第二話 「記憶と忘却」 4
走り続ける車はオフィス街を抜け繁華街へと入っていく。オフィス街と同じように人が溢れるほど行き来しているが、周りを彩る様々なお店や看板が華やかさを演出し、行きかう人々も私服姿が多く自己主張をしているような装いだ。オフィス街のモノクロ的印象とは違った賑わいが繁華街にはある。
車内の窓から見える人だけでも数えきれない程の人口、それ以上にこの街には人が溢れている。中にはアンドロイドも紛れているかもしれないが、別の種族から見たら人間もアンドロイドも区別出来ないのだろう。俺達人間がアリの区別が出来ないように、他の種族達も自分の種族以外興味はないのだから。
しかし、こう人が多いと酔ってしまいそうになる。車酔いじゃなく人混みに酔うという意味でね。
人酔いにはちゃんとした病名が付いていて、病名は長いので割愛するが一時的に過剰なストレスが原因と言われいてる。
市内や都会で生活している人なら慣れてしまっているため人酔いは起こりにくいが、田舎育ちや人混みに慣れてない人には特に起こりやすい症状だ。
端的に言うと慣れていない所での不安感や緊張が精神的ストレスに起因し、様々な症状を起こすと解釈すればいい。
勿論、人ごみに慣れている人でも酔うことはあるので注意は必要だ。対策することも出来るが、一番は人混みに慣れる事が重要だろう。他人など気にせず我が道を征く、天上天下唯我独尊を心がけよう。
そうすれば自ずと進むべき道がみえるんじゃないか?………知らんけど。
適当な無駄話が締まったところで、俺は疑問を口にする。
「ところで、今どこに向かっている途中なんだ?」
よくよく考えると行先を聞いていない事に気が付く、俺の疑問に雲英は当たり前のように答える。
「病院です。今からお婆様の様子を見に行くところですわ」
「様子見ね…それだけで済むといいが…」
つい不安な独り言が漏れ出し、慌てて口を閉じる。
「ん?なにかおっしゃいましたか、砂月さん?」
「いや、何も言ってないよ!外の騒音じゃないのか?この辺は賑やかだからな!」
怪しまれない様に取り繕い、もっともそうな嘘をつく。雲英は小首を傾げたがそれ以上詮索することは無く視線を前へ戻した。
額に噴きだした汗を拭いつつ、俺は次なる疑問を問う。
「雲英、そろそろ老婦人の状況を説明してくれるか?」
俺の言葉で雲英の表情に影が差す。確かに言いにくい事ではあるが、雲英の依頼を引き受けた以上俺は知っておかないといけない。雲英もその事は十分理解しているはずだ。
視線を落とし手元を眺める雲英はゆっくりとした口調で説明を始めた。
「今朝の事です、私が外出の準備をしている時に救急車のサイレンが聞こえました。そのサイレンは徐々に大きくなり自宅に近づいていたのですが、突然音が途切れたので私は特に気に止めることなく準備を続けていました。ですが、なにやら外が騒がしくなってきたので廊下を覗いたところ、救急隊員の方々がお婆様の部屋の前で慌ただしくされていました。その様子を目の当たりにして胸がざわついたのを覚えています」
その時の不安な気持ちを思い出しのか、雲英は胸の前で小さな握りこぶしを作る。
「私は居ても立っても居られず、救急隊員の方にお婆様の事を尋ねましたが当然教えてくれることはありませんでした。今思えば当たり前の事ですよね…他人に患者の情報を教える人なんていません。それでも私はお婆様の状態を知りたかった。もしかしたら亡くなっているかもしれなかったのですから…」
目を細める雲英は、握りこぶしを更に強く握りしめていた。俺も雲英の緊張感が伝染したかのように手に力が入る。
「準備を終えた私は仕方なく一階のロビーへ向かい車を待っていましたが、外には救急車が停まっており、それを囲むように野次馬が大勢いました。そのせいで私の送迎車が入ることができずそこで足止めされてしまったのです。私が送迎車の所まで出向いても良かったのですが、ちょうどその時にエレベーターからお婆様がストレッチャーに乗せられ降りてきたのです」
