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心機(仮題)  作者: 山葵
第二章 「心理と心」
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第二話 「記憶と忘却」 2

「……ダサイ、……サ……サマ…」

微かに声が聞こえる。抑揚がなく機械的な声音、その声は次第に大きくなり脳内に響き渡る。

「起キテ……砂月……」

次は体を揺すられ声も徐々にハッキリと聞こえてきた。微睡のような意識の中、声に反応するようにゆっくりと瞼を開いた時、俺の耳元で怒声が木霊した。

「砂月様!!!起キテ下サイ!!!!」

「うわあああぁ!!」

勢いよく体を起こし飛び起きる。怒声のせいで耳鳴りが脳内まで響いているよな感覚に襲われ、反射的に耳を押さえるも、その行為に意味はなく耳鳴りが収まる事はなかった。

「ヤット起キマシタネ、今日ハ珍シク寝坊サレテイマシタノデ、起コシテ差シ上ゲマシタ。モシ、今後モ御希望デアレバ、アラーム設定ヲシテ頂クコトヲ、オススメシマス。イツデモ、ドコデモ起コシテ差シ上ゲマスヨ」

「朝から耳鳴りになる程のアラームなんて必要ない、人生で一番最悪の寝起きだ…もっと他の起こし方ってのがあるだろう?」

耳鳴りが少しでも収まるように蟀谷こめかみ辺りを手のひらで小突いたが一向に収まらない…これで難聴になったら八雲せいだからな!

小首を傾げ困ったような素振りを見せる八雲は自分を肯定し始めた。

「他ノ起コシ方ト、言ワレマシテモ…私ハ何度モ砂月様ニ声ヲ掛ケマシタヨ。シカシ、反応ガナカッタモノデスカラ、仕方ナク、ショック療法ヲ施シタマデデス」

「そのショックが大き過ぎるんだよ!!もう少し段階を踏んでくれ!」

八雲は納得したかのように手をポンッと叩くと見当違いな答えを示す。

「分カリマシタ!段階ヲ踏ンダラ、起コシテモイイ。ト言ウコトデスネ」

「いえ、結構です。ごめんなさい、もう自分で起きるから…起こさなくて大丈夫です」

丁重にお断りを入れ、二度と起こさないで欲しいと切に願った。だいたいアラームをセットしていたはずなんだが…

そう思い、携帯に手を伸ばし確認すると画面は真っ黒のまま。これはバッテリー切れってやつですね…はい、俺が全部悪かったです…

日頃の行いを恨みながら携帯を電源コードに繫ぎ充電を始めた。


ぐっと背伸びをすると体の節々がボキボキッと体内で鳴り響く、今日はどうにも体が痛い気がする。昨日はそこまで肉体労働はしていないのに、この体の痛みはいったい?

痛みの原因を探りながら首と肩をほぐしていると後方から八雲の声が聞こえた。

「ソウイエバ、昨夜ハ布団デ、オ休ミニナラナカッタ、ヨウデスネ。ソレトモ寝相ガ悪カッタノデショウカ?」

質問の意図が分からず俺は聞き返す。

「ん?どういう意味だ?俺は昔から寝相は良かったと評判だったぞ。熟睡している時はまるで死んでいるかのように寝ていたからな!寝返りをあまりしなかったから、両親が息をしているかマメに確認していたって言ってたくらいだし」

「ナルホド…ナントナク両親ノ気持チガ、分カル気ガシマシタ…シカシ、ソレデ寝相ガ良イトハ、判断ニ困リマスネ」

八雲は視線を逸らしながら困惑した様子を見せる。

「言われてみれば確かに…死んだように眠るのは寝相が良いとは言えないな。寝相の話は置いといて、さっきの質問は一体どういう意図なんだ?」

もう一度同じ質問を繰り返すと、八雲の答えで体の痛みの原因が判明した。

「イエ、私ガ朝起キルト砂月様ハ、ポッドノ目前デ眠ッテイラッシャタノデ…危ウク踏ミツケルトコロデシタ」

俺の首筋に雫が伝う。

八雲の言葉通りなら、俺はあのまま眠ってしまったようだ…通りで体が痛いはずだ。畳にそのまま雑魚寝すれば関節が軋むのは当たり前、関節だけじゃなく体のあらゆる所で悲鳴を上げている。

