第二話 「記憶と忘却」 11
「そんなの教えられる訳ないじゃない、監視の目的すら私には教えてられていないわ。私の仕事はメイドロボの監視、それ以上の事はなにも指示されていない」
予想はしていたが、やはりそう簡単に黒幕を暴くことは出来ないな。
暴いたからといって俺に何か出来るかといえば、何もないのだろうけど…それでも知っておくに越したことはない。心構えや対策くらいは出来るだろうからね。
氷華が席を立ったことで情報交換と言う名の交渉はここまでのようだ、俺も氷華に続くように席を立ち休憩室の出口に向かう。
だが、俺の先を歩いていた氷華が不意に足を止めた。俺も自然と足を止めざる負えなくなる。
なにか忘れ物でもしたのか?なんて心配をしていると、俺の耳に僅かに聞こえる程の声で氷華は呟く。
「…ただ、指示した人に関しては大体の予想はついているのでしょ?それで間違いないと思うわ」
そう言ってこちらを振り向くことなく休憩室を出ていった。
やはり、あいつで間違いなさそうだな…ラスボス通り越して裏ボスの存在を知った気分だ。
東雲 雲照
雲英の叔父にして、大企業"東雲コーポレーション"の現・会長だ。
だいたい氷華に指示できる人物と言えば限られてくる、そのトップに立つのがこいつだ。
世界を牛耳っている人物の考える事なんて、俺みたいな底辺クズニートに分かる訳がない。まず住んでいる世界が星レベルで違うのだ。俺が宇宙空間に浮遊しているスペースデブリだとしたら、あいつは惑星の中心に位置する太陽っといったところだろう。
余計に分かりにくい例えになってしまったかもしれないが、要するに同じ種族の人間でも内側から見れば天と地ほどの差があるってことだ。まぁ外から見れば同じ人間であることに変わりはないのだけど…
ところでその爺さん本当に人間なの?人間の皮を被った悪魔とかじゃないよね?寧ろ悪魔だった場合の方が納得できちゃう自分がいるんだけど。
そんな北風と太陽…じゃなくってゴミと太陽が、もし対峙することになった時、俺はどうすればいいのか…
無意識に相手への対抗策を思索してしまったが、まだ対峙するとは決まっていない。ここで対抗策を練っても使う機会がなければ無駄になってしまうだろう。
だが、嫌な予感がしてたまらない。なぜか、東雲雲照と対峙することは避けられない気がするのだ。
こういう時の勘ってのはだいたい当たる。いや、勘と言うより長年の経験とも取れるかもな。
取り敢えずは目先の事を片付ける事に専念しよう。それからじっくり考えればいいのだ、時間はたっぷりある。
そう自分に言い聞かせ、残りのミルクティーを飲み干す。あれ程熱く感じていた缶は既に冷え切ってしまい、ミルクティーの旨味も半減していた。やはり熱いものは熱いうちに飲んでしまうのがベストなのだが、未だに熱いうちに飲み切ってしまった事がない。猫舌だから仕方がないね…
ミルクティーへの思いと共に空き缶をゴミ箱へ放り投げると、カンッと軽快な音が部屋に響き渡る。
やや足取りが重く感じるなか、雲英とついでに日月の分の甘酒を購入し休憩室を後にした。
廊下に出ると既に氷華の姿はなく真っ白い廊下が毎度のことながら広がっていた。
しかし、今回は目的地はすぐそこなので真っ白の廊下とはすぐにオサラバ出来る。足早に救急外来の方へ歩き出すと救急外来への案内板が見えてきた。
案内板の指示通りに歩みを進めると周囲を赤く照らす看板が目に入り、その奥には数人の人影が見えた。
大体の予想はついていたので特に気に留めることなく歩いていると、俺の知らない人物が目に留まる。
小柄な少女が雲英で、その横に氷華・八雲が並んでいる。その反対側にだるそうに立っているのが日月。じゃあ対面にいるのは誰だ?どう見ても男性に見えるのだが…
俺が近づいていくと雲英は足音に反応したのか、こちらを振り向く。その表情は『どこに行ってたのですか?このバカは…早くこちらに来て下さい』と苛立ちの表情を見せていた。
仕方なく足早に雲英の元へ駆け寄ると、その男性が声を掛けてきた。
「えっと、こちらの方は?」
「紹介が遅れました。この方は元・心理学者の砂月 悠と言いますわ。私のコンサルタント的な関係です」
「そうですか、申し遅れました。私は水栖 玲と言います。叔母の水栖 雨乃が大変お世話になりました」
「いえ、とんでもない。俺はそこまでの事はしていませんし。一番関わっていたのは雲英ですから」
正直まだ顔も合わせてないし、お世話になるのはこれからなので、ここまで深々と頭を下げられては申し訳ない。咄嗟に俺も頭を下げると雲英が口を開く。
「私も、ただお婆様の話し相手くらいしか出来なかったので…頭を下げられる程のことはしていませんわ。だからそんなに頭を下げないで下さい」
