-Quartet- Radis Faker その2
「……フロワちゃん、準備は良い?」
私はフロワちゃんの盾を防御魔法で拡張し、囁いた。
「無論です。もうご心配はおかけしません」
フロワちゃんは盾を構えて私を守ってくれている。その目は真っ直ぐに前を、目の前の"敵"を見据えながら。
さっきまでの迷いはもう無い。いつもの、とても頼りになるフロワちゃんが戻ってきていた。
「主様の姿をしていても、決して手加減はいたしません」
「それはこちらの台詞です、フロワ。僕とていくら君たちといえど、こうなった以上は全力で戦わせてもらいます」
クロウはカタナの柄に手をかけたままこちらを睨んでいる。
鞘からは抜かれていないけれど、その状態が一番危険なことは私たちがよく知っている。カタナが鞘に入っていること、柄に手を触れていること、そして"彼の視界に入ること"が、攻撃の発動条件なのだから。
「取り消すなら今のうちですよ。まだ間に合います。僕らの元へ来てください」
「いいえ、私たちは……「拒否します」
クロウからの再びの交渉は、フロワちゃんが私の言葉を遮ってバッサリと切り捨てた。フロワちゃんは鋭い眼光を抱きながらクロウを睨み返す。
「サラさんは渡しません」
「フロワちゃん……」
私が名前を呼ぶと、彼女はこちらを見て少し微笑んでくれた。
大丈夫。これなら勝てる。立ちはだかるのは強大な敵だけれど、何故だかそんな自信が湧いてきた。根拠はないけれど、私たち二人なら勝てるっていう気持ちが、私の心の中でざわついている。
「仕方ないですね……」
クロウは軽めのため息をついて、本格的な戦闘体勢に入った。
「もう、後悔しても遅いですよ」
「――!」
ガキン!
フロワちゃんの盾に何かがぶつかり、大きな金属音が鳴り響いた。まずは一発。少し間を空けて、次々に同じ音が鳴り出す。
時空斬だ。違う時間軸から自分の発生させた斬撃を持ってきて、視界内の好きなところに発生させるラディスさんの得意技。
「この技の恐ろしさは君たちもよくわかっているはずです。僕の視界に入ることなく、僕を倒すことができるとでも?」
この技。やっぱり本物のラディスさんなんだろうか。
あれだけ大見栄を張っておいてなんだけれど、私だってクロウが確実に偽者だってわかったわけじゃない。あれは私とフロワちゃんを奮い立たせるための虚勢。きっとそれはクロウにも見抜かれている。
――でも、虚勢だっていい。
さっきフロワちゃんが言っていた通りだ。たとえクロウが本物のラディスさんだとしても、私たちで倒して目を覚まさせる。それだけなんだ。
「くっ……はぁ!!」
「ほう……」
フロワちゃんが盾を構えてクロウに突進した。私は椅子の後ろに避難して、クロウの視界から逃れる。
小柄な体つきをうまくいかして、完全に盾に身を隠している。うまい。これならクロウの目には映らずに攻撃を仕掛けられる。
でも、これだとフロワちゃんからもクロウを視認できないはず。それなのに正確にクロウに向かっているのはフロワちゃんの勘や経験のなせる技なのだろうか。
「ふっ!」
「!!」
突進が直撃する直前、クロウが高く跳んだ。私の魔法で拡張されたフロワちゃんの大盾を跳び越すほどの、途轍もない高さのジャンプ。
クロウは空中で身を翻して着地し、フロワちゃんの背後を取った。
「君たちの見てきた僕が全てとは思わないことです。今は悪魔としての身体能力をフルに発揮できるんですから」
カタナを握り、体勢を低くするクロウ。居合い抜き……だっただろうか、あれは引き抜く体勢だ。時空斬と違って速攻性は無いけれど、ただの斬撃と比べて破壊力は桁違いだ。
「フロワちゃん!」
「っ!」
私が叫ぶと同時に、フロワちゃんは盾を分離した。
左手の盾を瞬間的に背後に回し、クロウの居合い抜きを受け止める。
「ああ……そうか、新しくそんな仕掛けを施したんでしたね。しかし素晴らしい反応速度です。流石はフロワ」
「くっ……!」
カタナと盾。それぞれの得物で競り合う二人の力は拮抗……いや、フロワちゃんが少し押されている。
イーグル・アイもそうだった……これが『カルテット』の力。あのフロワちゃんを凌ぐほどの怪力。特殊能力だけじゃなく、純粋な身体能力も十分な脅威なんだ。
「フロワちゃん! 今助けるよ!」
カタナを抜いている今なら時空斬を受ける心配もない。隠れていた椅子から飛び出して、クロウに向けて魔力を固めた光弾を発射する。
「っ!? 何っ!?」
まさか補助に徹していた私が攻撃に転じるとは思っていなかったんだろう。クロウは私の光弾に対応できず、背中へまともに直撃を受ける。
光弾の直撃した場所は例のごとく、黒く焦げて煙をあげている。
「はぁ!」
「くっ……!」
当然、フロワちゃんがその隙を逃すはずがなかった。分離していた盾をひとつに戻し、怯んだクロウに追い打ちをかける。
「ぐあ!」
両手で全体重をかけての突き飛ばし。フロワちゃんの全ての力を使ったその攻撃を受けたクロウは軽々しく吹っ飛んだ。
「まだですっ!」
これだけでは終わらない。フロワちゃんは吹っ飛んだクロウを追いかけてジャンプ。その勢いを利用して上空から盾を叩きつけようとする。
――!
