第二話 「依頼」 1
あれから30分程経過しただろうか、俺は未だに少女に拉致されている途中だ。
意識を取り戻すタイミングは何度かあったのだが悉く逃し、後悔の山を一つ一つ積み上げていた。このまま先の見えない目的地まで引き摺れては体が傷だらけになるし、汗を流してまで俺を運ぶ少女に申し訳ない。
そろそろ目を覚ますふりをして起きようじゃないか。
…しかし、俺を懸命に運ぶ少女の姿になかなか言い出せない。
少女の手の温もりや感触が気持ちいいとか、女の子特有のいい匂いがするなぁ…なんて邪なことを考えているわけではないので、そこだけは注意してもらいたい。まず俺はロリコンではない。
ここでちょっとロリコンについて触れておこう。
まず、ロリコンの正式名称"ロリータコンプレックス"の由来についてだ。諸説あるのだが有名なのはウラジーミル・ナボコフの小説『ロリータ(Lolita)』から来ているのが有力だ。この小説の内容は、主人公の中年男性が14歳程の少女に道ならぬ恋をしてしまう。その後、結ばれたり、別れたりと破滅していく悲しい物語なんだが。
しかし、これとは別にラッセル・トレーナー執筆の『ロリータ・コンプレックス』という小説は、
"少女が中年男性に関心を抱く"っていう全く正反対の内容で描かれていてる。つまり、似たようなタイトルでも内容は正反対の小説が2つ存在しているのだ。
そうなるとロリコンの定義が難しくなる。実際ちゃんとした定義がないのだから仕方ないんだが…
結局、ロリコンと言う言葉は不定義のまま世間に広まってしまい、ロリコン=小児性愛という間違った定義が周知していったのだ。
ここまで言ってみたが、俺はロリコンの定義を変えたい訳ではない。今更ロリコンの定義を変えたところで一般的な定義を覆すことは出来ないのだ。一度広まってしまったものを変えるのは相応の労力と時間が必要だ、それに俺がロリコンの定義を変えたとしてもメリットがない。もう一度言うが俺はロリコンではない!…しかし、俺はロリコンを細分化するべきとは思っている。
幼女の容姿が好きだからといって全てがロリコンだと決めつけられるのは不本意だ!そこには個々に沿った属性があるのだから、そこは細分化すべき所だと俺は声を上げて抗議したい。
ここで俺のロリコンに対する定義を示しておこう。俺の場合はそのまま直訳する。
"少女又は幼女の容姿に劣等感を抱いている女性"ってのが俺の定義だ。
つまり、俺が定義するロリコン好きってのは"年齢なんて関係なく少女の容姿に対し劣等感を抱いている女性"が好きってことだ!年齢が60オーバーでもね。
だが、このままではロリコンと混同してしまうので、ここはロリコンと意味を分け隔てる為に名称も変えることにしよう。 ロリータの「ロ」とコンプレックスの「レックス」を合わせて…
命名 "ロレックス"
すごくカッコイイし高級感が出ました。まるで上流階級の人物になった気分です。
ロリコンの話はこれぐらいにして、俺の場合はちょっと小さい女の子を撫でたり愛でるのが好きなだけだ。小さくて可愛いのなら年齢なんて関係ないわけで。なんなら500歳くらいのロリババアとか最高なんだけど!
容姿は幼女なのに、中身は高飛車なババアってギャップ萌えの頂点だと思うなぁ。ちなみに俺のオススメの本は永w…おっと誰か来たようだ。
ロリコンについて熱弁を唱えていたら目的地に着いたようだ。薄目で辺りを見回すとアパート"雲峰壮"付近の公園みたいだ。俺の散歩コースに入っているので見覚えがある、ようやく死んだふりからの解放だ。
少女は俺を近くのベンチに寄せ水道のところへ駆けていった。おそらく水を汲んできてくれるのだろう。
少女の健気な姿を見て世の中捨てたもんじゃないなぁ、なんて一人で感慨に深ける。
数分後、少女は水を汲む道具がなかったようで、替わりにハンカチを水で濡らして俺のおでこに乗せてくれた。さすがに嘘をついていることに罪悪感が湧き出てきたのでここでお開き。
俺はゆっくり目を開ける。
「ここは……?」
「あっ…気が付きましたね。いきなり倒れこんで来られましたのでビックリしましたわ」
「君は?もしかして俺を介抱してくれたのかい?」
俺のクサすぎる演技に虫唾が走ったが、ここは我慢し会話を続ける。
「はい、道路の真ん中に放置する訳にはいきませんでしたから。ここまでお連れしました」
「それは悪かったね、助かったよ。俺はもう大丈夫だから君も遅くならないうちに帰りなさい」
早くこの場から逃げ帰りたい気持ちが言葉に表れ、つい突き放すような言葉使いになってしまう。
まず、このクサい演技をやめたい。この年になって小学生並みの演技をすることになるとは…恥ずかしすぎて死にたい…
俺の言葉が意外だったのか、少女の返事は戸惑いを含ませていた。
「え?…でも…私は……」