雲英の言う通り、今から老婦人のお世話をしようとした時の出来事だった。俺らはなにもやっていないし、何も出来なかった。
さっきの自己紹介から察するに、老婦人の名前は水栖 雨乃。
その甥で目の前の男性が水栖 玲ってことで間違えないだろう。
確かに、中年から初老の男性に見えるが俺と違って身なりはちゃんとしているし、高級そうなスーツをビシッと着こなしている。どこかの資産家かな?って雰囲気がヒシヒシと伝わってくるようだ。
短く刈り上げられたショートカットは前髪だけ緩いパーマがかかっていて、清涼感の中にちょっとしたお洒落が垣間見える。ラウンド型の眼鏡は異国的な感じを醸し出し、その奥に見えるのはやや垂れ目の優しい瞳。顔のしわもいい意味で堀が深く肌も綺麗だ、素人の俺から見ても肌の手入れをしっかりしているのが分かる。顎髭もただ伸ばしているのではなく、綺麗に整えられ不潔には見えない。
それにスラッとした体型に高身長、まるで欧州あたりのモデルのような体型はスーツが良く似合う。こういう人の為にスーツがあるんじゃないかと思う程だ。
一言でまとめると、お洒落なおじさま。ってな感じ…同じ人間で同世代の男性として恥ずかしい…
俺も初老手前だが、こんな人柄には絶対にならない。これは自信を持って言える。
だってもう手遅れでしょ?肌はカサカサで、無精ひげもほったらかし。髪もボサボサで手入れなんてほとんどしてないし、なんなら毛という毛を一度全部切り落として、一から手入れしていった方が早いくらいまである。
この大雑把な俺が毎日手入れするのかと言われれば、多分三日坊主で終わりそうでもあるが…
取り敢えずドモホルンリンクルにでも電話してみようかな…
…え?その前に生活リズムを整えろ?…それは無理な相談なので却下。
脳内で独り言を呟いている間にあっちは話が進んでいるようなので、ここからは真面目に話に耳を傾ける。
「それでお婆様の容態は大丈夫なのですか?」
「えぇ、今はだいぶ落ち着いたようです。今から入院の手続きやドクターから病状の説明を受けるところなのだが、また急患が入ってきたらしくドクターはそちらに行ってしまわれた。実際のところ私も手持ち無沙汰なのだよ」
「そうですか、それは一安心ですね。…あの面会は出来るのでしょうか?出来れば顔だけでも見たいのですが…」
雲英は申し訳なさそうに尋ねてみたが、やはり予想通りの答えが返ってきた。
「面会は親族以外まだ許可が出ていない、外部の面会はもう少し容態が安定してからとドクターが言っていたよ。申し訳ない…」
「いえ!水栖さんが謝ることありませんわ。では、面会はまたの機会にお伺いします」
気丈に振る舞う雲英だが、その表情の後ろには残念そうな心情が隠れているように見えた。
まぁ当然と言えば当然の結果だ、救急で運ばれようやく状態が安定した直後に面会は流石に酷だろう。まずは老婦人の身体を気遣うのが優先事項なので仕方がない。
しかし、状態が安定してるって情報だけでもここに来た価値はあったはずだ。時間はたっぷりある、また出直せばいいだけのこと。
そうこうしている間に話題は次の項目へ移っていた。
「すみません質問ばかりで…あの、お婆様が運ばれる際に私に話したい事があるとおっしゃっていましたが、私が不躾けなことをしてしまいましたか?あの時は夢中で…本当にすみませんでした…」
「いや、あの時の事ではないのだよ。ちょっと確認したいことがあってね…ここじゃなんだし場所を移そうか」
そう言って彼は休憩室の方へ歩き出した。
皆で一斉に顔を合わせるも、誰一人として回答を持っている訳ではないので小首を傾げることしか出来ない。
確認したい事?なにを?…疑問符だらけの頭で俺達は彼の後に続いた。
休憩室にたどり着くと各々散り散りになって椅子に座り始めた。ただ、雲英と玲氏だけが対面になるような位置に腰を掛ける。
「まずは、わざわざご足労をかけてしまって申し訳ない。こちらから伺うつもりだったんだが、まさか病院まで来ているなんて知らなかったものだから…だいぶ待たせてしまったね」
「いえ、その事については構いません。寧ろ急に押し掛けてこちらの配慮が足りなかった位でして…まだ忙しいのにこちらの都合で申し訳ありません」
…うわぁ……なに?この会話…まるで接客業の応対みたいな会話だ。
言葉だけ聞いていたら大人の会話なのだが、実際は中学生の少女とオジサンが会話しているのでそのギャップにさらに驚かされる。
俺が一人で驚いていると周りは平然とその光景を見つめていた。
あれ?俺だけこんなに驚いているの?この光景って結構、異常なことだよ?みんな目を覚まして!