「フロワちゃん、左!」
「! くっ……!」
けれど、突然現れたツタがそれを阻んだ。フロワちゃんを横から強くはたいて吹き飛ばす。
どうにか盾を分離して防御したおかげでダメージは逃れたようだけれど、更なる追撃を加えることはかなわなかった。
吹き飛ばされたフロワちゃんは私のすぐそばに着地する。
「大丈夫? 怪我とかない?」
「今のところは。感謝します、サラさん……あなたの声がなければ今の攻撃はまともに受けていました」
彼女の体を少し見てみたけれど、確かに怪我はない。とりあえず、まだ回復は必要なさそうだ。
「……お見事です」
クロウの声。向こうも体勢を立て直したようだ。
「まさかサラちゃんが攻撃してくるとはね……なるほど、攻撃魔法が無いとしても、悪魔相手ならその純白は武器にもなるということですか」
立ち上がってはいるけれど、まだふらついている。フロワちゃんの突き飛ばしがかなり効いているみたい。
「しかし……忘れてもらっては困りますね。僕の武器もこの刀だけではないんですよ」
……クロウがそう言った瞬間、床を突き破って何本かのツタが現れた。ツタは紫色の百合を咲かせ、うねうねと動いて私たちに狙いを向けている。
「き、気持ち悪い……」
「気を付けてください、サラさん。あのツタに咲く花は……」
「うん、わかってる。匂いを嗅がされないようにしなきゃ」
あの花の匂いを嗅いだら、頭がぼーっとして、いいように操られてしまう。それは私が身をもって体感している。
自分の知らない間に、自分が仲間を傷つけてしまう恐怖。そんなのはもう二度と御免だ。
「行きますよ」
ツタが本格的に動いた。
まず二本。私たちを挟むように、左右両側から襲い掛かってくる。
「っ!」
フロワちゃんは分離した状態の盾を両側で構え、双方のツタを受け止めた。
「流石にしっかり防御してきますね。でも、これで盾は封じました」
「――!」
今度は正面から、先端に花を携えたツタが迫る。
「なに、少し息を吸い込むだけで楽になれますよ」
「ダメッ!」
このままじゃフロワちゃんが操られちゃう。勿論黙ってみているわけにはいかない。私は迫るツタへ向かって光弾を発射した。直撃した途端に花とツタは朽ち果てる。
「ふぅ……」
「安心している暇はありませんよ」
「――!」「っ……!」
しまった、ツタは囮だ。
私が光弾を発射した瞬間に、クロウがフロワちゃんの目の前まで迫っていた。盾は両方ともツタのせいで使えない、光弾で迎撃したいけれど、突然のことで魔力を固めるのが間に合わない。
「"Saint Defender"!」
どうにか防壁の展開には成功する。魔法名だけで発動できるような自分の体質に感謝だ。
「サラちゃん、やはり君はまだ未熟だ……ここに来るにはあまりにも無謀すぎる」
……けれど、その防壁は簡単に破られてしまった。
なすすべなし。ガラスのように砕け散る防壁を浴びながら、クロウがフロワちゃんへ一太刀を浴びせる。
「きゃ……!」
「フロワちゃん!」
攻撃を受けたにも関わらず、フロワちゃんは両側のツタを抑え続けている。
「この……!」
「おっと」
今度は落ち着いて魔力を固めて、クロウへと放った。クロウは後ろに飛んでそれを軽々とかわす。
これでフロワちゃんから引き離せた。早く回復しなきゃ! 私は急いで彼女の元へ駆け寄った。
――あれ?
「サラ、さん……?」
「あ、ううん。待ってて、すぐに回復を……!」
私はクロウを警戒しつつ、回復魔法を発動する。思ったよりも浅い傷だ。咄嗟に体を引いてダメージを抑えたんだろうか。流石はフロワちゃんだ。
「……やっぱり」
傷を治しながら、小声で呟く。さっきから感じていた違和感が確信へと変わった。
傷口が、攻撃を受けた位置とずれてついているのだ。
これは確実に今、クロウのカタナの攻撃で受けた傷。私はさっき、クロウがフロワちゃんのお腹のあたりを斬るのをみた。
けれど、傷は鳩尾の高さについている。
見間違いですむ違いじゃない。明らかに私が見た光景と違っている。
一体何故? もしかして、これは何かクロウの能力の秘密を見抜くためのヒントになるのかもしれない。
傷を塞ぎながら、考えを巡らせる。
「――サラさん! 後ろです!」
……それが、仇になった。
こんな状況で変に思考を巡らせているからだ。私は後ろから迫るツタに気が付かなかった。
「えっ……!?」
「だから……言ったんですよ、サラちゃん。君はまだ"未熟"だと」
振り返った時にはもう遅く。
妖艶で、心地よい香りが……私の嗅覚を刺激した。





