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心機(仮題)  作者: 山葵
第二章 「心理と心」
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第二話 「記憶と忘却」 1

目の前に広がるのは深淵の闇。光など一切なく、目を開けているのか閉じているのかすら分からない程の深い闇。

勿論、辺りを見回しても闇だ。自分の存在を確かめるように手足に目を向けるも、光がないので確かめようがなかった。試しに体を動かしてみたが何かが圧し掛かっているように体が重く、なかなか思うように動かない。

もしかしたら体なんてなく、俺の意識だけがこの空間に存在しているのかもしれない…そう思えるほど自分の存在が不明瞭だ…それでもどうにか体を動かすことは出来る。

気付いたらおぼつかない足取りで歩みを進めていた。何かに突き動かされているのか、もしくはこの場に留まってはいけない理由があるのか…その答えを見出せないまま特に行く当てもなく、何も見えない道を歩き続ける。

重い体を無理矢理動かし一歩一歩確実に前へ進む。前に進むと言ったが目前に広がるのは闇、これが本当に前なのかは定かではない。なにせ真っ暗なのでどちらが正面で、後ろなのかが分からないのだ。ただ一つ分かっているのは歩みを進めている事くらいだった。

すると、不意に後ろから裾を引っ張られその反動で俺の体は後方へ傾く。何事かと後ろを振り向いても暗闇が広がるだけ、気のせいか?と思い再び牛歩を再開しようとした時、俺の視界に微かな光が見えた。

「やっと光が見えた…」

安堵したように無意識に漏れる声、だがその安堵は一瞬で消え去る。

微かな光は徐々に大きくなっていき、次第に直視できない程に光を放つ。反射的に視線を逸らし手で光を遮るも、その行為は無意味で手を突き抜けて光が入ってくる。

やがて深淵の闇は消え去り、辺りは光で満たされる。俺は身動き一つ取れずにその場に立ち尽くしていた。

光が徐々に落ち着き、瞼を上げると周囲を認識できる程の明るさになっている。

光が満ちたことで改めて周りを見渡すと、そこはどこか懐かしくもある一室だった。

窓からは夕日のようなオレンジ色の光が差し込み、六畳程の部屋を優しく照らす。

部屋には学習机とベッドが並んでいてベッドの向かいにあるのはテレビとゲーム機、その間に小さなテーブルだ。そこには漫画や勉強道具が乱雑に置いてあった。

壁には漫画やアニメのポスター、本棚は漫画にゲームソフトが隙間なく敷き詰め綺麗に整理されており、まるでコレクションケースと化している。

俺はこの部屋に見覚えがある。いや、この部屋の事を知らない訳がない。なにせ俺はここで青春時代を過ごした…大切な場所だからだ。

そう、ここは実家の俺の部屋だった。


なにもかもが懐かしく感じ、気付けば感傷に浸ってしまった。

「…俺の部屋、こんなに狭かったか…」

誰かに問いかける訳でもなく、無意識に口から漏れた感想は哀愁の部屋溶け込み、消え去った。

しかし、なぜこんな場所に?俺は確か…

今までの経緯を振り返ろうとした時、再び後ろ袖を引っ張られ意識はそちらに向いてしまう。今度こそは誰かが居ることを願いながら俺は振り返った。

そこには一人の少女が後ろ手を組んで立っていた。

ショートボブの艶やかな黒髪が幼さを醸し出し、可愛らしいヘアピンで前髪を一纏めにしてある。そこから覗く瞳はやや茶色がかった優しい眼差し、顔は可愛らしくまだ幼さが抜けきっていない。服装は紺色ベースのセーラー服、襟は紺色と対を成すような白色。さらに赤いスカーフが存在を際立させ、その姿はまさしく中学生である事を強調しているかのようだった。プリーツスカートの丈は膝下をキープし校則に沿った着こなし方なのだろう、傍から見れば真面目な優等生に見えるような着こなしだ。

