第二話 「記憶と忘却」 13
まず状況の整理から始めよう。
やっと今日一日の状況整理が終わったらこれだ…最近は一日に凝縮されて色んなことが起きるからオジサン疲れちゃうよ。
あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
俺は雪月花に一人で来たつもりだったんだが、実は日月も一緒に来ていたみたいだ!
何を言っているか分からねーかもしれないが、俺も何が起こったのか分からなかった…
頭がどうにかなりそうだった…催眠術だとか超スピードだとか
そんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ
もっと恐ろしいものの片鱗を、味わった気分だぜ…
まさしくポルナレフ状態とはこの事だろう、と言うか来たなら声くらい掛けろよ…
俺は飽きれながらも日月に声を掛ける。
「なんでお前がここにいんの?病院の時もだったけど神出鬼没すぎんだろ」
「逆に聞きますが、なぜ私がここにいてはいけないのでしょうか?ここは喫茶店なんだから私が来ても問題ないよね!答えは聞いてない!」
「その聞いてるのか聞いていないのか分からんリュウタロスのネタはやめろ!余計ややこしいわ!」
「えぇ!?結構定番ネタでしょ?逆にリュウタロス知らない人がいるのか?っているくらい常識になってると思うけど」
「んな訳あるか!それに若干ネタが古いんだよ!もうちょっと万人受けするようなネタにしてくれませんかね…」
「じゃあ…ポプテピピック!!」
「それネタじゃなくて漫画のタイトルだからな!お前なんかの呪文かと思ってただろ!?元ネタ知らずにボケんじゃねーよ!」
「バレちゃいましたか、テヘペロ!」
「…それも若干古いからな…」
まだ数回しか会話を交わしていないのに疲れた…会話ごとに毎回ネタを仕込んてくるのはいつもの事だが。だいたい、俺はツッコミ担当ではないし、分からんネタにはツッコめないのだからその辺は配慮してもらいたい。
無駄話を無理矢理打ち切る為、俺は一つ咳払いをし話題を切り替えた。
「それで、なにか用があったんだろ?仕方がないから聞いてやるよ」
「え?別に用事なんてなにもないですよ。君を町で偶然見かけて、このお店に入るのところを偶然見えたもんだから、その時偶然にもお腹が空いてて、私も腹ごしらえに偶然ここに立ち寄ったら偶然にも隣の席になっちゃったわけ!さて、ここで問題!私はいつから君を追けていたでしょうか!?」
「ひっかけ問題以前に偶然って言葉を覆す様な問題だな…」
正直ストーカーだろ、これ…
気付かなかった俺も俺だが、氷華が日月を警戒するのは納得出来た気がした。
「町で見かけたのが本当に偶然なら、そこから追けていたんじゃないのか?」
「ブブーー!正解は病院から追けていた!でした。どう?私の尾行スキル相当なもんでしょ!?」
「確かに、犯罪級の代物なので通報しておきます。ついでに、きつめのお薬も処方しておきますね」
「でしょ!?でしょ!?でも、まだ警察と病院のお世話になりたくはないので、通報だけは勘弁シロナガスクジラ!」
「そのネタもだいぶ古いからな…」
「これも古いの!?じゃあ、じゃあ!やめてクレメンスや許してヒヤシンスは!?これは時代を股にかけるネタでしょ?」
「そんな言葉が流行った時代なんて存在しない…ネット掲示板がこの世の流行だと勘違いしてんじゃねーよ」
だんだんネタが逆行しているのは気のせいか?頼むから万人にも分かるネタにしてくれ…
「無駄話ばかりなら、俺は帰るぞ。お前に付き合うほど俺も暇じゃないんでね」
「付き合う?私は貴方に恋愛感情など一欠けらもないのだけど…変な誤解をしないでもらえないかしら」
こいつ…本当に人を煽るのだけは天性の才能だよな、もう付き合いきれん。
俺が席を立ち帰ろうとすると、日月の態度は急変した。
「ごめん!ごめん!冗談だって!!そんなに怒らなくてもいいじゃない?ちょっとしたアメリカンジョークだよ」
「お前アメリカンジョークって意味分かって使ってるのかよ…」
アメリカンジョークって言えば許されると思っているなら大間違いだからな?
