第二話 「依頼」 6
交渉は成立したように思えたが、まだ肝心の依頼内容がほぼ不透明だ。結局のところ俺はなにをすればいいのだ。やっぱり安請け合いはするもんじゃないな。いや、まだ話を聞くだけだし面倒な事柄なら適当に逃げればいいか。…さっきの有言実行はなかったことにしよう。とりあえず話を聞かないことには始まらないな。
雲英も少し安心した様子で涙を拭う。周りに客がいなくて本当によかった、最悪の場合通報されるかもしれないし免罪で捕まる未来なんて想像もしたくない。俺も無意識に安堵のため息が漏れていた。
「それで、依頼内容を詳しく聞きたいんだが…」
雲英に依頼の続きを促したが車のエンジン音で俺の声はかき消された。どうやらお店の前に停車したらしいがエンジン音は止まらず店内まで響いている。ちょっとアイドリングストップついてないの?こんな夜にエンジン掛けっぱなしとかご近所に迷惑でしょうが、主に俺の声に迷惑なんだけど。
発言を邪魔されたことに、やや機嫌を損ねたが、気を取り直し再度雲英に話を促そうとした時、今度は来客を知らせる鈴の音が店内に響き渡った。誰か来たようだ。反射的に入口へ目を向ける。
そこには古風のメイド服を着た成人の女性が立っていた。二十代後半位だろうか。今時メイド服を着ている女性なんてメイド喫茶くらいでしか目撃しないのだが、しかしアンティーク調のメイド服も珍しい気がする。黒髪に後ろ髪をシニヨン風に一纏めに結んでいる。前髪は目元付近まであり均一に整えてあり清潔感を醸し出していた。眼鏡をかけており、スクエアタイプのアンダーフレームでその奥に見える瞳は翠色にややツリ目で、いかにも専属の家庭教師をしている顔立ちだ。あんな感じの気が強そうな女性に一度は罵られながら手厚い奉仕を受けてみたいものだ。
最後は俺の妄想がダダ漏れしていた。おそらく表情にも出ていた様子で、雲英の視線が痛いほど伝わってきた。そんな怖い顏で睨まないで、せっかくの美少女が台無しだよ。
その女性は店内を見渡すと俺と目があった。そのまま視線を動かさずこちらへ歩み寄ってくる。なんだか凄い威圧感を感じる。もしかして怒なの?別に怒られるような事した覚えがないのだが、まず初対面だし。
そのまま俺たちのテーブルへたどり着くとクルッと雲英の方へ向き直り深々と頭を垂れた。
「雲英お嬢様、お迎えにあがりました。すぐに御屋敷へお戻り下さい。私だけでなく御屋敷の従者全員が心配されています。出来れば夜分に一人で出歩くのは控えて頂きたのですが」
「わざわざ迎えに来なくても、既に要件は済んだのだからすぐに帰るつもりだったわ。あと夜分に出歩くのは私の自由でしょ、従者達にも迷惑を掛けているつもりはないのだけれど」
雲英お嬢様?…え、そんなに高い御身分のお方だったんですね。そりゃナポリタンも知らないはずだ。俺は二人のやり取りを黙って見ていた。
「雲英お嬢様が迷惑を掛けていないつもりでも、こんな物騒な世の中で夜分に姿をくらますと誰でも心配します。これ以上、自由気儘に行動されては叔父様にご報告しなければなりませんがよろしいのですか?」
脅迫じみた設問に雲英は抗うすべがないようだ。内心悔しそうに俯いていた。だが既に雲英の要件は済んでいる。顔を上げると素直に従う意思を伝えた。
「…分かりましたわ、今後出歩くときは声を掛けるよう心掛けておきます。これでよろしくて?」
「えぇ、ご理解いただければ幸いです。叔父様にもご報告しなくて済みそうです」
二人のやり取りが終えたのを確認し、間を割って俺が声をかける。
「それで、依頼の件はどうするんだ?話を聞かない事には俺は動けないんだが」