俺がマジマジと観察をしていると、少女は膨れっ面をし口を開いた。

「お兄ちゃん!何度も呼んだのになんで返事しないの!?早く降りてきてよね!」

そう言って、少女は踵を返し俺の部屋から出ていこうと扉に手を掛ける、俺は状況が掴めず反射的に少女を呼び止めた。

「ちょっと待った!お兄ちゃんって俺の事か?何度も呼んでいたっていつからだ?」

その言葉に少女は小首を傾げ、困惑の表情を浮かべる。

「大丈夫…お兄ちゃん?なにか変な物でも食べた?それとも遂に頭がおかしくなっちゃった?病院行こうか?」

「そんな拾い喰いするほどアホじゃないし、まだ病院の世話になる義理はない!これでも全人類と比較するとまともな人類の方に分類されるからな!」

「それだけ無駄口叩ければ大丈夫だね、いつものお兄ちゃんだよ…変な冗談はいいから早く降りてきて!」

呆れ顔を見せたまま少女は部屋を出ていった、去り際に俺はもう一度問い直す。

「降りてきてって…下でなにかあるのか?」

「…夕飯!!」

扉越しに聞こえた声はやや怒っているように聞こえた。この部屋に時計がないから詳しい時間が分からないが、外を見れば斜陽がだいぶ傾いてきている。時刻は午後5時から6時位だろうか、陽が完全に陰る前に俺は自室を出た。

自室を出ると細長い廊下が左右に広がり、廊下の先には階段が見える。自室の向かいには扉があり、扉には可愛らしい猫の札が下がっていた。その札にはローマ字で"A・O・I"と彫ってある。

「…A・O・I…あおい?…」

葵?何処かで聞いたことのある名だ…だが、思い出せない…何かが引っ掛る。この引っ掛かりが俺の思考を邪魔しているようだった。

よくよく考えると少女の容姿にも見覚えがあるが、なぜ思い出せない?記憶には自信があったはずだが、肝心なところで役に立たないのが俺の記憶力だ…

自分の記憶域に落胆しつつ、悶々とした気分で俺は階段へ向かった。

螺旋のようにグルグルと回る階段をおぼつか無い足取りで降りていく、普通の階段なら特に問題なく降りれるのに螺旋階段となると、どうにもぎこちない動きになってしまう。

階段の壁に設置されていた姿見が俺の姿を映し出し、鏡に映る自分の不格好さに思わず失笑してしまった。

ふと、こんな呑気な事やっていてもいいのだろうか?と疑問が浮かんだとき、再び不機嫌な声が響き渡る。

「お兄ちゃ~ん!早く~~!」

これ以上少女を怒らせない方がいい気がする…なんとなく、そんな予感がした。

無事階段を降り一階へたどり着くと、俺は声の聞こえた方へ足早に向かう。


声の発生源を辿るように導かれたのはリビングだった。すでに扉は開いており、何も考えず足を踏み入れる。10畳程のリビングにはロータイプのセンターテーブルが中央に備え付けられ、それを囲うようにコーナータイプのカウチソファとテレビが目に入ってきた。ソファの奥にはダイニングキッチンがあり、そこに少女の姿があった。

少女は忙しなくキッチンで調理をしている、その姿はラーメンを作っていた大家さんを彷彿させたが容姿は全くと言っていいほど似ていない。だが料理を作っている背中を見ていると不思議と落ち着く…これは俺だけなのかもしれないが。

呆けるように少女の背中を見ていると、少女は鳥肌が立ったかのような身震いを見せ、此方を振り向く。

「もう!そんなところで突っ立ってないで座ったら?それと視線が気になるからこっち見ないで!!」

こっち見ないではあまりにも酷い言い草だと思うのだが…仮に俺がお兄ちゃんだったとしても傷つくだろう…てか、さっきから俺の扱いの酷さに既に傷ついているからね?

