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心機(仮題)  作者: 山葵
第二章 「心理と心」
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第一話 「新たな依頼」 7

視界は湯気で満たされ、照明の光が乱反射し白くぼやけた世界が広がる。灯されている照明はオレンジ色の暖色で周囲を照らし、白い壁は夕暮れのように染まっていた。俺はオレンジ色に染まった壁をうつろな目でただ眺める。

この室内に響くのは蛇口から零れ落ちる水滴の音だけ、この時間だけが俺が唯一独りになれる時間だ。ここが何処かって?そう見ての通りお風呂場だ。


掃除も一段落し明日の予定を軽く済ませた後、俺は今日の疲れを癒す憩いの場を求めてお風呂を満喫中である。

別にお風呂好きって程ではない、暑い日が続く夏は大抵シャワーで済ませるのだが、今日に限ってはお風呂に入りたい気分だった。皆が返ったあと独りでせっせと掃除の続きとばかりにお風呂掃除をし、湯を張り今に至る。

お風呂に浸かりたい時は大体身体的な疲れか、寒い時に限るのだが…今日は特に重度な肉体労働をした訳ではないし、外は熱帯夜。どちらとも当てはまらない。

しかし、精神的に疲れたと言うか、俺にとって珍しく気を遣ったと言うか…とにかく疲れていたのだろう。その証拠に俺の体と心はお風呂を求めてた。

しかし、お風呂に入っていると浴室内の温度と湯の温度はあまり変わらない気がする。

結構、熱めの温度が好みなので、いつものように温度設定をしたつもりだったが…それほど浴室の温度も高いという証拠なのだろう。これだけの湿気と温度があればそりゃ蒸し風呂状態になるわな…

取りあえず熱湯だろうが水風呂だろうが、お風呂に入りたかった訳で…その方がまだ整理が付いていない頭の中をデフラグ出来るような気がした。

壁に掛かっていたタオルを湯に沈め軽く絞る。温まったタオルを簡易的なホットアイマスクのように瞼の上に乗せた。溜息にも似た吐息が浴室内に響き、俺は今日の出来事を振り返る。


今日一日で色々な事があった、一日と言っても、活動を開始したのはお昼を過ぎてからなのでまだ、半日とも経っていないが…それでも濃密な半日だった。

雲英のお願いから始まり、夜景を見ながら謝罪して、大家さんの拉麺食べて…最後は部屋の掃除。

言葉にすればそこまで大変な出来事ではなかったように思えるが、実際は瞬く間に時間は過ぎ、その間に物凄い情報量が行き来していた。正直、途中で情報を整理したかったが、そんな暇がなかったのでお風呂に入りながら情報の整理中なのだ。

そして、その中でも一番の気がかりなのは雲英の新しい依頼である。正直、これに関しては俺にやれることはあまりないと思っている。雲英も老婦人の望みを聞くだけで出来るかどうかは別問題だ。安易に期待を持たせ出来なかったでは、それこそ老婦人は失望してしまうのではないか?表では気持ちだけで有り難いと言ってくれるかもしれないが…本心はそうではないだろう。誰でも望みを叶えてくれたほうがいいに決まっている。

明日、老婦人の望みを聞きに行こうと提案はしてみたが…実際どうなるかは分からない。望みを話さない可能性もあるのだから、こればっかりは尋ねてみない事にはどうしようもない。

そう、ここで悩んでも仕方がないと俺は分かっている。しかし、なぜここまで悩んでいるのか…いや、危惧している。それは雲英の行動力だ。

閃いたらすぐ行動に移す、それが雲英だ。もし、一般人には明らかに無理な願いでも、雲英は自分を顧みらず実行してしまう恐れがある。それほどに純粋。

以前、俺に出会う前は八雲の研究を著明な専門家に依頼をしていたそうだが、いくら誹謗中傷を浴びせられようが、雲英が止まることはなかった…その行動力と信念。氷華すら止められなかった雲英を、俺は止められるだろうか…