「そうですわね、また夜分に出歩くと私も都合が悪いので、後日迎えをお送りますわ。私の自宅にて詳しい話をお聞かせします。でも実際に見て頂いた方が早い気もしますが」
雲英が話し終えるのと同時にメイドが質問を重ねる。
「雲英お嬢様、失礼ですがこの御仁とはどのようなご関係で?」
「さきほど道端で倒れているところを私が助けましたの。彼にとって私は命の恩人のようなもの、恩返しになんでもしてくれるそうよ、さっき誓約書まで書いて下さいましたわ。」
「はぁ、世の中には変わった人物がいると聞いていましたが、ここまでの変人は初めて見ました。さぞお嬢様に忠誠を尽くしてくれることでしょう」
ちょっと待て、大体の内容はあってたが最後の誓約書ってなんぞ?俺はそんなもの書いた覚えはないんだが。タダ働きなんて絶対にしないからな。あとそこのメイド、さり気に俺をディスるの止めてくれる?なんで出会って数分で侮辱されなきゃいけないんだ。上司が侮辱したからってお前が侮辱していい理由にはならないからな。
メイドを睨み威嚇するが、逆に睨み返されしまい自然と視線を逸らす。
うわぁ、このメイド超こわい。防御力は下がらなかったが、人一人殺せるんじゃないかと思うくらい怖いわ。
「では参りましょうか、砂月さん後日またお会いましょう。マスターも近い内にまた足を運ばせて頂きますわ、今日のお礼もしなければいけませんし…それでは今日はこの辺で失礼しますわね」
雲英は立ち上げると、華麗に踵を返し入口のドアへと足を向ける。その数歩後ろからメイドが付き添うように歩幅を合わせ身を運ぶ。雲英がまるで本物のお嬢様に見えた。俺は何も返事をすることが出来ず静かに見送っていた。
「なぁマスター。世の中にはお嬢様っていうのが本当に存在するんだな」
あれからカウンター席に移りマスターに今日の出来事をボヤいていた。同時に今日の出来事を頭で整理する。こういう時のコーヒーは最適だ、より集中力を増してくれるスパイスになる。
俺の独り言をマスターはグラスを磨きながら適当に相槌を打ってくれている。多分、話半分も聞いちゃいないだろうがそれでいい。別に話を聞いてくれるだけでマスターの意見を求めいてるわけではないのだから。マスター自身も俺への罪悪感からか今日はいつもより優しい気がする。俺が女なら惚れちまいそうになるぜ。残念ながら男なんで嫉妬しか湧きあがらないがな。
結局依頼の詳細は聞けず、情報はほとんど聞き出せなかった。考察しようにも情報が少なすぎてほとんど妄想の域に達しそうだ、これじゃいくら考えても時間の無駄だ。今日は諦めていつものように過ごすしかないだろう。
今後の予定を大体決め終えたところで、耳にニュースキャスターの声が届く。いつの間にかマスターがレコードからテレビに切り替えていたようだ。そんなに俺の相手は嫌ですか、そうですか。
「……先日より続いていますアンドロイドによる事故。今のところ幸いにも怪我人は出ていませんが、今後もこのような事故が続くようなら、いずれ人に危害を加える事故が起きてもおかしくないでしょう。早めの対策を企業は施行するべきだと思われますが。今日はアンドロイドに詳しい専門家の方をお呼びしました…」
先月より発生しているアンドロイドによる事故の特集のようだ、今回で7件目。事故の種類も様々で自動運転の暴走や配送ロボットの誤送・荷物の投棄など、なんとも不可解な事故が続いている。電気回路のショートやオーバーヒートなどの故障は昔からよく見かけていたが、故障の際はそれ以上の二次災害を起こさないために自動制御システムが働き電源が切れるようになっているはずだ。しかし、今回はそのシステムが働かず事故に繋がり大きな損害が出ているらしい。企業も炎上したりと世間を騒がせている。