傷物になった俺をどうやって責任取ってくれるつもりなの?ちゃんと責任取れる?結婚する?

婚期を逃したアラフォー間近の叫びが心の中で響いた気がしたが、気のせいだと思いたい。

俺はダイニングテーブルの方へ向かうと、少女の言う通り椅子へ腰を掛ける。硬くもなく柔らかすぎないクッションが俺のお尻を包み込んだ。

改めて周りを見渡すと、リビングは綺麗に整理されており掃除が行き届いているのが一目で分かる。センターテーブルには必要最低限の物しか置いてなく、テレビ周りにある収納スペースへ几帳面に収納してある。キッチンも同様で調理器具が決まった場所に整理さており、少女の性格を表しているようだった。まるでモデルルームのような空間に驚きつつも違和感を感じた。

この違和感の正体を確かめたい気がしたが、目の前で忙しなく調理をしている少女を放って置く訳にもいかないので声を掛ける。

「忙しそうだな、手伝おうか?」

「いい、どうせ炊事なんてお兄ちゃん出来ないでしょ?邪魔になるだけだから座ってて!」

こちらを振り向くことなく軽くあしらわれてしまった…なに?君にとってお兄ちゃんってのは本当にどうしようもない人物なわけ?優秀な妹の場合、大抵は怠惰な兄ってのは自然の摂理なのかもしれないが、ある意味それでバランスが取れているのかもしれない…そんな訳ないか?

ラノベ脳を払拭しつつ、俺は少女の言う通りに黙って料理が出来上がるのを待つのだった。


料理が出来るあいだに俺は思考を巡らせる。

一体この空間はなんだ?それに少女が俺の事をお兄ちゃんと呼んでいる。

ってことは妹ってことだよな?確かに俺には妹がいたが…少女のような容姿をしていたのかが思い出せない。それが違和感の正体か?…いや、違和感以前になぜ妹の事が思い出せない?俺の記憶から妹の事だけがスッポリと抜け落ちている様な感覚だ。

ここは俺の実家で間違いない。10年以上離れていたからといって、20年近く過ごしてきた家を忘れる事はなんて出来ないだろう。

だが、建物の記憶は鮮明に残っているのに、人物・肉親の記憶がないのがどうにも腑に落ちない。もしかして妹なんてのは妄想で、俺には初めから妹なんていなかったとか?そうなると、俺は妄想と現実も分からなくなってしまった事になるが…ヤバイお薬とかやってないからね!!薬物ダメ!ゼッタイ!!

