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魔術の師匠はフリーター  作者: 五木倉人
師弟、女騎士と出会う
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女騎士との一日の終わりに

「……明らかに多いな」


ここは"機関"本部の休憩スペース。今日の収入を整理しながら、イブリスさんが呟いた。


外はもう真っ暗だ。アヴェントの街中を、街頭の明かりが照らして、今日の分のクエストを終えた冒険者たちが帰路に付いている。


勿論、私たちも例外ではない。今しがた最後のクエストの報酬を受け取ったところだ。


机には今日稼いだ分のお金がどさっと置かれている。こうして収入の確認をするのは毎日の事なんだけれど……イブリスさんの言う通り、今日の収入は一目でわかるくらいにはいつもよりも多い。


その理由は簡単。ルツァリさんの存在だ。


パーティが一人増えたことでクエストの回転率が圧倒的に上がった。クエストに行ける回数が増えるんだから、収入が増えるのも当然のこと。


「大体普段の三割増しってところか……一人増えるだけでこれだけ稼げるたぁ、驚きだ。フロワが入った時の比じゃないな」


「……」


「……いや、別にお前を貶してるわけじゃないぞ。紛らわしい言い方だったのはすまんが、あくまで稼ぎの効率が異常に上がったことを言いたかっただけで……おいやめろ無言で冷ややかな目線を送ってくるんじゃない! 謝るから!」


「ははは、何にせよお役に立てたようで何よりだ」


……まあ、今回に関しては、回転率の上がり方が異常なんだけれど。


フロワちゃんは攻撃もできるけれど、どちらかといえば防御の役割のほうが強い。それに比べてルツァリさんは完璧な攻撃役。更にルツァリさん自身の実力もあって、魔物を倒すスピードが格段に速くなったのだ。


「さ、サラちゃんも何か言ってくれ!」


「えー……今のはイブリスさんが悪いですよ」


「だ、だから悪かったっての!」


「……ぷぷぷ」


必死に謝るイブリスさんに、ルツァリさんが思わず笑いを漏らす。……よく見ると、フロワちゃんも少し笑いをこらえている様子だ。


賑やかで、どこか微笑ましい光景。


……悪魔の事なんか全部なくなって、ずっとこういう光景が続けば良いのにな。


「あっ、ところでルツァリさん、宿はどうするんですか?」


ずっと心の片隅で気になっていたことを思い出したので、ルツァリさんに聞いてみる。


「ん……ああ、そうだな。君たちと同じ宿に泊まろうと思っているよ」


「……俺持ちか?」


「経費で落とそう、総務部門から許可が下りるかわからないが。そうなるまでは、とりあえずは私が自腹で出すさ」


「そうか、助かる……」


イブリスさんが後ろめたさを感じている顔でルツァリさんにお礼を言う。


収入が着実に増えているとはいえ、やっぱりあまり余裕があるわけではないのだ。


……イブリスさんのお世話になっている私まで後ろめたさを感じてしまう。もっとクエストに貢献してお返ししなきゃ。


「ルツァリ様は、この街に自分の家をお持ちだと記憶していますが……お帰りにはならないのですか?」


フロワちゃんが尋ねる。


そうか、ルツァリさんは私たちみたいな宿暮らしでもなければ、他の冒険者みたいにギルドに寝泊まりしているわけでもない。自分の家を持って、そこで暮らしているんだ。


「ああ、夜だからって悪魔の襲撃がないわけではないだろう。むしろ、皆が寝静まる夜を狙って奇襲をかけてくる可能性だってあるんだ。それなのに私が帰るわけには行かないさ。離れたら護衛でもなんでもないだろう?」


「……確かに、その通りでございます。すみません、私の思慮が浅かったようです」


「別に謝ることでもないだろう。相変わらずフロワは堅苦しいな?」


「……やめてください」


ルツァリさんはフロワちゃんの頭をわしゃわしゃとかき回す。フロワちゃんは困り顔だ。


「ルツァリさんのおうち……なんだか凄く大きそうですね」


「そうでもないさ」


「そうなんですか?」


「……住宅地でも五本の指に入るほどの豪邸です」


「凄く大きいじゃないですか!?」


「……そこそこ大きい、かな?」


私のツッコミに、ルツァリさんは目を逸らす。


このアヴェントの街の住宅地。行ったことは無いけれど、フロワちゃんが"豪邸"というくらいなのだから相当大きいんだろう。


"機関"戦闘部門のサブリーダーとまで言われる人なんだから、大きい家に住んでいてもそんなにおかしくは無いと思うけれど。


……"機関"戦闘部門のサブリーダーさんが住んでる家。とても気になる。


「……あの、ルツァリさん」


「ん? どうした、サラ?」


「その……ルツァリさんのおうちに、お邪魔することって、出来たりしないかなぁって……」


「――え?」


一瞬、私たちの間に気まずい空気が流れる。


そこで私は気づいた。自分がほとんど無意識で、とても図々しい発言をしてしまったことに。


……し、しまった。つい勢いで……!


「あ、ご、ごめんなさい! 失礼でしたよね、忘れてください!」


口を滑らせてしまった私は、慌てて素っ頓狂な顔をしたルツァリさんに謝罪する。


守ってもらってる立場なのに、なんてことを言ってるんだ、私。先走る好奇心を抑えることもできないなんて。


こうしてルツァリさんと行動できるだけでも贅沢な事なんだから、少しは抑えないと駄目でしょう!


自分の頭の中で自分自身への説教を繰り返す。全く、この欲張りめ。


「あわわ……ごめんなさい、本当にごめんなさい!」


「ち、ちょ……落ち着け、サラちゃん!」


思わず謝罪を繰り返す私を、イブリスさんがなだめてくれる。


「あー……えっと、サラ?」


「は、はい!」


ルツァリさんが、なんとも言えない表情でこちらを見てくる。


――お、怒られる!


私は、ついつい、肩に力を入れてしまう。


「私は別に構わないぞ?」


……けれど、帰ってきたのは予想外の言葉だった。


「ルツァリ……?」


「別に人を呼べないような家でもないから……部屋もあるし、どうせなら泊っていくといい。突然言われてちょっと驚いたけれど、それくらいなんてことないさ」


「い、いいのか? 確かに泊めてもらえるならありがたいが……」


「ああ、もちろん。むしろ大歓迎なくらいだ」


「……え、え?」


なんだかトントン拍子で話が進んでいくのに、理解が追い付かない。


あれ、ルツァリさん、なんて言ったっけ?


来てもいいって……それどころか、泊めてくれるって? 私たちを?


「よし、そうと決まれば、早速行くことにしよう。私の家まで案内するよ」


「……うええええええええ!?」


今日、何度目かの私の叫び声が、再び"機関"本部に響き渡った。

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