答えがない問いが頭の中をグルグルと周回を続ける。こんな事になんの意味もないと分かっているのに、無意識に考えてしまう。それは、いざとなったら頼みの綱が自分自身しかないからだろう…他に頼れるものがない俺は、改めて独りぼっちなのだと痛感してしまった。


瞼に乗せていたタオルが不意にずれ落ち、意識が現実に戻される。

目を開ると、先程と変わらない光景が映る。白くぼやけた景色はまるで俺の頭の中が具現化したみたいだった。不透明で、先が見えず、不安に駆り立てられる。

それでも、前に進むしかない。立ち止まったところで何も解決は出来ないのだから…

虚勢にも似た根拠のない自信を自分に言い聞かせ、俺は浴槽からゆっくりと立ち上がった。


脱衣所に向かい体の隅々までバスタオルで拭き上げる、久しぶりに湯船に浸かったことで若干のぼせてしまったのか、頭がハッキリしない…まぁ湯船に浸かって考え事なんてしていると、のぼせるのは当たり前だ。

肌着とパンツを適当に着込みそのまま冷蔵庫へ直行、ミネラルウォーターを手に取ると、勢いよく喉奥に流し込んだ。

火照った体によく冷えた水分が染み渡る、お蔭で頭もいくらかはクリアになった感じがした。

一息ついたところで自室兼リビングへ目を向けると、扉の影から八雲が俺を覗き見ていた。なにやってんだこいつ?と疑問に思い俺は声を掛ける。

「なにしてるんだ、そんなところで?俺になにか用か?」

「イエ、イツモヨリ、オ風呂ガ長カッタノデ、気ニナッテ様子ヲ、伺ッテイマシタ」

「…そうか、別に八雲が気にすることじゃないよ」

なんだか八雲に見透かされている気がして、はぐらかしてしまった。ここ一ヶ月間一緒に過ごしてきた訳だから俺の変化に感づいているのだろう。その心遣いは有り難い…が、そういう事に慣れていないので、なんともムズ痒い感覚が押し寄せる。

八雲は視線を落とし、ただ俺の言葉を待っているようだった。こういう静寂はどうにも居心地が悪い、俺はまだ湿っている頭をガシガシと掻き、話を切り出した。

「なにか気になる事でもあるのか?明日の事なら心配いらないぞ、老婦人の話を聞きに行くだけだし…今悩んだところで、どうにもならないんだしな」

まるで自分に言い聞かせている様な口振りだった。だが、八雲が心配していたのは別の事だったらしく、頭を小さく左右に振る。

「オ婆様ノコトハ、心配シテイマセン。砂月様ノ言ウ通リ、明日ニハ分カルコトナノデ、ソノ結果ヲ待ツダケデス。私ガ気ニナルノハ雲英ト砂月様ノ事デス」

その言葉に俺の心が騒めく。表情に出さないようポーカーフェイスを決め込み、平然を装いながら俺は答えた。

「雲英と俺の事?あぁ、さっきの些細な口喧嘩だろ、ちゃんと和解したから大丈夫だ。俺も大人だからな!寛容な心で懇切丁寧に謝罪したよ。俺くらいになると、ペコペコ謝るのは日常茶飯事だしクレーム対応なんてお手の物!どんなに怒り狂ったお客様だろうが俺の土下座でイチコロよ!」

平然を装ったつもりが、無駄に饒舌で無駄につまらない例えをしてしまう。これじゃ動揺しているのがモロバレだ…

流石に八雲も見逃す訳もなく、無機質な瞳が俺を見つめる。

「砂月様、ヤハリマダ、ワダカマリガ、アルノデハ?」

俺は言葉を詰まらせ、思わず視線を逸らしてしまう。なんとも言えない空気が流れ静寂がこの場を包む。

自分で墓穴を掘ったようなものだし、これ以上はぐらかす意味はないか…

その空気に耐えきれず俺は溜息を吐いた。しかし、このまま素直に答える気にはなれない。

こう見えて俺はひねくれ者だからね、タダでは答えないぞ…せめて道ずれにしてやる!

