宿屋でゆっくりしていってね!
「ついたぞ」
”機関”本部から数分歩いた場所に、その宿はある。
年季こそ入っちゃいるが、しっかりとした作りの二階建ての建物だ。規模もそこそこ大きい。
設備も必要なものは全てそろっている。俺の行きつけだ。
「らっしゃい……おお!おおおお!」
扉を開けて一歩中へ入ると、まずカウンターに陣取っている白髪のじいさんがこちらを見て物珍しそうな声を上げるのが目に入った。
煙草をくわえ、椅子にもたれながら本を読んでいたらしいが、こちらを見るなり本を投げ出して立ち上がる。
「んだよじーさん、いきなり大声あげやがって……寿命縮むぞ」
「馬鹿モン、わしゃ不老不死だ」
「外見しっかり老いてんじゃねぇか」
「うるさいわジジイ」
「お前にだけは言われたくねぇ!俺ァまだピチピチの若年だ!ほれ、20代くらいに見えるから!」
「い、イブリスさん、それは無理があるんじゃないかと……」
「言われとるぞオッサン」
「少しランクダウンしたけど失礼には変わりねぇぞそれ?」
「最初にじーさんといったのはそっちじゃろうに」
……このじいさんは大体いつもこんな感じだ。見た目からしていい年行ってるくせに元気すぎるほど元気で逆に心配になる。
「おっと、お嬢さんをほったらかしにしてしまったの。わしゃルベイル。見てのとおりこの宿を経営しとるもんじゃ」
顎に親指の腹をあてがい、格好つけながらじぃさんが自己紹介をする。
ルベイル・ガストハオス。自称この道50年のベテラン……らしい。
「ついでにこの小僧の世話役みたいなもんじゃ」
「そりゃちげぇだろ。行き着けなだけだ」
「お前さんみたいなのを泊めてやってるんだからこれくらい言ってもいいじゃろ」
「よかねぇよ」
まあ、言っていること自体は間違っていない、このじぃさんには長らくお世話になっているものだ。
なにせ俺は大半のギルドのブラックリストに入っている。当然街中にも噂は蔓延しているのだから、そんな男を泊めようとする宿など無いに等しい。適当な宿に入ったところで断られるのがオチだろう。
このじぃさんはそんな状況にも関わらず俺を泊めてくれる数少ない人物だ。曰く『金さえ出すならそれは客であり、それ以上でもそれ以下でもない』……らしい。いい意味でも悪い意味でも特別扱いはしないということだろう。
「いやぁ……しかし小僧が弟子をとったという噂が本当じゃとはのう」
「げ、もう噂になってんのか」
「そりゃお前さんの話じゃからな。お嬢さん、名前は?」
「サラ・ミディアムスです。よろしくお願いします、ルベイルさん」
サラちゃんは少し緊張した様子で、杖を両手に持って丁寧にお辞儀をする。
同時に先の方でまとめられた白い髪の毛と、被っている三角帽の先が重力に引っ張られて下を向いた。
「中々にめんこい子じゃのう……小僧の弟子には勿体無い」
「サラちゃんから志願したんだよ。文句あっか」
「こんなおっさんといたら危険じゃないかと思うてな」
「そうか、ならそりゃ余計な心配だ」
ルベイルのじぃさんは終始にやつきながらそんな言葉をかけてくる。
なにもじぃさんも本気で心配しているわけじゃなく、俺を弄って楽しんでいるだけである。年寄りには話し相手が必要なのだ。
「で、一応いつもの部屋はとっておいたが……」
「ああ、そうなのか。でも悪いが今日は二人部屋にしてくれ」
「二人きりの部屋でこんないたいけな少女に何をするつもりじゃお前」
「なんにもしねぇよ!?二つも部屋とる金ないっつーの!」
サラちゃんとここに来ると決まった時点でこう言われることは予想していたが、いざ実際に言われてみると非常に腹が立つ。
「でもまあ……そのあたりはサラちゃん次第か」
サラちゃんも年頃の女の子だ。師弟の関係とはいえ出会ったばかりのおっさんと同じ部屋で一晩過ごすのにも抵抗があるだろう。
二部屋とると宿泊代がとんでもないことになるが、どうにか捻出できないわけでもない。俺の飯が消えることになるが……いやそれは困る、どうにかしてほかの費用を削ることになるか。
「え?私別に一緒でも大丈夫ですよ」
……どうやら杞憂な心配だったようだ。
「ほほう、思った以上に心を許しているようじゃの。何があったんじゃ」
「知らねぇよ。チャラ男に絡まれてるところを助けただけだ」
俺が言うのもなんだが、サラちゃんがなぜここまで懐いてくるのか理解に苦しむ。よくもまあ誰にでも睨まれるような俺に師事しようと思ったものだ。
……そういう鉄砲玉みたいなところがこの子の良いところでもあり悪いところでもあるのだろう。
「さて、二人部屋なら205号室じゃな。食事オプションは」
「付ける」
「食事のグレード」
「一番安いの」
「3600リトスじゃ」
「げ、そんなにすんのか……」
この辺りのやりとりは完全に形式化されている。ほぼ毎日こなしている会話だ。いつもと違うのは部屋番号と料金、そして最後の俺の感想だけ。
ただでさえ二人部屋が割高だというのに食事が二人分になるのだから多少高いことは覚悟していたのだが、いざ値段を聞かされるとどうしても戸惑ってしまうのだ。
「別に払わんでもええんじゃぞ?その場合泊めないがの」
「……払う、払うから鍵よこせ」
一瞬迷ったが流石に宿がないとダメだ。
野宿という手が無いでもないが、いくらなんでもサラちゃんが嫌がるだろう。というか俺も嫌だ。
「ほれ」
俺がたたきつけるように宿泊代を出すとじぃさんが”205”という札のついた鍵を投げ渡してくる。
「食事は19時じゃ。運んでやるからそのときには部屋におるように」
「あいよ……サラちゃん、先に部屋行っててくれ。俺ちょっとトイレ行ってくっから」
「わかりました!」
「部屋は二階じゃ。浴場とトイレは一階に全宿泊者共用のものがあるからそこを使うんじゃぞ」
「はい!」
大きく頷いたサラちゃんに鍵を渡すと、そのままカウンターの脇にある階段を駆け上がっていった。
「他にも泊まってる人がいるんだからあんまり走るんじゃないぞー!」
「……大分苦労しとるみたいじゃのう」
「特に資金繰りでな。悪い子じゃないんだが……悩みの種ではある」
本当、しばらくどうやって生きていこうか……不安しか感じられないものだ。
「しかしどうしていきなり弟子なんぞとったんじゃ。メリットも無いじゃろうに」
「そりゃお前決まってんだろ」
確かにあの子がいるおかげで出費は増えるしクエスト効率も落ちて稼ぎも減るが……
……減るが。
「……あれ、どうしてとったんだ」
「なるほど、お人好しに見えるただの馬鹿じゃの」
「るせぇ、もう行くぞ俺ぁ」
俺はじぃさんとの会話に区切りをつけてトイレへと歩いていく。
……ほんと、どうして弟子なんかとったんだか。