前から気にかけていた事件だったが、今日は特に気がかりだ。キャスターの声が脳内で反響し思考を鈍らせる。重たい頭を手で支え、情報の仕分け作業を行う。ふと、脳裏に雲英の言葉がよぎった。
『アンドロイドに心が宿る』
まさかな、まだ依頼の内容も確認せずそんな不確定要素を信じるわけにはいかない。
ここ数十年でアンドロイドは飛躍的に進化し人間の労働の場を奪っていったが、アンドロイドに心が宿ったなんて事案は今まで聞いたことがない。もちろん都市伝説レベルの噂はネットの海を悠々と彷徨ってはいるが、所詮は都市伝説。信じるも信じないもあなた次第ってことで、つまり作り話ってことだ。
だが今回の事件と、雲英の言葉を無意識に繋げようとする自分がいる。これは妄想だ、逆に情報が少ない分妄想が捗るのかもしれないな。このままだと無限ループに掴まりそうなので思考をリセットする。無限ループって怖いよね。
コーヒーを一口含み深呼吸。マスターがその様子を見ていたようで喝を入れてきた。
「なに辛気臭い顏してんだよ。あと俺の前で溜息をつくんじゃない、こっちの運まで逃しそうだ。溜息をはいたらその後はしっかりと吸い込むんだぞ、運気を逃さないコツだ」
「それ、励ましと受け取っていいんですよね。実行するかは別として、とりあえず覚えておきます」
マスターには俺の深呼吸が溜息に見えたらしい。多分俺の呼吸は全部溜息に見えてそうだ。
「ふん、素直じゃねー野郎だ、好きに受け取ればいいさ。たまにはお前もアンドロイドみたい人の意見を素直に受け入れてみたらどうだ、いつもの世界が違う見え方になるかもしれんぞ」
「確かに、マスターの言うことも一理ありますね…見え方か…視点の切り替え…」
マスターの言葉に一つ興味が沸いてきた。
アンドロイドの事件、俺の主観的考察だけじゃなく一般的な考察を聞いてみたいと思った。本当にただの興味本位なのだが一般の人からはどういう風に見えているのだろう。
「マスター、今話題のアンドロイドの事件どう思います?マスターの考察を聞かせてくれますか?」
「あぁん?考察だって?俺はあの事件にあまり詳しくないぞ…その程度の考察を聞きたいのか?」
「はい、よろしくお願いします。」
「ふむ、そこまで聞きたいのなら話てやるが、へんに期待するなよ」
「分かってます。参考程度なんでマスターの思っている通りに話してください。」
そうか、とちょっと得意げな顔でマスターのトークショーが開演する。
マスターは自分のコーヒーを用意し俺の対面に腰を掛ける。あまり詳しくないと言ったわりには表情が自信ありげだ、そんな表情を見ていると少し期待してしまう。
「まず、これは事故と報道されているが俺は事件だと思っている。つまり誰か故意的に事故と見せかけて事件を起こしているという事だ。なぜ事件だと思いってるか、具体的に言うと事件じゃなく実験だ。首謀者はアンドロイドを電子ドラッグなんかで操り大きな事件を起こそうとしている。その前の段階としてアンドロイドを暴走・誤動作させ情報を集めているってわけだ、よりメインの事件の成功率を上げるためにな。まぁなんにせよいずれは大きな事件が起きる前触れかもしれんな。」
マスターの表情は得意げで自分の考察に頷いている、自分の考察を話せただけでも満足だったようだ。
マスターの考察はやや妄想の域に片足を突っ込んでいるようにも思えたが、否定は出来ない。可能性が低くても絶対にゼロとは言い切れないからな。この手の考察はネットでも見ていたしマスター以外にも同じような考えの人は少数でもいるようだ。俺の場合、現実に起きている事件を元に脚色を付けたり・妄想を付け加えることはあまり好まない、妄想を働かせる前に情報を隅々まで集めてしまうからだ。だからこんな考察を出来る人が羨ましい。