「私は思わず駆け寄りましたが、当然救急隊員の方に阻まれ声を掛ける事すら出来ませんでした。ですが顏を見ることはでき、酸素マスクを装着されとても苦しそうな表情でした。そして私を置き去るようにしてお婆様は救急車に運ばれ、慌ただしくいってしまいました」
雲英の表情は曇っていくばかり、この先もあまりいい情報は聞けそうにないと思ったが、話は急に展開を変える。
「その後に続くように中年の男性の方が降りてきたのですが、私の顔を見ると声を掛けてきました。どうやら部屋の前で私が救急隊員の方と話しているのを見ていたようで、気になったので声を掛けたと言われていました。私は自己紹介をすると、その方はお婆様の甥だったのです。ただ、その時は甥御さんも病院に向かう途中だったようで挨拶だけ交わすと、足早に去ってしまいました」
「結局、お婆様の状態を聞くことは出来なかったのですが…甥御さんが去り際に"ちょっと話したいことがあるので後日お伺いします"と、一言いって行かれました。私はその事が気がかりで、そのまま病院へ向かってもよかったのですが、砂月さんとの約束もありましたし、折角なら砂月さんにも同席してもらおうと思ったのですが…いいですか?」
申し訳なさそうに雲英が尋ねてくる。
予定とは少し状況が変わってしまったが老婦人に会う事には変わりはない、それに断る理由もないしな…
俺は雲英が少しでも安心できるように穏やかな口調で答える。
「いいですか?って言われても、どの道老婦人に会いに行く予定だったからな…俺は構わないよ」
「そうですか、ちょっと安心しました。私一人で行くのはすこし心細かったので…」
そう言って雲英は安心した様な表情を見せると、少し微笑んでいた。
気が付くと外は繁華街を抜け、長閑な風景が流れていた。田舎ほどではないが都会のように騒がしくもなく、そこら中に木々が立ち並び公園のような施設も風景の中に見れた。
緑も多く都心にも近いとなれば理想の立地だと思った。将来はこういう所に小さな家を建てて隠居暮らしってのも悪くないな。まぁ既に隠居暮らしみたいなものなんだけど…別に雲峰壮の悪口を言ったわけじゃないからね!本当だよ!!
大家さんの気迫に満ちた笑顔が脳裏に浮かび思わず身の毛がよだつ。
暫くすると車のスピードが緩やかになり、目的地が近づいているようだ。外を眺めると窓に収まらない程の巨大な施設が目前に広がる。結構な規模の病院のようで、恐らく大学病院もしくは市立病院のどちらかだろう。俺自身、あまり病院自体好きじゃないのでそこら辺の事情は詳しくない。大きい病院と言えばなんとなくその二つが浮かんだので俺の勝手な解釈だ。勿論、世の中には個人経営の病院でも大規模な病院はあるのだろけど…
今まである程度の規模を有した市民病院くらいなら通院経験はあるのだが、ここまで大規模な病院に入るのは初めてだ。正直、大きな病院でいい思い出がない。
というか病院にいい思い出がある人なんているのかも怪しいところだが…
まず、大きな病院の中で目的地に真っ直ぐ行けたためしがない、何度行っても迷うのだ。俺が方向音痴とか覚えが悪いという話でなく、周囲の風景が似ているのが原因だろう。
道案内の掲示板も勿論あるのだが、案内板通りに行っても迷うのだから最近は諦めて看護師さんに道案内を頼んでいる。その方が早いからね!迷った挙句、変なところに出てしまっては元も子もない。それなら病院スタッフに聞くのが賢明な判断だろう。
今回は、雲英も一緒なのでそういった事はないと信じたいが…あまり当てには出来ない。あと一人は八雲だけだし、八雲こそ頼りにならないだろう。下手したら変なところに連れていかれそうだ。
こんな人目がつきやすく、大勢の人が行きかう所で面倒事を起こしてもらっては目も当てられない。
改めてこの三人で行動することの大変さを再認識しつつ、俺がしっかりしなければと腹を括るのだった。
緩やかなスピードを保ったまま、車は病院の敷地前で停車した。視線を前へ向けると、フロントガラスから保安指示灯を横にかざす如何にも警備員のような風貌の人が見える。どうやら警備員に止められたようだ。
