第二話 「記憶と忘却」 7
結局、俺達はさっきまで歩いてきた道を引き返すことになった。一体今までの時間はなんだったんだ…
日月は俺たちの前をひょうひょうと歩いては、時折駆け足で窓に寄り、外を眺めている。本当に救急外来に向かってるのか不安なんだが…こいつはナビより信用ならんのが本心だ。
雲英からナビを借りて俺が先導しても良かったんだが、俺も方向音痴の気があるので目的地まで辿り着ける自信がない。それに最近の機械には疎いのだ、いくらパソコンが使えるからといっても機械系統に強い訳ではない。逆にこの歳になると弱くなる一方だ…悲しいかな、年は取りたくないもんだ…
つまり、今は日月しか頼るものがない。まさに藁にも縋るとはこのことだ。
相変わらず真っ白な廊下が続いている、唯一変わった所と言えば窓の位置が逆になっただけ。それ以外何も変わり映えしない風景に再び溜息がこぼれた。
雲英といえば自分が方向音痴だったことが相当ショックだったようで、あれ以来一言も発さず、ひたすら前を向いて歩き続けている……うん…ショックなのは分かるが、代わりに日月が道案内してくれてるんだ。そろそろ切り替えて行こうぜ?な?
八雲は相変わらず周りをキョロキョロと物珍しそうに見回し、俺の後を付かず離れずの距離を保っていた。
やはり、この三人だけだとロクに目的地にも着けないのな…俺の嫌な予感は的中し、現実となったのだ。
これは俺の隠された能力が覚醒したのか!?そのスキルが、まさか予知能力だったとは…皮肉なものだ。
流石は主人公!この力を使って俺の物語がついに始まるんだ!さぁこの腐った世界を救ってやろうぜ!!
久しぶりに中二病的な妄想が始まってしまったが、物語が始まる前に重大な事に気づいてしまう。
…予知能力があっても回避する術がなければ、なんの意味もないよね。うわ!…私の能力って無力すぎ!?
自分を過大評価し過ぎたせいで余計に傷つくことになってしまった。反省。
妄想の中で傷を癒していると雲英がこちらを振り向き声を掛けてきた。
「砂月さん、日月先生とは知り合いだったのですね。驚きましたわ!」
「知り合いって程じゃねーよ、ただの顔見知りってくらいだ。大学生の頃、ちょっとした縁があってな…実際はあまり話す機会なんてなかったし、あいつは大学内じゃ有名だったから自然と名前は耳に入ってきてたから…それだけだ」
自分の過去を語ると無性に恥ずかしさが込み上げ、視線を逸らしてしまう。
こんなオッサンでも青い春は一応あったんだからね!?ただ、鮮やかなカラーの青春っというより、寂しいモノクロの思い出だったかもしれないが…そこは伏せておこう。
「そうなのですか?確かに日月先生は砂月さんの事をご存知なかった様子でしたわね。そのちょっとした縁ってのはどういったものですか?少し興味があります」
「たいして面白い話でもないぞ?それでもいいなら話してもいいが…」
「えぇ、是非お願いします。この真っ白な廊下をただ歩き続けるのも退屈していたところですわ」
退屈って…本来の目的を忘れてないよね?俺達ここに老婦人の様子を見に来たんだよ?老婦人のこと忘れないであげてね?