やや俯き表情を曇らせる少女だったが、次の瞬間には意を決したように顏を上げ俺に堂々と答えた。
「私は帰れないのです。ある人に会う為に、ここまで来たのですから」
「……ある人?」
俺の問いに答える様子はなく、ただ頷く少女。しかし、俺もここで引き下がれない。
早く君がこの場を離れてくれないと、俺は羞恥心で死んでしまう…祈るような気持ちで俺は少女に提案する。
「しかし、もうこんな時間だ。また日を改めて出直してくればいいだけじゃないか?」
妥当な提案を示してみせたが、少女にとってその提案は納得いかなかったようで容易く却下された。
「出直すといっても次はいつ来れるか分からないので、是非、今日中にお会いしたいのです」
「そうは言っても、もう遅いからね…親御さんも心配するよ?警察沙汰にならない内に帰った方がいいと思うのだが…」
「………」
少し忠告まがいに聞こえてしまったらしく、少女は下を向いて黙り込んでしまった。
こりゃ失言だったかな…いくら年下だからって命の恩人に対し言う言葉じゃなかったか。しばらく公園は静寂に包まれる。
静まり返った公園で、ようやく目が慣れてきた。お蔭で少女の容姿が鮮明に映る。
街頭に照らされていた時は金髪と思っていたがよく見ると明るめのブロンドでミディアムヘアーは肩まで伸び緩いウェーブがかかっている。顔は可愛いと美人をイイとこ取りしていて非常に整っている顔立ちで、"世の中にはこんな美少女がいるんだなぁ"と心の中で呟いていた。
服装は通っているであろう学校の制服を着ていて、翠色をベースのワンピース型。胸には大きなリボンがついており、この近辺にある学校の制服ではなく初めて見る制服だ。
……いや、俺はこの制服をどこかで見たことがある。記憶力には自信がある方だが何故か思い出せない。そして気になったのが口調だ。すごく丁寧な言葉使い。なんというかお嬢様みたいな喋り方だ。なにかこの子は引っ掛かるな……いやロリコン的な意味じゃないよ。
沈黙を破ったのは少女だった。再び決意した様な面持ちで俺に提案する。
「分かりました。あなたの忠告はありがたく頂戴します。しかし、私はこのまま帰るわけにもいきません。ですので、ここは何もなかったという事にしましょう。
あなたは私に出会ってないし、私は誰も助けなかった…いいですか?」
その言葉には言い表せない決意が込められているように感じた。今まで泣き叫んでいた少女とは思えない程の気迫に俺は一瞬気圧される。
いったい何が少女をここまで突き動かすのだろう?
いくら防犯対策が進んでいる御時世でも事件が起きる時は起きるのだ。防犯は完全じゃない。
自らが意識し危機回避を念頭に置いて行動することで初めて防犯対策が働くのだ。
危険だと認知していて、なお行動に移すことは防犯対策の効力を無にしている事になる。
むしろ自殺行為と言っても間違いではないだろう。そこまでいけば自己責任の領域になってしまう。
少女には恐怖心というものはないのか?
いや、恐怖なら先程まで味わっていたはずだ。そうでないとアパートの前で泣き叫ぶことなんてしないはずだ。
その恐怖をも凌駕する決意。俺はこの少女に対し興味が沸いてきた。…もちろんロリコン的な意味じゃないからね。
暫く思索した後、俺も決意したように少女の提案を引き受ける。
「……分かった。俺は君と出会ってないし自分でこの公園にやってきたって事でいいんだな?」
「はい、そうして頂けると助かります。では、さようなら…」
颯爽と踵を返し、去ろうとする少女を俺は呼び止める。
「ちょっと待った!」
少女は此方を振り向くことなく横目で俺を睨みつけ辛辣に言い放つ。
「なんですか?もう私に関わらないで下さい」
強気な言葉を使っているが目には涙を溜め手先は震えている。再び一人になる恐怖が体や表情ににじみ出ていた。それだけで俺にも少女の恐怖が十分伝わった、だから俺は少女を呼び止めたのだ。
このまま放っては置けない…
「今、初めてあった人に"関わらないで"はひどいんじゃないか?こんな夜更けに少女一人を放っておけるわけないだろ?」
「はぁ…あなたが何をおっしゃっているのですか?意味が分かりかねます。さっきの提案を受け入れたのではなかったのですか?」
「勿論受け入れたよ。だから、さっきの提案は君が『さようなら』って言った時点で終わった話だろ?その後、俺が呼び止め、初めて君と出会ったんだ。なんの問題もない!」
自分でなかなかいいことを言ったつもりだったが、少女からは飽きれたタメ息しか返ってこなかった。
「…それで?なにが言いたいのですか、また忠告ですか?それには及びません。用事が済んだらちゃんと帰りますから…家出少女と一緒にしないで下さい!」
不審者見るような視線を俺に向ける少女。…確かにこんな屁理屈を並べる人物は怪しまれて当然だよな…
だが、不審者に思われようが俺の意思はもう決まっている。