これだけの巨大施設だ、警備員が居てもおかしくない。辺りを見回すと警備員の待機所が脇に見え、それと連なるように高さ3メートル程の壁が歩道と並行して立ち並ぶ。先が見えない程続く壁は、恐らくこの病院施設を囲うように建てられているのだろう。それ程ここの警備は厳重なのだと認識する。
一時停止した車は警備員の指示で再び動き出した。道路には案内板が書かれており、車は案内板通りに駐車場を目指す。
ようやく病院に着いたが、これからどうする?施設内を車で移動する程の大規模な病院で、老婦人一人を探すのは骨が折れそうだ。勿論、迷う前に病院スタッフに尋ねるつもりだが…これを徒歩で移動とかあんまり考えたくない。
できれば救急外来がすぐ近くにあって欲しいが…だから大きい病院は嫌いなんだよ…
思わず溜息が漏れてしまう、その溜息に反応するように八雲が声を掛けてきた。
「ドウシマシタ?砂月様。アマリ乗リ気ジャ、ナサソウデスネ」
「乗り気じゃないのも確かだが、どうにも大きい施設ってのは落ち着かないんだよ。人は多いし、道には迷うしでいい事なんて一つもない」
「ソウデショウカ?ヒトツノ施設デ様々ナ、サービスヲ受ケラレルノハ、効率良ク時間短縮ニモ、繋ガルト思イマスガ?」
「そういう考えが昔ながらの商店街やアーケード街を廃れさせた原因になったんだよ。レトロな雰囲気を楽しむ場所が減ってオジサン悲しいよ…」
「ナルホド、デスガ対策ナライクラデモ、アッタハズ。ソレヲ出来ナカッタ、商店街側ニモ責任ハアルノデハ?一概ニ、ショッピングモールガ悪イトハ、言イ切レマセン。ソレニ時代ト共ニ、人ノ価値観モ変ワリマス、時代ニ取リ残サレタモノガ、廃レルノハ必然デス」
「う……確かに…」
この娘、案外痛い所を突いてくるな…
確かにショッピングモールだけが悪者とは言えない、それにお互い商人だ。取った取られたの揉め事なんて昔からあったはず、それが単に商店街とショッピングモールの対立になっただけなのだ。
それを商店街が廃れるという理由でショッピングモール建設を反対するのはおかしな話。現にショッピングモールに対抗して様々イベントを開催する商店街もあるのだから、対策を講じない商店街にも責任があるのは当然の事。
対策を練らず行動も起さない、ただ建設反対にだけ声を高らかに上げる。それはただの怠慢だ。
俺は商店街が嫌いって訳じゃない、寧ろ好きな方だ。でも、そんな反対運動をするくらいなら商店街を盛り上げるイベントを企画した方が活気が出て集客にも繋がるのではないだろうか。
商店街の皆さんには是非、昔の商人魂を思い出して頂きたいと思います。そういう意味で打倒ショッピングモールを掲げてほしい、俺も応援しています。アイ・ラブ・地元!
八雲への反論を忘れ、いつの間にか地元愛を語りつくしていた。
そうこうしている内に車は駐車場へ着いていた。キュッと停車すると雲英側のドアが開く。
「無駄話なんてしてないで、二人とも行きますよ!それと、もう少し緊張感を持って下さい」
雲英に真顔で怒られた。
無駄話って俺と商店街の人にとっては真面目な話なんですよ?まぁ今するような話じゃないってことは御尤もですが…
八雲と反省しつつ車を降りる。ただでさえ巨大だった病院は、目前にくると更に巨大に見える。あまりの大きさにちょっと眩暈がした。
「なぁ、これからどうやって老婦人を探すつもりなんだ?」
咄嗟にでた疑問を雲英にぶつける。俺の不安なんて気にも留めないような素振りで雲英は答えた。
「勿論、聞き込みですわ!他に方法がありますか?」
うん、知ってた。雲英はノープランで無鉄砲なフレンズだったね!
眩暈が更に強くなった気がした。俺は眩暈がこれ以上ひどくならないように手で頭を支える。
雲英に任せては老婦人の所まで辿り着けそうにないな…今は氷華もいないし、頼れるのは自分自身だけだ。
俺は雲英より先に効率的な人探しの方法を練るため、思考をアイドリングからフルスロットルに切り替えた。