俺の過去を解放するのはあまり気が進まない、なんてったってパンドラの箱みたいなもんだからね…開いたって誰も幸せになれない。寧ろ俺が可哀想な目で見られるのは必須事項だ。
しかし、ここまで言っといて引き下がれないよな…もう話すって言っちゃったし…
仕方がないので、雲英の目的が逸れない程度に俺は昔話に花を咲かせた。
「かれこれ十数年前になるだろうか、俺が大学で三年生にあがった頃、日月は俺と同じ大学に入学してきた。つまり日月とは先輩後輩のような間柄だ。でも日月は理系を選考していたから名前だけ聞こえてきただけで、それっきり出会うことはなかった。そりゃあ神童と呼ばれ世間を騒がせた人物が入学してきたんだ、嫌でも耳に入ってくるよな。あと…因みに俺は文系ね」
"理系なんて変人の集まり"なんて偏見を持っていたせいで文系を選んだんだが、実際入ってみると文系にも変人は沢山いた…もちろん俺を含めてね。でも、理系には日月を筆頭に変人が溢れていて、どちらを選んでも変人の仲間入りは逃れることは出来なかっただろう。しょうがないよね、元から変人なんだから…ふふっ…
思わず変人特有の気色悪い笑い方が出てしまった…これも昔話を話している影響なのだろうか?
大学生の頃の心境がふつふつと思い出されていくのを感じながら、俺は昔話を続ける。
「それから暫く経ったある日、毎年恒例の文化祭で俺達は初めて顔を合わせたんだ。今考えるとあの時出会ってなければ日月とは一生会うことはなかっただろう。でも、会わなきゃ良かったのかもしれないけどね…」
「うちの大学では毎年テレビ番組である"高校生クイズ"を模倣した"大学生クイズ"って催しが有名なんだが、内容はそのままマルパクリで、ただこの大学でクイズ王を決めるという単純明快な大会だ。その頃の俺といったら来る日も来る日も、研究に明け暮れる引き篭もり大学生だったんだが…何を思ったのか大学生クイズに出場することになったんだ。なにがきっかけで出場することになったのかは覚えていないが、あまりにも研究ばかりの日常で鬱憤が溜まっていたのかもしれないな」
その時のきっかけは本当に覚えていない、ただ嫌々出場した覚えは微かに残っている。
恐らく、その後の大会での思い出が強すぎた為に忘れてしまったのかもしれない。正直きっかけなんてどうでもよくなってしまう程、大会での記憶が俺の中に強く残っているのだ。あの頃は辛い事もあったけど楽しかったなぁ…
昔話を語っていると自然と感傷に浸ってしまう。
無意識に遠い目なってしまい、話が中断しがちになる。すると雲英は話の続きを急かした。
「砂月さん、感傷に浸るのは後にして早く話の続きをして下さい」
「え…あぁ悪い悪い…つい…な?」
俺は軽く謝り頭をガシガシと掻く。気を取り直すと、雲英の要望通り文化祭の話を掘り下げていった。
「その大会に出場した俺は、特に躓くことなく決勝まで登りつめてしまった。俺自身もあっさり決勝まで行けたもんだから正直、拍子抜けしていた。別にクイズが得意って訳じゃないんだが、運もあってか得意分野ばかりの問題だったもんでな。でも、決勝戦は違った。相手は日月だったんだ」
自然と日月に視線が向いたが、日月は俺の声すら耳に届いていない様子でフラフラと廊下を歩いている。
「決勝は日月との一騎打ち、早押し問題だったんだけど…前半戦は完敗だった。慢心していたってのもあったが、それ以前に日月の得意分野が俺とほぼ丸被りだったんだ。得意分野が被ってしまえば後はどちらが先に問題を読み解けるか、読解力の速さが鍵となる。しかし、俺にはそのスピードがなかった」
