは、あの花のせいで、でも、あのラディスさんは本物で……でもでも、本物のラディスさんはイブリスさんが連れてきて、けど、やっぱり角のあるラディスさんは本物で……
「あ……あれ……? あ、ぁ……」
頭の中がごちゃごちゃする。くらくらする。ぐるぐるする。
『角のあるラディスさんが本物である』。私の中に巣食うこの確信が、ただひたすらに私の思考を乱して、乱して、乱しつくす。どれだけ考えても、この確信が邪魔をする。考えて、乱されて、考えて、乱されて、その繰り返し。
たった一瞬の間に、何度もそれを繰り返した私の頭は、すぐに焼き切れそうになる。
意識が朦朧として、そして――
「サラちゃん」
――倒れそうになった私の体を、イブリスさんの腕が支えてくれた。
私はその腕の温かさに導かれながら、その場にしゃがみ込む。
「フロワもだ。心配するな、後は俺たちに任せて休んでろ」
イブリスさんはそう言って、私たちの頭にポンと手を乗せた。
……そうだ。私は何を迷っていたんだろう。あんな花の幻惑なんかに惑わされている場合じゃないのに。
私はイブリスさんを信頼してる。そして、ラディスさんも信頼してる。ラディスさんが悪魔になんて手を貸すはずがない!
「イブリスさん! ラディスさんの偽物なんて、やっつけちゃってください!」
「……戻ったな。そっちのほうがサラちゃんらしい」
イブリスさんが口元を緩めると同時に、右側へ銃を撃った。クロウのツタが迫ってきていたのだ。
銀の銃弾を受けたツタは焦げ付き、焼き切れて動きを止める。
「流石にこれ以上は待っちゃくれないよな」
「むしろ……よくここまで待ってあげたものだと思いますがね?」
そう言って、私たちを睨みつけるクロウ。もう、さっきまでの張り付いたような優しい表情は浮かべていない。でも、私たちと戦っていた時とも少し違う。
「話が長いですよ、イブリス」
「わりぃな、ラディス。でもお前んとこの子の世話だってしたんだから勘弁しろよ」
「……それは私の事でしょうか」
隣からフロワちゃんの凛とした声が聞こえる。どうやらフロワちゃんもあの花の幻惑を乗り越えたみたいだ。
「申し訳ございません、主様。一時的とはいえ、あのような悪魔を主様と思い込むとは……」
「何も責めてなんかいませんよ、フロワ。全てはあの悪魔の仕業なんですから」
ラディスさんがこちらを向いて微笑みかけてくれた。優しい笑顔だ。
釣られてか、フロワちゃんの表情も緩んだ。花の幻惑で操られた感情じゃない、本当の安心感からの表情だって、見るだけでもすぐにわかる。
「やれやれ……折角隙をついて心を手中に収めたというのに。どうやら無駄になってしまったようですねぇ?」
未だにラディスさんの姿をしたクロウが、突如悪寒の走るほど気味の悪い声を出した。いや、違う、これは最初に私たちと対峙した時に挙げた声。これがクロウ本来の声だ。
クロウはにやついた表情の仮面を取り出し、身に着けた。すると衣装が"機関"の制服からピエロの衣装へと一瞬で変化する。
「は……っ! そっちのほうが似合ってるぞ道化野郎」
「ン・ン・ン・ン……あえて誉め言葉として受け取っておきましょうかねぇ。ボクとしてもあのような甘ったれた人物の演技は好まないもので」
「言ってくれますね」
イブリスさんとラディスさんが肩を並べ、対するクロウが何本ものツタを携えて向かい合う。
「しかし驚きましたよミュオソティス君」
ミュオソティス。その名を聞いた瞬間イブリスさんの眉がピクリと動いた。やっぱりどこか思うところがあるみたいだ。
「ルフの報告から地下で炎に囲まれて燃え尽きたものだと思っていたのですが」
どうやらイブリスさんのほうも大変だったらしい。ルフというと、カルテットの一人の事かな? ということはイブリスさん、カルテットと戦って勝ったんだ!
