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心機(仮題)  作者: 山葵
第二章 「心理と心」
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第一話 「新たな依頼」 4

「雲英、学校は楽しいか?」

「……なぜこのタイミングでその質問なのですか?学校は今、関係ないのでは?」

俺の質問に雲英は怪訝な顔を見せ、質問に質問で答えた。

「別に関係ない話をしても構わないだろ?ただの与太話だと思ってもらえばいいよ」

更に質問で返し俺は続ける。

「それで、学校は楽しいか?」

「…………」

雲英の答えは沈黙だった。沈黙だけで"楽しくない"と言っているようなものだが、俺は雲英の言葉でハッキリと聞きたい。だから煽るように問い詰める。

「どうした?楽しいか、楽しくないかの二択だぞ?簡単な質問だと思うが、答えれない理由でもあるのか?」

「…………」

それでも沈黙を貫く雲英、静寂が流れる中、夜風の音だけが小さく響いていた。

俺は黙って雲英の言葉をひたすら待つ。雲英への視線を逸らすことなく、真っ直ぐに見据えていると僅かに雲英の口が動いた。その微かな声を俺は聞き逃さなかった。

「……楽しく……ない」

確かに俺の耳に届いたが、敢えて俺は聞こえていないフリをする。

「なんだって?声が小さくて聞こえなかった。もう一度言ってくれ」

その言葉で雲英の何かがプツリっと切れたようだ。

静かに怒りが満ちていくと同時に眉間にしわが寄る。夜風がピタリと止んだのをきっかけに、小さな口からは怒涛のように罵倒を吐き出した。

「楽しくないっていったのよ!!学校なんて全然楽しくない!!クラスメイトはみんな上辺だけの付き合いで嫌いな人がいなくなれば陰口を言いたい放題!先生は自分の保身のためにイジメや都合の悪い事は見て見ぬふり!なにが人間社会を学ばせるための学校よ!あんなのが社会の縮図なんて耐えられないわ、あれは学校と言いう名の牢獄よ!人間の欲と業にまみれた肥溜めだわ!!」

日頃から溜まっていた鬱憤が噴き出したようだ…感情に身も心も任せ、罵詈雑言をぶちまけた雲英は肩で呼吸をしていた。


全てを吐き出した雲英は徐々に落ち着きを取り戻し始める。

だが、自分がやってしまった事を理解し始めた途端、火山のように高揚した表情から真っ青な海のように青ざめていき頭を抱えた。

「あ…ああ…ああぁぁぁ!!」

悲鳴とも、叫びとも聞き取れる声は俺の家まで届くのではないだろうかと思うほど周囲に響く。

この辺りは住宅街から少し離れているから良かったが…もし、誰かが悲鳴を聞きつけて、通報でもすれば真っ先に俺は容疑者扱いだ。本当に良かったよ…

俺も流石にここまで溜まっているとは思っていなかったので、ちょっと面喰ってしまった。

更に、この感情の起伏の激しさだ。まるで思春期の中学生だな…いや、雲英は中学生だったか…

今までの雲英の言動を思い返していると、無意識に笑ってしまっていた。

その笑い声が気に障ったのか、雲英は鋭利な刃物のような視線を俺に突き刺す。

「元を辿れば、砂月さんが変な質問するからですわ!それにワザと煽ったでしょ!?この羞恥、どう責任を取って下さいますの!!?」

「悪い、悪い、怒らせるつもりはなかったんだ。ちょっと確認したかった事があってね」

少し涙目の雲英は俺への視線を更に強くする。これはちゃんと納得できる説明をしないと、後で報復されそうだ…報復するのは氷華だろうけど…

氷華に後ろから刺されたくないので俺は懇切丁寧に話を切り出した。


「…単純に、俺の知らない雲英を見てみたかった。それだけだ」

「砂月さんが、知らない…私を?…一体どういう意味ですか?」

俺は缶コーヒーをベンチ脇に置き、手でジェスチャーを交えて説明する。

「人間ってのは他人と接する時、その人に合わせて自分を変える。例えば、雲英が俺と接している時は、なんとなく他人行儀で目上の人を相手にしている感じだろ?それが自然と態度や言葉使いに現れるんだ。それじゃ氷華や八雲と接しているときはどうだ?小さい頃からの付き合いで家族同然の相手だと気兼ねなく話せたり、居心地がいいんじゃないか?」