小悪党・砂月悠は、最後の悪足掻きのように八雲へ問いかけた。

「…なぜ、そう思ったんだ?そんなに俺の様子が変だったのか?」

「ソウデスネ、毎日砂月様ノ表情ヤ仕草ヲ観察・記録シテイマシタカラ、ソノ情報ヲ、ファイリングシ、照ラシ合ワセレバ、イツモト様子ガ違ウノハ分カリマシタ。デモ、ソレダケデハ決定的ナ証拠ニハナリマセン、ナノデ最後ハ私ノ本能に従ッタマデデス」

アンドロイド…いや、八雲の本能?なんだそれは、機械に本能なんてシステムが備わっているのか?そんな話聞いたことないぞ。首を傾げ、俺は再度質問した。

「本能?八雲の本能って一体なんなんだ?」

八雲は一呼吸おくと、俺を見据え自信満々で答えた。

「ソレハ、女ノ勘ッテヤツデス」

「……一体そんな言葉をどこで憶えてきたんだか…」

女の勘ね…、当たるも八卦当たらぬも八卦ってところなのか?俺は男なのでそんな勘を信じる事は出来ないが、実際当たっているのでなんとも評価しずらい。ところで八雲自身は女としての自覚はあったんだね…

今後、言葉使いに気を付けないと、変な言葉を憶えられた日には氷華や雲英に白い目で見られそうだ…

女の勘ってのは信憑性に欠けるが、ここ一カ月間の観察記録ってのは俺の異変に気付くのに十分な判断材料になるだろう。これ以上隠しきれそうにないのは明白だし、ここでウダウダ口論を繰り広げても時間を無駄に浪費するだけだ。

俺は大きな溜息を吐き、ゆっくりと両手を上げる。

「…分かったよ、降参だ。少し長くなるかもしれないが、聞いてくれるか?」

「エェ、勿論デス。砂月様ノ思イヲ打チ明ケテ下サイ」

元気よく答える八雲。その無機質な瞳には嬉しそうな感情が見え隠れしているようだった。


自室へ向かい、お互いいつもの定位置へ腰を掛ける。テーブルを挟んでちょうど対面になるような位置だ。

八雲は綺麗な姿勢で正座になっており、それを見た俺も思わず正座をしてしまう…なにこれ、お見合いかなにかか?

なんで八雲相手に緊張しなければいけないんだ…小さな溜息をつき足を崩そうとしたが、それを阻むように八雲が口を開いた。

「サァ、砂月様。私ハ、イツデモ準備万端デス、心ニ溜マッテイル物ヲ、吐キ出シテクダサイ」

「いや、溜まっている物ってそんな大した問題じゃないから…」

「大キナ問題カハ聞イテカラ判断シマス。砂月様ニ取ッテハ足ラヌ問題デモ、私カラシタラ死活問題ナノカモシレマセン」

なんでそうなる…俺のわだかまり程度が八雲の死活問題になるわけないだろ…こいつただ単に、人の悩みを聞きたいだけじゃないのか?

そんな言葉が脳裏をかすめると、八雲は俺の思考を読んでいるような言葉を付け足した。

「ソレニ、人ニ悩ミヲ話スダケデモ、心ガ楽ニナル。ト、テレビデ、言ッテマシタ。コウイウ行為ヲ懺悔ッテ言イマシタネ」

やっぱり、ただ悩みを聞きたいだけじゃねーか…テレビでいらんことを憶えやがって、今度からチャンネルは教育テレビに固定しておこう。それに懺悔の意味も間違っているから後で訂正しておくか。