これならいける。カルテットの一人を倒したイブリスさんと、ラディスさんが居るのならこの戦いだって勝てるはず。私の中で希望がどんどん膨らんでいく。
「……熱かったぞ、ありゃあ」
「Well well……しかしどうやって脱出したのですかねぇ?」
「知りたいか? 教えてやってもいいが……」
「――!?」
――イブリスさんが言葉を切るとともに、ツタが動いた。
攻撃ではなく、防御のために。
「脱出したのは俺一人じゃないこと、わかってるだろう?」
クロウを襲ったのは吹き荒れる風だった。それはかまいたちとなって数本のツタを切り裂きながら進み、クロウの腕に浅い傷をつける。
「ン・ン・ン……風の刃、ですか」
私は、私たちはこの攻撃を知ってる。この凄まじい切れ味の風を。
「やっと追いつきました~!」
「イブリス、気持ちはわかるが先に行くのはよしてくれ……ラディス様もです」
攻撃の主が、イブリスさんたちが空けた壁の穴から姿を現した。
華麗な佇まい。自身が起こした風に金色の綺麗な髪を靡かせた女騎士さん……と、メイドさん。
「ルツァリさん! ……と、リリーさん!?」
イブリスさんと一緒に行動していたというルツァリさんと、その家政婦さんが遅れてやってきたのだ。
リリーさんの姿が見えた時にフロワちゃんが少し身構えたのは、見なかったことにしておこう。
「二人とも無事か?」
「見ての通りだ。少し危なかったみたいだがギリギリ間に合ったさ」
ツタを見事に迎撃したルツァリさんはイブリスさんの元に駆け寄る。一方リリーさんは真っ先に私たちのところへ駆けつけてきた。
「うんうん、確かに大きな怪我はありませんね~。でもここ、ちょっと傷があるなぁ」
リリーさんがフロワちゃんの鳩尾あたりを見て言った。確かに、カタナで斬られた跡が残っている。さっき回復しきれていなかったみたいだ。
「あの、リリー様」
「はいはい、ちょっと待っててね~」
警戒しつつ、なんとも言えない表情を浮かべるフロワちゃんにはお構いなし。リリーさんは自分のポーチをあさりはじめ、液体の入った小さな瓶を取り出した。
「それは……?」
「回復魔法を閉じ込めた魔法薬。ちょっとひんやりするわよ~」
リリーさんがフロワちゃんの傷口にその薬をかけると、本当に回復魔法を施した時のように傷がふさがっていく。
「効くでしょ? 凄く大きな傷だって治せちゃうのよ~。値は張るんだけどね……」
「……恐縮です」
「あの、リリーさん。どうしてここに……? リリーさん、冒険者じゃないですよね?」
「うん、そうよ。だけど……私だってお嬢様が危険なところに行くって言われてじっとしていられるほど落ち着きのある人じゃないの」
リリーさんは真剣な表情でそう答える。
……その気持ちは、私にも痛いほどわかった。だって、私がここに居る理由と、ほとんど同じなんだから。きっとリリーさんも、自分にも何かできないかと思ってここに来たんだ。
「本当は怒鳴りつけてやりたいところなんだが……実際それで助けられたのだから文句は言えないな」
と、ルツァリさん。
「I get it. 思いがけない救援があったということですね」
「そういうことだ。リリーが水を使う青属性魔法で炎を消して、薬で傷も治してくれた。地下を出る前にラディスが捕まっている牢を発見したのも幸運だったな」
今日はラッキーデーだ、とイブリスさんは得意げに話す。それに対してクロウは面白くない、といった様子を隠そうともしていない。声色も厳しいものへと変わっている。
「ところで、あの壁は……?」
リリーさんが部屋を分断するツタの壁を指す。
「あ……! あの向こうで、アトミスの皆がイーグル・アイと!」
「――! なるほど。ルツァリ、救援に向かってください。イブリスは道を開いてくれますか?」
「了解です、ラディス様」
「ああー! お嬢様! 私もついて行きます!」
「やれやれだ。"removE"」
イブリスさんが魔法を壁に向かって打ち込んだ。空間が歪んで、壁の一部が消え去る。壁はすぐに再生を始めるけれど、ほんの少しだけ時間がかかりそうだ。
「急げ、ルツァリ!」
「そう簡単に行かせると思いますか?」
走り出したルツァリさんとリリーさんにクロウのツタが襲い掛かる。
「そう簡単に行かせていただきます~!」
けれど、すぐにリリーさんが投げナイフでツタを攻撃。ツタが怯んだ隙に二人は向こう側へと飛び込んだ。
「ぬおお!? ルツァリ様!?」
「加勢しよう」
……ツタが閉じる瞬間、レオさんとルツァリさんのそんなやり取りが聞こえた。どうやらまだまだ無事みたい。私は少し安堵した。
「じゃあ、俺たちも……サラちゃんとフロワが世話になった礼をする時間だ」
「牢の中は寒かったですからね。少しばかり運動をして体を温めさせていただきますよ」
「……いいでしょう。四人纏めてボクの花の虜にしてあげようじゃあないですか!」
クロウの言葉と共に、ツタが床を突き破って次々に現れる。
先ほどまでとは比べ物にならない数のツタ。だけど、イブリスさんたちは怖気づいたりはしない。
「上等だ。俺たちだって、そのツタを纏めて黙らせてやる」
イブリスさんは余裕を見せた声でそう言い放ち、クロウに銃を向けた。





