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心機(仮題)  作者: 山葵
第二章 「心理と心」
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第二話 「記憶と忘却」 5

こういう時に限ってあまりいい考えが出てこないのが俺である。たまにはコンボイみたいに"私にいい考えがある"なんて言葉を自信満々に言ってみたいものだ…あっ、でもそれって失敗フラグにしかならないか…

でも、コンボイに限らず大抵そんな感じで案を出す人って詰めが甘いよね。これはコンボイが悪いんじゃなく慢心している心が悪いって事にしておこう。慢心ダメ!絶対!!

考えがまとまらず、つい現実逃避の妄想が始まってしまった。

ふと周りに視線を送ると、俺が思考を巡らせている間に雲英と八雲の姿がない。

「ふえぇぇぇぇ!ちょっとまぁってぇぇぇぇ!人探しの前に二人とはぐれてしまったら本末転倒だよぉ!」

…これ以上面倒事が増えるのは御免だ、俺は二人の後を追うように急いで巨大な病院へ向かった。


巨大な建物だと入口も巨大で、明らかに人が通るには大きすぎる自動ドアが出迎えてくれた。そんなに巨大な荷物でも搬入するのだろうか?それともこんなに巨大な人間でもいるのか?と、疑問が浮かんだが、今はそれどころではない。雲英と八雲を探さねば…

早くしないと迷子の呼び出しで俺の名が館内に響き渡る可能性がある。この歳で呼び出しなんて一生の恥だ、なんとしてもそれだけは避けたい。

病院内に入ると、これまた広大なエントランス。まるで大企業の本社みたいな造りで、ここが本当に病院なのか疑ってしまう。エントランスではそれなりに人が行き交い、血眼で雲英らしき人影を探す。

この中で二人を探すのは意外と困難かと思ったが、案内所の近くでそれらしき人物と明らかに場違いな服装のアンドロイドを発見。これって見間違えない方が難しいレベルだよ。

目立つような服装で来た八雲に感謝しつつ、足早に駆け寄り穏やかな口調で声を掛ける。

「あの~、置いて行かないでもらいたいのですが…」

「置いて行ったつもりはありませんわ、私はちゃんと声を掛けました。それに反応しない砂月さんが悪いのではありませんか?」

腕を組んだまま引き攣った笑顔を見せる雲英。

あれ?声を掛けたって?そんな声を聴いた覚えはないのだが…というか、もしかして怒らせちゃってる?

雲英と視線を合わせることができず、蟀谷からしっとりと汗が伝う。

これは不味い、完全に俺の落ち度だ。この場合どうすればいいのか?

取り敢えず謝るのは確定で、その後の事後処理が大変そうだ。なるべく手間が掛からない条件を先にこちらから提案するのがベストだろう。

今度は雲英の機嫌を取るために思考をフルスロットルで稼働するが、その思考は案内所のAI音声で遮られる。

「お客様の要件に該当する人物が見つかりました。音声でご案内しますのでナビ機をお持ちになって誘導に従って下さい」

自動販売機のような機械から小さな子機が排出され雲英はそれを手に取る。

「さぁ、行きますわよ」

そう言って雲英は俺たちの先頭に立ち歩みを進める。

なるほど、これほどの大きい病院となるとそんなシステムがあるのか…一つ勉強になったよ。

先程までの心配はどこかへ消え去り、俺と八雲は雲英の後に続いた。


真っ白い壁に真っ白の床、味気の無い廊下が続いている。特に飾り付けもなく、ただただ白い。

案内板もなければ標識もない。確かに病院は白いイメージはあるが、ここまで白に統一されると流石に白々しいな……別にオヤジギャグじゃないので勘違いしないでもらいたい。本当にそう思ったんだけら仕方ないよね……歳は取りたくないもんだ…

独りで勝手に落胆していると白い壁に窓が設けてあるのに気付く。

その窓は真っ白の壁に等間隔に設置され、外には遊歩道のような道が見えた。その道に沿ってベンチや小さな公園的な設備が見える。病院の建物外は公園をイメージされて作られているようだった。例えるなら、この病院施設は巨大な公園の中にある様な感じだ。

ただでさえ病院自体が大きいのに、公園は更に上を行くほどの規模。正直想像もつかないな…

一体こんな病院を設計したのはどこのドイツなんだ?絶対こんなに大規模の公園なんて必要ないだろ!?