しかし、一番恐怖を感じたのは八雲が踏みつけようとした事だ。

アンドロイドのサイズは大小様々な上、老若男女と容姿も十人十色。バリエーションが豊富なのだが、内部構造は型式によって統一されており、サイズ差があっても重量は人間の体重を優に超える。

例えば身長と体型があまりかわらない人間とアンドロイドを用意しよう。人間の場合は身長>体重が標準の体型なのだが、アンドロイド場合は大きく変わってくる。

アンドロイドの場合、細身だろうが屈強な体型だろうが身長=体重なのだ。つまり、150㎝の小柄の少女型アンドロイドでも最低で150㎏あるという事になる。それに装飾品や衣類、その他もろもろを付けていくと150㎏なんてすぐに超えてしまうだろう。つまり、間違ってもアンドロイドに足を踏まれてはいけない…骨折どころか骨が粉砕する…

じゃあ八雲の場合はどうかというと、アンドロイド用のメンテナンス機に基本スペックが記載してあった。そこには体重160㎏と明記してある。

もし…熟睡している無防備な時に160㎏の重さで踏みつけられたなら…

俺の冷汗が止まらない。

なんて命知らずな事をしてしまったのだろう…改めて命を危機を感じたと共に、今後は八雲と離れた位置で、ちゃんと布団で寝ると心に誓ったのだ。


八雲とのモーニングトークは一段落し、朝から気持ち悪い汗をかいたのでそのまま洗面所へ向かう。

顏を洗い、歯を磨き、無精ひげを軽く剃ったら無事終了。生活リズムは変わってもこのルーティンワークは変わらない、恐らく死ぬまで変わる事はないだろうが…

でも、何気ないこのルーティンワークも思い返せば不思議なものだ。

毎日毎日同じことの繰り返しで、特定の時間に特定の行動をするのが当たり前・習慣化するのだから人間の慣れってのはある意味怖い。子供の頃なんて歯磨きとか特に面倒でサボっていたが、大人になると自然と歯磨きをするようになっていた。なかには食後は必ず歯磨きをしないと落ち着かない人までいる位だ。

歯磨きに限らず散歩やロードワーク・筋トレなんかが習慣化してしまう人もいる。そういう人は好きだから習慣化してしまったのだろうが、この習慣化は度が過ぎてしまうと依存に変わる。

例を上げるとするなら…決まった時間にルーティンワーク出来なかった場合、イラついたり落ち着きがなくなる等、精神的に不安定になってしまうようだ。それを解消するためにルーティンワークに励む。自分の欲求が抑えられずに苛立ち、欲求を満たすために行動に移す。これは習慣とは言わない…依存だ。

依存という言葉で想起されるのは、薬物やタバコ・酒・ギャンブルなんて言葉が出てくるだろうが、実際は人間の行動全てに依存の可能性が秘められている。

散歩のような行動でも傍から見れば毎日散歩し健康そうな人に見えるだろうが、実際は散歩をしないとその日一日が落ち着かなかったり、調子が出ないなんて言う人も少なからずいる。

一日散歩しなかっただけで調子が狂うなんてのは身体的にあり得ないし、精神的に異常だろう。もし思い当たる節があった場合は早めに医者へ相談するのをお勧めする。

たかが習慣と侮ってはいけない、気が付けば泥沼にはまって抜け出せなくなってしまう所まで来ているのかもしれないのだから…

俺の習慣も見直さなきゃな…まずはパソコンの前に居座る事だが、これはもう依存しちゃってるから無理だ、寧ろ依存を通り越して体の一部と化してしまっているまである。いやパソコンが本体の可能性も微レ存?まぁ、別に誰にも迷惑かけていないから大丈夫だよね…知らんけど。

結局、依存を脱却するには相応の覚悟と決意が必要ってことだ。みんなも習慣に十分に気を付けるんだぞ!オジサンとの約束だ!