想像力って意外と重要だ。あんがい想像力ってのも努力ではどうにもならない天性の部類なのかもしれないな。
考察内容は参考にならなかったが、マスターの考察は視点を変えるとしての意味合いで収穫はあった。今後はマスターの話もちゃんと聞いておくか。
「ありがとう、マスター。いい考察だったよ」
俺がお礼を伝えこの話題に終幕を下ろそうとしたが、マスターには聞こえなかったみたいでトークショウーは続いていた。
「しかし、今の考察とは別に引っ掛かるところがあるんだ」
「…引っ掛かること?それはどんなところですか?」
「今回の事故の内容なんだが、妙に人間じみているように感じるんだ。例えば今回のアンドロイドが起こしている事故を人間に置き換えてみると、ただのヒューマンエラーなんだよな。アンドロイドなら基本システムで動いているから誤作動やエラーがあった場合その場で停止するんだろ?だが今回は停止せず稼働し続け事故に繋がった。」
「だからそれは、制御システムにエラーが発生し稼働し続けたのでは?」
「しかし、回収したアンドロイドの電脳内やシステムを検査してもエラーの類は発見できなかった。それじゃ制御システムだけの問題で事故に繋がったとは考えにくいじゃないか?他にも事故に繋がる要素があったのかもしれない」
「…それは確かにそうですが、もしかしたら企業が嘘の報告をしている可能性もありますし」
俺は何を言ってるんだ、それこそ妄想じゃないか。情報を疑いだしたら考察の意味がない。
「お前の言っていることも分かるが企業が嘘をついてなんのメリットがある?すでに事故を起こしているわけだし、俺ならこれ以上信頼を損失しないよう真実を伝えると思うが。これは考察なんだから今ある情報だけで考察するしかない」
マスターの言っていることは正当な意見だ。意地になってイチャモンをつけたことに反省する。
「そこででた答えが、アンドロイドに感情が芽生えたと思ったわけだ。人間と違ってアンドロイドは定期的な点検と電気さえ供給出来れば休みなく働くことが出来る。休みなく働かせる人間対し怒りの感情が芽生え反旗を翻し行動に移したんじゃないかってな。今のところ人間に危害を加えていないようだが、このまま続くといずれは人間に危害を加えるようになるだろう。それもちょっとした事がきっかけで爆発的に広がるんじゃないかと思っている。最終的には人間対アンドロイドの全面戦争にまで発展するってわけだ」
「最後の方は昔の映画で見たような気がしますが…」
「はははっ、細かいことはいいんだよ!でもな…」
豪快に笑っていたマスターだが、遠くを眺め物思い顏になる。
「今のアンドロイドを見ていると可哀想に思えてくるんだよ、アンドロイドを奴隷や道具のように扱う人間に嫌悪感すら抱くようになった。こんな感情を抱く俺を世の中じゃ異端者みたいに思われるかもな。…昔はあんな風に扱ってはいなかったのにな、人間の慣れってのは本当に怖いと思ったよ」
その言葉を聞いて俺は何も言えず、コーヒーの水面に移る自分の顔を眺め続けていた。
「どうだった俺の考察は?因みに前半部分はネットに転がってた考察。後半部分が俺の考察だったんだが」
やっぱり前半のはネットの考察だったのね、知ってました。しかし後半のは色々と参考になった。さすが伊達に長年生きているだけはある。
「いい考察でしたよ、とても参考になりました。また時間があったらお願いします」
「おう、暇つぶしにはちょうど良かったぜ。」
暇つぶしって今営業時間ですよね?そんなんで大丈夫?ここ潰れると俺が困るんですが…あと雲英が悲しみます。
依頼の件を忘れ、俺の脳内は雪月花の経営を回復する算段だけを考えていた。