実際外を散歩しているのは少数だし、まずこの敷地に入るのに検問を通らなきゃいけない時点で一般人に公開する気がないのは明白だ。

まぁ俺が怒りを示したところでなんの意味もないってのは分かっているのだが…それでも、緑化やゆとりが必要だからと言ってここまでする必要はないだろう。病院嫌いの俺でも分かる。

病院は嫌いでも公園は好きだから、あわよくば公園の部分だけ使わせて頂きたい。どうせ有り余っているのならいいんじゃない?…え…ダメですか?…そうですか…

どうやら不審人物には公共の施設すら使わせてもらえないらしい。そんなの差別だと言っても、世間の目って厳しのよね…悲しいかな、人を見た目で判断する世の中だから、俺みたいな弱者は黙って細々と生きるしかない。

世の中の厳しさを改めて認識したところで、俺の前を悠然と歩く雲英に視線が向く。

ナビ機を片手に先導する雲英の歩みには迷いがない。ナビ機を持っているからといっても、あまりにも迷いがないので逆に不安になる。

「なぁ、雲英。この道で本当に大丈夫なのか?」

「えぇ、安心して私に着いてきて下さい。ナビの通りに進めば迷うことはありませんわ」

雲英は俺の方を振り向くことなく自信満々に答える。

別に俺はナビの心配はしてないのだが…どちらかと言えば、雲英がナビ通りにちゃんと進んでいるのかを心配している。案外ナビが付いていても迷う人は迷うのだ、ソースは俺。

スマフォのナビを何度か使ってみたが結構迷うことがあった、ちゃんとナビ通りに進んでいるつもりでも、入り組んだ道なんかはどうしても迷いやすい。こればかりはナビがあっても解決はしないだろう。

だいたいあんな道を入り組ませる作りにするのが悪いのだ!今度、国土交通省にクレームでもあげておくか。

自分が落ち度である方向音痴をひた隠し、ただのクレーマー成り下がる俺がそこにいた。

しかし、こうやってクレーマーやモンスターペアレントは誕生するのだろう。あいつらの生態系が知れてよかった、よかった。

今度レポートとして提出してみるか。題は"なぜ人はいちゃもんをつけたがるのか?現代に蔓延るクレーマー・モンペの実態と生態系について"

なかなかいいテーマだと思わんかね?きっとノーベル賞ものだぞ!

…どうでもいい小言はここまで。雲英はナビ通りに進んでいると言ったが、初めてとは思えないほど雲英の手慣れた行動に違和感があった、もしかしてここを訪れるのは初めてではないのか?

浮かんだ疑問をそのままぶつけてみる。


「雲英、ここに来たのは初めてなのか?」

「いえ、私は何度か来たことはありますよ。かかりつけ医って程ではありませんが、ここのドクターは評判も良かったのでお世話になったことがあります」

雲英はナビとにらめっこしながら答える。あまり機械の扱いは得意そうじゃないので、ナビに集中させてやりたかったが俺は話を続ける。

「そうだったのか、だからある程度ここのシステムを知っているんだな。でもさっきは聞き込みをするって言ってなかったか?」

「えぇ、始めは受付の方に尋ねましたが、案内所のところで患者の名前を入力してくださいって言われましたの。それで、案内機にお婆様の名前を入力したらすんなりとナビで教えて下さいました。まさか急患の方まで案内してくれるとは思っていませんでしたので驚きましたわ」

「確かにな、ついさっき運ばれてきた患者の情報が既にデータベースに入っているってのは驚きだ」

文明の進歩を目の当たりにし、雲英と一緒に感服する。

これ程の大きな病院だ、データベースの量もハンパじゃないだろう。それに患者一人に対しての情報も膨大なのだから、ちょっとやそこらのサーバーじゃパンクしそうだ。

いつの時代も医療の進歩は他の事業より数世代先を行っている、それほど医療に関しては国も力を注いでいるのだろう。この施設を見てより実感する。

今やタブレットで患者の情報を開くのは当たり前、手術のサポートもアンドロイドが行うようになり、しまいには病状をパソコンに打ち込むだけで可能性のある病気を提示してくれるAIまで存在する。結局判断するのはドクターなのだが…これじゃ人間とAI、どっちがドクターなのか分からんよな…

勿論、個人経営の病院や診療所なんかは今まで通りの情報管理をしている所もあるだろうが、それでも他の事業に比べれば幾分かは進んでいる。

この先、医療はどういった進歩を遂げるのか、楽しみでもあると同時に不安でもある。

最終的にはAIやアンドロイドに健康管理を虐げられる日がくるのだろうか…考えただけで身の毛がよだつ。

そんな生活は嫌だ。せめて俺が死んでからお願いします、後世の子供達よ!…後は任せた。

雲英に向かって手を合わせていると、急に雲英の足が止まる。俺達もその場で立ち止まると、雲英は下を向き小さな声でボソっと呟いた。

「…でも、私がここを訪れたのは数える程度です。道案内に関しては…あまり期待しないで下さいね」

「……分かっているよ、迷ったときはその時だ。今は雲英の道案内に任せるよ」

雲英は小さな胸を撫で下ろすと、再び歩き始めた。


その後も代わり映えしない風景に嫌気がさし、思わずため息が漏れる。

先に視線をやっても真っ白な廊下、後ろを振り返っても真っ白な廊下。これじゃまるで迷路だな、もう少しこの構造はどうにかならなかったもんだろうか?せめて配色だけでも変えてくれ…

