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心機(仮題)  作者: 山葵
第一章 「アンドロイドと心」
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第二話 「依頼」 4

店内に入ると同時に、ドアに付いている呼び鈴が響き渡る。この音を聞くたびに俺は懐かしい気分になる。

今では電子音の呼び鈴が当たり前なのだが、ここは銅製の鈴の音が来客を知らせてくれる。

鈴の音が収まってくると微かにレコードの音が聞こえてきた、ゆったりとしたジャズピアノが耳に心地よい。

今日の選曲も流石だ、相変わらずマスターはいいセンスをしている。そのセンス俺にもください…

音楽に聴覚が奪われていると、次は嗅覚だ。喫茶店特有の香りが漂ってくる。

各々の喫茶店で香りは違うが、ここ"雪月花"の香りは飲食がメインなので食べ物の香りが漂っている。

その中でも特にコーヒーの香りが強く感じられ、この香りだけで脳内が刺激する。

そして照明も雰囲気を壊さないように、今時では珍しい白熱電球を使用し、薄暗くなるように調整してある。これってだんだん熱を帯びてくるから近すぎると熱いんだよね…だがそれがいい。


ゆっくりと店内を見渡すと、俺達以外に客は入っておらず奥からは小刻みに調理音が響いている。

恐らくマスター調理場に籠りせっせとスパゲティを調理中なのだろう。

奥のテーブル席に目を向けると、既に雲英が座っており物珍しそうに周りを見回していた。カウンター席はあまり好みではないらしい。まぁマスターが誘導したとも考えられるが…。


店内の雰囲気を楽しみながらゆっくりと雲英の待つ席へ歩を進める。

途中で雲英は俺の存在に気付き、笑顔でこちらに手招きをしていた。

…お前さっき俺にした事忘れてるだろ…そうじゃないと笑顔で手招きなんて出来るわけがない。

オジサンこう見えても執念深い性格なんでね…簡単には忘れないからな。


俺は不機嫌そうな表情で雲英と対面の座席に座る、雲英は俺の顏を見向きもせず特に気にしていない様子でオレンジジュースを手に取る。

ストローに左手を添え口に咥えると、横髪をかき上げながらオレンジジュースを一口含む。俺はその姿に思わず見惚れてしまった。

可愛らしい仕草の中に気品がある。それに、初めて来た喫茶店とは思えないほどに馴染んでいて、まるで一枚絵にでもなるようなこのシチュエーションに雲英の天性を感じた。

努力ではどうにでもならない、持って生まれたものだけが獲得できる天性とはこの事だろう。

悔しいが、マスターの褒め言葉はただの社交辞令ではなく本心だったのかもしれないな…と、複雑な心境で雲英の横顔に目を奪われていた。


「どうかしました?さっきから私の顔を見ては浮かない顔をされているみたいですが」

「ん?別になんでもないよ。ただ雲英の社交的なコミュ力に驚いただけだ。雲英くらいの年頃の子って思春期真っ盛りだから普通は初対面の人に対してあそこまで対応出来ないだろう。しかも相手はあのマスターだぞ。普通は怖くて喋れないだろ?」

雲英の顔に見惚れてたなんて言えない。話題をずらしつつ雲英の対応力の高さを褒めてみたがあまりいい反応は返ってこなかった。

「……あれくらい普通ですわ。普段から礼儀作法の指導を受けていますし、他の方はまだ上手に対応されています…私なんてまだまだ未熟者です」

「そうなのか?俺から見たら十分だと思うが…まぁ俺は素人だし礼儀作法なんてさっぱり分からん」

正直分かりたくもない。まず、俺は礼儀作法なんて必要とする場所には行かないしな。そんな堅苦しい世の中で生きるくらいなら、平民・愚民でほのぼのと暮す生活の方が百倍マシだ。俺の人脈は浅く狭くで十分だ。それで生きていけるなら広げる必要もないだろう。