因みにアメリカンジョークってのはその名の通りアメリカ人向けの笑い話なので、他国の人が聞いても受けない可能性は十分にある。
まぁ文化の違いってことなのだろうけど、他もにブラックジョークなんてものがあるが、これもその国や文化を理解していなければ全くウケない。
国内でも、マイナーなジョークやネタは豊富に存在するが、結局のところ元ネタを理解していないとウケないのはどこの国においても同じだ。
つまりは万人受けするジョークってのはなかなか無いってのが現状だろう。
そう考えると芸人さんって本当に頭を使う仕事なんだと感心してしまう。
あっ、一発屋は論外だからね?あれはたまたまその時に火がついて、流行になっただけだから。
本当に面白い芸人ってのは言葉巧みに笑わせる人だと俺は思っている。
それじゃあ日月、まずはNSCに入る所から始めようか、お前の芸人人生はここから始まるんだ!影ながら応援しているぞ!寧ろ影からしか応援したくないけど…
話が脱線してしまったので一応線路上に戻しておこう。
俺はマスターに注意されるのを覚悟で、つきたくもない溜息をつきながら席に戻ると日月は本題を話し始めた。
「いや~、単純に君に聞きたいことがあったんだよ!あの現場だけ見せられてもさっぱり状況が掴めなかったからね」
「別にお前が深入りするような話じゃないだろ、それに俺以外にも聞けたはずだ」
「深入りはしないよ、ただ興味が沸いただけ。だって面白そうな話だったからねぇ、君に聞いたのはただの消去法。他の人達は口が堅そうじゃん?それに、私嫌われてそうだし…」
あっ、その自覚はあったんですね…正確に言うと嫌われてそうじゃなくて、嫌われてるんだけど…
じゃあ少しは好かれるように努力しろよ。
それに俺もお前の事あまり好きじゃないからね…あと、さりげなく俺を口が軽い人みたいにディスってんじゃねー。
「それで、なにを聞きたいんだ?答えるかは別だけど」
「全部!!」
「……はっ?」
何言ってんのこいつ、部外者にそこまで話す訳ないだろ。
流石の俺でもそこまでバカじゃない、だいたい日月にこの話をしたところでなんのメリットがある?なんなら今すぐ帰って惰眠を貪った方が身体的に考えてメリットがある。
というか、面倒臭い。こいつの相手だけでも面倒なのに、今までも経緯全てを事細かく話すのが超絶面倒臭い…
「俺、今日疲れてるから…帰って寝るわ」
「なんで!?今、自分から"俺に聞きたい事があるのか?"って聞いてきたじゃん!ちゃんと答えてよ!」
「答えるかは別としてってちゃんと付け足しただろ?」
「そんなの聞いてない。いや、聞こえなかった。正確に言うと無視した」
「正確に本音を漏らしてんじゃねー!」
なんなんだ、この34歳児…我が儘すぎるだろ!