雲英はナビ通り歩みを進めているが、本当にあっているのだろうか…雲英の後ろから子機を覗き込もうとした時、不意に横から声を掛けられる。

「砂月様、今日ハ一段ト溜息ガ多イ気ガシマス。ナニカ気ニ病ム事デモアッタノデスカ?」

無機質な声音が俺に問いかける。あまりにも無警戒だったので少し体をビクつかせてしまった…

八雲はそんな行動に訝しむような視線を向けていた。いきなり喋ってんじゃないよ、驚くじゃない。

小心者の俺はウサギと似たようなものなんだから、声を掛ける時は気を付けてもらいたいものだ。小さい頃に教わっただろ?ウサギを驚かせたら死んでしまうって…あれ?寂しいとだったかな?まぁどちらでもいいや。

コホンと小さく咳ばらいをし気を取り直すと八雲の質問に答える。

「別に溜息が多いのはいつもの事だ。ただこの代わり映えしない景色に嫌気がさしただけだよ」

「ソウデスカ、風景ニハ、アマリ興味ガ無カッタノデ、気付キマセンデシタ。確カニ真ッ白ナ壁ヤ、床ガ続イテイマスネ。砂月様ハ白色ガ、アマリ好ミデハナイノデスカ?」

八雲は自分のワンピースをなびかせつつ尋ねてきた。

「いや、そういう事じゃなくてだな…色の好みじゃなく、少しは飾り付けやポスターなんかを張っていてもいいんじゃないかと思うんだよ。寧ろ白は好きな方だよ、特に女性の下着とか…」

「モウ結構デス。ソレ以上喋ルト、氷華様ノナイフガ、飛ンデキマスヨ」

「……あ、はい…」

会話を途中で制止され、それ以上は無言の圧力で口を開くことを許されなかった。不完全燃焼で胸元辺りがモヤモヤする。

なんだよ、俺は下ネタも制限されているってのか?なんとも世知辛い時代になったものだ。しかし、八雲の言う通り氷華のナイフをこの身で受け止めたくはない、ここは口を噤むのが賢明な判断だろう。

冷汗とも何とも言えない雫が頬を伝う。反射的に腕で拭うと八雲が話題を戻した。

「ソレデ、ナゼ廊下ガ白色デ、統一サレテイルノカ?デシタネ。砂月様ニ言ワレテ、違和感ニ気付キマシタガ、コノ病院ノ管理者ノ、好ミデショウカ?ソレトモ、毎日通ル退屈ナ廊下ニ、迷路的ナ御楽シミヲ、含ミタカッタトカ?」

「前者は可能性としてなくもないが、後者は無理があるだろ…患者からしたら迷惑この上ない。そんな退屈な日常にリスキーを求めるなら他でやってくれ」

「ソウデスネ、毎回訪レルタビニ、迷路ヲ攻略シナケレバイケナイ病院ナンテ、誰モ行キタクアリマセン。トコロデ、コノ病院ノ名前ハ、ナント言ウデスカ?」

その質問で気付かされた、俺はこの病院の名前を知らない。


雲英からは市民病院としか教えてもらわなかったし、敷地内に入る時にもそれらしき看板や表札は立っていなかった。もしかしたら立っていたのかもしれないが、見落としていた。

この病院に関する情報を探るため、掲示物やポスターがないか周囲を見渡すも、もちろん周りは白い壁ばかりで文字一つすらなかった。

考えあぐねいていると、前方より声が聞こえた。

「ここは、雲雀ケ丘市民病院ですわ。砂月さんは知っていると思って敢えてなにも言いませんでしたが…」

雲英がこちらを横目で見ながら、俺らの疑問に答えてくれた。

「え…そうなの?ここが、かの有名な市民病院だったのか。俺は病院通じゃないからあまり詳しくないんだ。すまんな」

軽く平謝りをすると、雲英は困惑の表情を見せる。

「……いえ、私もそこまで病院通でもありませんし、病院マニアでもないですわ。この辺りに住んでいる方なら誰しもが知っている大きな病院という意味だったのですが…」

「残念ながら俺には一般peopleの常識は通じないのだよ。それに病院嫌いだからね、無意識に病院関係の情報はdeleteされるように脳が働いてるのさ」

ちょっと洒落っ気を含ませながら言ってみたが、思いのほか恥ずかしかったので顔を背ける。

雲英の方を横目でチラ見すると、溜息混じりの吐息と一緒に蔑んだ目で俺を見ていた…やめて!俺を見ないでぇ!!

「砂月さんが非常識人なのは知っていますが、なんですかその無駄な機能は?その捻じ曲がった性格を矯正してもらうために一年ほど入院されてはどうでしょう?」

「それは無理だ。まず入院することで俺の生態バランスが崩れて俺じゃなくなる、矯正が成功してもそれは俺の皮を被ったなにかだ。それに36年間この性格で世の中を渡り歩いてきたんだ、一年ちょっとやそっとじゃ矯正出来る訳ないだろ」

「なぜそこまで自信満々なのか分かりませんが…極度の病院嫌いってのは分かりました」

「それだけ分かってくれれば十分だ」

勝気な俺とは対照的に雲英の顏は諦めにも似たような表情で、可哀想な生き物を見るような目で俺を見ていた。

うん、その顏はよく知っているよ!親の顏より見慣れた表情だ。

しだいに俺のテンションは下落していき、それと比例するように背中が丸くなっていくのだった。

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