「学校には私くらいの生徒なんてたくさんいますし。あれくらいの挨拶なんて出来て当たり前。私の礼儀作法のレベルは低いくらいですし…褒められるものではないですわ」

俯きながら話す雲英の顔は憂鬱な表情をしていた、思い出したくもない過去でも脳裏によぎったのだろう。仕方ないここは先人に生きる先輩としてアドバイスをしてやろう。

「ふむ、じゃあ視点を変えよう。雲英は礼儀作法をどういう風に捉えている?まずは礼儀作法がなぜ必要なのかという事を考え直す必要があるんじゃないか?」

俺の意外な質問に驚いたのか雲英は一瞬目を丸くしていたが、次の瞬間にはしっかりと俺の目を見据え答えた。

「そうですわね、私が教わった事は『人間社会で生きる上では最低限必要なことであり、人間関係を築く際に重要視されているのが礼儀作法』って解釈だったと思うわ。」

「確かに間違いではない解釈だ。教科書通りの解釈と言ってもいい、だがその解釈では不十分だ。礼儀作法の根本的な所を説明しきれていないからな。その解釈を教わる側はこう捉えるんじゃないか?『礼儀作法を最低限習得できなければ人間社会で生きていくのは困難になってしまう』または『良好な人間関係を築く為には礼儀作法を完璧に習得しなければいけない』と。別に礼儀作法を完璧に習得できなくても社会では生きていけるし習得したからと言って社会的に必ず死なないって保障はない。実際、俺も礼儀作法なんて教わった試しがないからな。結局、教える側の勝手な解釈を教わる側に強制しているだけに過ぎない。勉強も一緒だ。先生が『社会に出るために必要』とか、『これが出来ないと社会に出て恥をかくことになるぞ』とか適当な理由で教わる側に勉強を強いてくるが、実際社会に出て役に立った事なんて漢字と数学の小学生レベルで、他は専門的な研究員や大学院生・教授でもならないと役に立たないだろう。この状態で授業が進むと教わる側は大体二つに分かれる。『先生に従順し勉強をする生徒』と『先生に反発し勉強を辞める生徒』だ。もちろん十人十色で他の解釈をして独自に勉強をする生徒もいるだろうがそんなのは少数でしかない。それじゃ勉強を辞める生徒にスポットを当てよう。なぜ勉強嫌いになってしまうのか。なぜだと思う?」

雲英に問題を問う。雲英は手を顎にあて暫く考え込むと自信なさそうに答えた。


「先生への反発心から、かしら。もしくは初めから勉強が嫌いだったから。」

「うん、まぁ50点といったところかな。雲英の答えは間違いではないし、もちろんそんな理由で勉強嫌いになる生徒はいるだろう。しかし一番多い理由ってのが『なぜ勉強をしなければいけなのか分からず授業を受けている生徒が多い』ってことだよ。勉強をする事に意味を見い出せないって事だね。よく学生は勉強するのが仕事って言われるが勉強と仕事は意味合いが違う。仕事は生活が懸かっていれば誰でもするし、お金が稼げれば職種なんて何でもいいからな。勉強はそうはいかない、勉強をしなくても生きてくことは可能なんだから。

将来、医者や公務員・役職に就きたいなんて具体的な将来像を思い描いている生徒なら、小・中学生から独学で猛勉強をしているだろうし、それなりに人生プランが構築しているだろう。しかしそんな生徒なんてごく僅かだ。一般の生徒なんて取りあえずいい学校を出て、それなりの給料を得られる企業に就職して、幸せな家庭を築ければいいや、くらいに曖昧な将来像しか描けない。そんな曖昧な目標しかない生徒に勉強を強いても意味はないだろう。場合によっては逆効果な時もあるし、最悪勉強嫌いになるのがオチだ。それじゃ勉強嫌いな生徒に先生はどうしたらいいと思う?」

次の問題を雲英に問う。先程と変わらない姿勢で雲英は答えた。オレンジジュースが汗をかいて溶けかけの氷がカランと鳴る。


「勉強がなんたるかを教えモチベーションを上げる、かしら。」

「悪くない解答だがモチベーションの上げ方が曖昧だな、勉強の捉え方なんて人それぞれだし。それこそ勉強が初めから嫌いな生徒はそこで諦めてしまうからな。俺の解答はこうだ」