「残り半分でなんとか挽回したものの時すでに遅し、日月に惨敗。この時、俺には珍しく悔しい思いをしたのを覚えていてる…ただのクイズ大会、ましてや望んで参加した訳じゃなかったんだが、俺はあいつに負けたことが悔しかったんだ」
その時の悔しさが込み上げ、気が付くと唇を噛んでいた。
俺もあの頃は若くて血の気が多かったからね、負けず嫌いってのは今でも変わらん気がするが…今は置いておこう。
感傷に浸りそうなのをグッと堪え、俺は話を続けた。
「そして、一番記憶に残ってるのは日月の優勝インタビューだ。あいつは大衆を前に堂々と煽りまくったんだよ、得意のひょうひょうとした口調でね」
『いや~皆さんが手加減してくれて私は優勝できました。ホントありがとうww。正直、決勝戦くらいしか張り合いがありませんでしたし、問題に至っては小学生でも解けるような低難度の問題ばかりでしたね!次回はもう少し高難度の問題をお願いしますwwww。あと、挑戦者の皆さんは来年こそ全力でこのクイズ王に挑戦してきて下さいね!歴代クイズ王の方も、挑戦いつでもお待ちしております』
「…………」
雲英は驚きの表情で固まっていた、言葉も出ないとはこの事だろう。
実際、その場にいた俺も同じ反応だったしな…
「まぁそうなるよな、俺も含めみんな雲英と同じ反応だったよ。その後、会場は大炎上。文化祭どころじゃなくなってしまったのは誰でも想像つくってもんだ。文化祭後は更に日月の噂が飛び交うようになり、みんな毎日のようにあいつの事を話していたよ。特に多かったのは変態技術者って噂だったが…でも、人の噂も七十五日。時が経つにつれ、時事ネタは薄れていった」
先を行く日月がこちらをチラリと見る。
どうやら俺達が付いて来ているのを確めたかったようで、俺達の姿を確認した後、再びスタスタと先に歩いてった。お前は犬かよ…
日月のせいで気が逸れそうになったが、コホンと咳払いで気を取り直す。改めて昔話の続きを再開した。
「それからか…お互いが相手の存在を意識し始めたのは。日月がインタビューで語った言葉"決勝戦だけは張り合いがあった"ってのは本当だったらしく、俺の顔を見るたびに声を掛けるようになっていた。中身が無いような会話しかしなかったけど、俺もそれなりに一目置いていたし、それからは友達と言うよりライバル的な存在だったような気がする。まぁ文系と理系なんだから張り合うような要素はなかったけどな…」
「日月と関わっていくうちに、あいつの事を知ることになったんだが…噂通りの変人っだった。変人じゃなきゃ大衆の前であんな事を言える訳ないしな…俺も人の事を言えないのは分かっているが、日月は俺が引くレベルの変人だったし、それを隠そうとしなかったから余計に目立ってたんだと思う」
類は友を呼ぶって言葉があるんだが、今更ながらその言葉の意味を理解した気がした。
他人から見れば俺も日月も、変人ってカテゴリーに分けられるだろうが、変人カテゴリーの中で細分化するなら、日月は群を抜いてトップだろう。それは先程の行動を見れば一発で分かるはずだ。
今は変人と言われようが何も感じなくなってしまったが、あいつと同一視されるのは御免だ…
だから、日月とはなるべく人の多い場所で一緒にいたくない。だって日月の友達と思われるじゃないか!?それは日月の友達=変人って公式に当てはめられてしまう。それこそ絶対に避けなければならないレッテルだろう。
みんな、友達はしっかり人を選んで作るんだぞ!友達だけで人生が大きく変わる人もいるんだから慎重に選ぶべきだ。
そう考えると俺の友達って八雲だけだな…先生!アンドロイドは友達に入りますか?