一体どんな環境で育ったらこんな性格になるんだ、いや、こいつの場合は環境の問題ではなく本質的なもんだと思うけど…
天才とバカは紙一重と言うが、実は天才とバカは表裏一体の間違いじゃないのか?その方が日月にピッタリのような気がする。
俺らが言い争っていると、カウンター越しにドスの効いた声音が仲裁に入る。
「お前ら、俺が珈琲を淹れてるときに騒いでんじゃねぇ…賑やかなのは嫌いじゃないが、騒がしいのは鉄拳制裁だからな…」
「「………すみませんでした…」」
マスターの迫力ある重圧に二人でシュンっとなる。さすがの日月もマスターには気圧されるようだった。
だが、そう簡単に折れないのが日月である。マスターの耳を盗んで俺に耳打ちしてきた。
「仕方ありません、ここは情報交換という事にしましょう!それなら君にもメリットはあるんじゃない?」
「情報交換…」
これといって日月から聞きたい事ってのはないが…この場合は相手がなんの情報を持っているかによる。
「因みに、お前が提示できる情報ってのはどんなのだ?」
「東雲コーポレーションの裏側…なんてのはどう?」
日月はニヤケた顔で俺の欲しがりそうな獲物を提示したのだった。
…釣り針にしてはデカい気がしたが、全く興味がない訳ではない。
今まで成り行き上だが雲英や氷華と行動を共にしてきた。しかし、あいつらの内情を全く知らないのが今の現状。
氷華に関しては仕事上、秘密厳守が当たり前なので仕方がないのだが、雲英はあまり身内の事を話したがらない。まぁ俺が言えた義理じゃないが…
本当は当の本人達から聞くのが筋なのだろうけど、どんな理由であれ言いたくない事を問い詰めるのは気が引ける。
だが、これもこれであまり気が進まない。恋人の裏の顔を知人から教えてもらうような罪悪感が込み上げてくる。まぁ恋人なんて生まれてこの方出来た事はないのだけど…
それでも気が進まないのは本音だ。しかし、なぜ日月が東雲コーポレーションの裏側を知っている?こいつこそそんな情報に興味がないような気がするのだが…
まずは、そこの信憑性を確かめるのが先だろう。
「情報交換としては十分な材料だが、信憑性に欠けるな。なにか確証できるようなものはないのか?」
「信憑性ね…じゃあこれはサービスで教えてあげる」
そう言うと日月の顔つきが変わった。
急に細目になり鋭い表情になる、こんな表情の日月を見るのは初めてだったので無意識に警戒する。
「私が勤めている病院兼アンドロイド施設の親会社は、東雲コーポレーションなんだ。これは公に出ていない情報、だってあの病院は市立なんだよ?市立の親会社が民営の会社だったなんて事がバレれば、あの町は批判の対象となってしまう。これは内部の関係者しか知らない極秘情報なのだよ」
口元で人指しを立てる仕草を見せる日月。
仕草は女の子みたいで可愛らしいのに、鋭い細目から覗く瞳は黒く濁っている。
今、目の前にいる日月は俺が知っている日月ではなく、病院であった飄々とした雰囲気とは程遠い威圧的なオーラを纏っている。まるで裏社会に生きる人間を見ているみたいだ。
裏社会か…俺には縁のない話だと思っていたが、案外近くに存在するものなんだな…
そして、まさか日月がそういう道を選んでいたのが驚きだ。こいつこそ、そんなものに興味がないと思っていたのだが、人は見かけで判断しちゃダメだね。
だいたい、サービスで教えるような情報じゃない気がするが…
思考が追い付かず困惑していると、日月は小さく笑っていつものおどけた表情に戻っていた。
「つまり、ソースは関係者である私自身ということ。これでまだ信憑性は欠けるかな?」
「…なるほど。だがお前が東雲コーポレーションの社員と分かった今、情報を鵜呑みには出来ない。偽の情報を掴まされる可能性だってゼロになった訳じゃない」
「それはお互いさま、私も君の情報を鵜呑みには出来ない。真実を隠して情報交換に望むのは当たり前でしょ?」
「む…、確かに…」
情報交換と言っても全ての情報が真実とは限らない。
だが、情報を判断材料として用いるなら、情報が多いに越したことは無い。
嘘だろうが真実だろうが情報は情報だ。
結局、判断・決断するのは自分自身なのだから、要は情報を見極める洞察力が肝心なのだ。
そう考えると信憑性なんてどうでもよくなってきた…
まぁ初めから日月の事を信じていないので信憑性なんてあってないようなものなんだけど…
「分かった、情報の信憑性は置いといて交渉の場には着いてやるよ」
了承の意を示したあと、俺は本日二度目の交渉の席に着いた。