これだけ周りは平然としていると俺が異常なのか、周りが異常なのか分からなくなってきた…常識って環境で変わるっとはよく言ったものだ。
まぁ常識って定義になんの意味もないけどな、人の価値観や先入観なんてものは環境に左右されるところが大きい。
例えば上京して口調が変わってしまうのも一緒だ。その地方の方便が常識になってしまい、気が付かないうちに自分の中に浸透してしまっている。
そして、いざ地元に帰省すると言葉の違いに驚いてしまう。終いには友達に"都会かぶれ"なんて悪口を言われたりするのもお約束。
だが、実際は言葉だけが変化しただけではない。外の世界を体験した人は地元に帰って、以前は見えなかった所も見えるようになっている。
それは環境が変わり、価値観が変わり、常識が変わったお蔭だろう。
俺は常識が変わる事はいいことだと思っている。色々な土地で人と触れ合い、様々な体験をする。それが自分に影響を与え自分だけの常識を作り上げていく。
つまり、常識なんてものは自分で作り上げていく物なのだ。だから他人に非常識なんて言われる筋合いはない、寧ろそんな事を大声で唱っている人の方が非常識だ。
じゃあ、今のこの状況は非常識と言えるのか?答えはノー。
この状況も彼らからしたら常識なのだ、雲英が三回りも年上の人と対等に会話をしているのは当たり前の事。
だが、俺にとっては非常識…いや、異常にしか見えない。
でも、それでいいのだ。周りに合わせる必要はない、自分が異常・非常識だと思うことは周りが見えている証拠。恥じることは無いのだ。
しかし、ここで間違ってはいけない。今の状況で異論を唱えると一斉に攻撃の的になってしまう。下手したら異端者のような目で見られ、迫害を受けかねない。
環境に染まりきった常識を変えるのはそう簡単な事じゃない。ある意味、一人の力じゃ不可能に近い。
じゃあどうすればいいのか?同士を少しずつ増やしていくしか方法はないだろう。
手始めに俺の唯一無二の親友である八雲を同士として手懐け、じわじわと常識の上書きを図る。
この一歩は小さなものだが、俺にとっては偉大な一歩となる。
では、始めよう!人類補完計画を!!
だいぶ話が飛躍し過ぎてしまったのでこの辺で終わりにしておこう。いい加減話を進めないと怒られそうだ…
思考を切り替え、雲英達の話に集中する。
「では本題に入ろう、実は君の話は叔母から常々聞いていた。お隣の中学生くらいの女の子と仲良くやっていると、私も叔母が独り暮らしで寂しく暮らしているのではないかと心配していてね、その話を聞いて少し安心していたよ」
「そうなのですか、私の方こそお婆様にお世話になっていたので…そう思って頂けていたなら有り難いですわ」
「だが、少し前におかしな事を言っていたので気になっていたんだ…」
「おかしな事?それはどういったことでしょうか?」
「……私の孫にそっくりなアンドロイドを見つけた、と…」
それは八雲の事ではないのか?雲英も老婦人から直接聞いた話なので俺と同じ反応をしていた。
だが、続けざまに言われた言葉に俺と雲英の表情は凍り付いた。
「叔母に、孫はいないのだよ。孫どころか、子供すら存在しない…」
明けましておめでとうごさいます。今年もよろしくお願い致します。
まぁ新年の挨拶はこれ位で、実際、年が明けたのか暮れたのかよく分からない正月を過ごしていたので未だに正月なんてあったかな?なんてとぼけている今日この頃です。
正直、リアルの世界が忙しかったので更新を諦めかけていましたが、無事新年の挨拶と共に更新できてよかったです。
まだまだ未熟な私ですが、これからも定期的に更新を続けていきますのでコンゴトモ、ヨロシク!(メガテン脳)
では、また皆様に会う日を楽しみにしています。
二日酔いに向かい酒の梅酒を嗜みつつ 山葵