そういって俺は自分の考察を話し始めた。別に教員免許とか持ってないんだけどね。


「生徒にはまず目標を持たせる事が大事だ、目標と言っても大雑把でいいんだよ。あの大学に入りたいとか、専門学校・高校に入りたいとかでもいいし、有名企業や特定の職種に就きたいとか目標は人それぞれだからね。そこで先生がしてあげる事はエールを送る事だけじゃなく、目標までのプランを立ててあげる事なんだよ。今の先生は三者面談で『今の成績じゃ無理だね、別の所も受けてみたら?』とか安全な方へ導いて浪人生を増やさない方へ誘導しようとする先生が多い。でもそれって先生の都合であって生徒の意思は無視していると思わないか?別にセンター試験ってのは今までの成績は関係なく、センター試験の結果で合否が決まる訳だから、そこで先生が掛ける言葉は『今の成績じゃ合格ラインを越えるのが難しいから、一緒に勉強頑張ろうな』ではないだろうか。それだけで生徒には目標が出来、目標を立てる事で勉強に対する意味を見出し、同時にモチベーションも上がる。あとはセンター試験までのあいだ期末試験や中間試験に合格点数等の簡易的な目標を細かくたて合格プランを作成、試験対策には過去問プリントを配ったりしていると生徒は自然に勉強をする環境に対応していき勉強嫌いは解消されると同時に独学も始めるだろう。まぁ結局、試験に受かるかはその生徒の頑張り次第になってくるが、それでもセンター試験までに積み重ねた努力は嘘ではなく、これからの人生には大きく影響すると思う。何もせず後悔するよりやってから後悔する方がいいとまではいわないが、やってから反省は出来る。努力は報われるなんて言葉は成功者の戯言だが、努力は裏切らないのは真実だ。だからおおいに努力はしていいと思う。勉強でも人生でも。」


俺が饒舌に喋っているのを雲英は熱心に聞き入っている。美少女にそんな見つめられると恥ずかしいんだが。恥ずかしいあまり、咳ばらいをして一呼吸を置く。

「今回は勉強に例えて話したが、要は受け取る側の解釈を変える事で意外と簡単に解決する。って事だ。勉強の場合は『なぜ先生は勉強を強いてくるのだろう』という疑問に対し『自分の目標の為に勉強を教えてくれている』という受け取る側の解釈が変わった事により勉強へのモチベーションへ繋がったという訳だ。」

とりあえず勉強の話はこれぐらいでいいよね。頑張れ受験生!っと無責任にエールを送っておこう。


「それじゃ、話を戻そう。雲英の礼儀作法に対する解釈についてだ。君の解釈を聞いた限りでは人間社会で生きる上で必須項目だから取りあえず教わった事をやっているってことでいいかな?」

その問いに雲英は、目線を逸らしバツが悪そうに答える。

「まぁ。そう程度の認識でいいですわ。あまり礼儀作法は得意ではないですし。」

「そうか、じゃあ礼儀作法が何たるかを教える必要があるな。」

そういって俺は自信満々に答えると、雲英は感情をあらわにし反論にでる。

「えっ?さっきまで礼儀作法なんてさっぱり分からんって言ってたじゃない、そんな人に教わる事なんて雀の涙ほどもありませんわ!」

「おいおい、人の話は最後まで聞くのが礼儀ってもんだろ。まぁ聞けよ、俺が説くのは礼儀作法じゃなく礼儀作法の『言葉の意』を説いてやるって事だ」

俺の言葉にあまり納得していない様子で表情は不機嫌そのもの。だがそれ以上に反論はなく素直に黙って聞く様子なので俺は続けた。


「まず礼儀作法ってのがなぜ生まれたのか、そこからだ。礼儀作法ってのは古来から伝わるものが多く、なぜ必要とされていたのかは時代背景が影響している。例えばヨーロッパでは利き手での握手を挨拶にしている事が多くこれも礼儀作法の一つだ。ヨーロッパは小国が多く部族間での戦争が多発していた。その為、外交の際は武器持つ利き手で握手をすることにより『私はあなた、もしくは相手国に対し敵意はないですよ』と示す手法として用いられていた。またテーブルの下に手を入れる事もタブーで、武器を隠し持っていると思わせる行為となり相手に不信感を抱かせてしまうのだ。外交の際にこうした不信感を抱かせない為に出来たのが礼儀作法とも言われている。礼儀作法は各国々で違うし様々な手法が用いられている。もちろん日本独自の礼儀作法ってのはいくつもある。『お・も・て・な・し』とかね。それじゃあ様々な手法を覚えなければいけないのかと言われればそうではなく、みんなが外交の仕事に就くわけではないし、手法なんて最低限覚えていればどうとでもなる。生きていくだけなら中学生レベルでも問題ないだろう。」