謎が謎を呼ぶ自問自答は、終わりのない迷宮入りになったところで目の前に次々と料理が並べられる。

少女をテキパキと配膳を済ませると、シュルっと慣れた手つきでエプロンを外し椅子に掛ける。ちょうど俺の対面の席に座るとニッコリと微笑んだ。

「お待たせ!じゃあ冷めないうちに食べよっか」

「ご苦労様、そうだな頂くとしよう」

少女に労いの言葉を掛け、ゆっくりと目を閉じ合掌するように手を合わせる。

「「いただきます」」

別に合わせているつもりはなかったのだが、自然と息があってしまった。

目を開けると少女と視線が合ってしまい、思わず二人そろって笑っていた。

この感覚、懐かしい気がする。他愛もない事で笑いあったり、喧嘩したり、時には泣いたりと一つ屋根の下で特定の人物と生活を共有する感覚。これが家族ってやつだったな…

この感覚は妄想じゃない、実際に過去で得た感覚だ。それだけは自信をもって答えられる。

しかしこの感覚を妹…いや、この少女と共有していたのかはハッキリと断言できない。父や母の事は憶えているのに、なぜ妹だけが思い出せないのか…

俺は思考の牢獄に捉えられ、箸を持ったまま料理を眺め続けていた。

俺の様子に違和感を感じた少女は、心配しているかのように声を掛ける。

「…お兄ちゃん、本当に大丈夫?食欲ないの?それとも嫌いなものでも入ってた?」

少女の声で無理矢理意識が戻される。俺は心情を悟られまいと慌てて取り繕うような言葉を並べた。

「えっ?…あぁ~!ちょっとまだ寝ボケてるんだよ。食欲はあるから大丈夫!人の好き嫌いはあるが、食べ物の好き嫌いはないから、出されたものはなんだって食べるぞ!」

「ふふっ…なにそれ?相変わらず変なお兄ちゃん!」

小さく笑った少女を視線を落とし、料理を食べ始めた。なんとか誤魔化せたようで安堵の息が漏れる。

正直、食欲なんてない。疑問だらけのこの空間で食欲なんて沸く訳がない。

折角用意してくれた料理だが、ここは疑問をハッキリさせるべきだろう。そうでもしないと息が詰まりそうだ…

俺は持っていた箸をランチョンマットの上に戻すと、真っ直ぐに少女を見据えた。


「なぁ、君は本当に俺の妹なのか?それにここはどこなんだ?俺の実家と似ているようでなにかが違う」

「また変な冗談言って~、ホントに寝ボケているだけ?そんな事いいから早くご飯食べよ!」

少女は箸先を此方に向け、食事を促し適当にあしらう。それでも俺は少女を見据えたまま答えた。

「冗談なんかじゃない、俺には分からないことだらけなんだ。教えてくれ」

俺の様子が先程と違うのに気付いたようで、少女は箸をゆっくりとテーブルに置いた。

姿勢を正すと俺と目線を合わせ見つめ合う、そして静寂がこの空間を包み込んだ。

風の音や外の雑踏さえ…何一つ聞こえない静寂を破ったのは少女の小さな溜息だった。

「やっぱり、憶えてないんだね…いや、記憶にはあるのに引き出そうとしない。お兄ちゃんのそういうところ昔から変わってないね…」

「…ん?どういうことだ、意味が分からないぞ?昔の俺と何が関係するんだ?」

少女は優しく微笑む。その微笑みは今にも泣きだしそうな表情にも見え急に胸が痛くなった。

なんだ?俺が覚えていない?記憶にあるのに引き出そうとしないってのはどういう事なんだ?

謎は深まるばかりで、俺の思考はめちゃくちゃに掻き乱される。

頭を抱え情報の整理を試みるが、少女はその暇を与えず話を続ける。

「そうだよね…嫌な思いでとか、記憶ってのは無意識に閉じ込めて…なかったことにしたいのは、人としては当たり前の行動だね…でも…私にとっては大切な思い出なんだよ…」

「ちょっと待て!どういう事なんだ!?一から説明してくれ!!」

焦る俺とは対照的に少女の様子は至って穏やか、まるで何かを悟っているかのように俺を優しく見つめている。

「ごめんね、お兄ちゃん…苦しい思いをさせて…もう、思い出そうとしなくていいから…」

「違う!そうじゃない!!俺は思い出したくない訳じゃなく、君の事が知りたいんだ!」

声を荒げ勢いよく立ち上がった。その瞬間、急に周囲が闇で覆われる。

「…!?いったい今度はなんなんだ!?」

「…そろそろ時間だね…お兄ちゃん…さよなら…また、会えるといいな…」

「ちょっと待ってくれ、まだ話は終わってない!君にはまだ聞きたい事が…」

俺の言葉は最後まで届くことなく少女は闇に呑まれていった。

唐突に訪れた別れ。少女が闇に呑まれる間際に見せた表情と瞳から流れ落ちた雫が俺の目に焼き付き、いつまでも離れなかった。

再び周囲は闇に覆われ、俺は自分の存在を見失う。

「…また、俺は独りか…」

無意識に口から出た小さな独り言も闇に呑まれ、俺の意識まで闇に浸食されつつある。

俺はゆっくりと目を閉じ、昏睡するように意識が途切れた。

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