朝一の習慣的な妄想が綺麗にまとまったところで、俺の足は炊事場に向かい朝飯の準備に取り掛かる。


朝食の準備と言っても我が家で出来るのはお湯を沸かすことくらい…先日、氷華にお・も・て・な・し。を強要され、お茶もロクに出せなかった過去の教訓を元に、最近は茶葉やインスタントコーヒー程度は常備してある…まぁ買ってきているのは氷華や雲英なんだけどね、おかげで最近の台所は以前に比べるとだいぶ豊かになっている。

薬缶に水を汲み火にかける、沸騰するのを待っている間に今日の朝食を選別。

最近はブラックが多かったので、たまにはカフェオレなんて小洒落たものを飲んでみるか…

スティック状に包装された粉末をマグカップに移し、沸騰前のお湯を注ぐ。粉末は瞬く間に溶け薄茶色の液体が渦を巻きながらマグカップを満たしていく。それと同時にほのかに甘い香りとコーヒー独特の風味が周囲に広がった。

スプーンで軽くかき混ぜると溶け残っていた粉末も溶け消え、カフェオレの香りが更に増す。

マグカップを口元に近づけ、まずは香りを楽しむ。鼻に突き抜ける香りは珈琲でありながらもミルクの甘い香り微かに香り、ブラックとは違ったマイルドな風味が鼻腔を満たす。

一口含むとマイルドな風味が一層強く感じられ、ミルクと珈琲の絶妙なバランスが味覚を刺激する。

無意識に"白黒つけないカフェオーレ"っと思わず口ずさんでしまう程、カフェオレに魅了されてしまったようだ。

続けて二口、三口とカフェオレを愉しんでいると、後ろから八雲の声が聞こえた。

「砂月様、ソンナニ悠長ニサレテ、大丈夫デスカ?約束ノ時間マデ、アマリ猶予ハ、アリマセンガ?」

その言葉で俺の手は止まった。事実を知りたくない心情とは裏腹に、恐る恐る八雲に尋ねる。

「えっと…今って何時?英語で言うと…掘った芋、弄んな?」

「ソレハ英語デハナイノデ、答エヨウガアリマセン…現在ノ時刻ハ、午前9時56分デス。因ミニ雲英トノ約束ノ時刻マデ、アト3分40秒デス」

暫しの沈黙のあと、今度は俺の怒声が室内に響き渡った。

「なんでもっと早く起こしてくれなかったんだよぉ!!!」

俺はマグカップを流し台へ置くと急いでリビングへ向かい着替えを始める。その間、八雲が起こさなかった理由を淡々と話していたが、それどころではなかったので俺の耳には入ってこなかった。


雲英が訪れる前に無事着替えを済ませ外出の準備を終えたが、急ぎ過ぎたおかげで肩で呼吸をしていた。こんなに焦ったのは久しぶりな気がする、それに案外この短時間で準備が出来るものなんだなっと自分の行動力に感心してしまう。

定刻より数分過ぎてしまったが、まだ雲英は来ていない。

雲英が遅刻するなんて珍しいな?なんて事を考えながら気持ちを落ち着かせるため、流し台に置きっぱなしにしていたカフェオレを再度嗜む。少し冷めていたが、熱い日にはこれ位が丁度いい温度だ。なんならアイス・カフェオレを飲みたい気分だが…

今更アイス・カフェオレを作っている暇はないので渋々ぬる~いカフェオレを飲んでいるとインターフォンが室内に鳴り響いた。


いつも来客の対応は八雲が率先して受けるのだが、今回は既に誰が来ているのか分かっているので俺が対応に向かう。

玄関に向かう途中に何度かインターフォンが鳴る、別にダラダラ歩いている訳じゃないがそれなりに時間が掛かるのでそこは許してほしい気持ちと、こっちもやっと一息つけたところなんだから急かすなよ!という苛立ちが入り混じったような心情でドアを開いた。