「そうじゃない!さっきも言っただろ?こんな夜更けに少女を一人にしてはおけないって!それに命の恩人に恩を仇で返すようなことはしないさ。俺は人に借りを作るのは嫌なんでね…きっちり返させてもらうよ」
命の恩人に対して上から目線って時点でもうクズみたいなキャラ設定…俺ならぶん殴っているレベルだよ…
しかし、少女に不機嫌な様子はなく、不敵な笑みを浮かべ楽しんでいるように俺を挑発する。
「それで、私になにかしてくれくんですか?恩返しの鶴さん?」
皮肉交じりの質問に俺は堂々と答えてやった。。
「あぁ!君の人探しを手伝ってやるよ。一人で探すより二人の方が効率的にいいだろ?それに、巡回中の警官に遭遇しても俺と一緒なら色々と都合がいいし、もちろん不審者からも俺が身を挺して君を守る…まぁこれは君の同意を得ないと意味はないんだがね」
適当に思いついた理由を並べ交渉にでる。
もし、警官に遭遇し職質された場合、少女の証言しだいでは俺は世の中から抹殺される訳で、色々と危険の橋を渡っている気がする…だが、少女一人で夜道を歩いていても補導されるのは目に見えている。
この提案はお互いの事を信じなければ成立出来ないし効率も得られない。少女には時間が限られているようだし、今のところデメリットはほとんどないに等しい。
このVIP待遇の申し出に少女は暫く黙り込み下を向いて考える。
数十秒後、少女は答えが固まったようだ。顔を上げると微笑を浮かべながら答えた。
「大変魅力的な提案ですが、私一人で事足りることですので結構です。気持ちだけは有りがたく受け取っておきますね…では、おやすみなさい」
深々とお辞儀をされ断られてしまった…一世一代の告白をして拒絶された気分だ。
確かに、こんな怪しい中年男性なんて早々に信じることは出来ないよね…口車に乗せられて拉致られる可能性の方が大きい。少女にしても色々と危ない選択を迫れられていることに違いはない。
だが、ここで引き下がる俺ではない。掛かった魚は大きいからな!…あれ?掛かったのは俺の方か?まぁ考えるのは後にして、まずは少女を説得するのが先決だ。
俺は慌てるように少女を引き留める。
「ちょ、ちょっと待って…さっきの非礼は申し訳なく思っている。しかし、夜道を一人で徘徊するのは本当に危険だよ?この辺は俺にとって庭みたいなものだし…必ず力になれると思うんだけど?」
「確かに、あなたの言う事には一理ありますが、別にあなたじゃなければいけないって事もないですよね?いざとなれば近くの民家に逃げ込むことも、助力を得る事も出来る訳ですから。ここは信頼を得られる方にお願いしたいかと思っています」
簡単に論破された…この少女、世間離れしていると思っていたがその辺はしっかりと常識を得ているみたいだ。こうなったら俺の手段は一つ。これに賭けるしかない…
「……分かった。それじゃあ君の為に人探しを手伝わせて下さい。お願いします!君の為に働きたいんです!なんでもしますから…」
中年男性が二回り程年齢が離れている少女に本気で頭を下げでお願いしている。俺にプライドなんてなかったみたいだ…
「…そこまで頭を下げられたらお願いしようかしら…"なんでもする"って事みたいだし」
少女の顔が一瞬悪女みたいな表情を見せたが気のせいという事にしておこう…こんな美少女が悪女なんてありえないよね!?
ようやく少女の了解を得られ、俺は意気揚々と自己紹介に移る。
「それじゃあ交渉成立だな。よろしく頼むよ!まず自己紹介から始めよう。君の名前を教えて頂けるかな?あと探している人物の名前も聞いておこうか」
紳士な対応に少女も素直に答えてくれた。
「私は東雲 雲英といいます、此方こそよろしくお願いします。私の探している人物の名は『砂月 悠』という元・心理学者の方ですわ。ご存知かしら?」
その名を聞いて俺は硬直した。
何故、俺の名を知っている?それに探し人が俺?…俺の知り合いにこんな少女はいない。
俺の記憶にも存在しないし、親戚にも心当たりのがない。
様々の憶測が頭の中に飛び交い、俺は気付いてしまう。
これは自分から地雷原に足を突っ込んでしまったみたいだ…
今更、後悔しても遅い、既に知り合ってしまったのだから…
冷や汗とも脂汗ともいえない汗が全身にいき渡り、こめかみ辺りから一滴の汗が頬をつたう。
取り敢えず、怪しまれないようにこの場を乗り切るしかない…俺はその場しのぎの提案をする。
「た、立ち話もなんだし近くのカフェで詳しい話を聞こうか?」
自分の名を名乗ることが出来ず、少女の問いにも答える事が出来ない。
焦燥に満ちた顔を見せないようにカフェへと先導する。少女は疑いもなく俺に誘われるように数歩下がって後をついてきていた。
さて、これからどうしよう…カフェに着くまでには方向性を絞らなければ…
先行きが不安なお茶会が始まる。
※8/21 推敲・校正済み。