久しぶりにこんなに喋ったから喉が渇く。すでにお冷がテーブルに置いてあったので一口含み喉を潤す。


「それじゃ本題に入ろう、『礼儀作法の必要性』と『手法の解釈』だ。まず必要性ってのは人間関係築く為には最低限の礼儀が必要だ。正直、礼儀も知らず失礼な人とは誰も付き合いを持ちたくないだろう。これは小学生でも分かる事だ。人間関係を築く為には多少の礼儀作法の知識があっても損はないはずだ。いや、知識が多い程人間関係を得る事は容易になるだろう。つまり人間社会において礼儀作法は必須項目と言える。」

ここで一呼吸置く、雲英の表情はやや穏やかになり授業を受ける生徒みたいだ。ってことは俺が先生だな。色んな妄想が沸きでたが授業の内容が疎かになりそうなので吹き飛ばす。


「次に『手法の解釈』だが手法は別だ。手法は各々で違うし場合によっては、自分は失礼になってないと思っている手法も相手にとっては失礼になる事もある。これでは礼儀作法もあったもんではない。最近の礼儀作法教室は手法の押し付け合いで結局何が礼儀作法なのか教わる側は困惑するだけだ。じゃあどうすればいいか、手法なんて捨てて相手の思いを汲む礼儀作法をもちえればよいのだ。手法はただの手段であり根本的な礼儀作法は『相手が何を思い・何を望んでいるのかを汲み取りそれに対し寛容な態度で答える』だけで成り立つ。だからそこまで深く考え込む必要はない。つまり、手法の解釈は『あくまで礼儀作法の手段であり、礼儀作法の根本を変えてまで用いるものではない』ということだ。」

ここまで来れば雲英も気付きはじめた様子で、時折あい槌を打ちながら理解している意を俺に送ってくる。


「それじゃまとめだな。雲英、君が礼儀作法に対し苦手意識があるのは恐らく『手法』のところだろう。様々な手法を押し付けられ何が正解なのか分からずにいる。もちろん今の話の通り礼儀作法に正解なんてものは存在しない。正解なんて相手次第で変わるものだしその時の状態や気分でも大きく変わってくる。じゃあどうすればいいのか。もう答えは分かるだろう?」

俺の問いに核心を得た雲英は、言葉を選びながら答えた。


「相手を思いやり、相手の心を汲むことが自ずと礼儀作法に繋がる。」

「そういう事だ、まぁそれが一番難しい事でもあるんだが。しかし、その姿勢は自然と相手にも伝わるんだよ。もちろん焼き付け刃の知識じゃすぐに見破られるから実践を重ねる必要はあるんだが。礼儀作法の授業は手段を学ぶ場と思って受ければ少しは気が楽になるんじゃないか?礼儀作法なんて一朝一夕で獲得できるものじゃないんだ。相手を思いやる『心』。そう、礼儀作法は自分の心を磨く修行って思えれば雲英も今以上に成長出来るんじゃないか。」

そう言って俺はお冷を一気に飲み干す。はぁ~疲れた。会話ってのはこんなに疲れるものだったっけ。途中酸欠になるかと思ったよ。一息ついたところで雲英に目を向けるとスッキリとした表情をしていた。その表情を見れただけで講義をした甲斐があったよ。


「望月さんの解釈はとても参考になるもので。こんなにも得心を得たことは久しぶりでしたわ。ありがとうございました」

感謝の気持ちを素直に伝える雲英。いやいやそんな感謝される事なんていってないから気にするんじゃない。っとドヤ顔で言おうと口を開けたが、雲英はまだ話の途中だったらしく俺は口を閉じた。

「でも、それを説いていたのが望月さんってのはマイナス点でしたわ。だってその風貌じゃ説得力がないですもの。ちゃんと自分の心を磨いていますの?」


それを言ってはお終いだよ。本当にこの子は痛いところを突いてくるよな。

つーかお前が俺のなにを知ってんだよ。お前はあれか、うちの母ちゃんか!心の中では盛大にツッコミを入れていたが言葉には出すこともなく反論することも出来なかった。

第一印象って大切だなぁっと心に刻み込みコップに残った氷を頬張り噛み砕く。氷が口の中で溶けると同時に俺の温まった体温を下げてくれる。その動向を見ていた雲英は無邪気に笑っていた、またお互いの感情が反転してしまったようだ。


礼儀作法の講義が一段落した頃、ようやくマスターが料理を片手に出てきた。お待ちかねの夕食だ。

さて、雲英の食レポはどんなものかと期待しつつ楽しい食事会が始まる。

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