…答えはNOだろう…
感傷を通り越して、自ら失望の淵に立つ俺がそこにいた。
このまま憂鬱な気分で話を終えても良かったが、雲英がそれを許しはしなだろう。
気持ちを切り替え、この昔話の〆を添えた。
「大学卒業後は特に接点もなかったので疎遠になっていたが、まさかこんな所で再開するとは思わなかった…あいつとの思い出話はこんなもんだ。どうだ?つまらない話だっただろ?」
「いいえ、そんなことありませんわ。砂月さんの青春時代が聞けて、とても興味深いお話でした。また機会があれば聞かせて下さいね」
雲英はお礼を伝えると小さくはにかんだ。
その表情はどこか、羨ましそうでいて、ちょっと切なさそうな微笑みだった。
昔話も無事完結したところで日月が声を上げる。
「いや~それにしても雲英ちゃんと八雲に会うのは久しぶりだね!最近調子はどう?元気にしてた?学校楽しい??ところで今日は氷華の姉御は一緒じゃないね?護衛がいないのも珍しいかも!その御仁が護衛…って訳じゃないよね、だって見るからにモヤシっぽいし…もしかして、氷華の姉御は解雇!?遂に人を殺ってしまったんだね!!?いつかは人を殺めるとは思ってけどこんなに早くとはね~、じゃあお別れ会はいつにしようか?私今月は予定いっぱいで空いてないから来月がいいなぁ~場所は雲英ちゃんに任せるよ!」
なんだこのマシンガントーク…いや、これをトークと言っていいのか?俺にはただの独り言のように聞こえる。
案の定、雲英は困惑な表情を浮かべ返答のタイミングを計っていた。でも、そのタイミングが訪れるのはまだまだ先っぽい…下手したらこのまま会話終了しそうな勢いだ。
俺も口を挟む隙を見極めることが出来ず、ただ呆然と日月の独り言を聞いていると、後方より無機質で冷徹なツッコミが飛んできた。
「日月先生、イイ加減ニシテ下サイ。速ヤカニ、ソノ口ヲ閉ジナイト、舌ヲ引ッコ抜キマスヨ」
「なんだよ八雲~私は雲英ちゃんと久しぶりの再会を喜んでいるんだよ!?それに水を差す気かい?…あ!わかったぁ!八雲も私たちもガールズトークに混ざりたくて嫉妬してるんでしょ!?そうならそうと言ってよね~マジウケル~!」
え?これってガールズトークだったの?どう見ても脳内妄想をただ口から出しているようにしか見えないんだが…ってかお前ガールズって歳じゃねーだろ、ギリギリレディってところだ。下手したらMature ladyな!
雲英はガールズで問題ないとしても、八雲はガールズか?性別の前に種族が違う気がするんだが…この場合、三人のトークは何トークになってしまうのだろう?
美女と変態とアンドロイドの密会?なにそれ、超楽しそう!少し見てみたいかも!
どう考えてもB級映画のタイトルっぽいが…それがいい!皆さんも是非劇場でお会いしましょう。
妄想がジワジワと広がるのを感じつつ八雲を見ると、今にも日月に襲い掛かる寸前だった。
慌てて俺が止めに入ろうと一歩踏み出した時、雲英がここぞとばかりのタイミングで口を開いた。
「止めなさい、八雲!日月先生もあまり八雲を怒らせないで下さい!この二人が会うと、いつもこうなるんだから…」
雲英の制止で二人とも静かになる、少しは反省しているようだ。
そのまま小さく息を吐くと、改めて日月を見据えた。
「…ところで救急外来はすぐそこのようですね。日月先生、道案内ありがとうございました」
雲英の言葉で視線を先に移すと、曲がり角の所に救急外来の看板が見えた。どうやら日月は本当に道案内をしてくれていたようだ、案外いいやつだなお前。
なぜか上から目線で日月を褒め称える俺がいた。
「ありゃ、もう着いちゃったのね~残念!もう少し雲英ちゃんとガールズトークを楽しみたかったのになぁ~。まぁお互い忙しい身だから、今日はこの辺でお別れだね。きっとまた会えるでしょ!それじゃ雲英ちゃんに八雲!…それと砂月?さんだっけ?またねぇ~」
ひらひらと手をなびかせると、日月はフラフラ歩きながら去っていった。
出会いも突然なら、別れも突然ってことなのか。こちらの挨拶もなしに日月の姿はいつの間にか小さくなっていた。
嵐のように去っていった日月を三人で見送ると、雲英はふと我に返ったように声を上げる。
「…さて、では行きましょうか」
先陣を切る雲英の後を、俺ら二人が続いて行く。
目的地はもう目の前、一体老婦人はどんな人柄なのか?まず、面会できるような状態なのか?
不安とも、懸念とも言えないような感情が入り乱れるなか俺達は歩みを進めた。