そこには膝に手をついて肩で息をしている雲英の姿があった。

鈍感な俺もこの状況で察しが付く、どうやら予想外の事が起きてしまったようだ。それにこの状況は以前も目の当たりしたことがある、デジャブのように重なったのは八雲が氷華と対峙していた時、雲英が俺を呼びに来た状況と酷似していた。

あの時の感情が蘇り、緊張が走る。雲英がここまで取り乱す時は大抵悪い事が想定される。

しかし、俺が動揺してしまっては雲英の不安を更に煽るだけ…ここは冷静を装い、なるべく簡潔に状況の把握をするべきだ。

俺は要らない感情を吐き捨てるように深く呼吸し、心を落ち着かせる。頭もクリアになったところで雲英に問いかけた。

「どうしたんだ雲英?あまりいい状況じゃない事はなんとなく察したが…説明してくれ」

肩で呼吸をしていた雲英はゴクリと唾を飲み込むと顔を上げる。その可愛らしい顔には数滴の汗が滴り落ち、髪も乱れていた。息苦しそうな表情を隠しつつ俺を見据え、ゆっくりと答える。

「砂月さん、お婆様が倒れて…先程、救急車で病院に運ばれました……私は、どうすれば…いいのでしょう…」

潤んだ瞳は沢山の涙を溜め、今にも泣きだしそうな表情で俺に問う。これでは説明どころではないな…まずは雲英を落ち着かせることが先決だ。俺は雲英の手を掴み、少し屈むと雲英の視線に自分の視線を合わせ伝える。

「雲英、まずは深呼吸をして、それからゆっくりと目を瞑るんだ。そして心の中で10数えてみよう。ゆっくりと自分の呼吸に合わせるように…一つ…二つ……三つ」

雲英は俺が指示した通りに深呼吸を続ける。上下に揺れていた肩も徐々に緩やかになり表情も幾分か穏やかになってきた。数字を10数え切った頃にはいつもの雲英に戻っているようだった。

「どうだ?これで少しは落ち着けたかな?」

「…はい、ありがとうございます。お蔭で様で冷静になることが出来ました。ですが…」

今度はすこし頬を紅く染め視線を落とす雲英、その視線の先には俺が雲英の手を強く握りしめていた。

「えっと……悪い、そんなつもりじゃないからね?」

おっと、思春期の少女には刺激が強すぎたかな?これ以上は犯罪になりかねないので誤魔化すように笑いながら手を解いた。

雲英からはそれ以上何も言うことはなく、そのまま視線を逸らすとモジモジと体を揺すっていた。手を繋いだだけでそこまで恥ずかしがる事なのか?と疑問に思ったが、今は先決すべき事項が残っていることを思い出す。

「雲英、早速で悪いが状況を説明してくれるか?なるべく詳しく説明してくれると助かる」

「分かりました。では移動しながら説明しますので車に乗って下さい」

先程の不安そうな姿は既になく凛とした表情で答え、アパート前に止めてあった車へ先に向かった。

…もう大丈夫そうだな…

そんな独り言を呟きながら戸締りをするため、踵を返すと八雲の姿が視界に入る。恐らく俺の後ろに待機していたようだ。

先程のやり取りを一から十まで見ていた八雲は、俺に称賛の言葉を送った。

「サスガ、砂月様デスネ。雲英モメロメロ、デシタヨ!」

「そんなんじゃねーよ!だいたい俺を褒めたところでなにも出ないからな!」

照れ臭い表情を隠すように、そっぽを向きながら否定の言葉並べる。八雲の横をすり抜け自室へ向かう途中、思い出したかのように八雲へ声を掛けた。

「あと、今日は八雲も一緒に行くからな…早く準備を済ませろよ」

一瞬の静寂が訪れるも、次の瞬間には八雲の歓喜にも似た叫び声が響く。

「ナンデモット早ク、教エテクレナカッタンデスカ~!」

疾風のような動きで八雲はリビングへ向かい、急いで準備を始める。危うく俺にタックルするように向かってきたので肝を冷やした…

俺は皮肉な笑みを浮かべ"さっきのお返しだよ"っと言葉を吐き捨てつつ、戸締りを始めるのだった。

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