しかし、本当に八雲に悩みを話しても大丈夫なのか?他人に言い触らす事はないと思うが…八雲に相談すること事態が不安の種になりそうだ。

だが、八雲に意見を求めている訳ではないし、言い触らされたところで別に大した事じゃないか…それに八雲の言う事も一理あるしな。

ミネラルウォーターを一口含み、喉を潤す。小さく咳払いをし喉の調子を整えた後、俺はゆっくりとした口調で話し始める。


「雲英と和解したことはもう話したからいいな、別に雲英との関係は問題じゃない、むしろ今の距離感は俺にとってベストだ」

俺の話を真剣に聞く八雲は、ちょっとした会話の隙間に相槌まで打ってくれている。

「俺が問題視しているのは、雲英の行動力だ。見た目とは裏腹に、雲英は身軽に行動してしまう。思い立ったらすぐ行動ってのが今までの言動を見ていると一目瞭然だ。ある意味、無計画で無鉄砲なところがある」

八雲に雲英の悪口を言っているようで少し気が引けるが、俺は話を続けた。

「今回、いや、今回に限らず俺が危惧してるのはそこだ。雲英は思い立ったら何を仕出かすか予測がつかない。それに必ず自分の信念を突き通すだろう。特に今回は俺と雲英だけだ、もし雲英が自分の身を顧みない行動をとったなら…俺はそれを止められるのか、それが不安なんだ…」

今まで人脈が狭い人生を歩んできた俺に、他人の行動を制御できるのだろうか…今までなら、他人の行動にとやかく口を出したことも、興味もなかった。それは他人の行動に無関心だったからなのだ。所詮は自己責任。俺にはなんの関係もない行動に首を突っ込む必要はなかった。

だか、今回はそうもいかない。俺が雲英を制御しなければ誰も止める人がいない、それが今更になって重しとなっている。

視線を落とすと、テーブルに置いてあるミネラルウォーターが目に入る。ミネラルウォーターはじんわりと汗をかき、テーブルに水溜りを作っていた。それが溜まり水のようにテーブル上で停滞し微かに揺れている。今にも形を崩してしまいそうで不安定な溜まり水は、まるで俺の感情を表しているようだった。


暫しの沈黙が自室に訪れる。八雲に意見を求めていた訳じゃないので、沈黙もある意味間違いではなのだ。ただ悩みを聞きたかっただけなのだから、意見を求めるのはお門違いだろう。それに八雲が言っていた通り、悩みを言葉にするだけで少しは気が楽になった。

これは心理的にも効果があると昔から言われいる。人に悩みや愚痴を話すことによってカタルシス効果や、自分を客観視し情報の整理。さらに問題・課題の明確化と共有を図れる。話すだけでこれだけの物を得られるのだから、話した者勝ちだよね。

だが、話す相手を間違ってはいけない。話す内容によって相手を選ばないと後で大事故に繋がってしまう場合があるからだ。それこそ口は災いの元と言ったところだろう。

話した事によって俺の心にも少し余裕ができ、まぁ明日くらいならどうにかなるだろう。そんな言葉を脳内で浮かべながら、半ば諦めにも似たような感情が心をじわりじわりと侵食していく。

しかし、その浸食は八雲の言葉で停止した。

「砂月様ハ、ソンナ簡単ナ事デ、悩ンデイタノデスネ」

「…簡単だと?それは心外だな。八雲は解決する方法が分かっているとでも言うのか?」

自分の悩みを軽視され、少し腹が立った。その感情が言葉にも表れ、やや鋭い口調になってしまう。

「エェ、私ニハ分カリマスヨ。ドウスレバ砂月様ノ悩ミガ解決スルノカ」

「へぇ~それじゃあ、是非ご教授願おうじゃないか、八雲先生」

皮肉交じりの言葉が感情任せに口から吐き出てくる。理性もそれを止めようとはしない。

あれだけ煽られたにも関わらず八雲はいたって冷静だ。むしろ穏やかにも見える。八雲はゆっくりとした口調で答えを示した。

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