その問いに頷きながらも、雲英はあまり納得がいっていない表情を浮かべている。

「氷華や八雲と接している時の雲英は、俺も何度か見ているから知っている。しかし、学校での雲英の姿ってのが俺には想像もつかなかった。この前、礼儀作法の話をした時を覚えているか?あの時、あまり浮かない顔をしていたのが印象的でな…それに学校の話も雲英から話題にすることもなかった。だから一度、聞いてみたかったんだが…まさか雲英のあんな姿を見ることになるとは思わなかったよ」

雲英はやや俯き、赤面した顔を俺に見られないように隠す。俺は気付いていない振りをして続けた。

「つまり"人間は様々な仮面を使い分けている"ってことだ。相手に合わせて仮面を付け変えることで人間関係を円滑にし、この社会で生きているんだよ。仮面が人間関係の摩擦をなくす潤滑剤みたいな役割なのかもしれないな」

脇に置いてある缶コーヒーを手に取り、両手で握りしめる。冷たいスチール缶が温まった手の平を、じんわりと冷ましてくれる。

「人は常にどれかの仮面を付けて生活している。人間ってのはなかなか自分の本心をさらけ出せないものさ、雲英も学校で嫌って程それを見てきたし、本音で話している人なんていなかっただろ?人間社会ってのはそんなものだ。さっき社会の縮図って言ったがあながち間違いではないんだよ…肥溜めってのは少し違うかもしれんが…」

更に赤面する雲英が面白くてたまらない。だが、あまり弄り過ぎるのも可哀想なのでこの辺で止めておく。

「それで…砂月さんは、知らない私の一面を見れて満足なのですか?もしそれだけの理由なら悪趣味ですよ…」

雲英はふて腐れた様に質問を投げた。

「学校の様子を知りたかったのは事実だが、他にも理由はある」

一呼吸置き、缶コーヒーに口を付ける。一口飲み込むと、俺は本題に入った。


「さっきの忠告の事なんだが…すまなかった。言葉が足りなかったし、少し言い過ぎたよ。俺は優しい雲英しか知らなかった。誰にでも優しく、可哀想な人や助けを求めている人に迷わず手を差し出す。それが俺の中の雲英の姿だったんだ…だから、あんな忠告まがいな事を言ってしまった…失言だったよ」

「そんな…私はそんなに慈悲深い人間じゃありませんわ…」

雲英は俯きながら、頭を左右に振る。柔らかなブロンドヘアーが小さく揺れていた。

「あぁ、その通りだった…その為の確認だったんだよ。雲英は怒らない訳じゃない。勿論、泣きもするし笑いもする。嫉妬もすれば人を恨みもするだろう。勝手に俺が印象付けてしまったんだ。"雲英らしい"ってな…だから、俺の知らない一面を知ることで、俺の中の雲英を改めたかった…そういう訳だ。だから…その……」

最後の言葉を言い淀んでいると、割って入るように雲英が口を開く。

「私こそ、ごめんなさい。砂月さんの忠告で変な意地を張ってしまって…」

俯いていた顔を上げ、雲英は謝罪をする。その真っ直ぐな視線は俺の心まで見透かすように澄んだ瞳をしていた。

「実は、あの忠告は砂月さんが初めてではないのです。同じような事を氷華にも…叔父様にも言われたことがありましたわ。その度に私は、自分を否定された気分になってしまい…勿論、皆が私を否定するつもりで忠告をしている訳ではない事は分かっています。でも…砂月さんが言った通り、私はこのやり方しか思いつかないのです。それが、悔しくて…悔しくて……自分が情けないわ…」

雲英の目には薄っすらと雫が溜まり、今にも零れだしそうだ。

「…だから、砂月さんに改めてお願いがあります。毎回お願いばかりで、厚かましい事は十分に分かっています…それでも、私は…私一人では限界があります」

胸に手を当て一呼吸をする。気持ちを落ち着かせた雲英はハッキリと言葉に出す。

「お願いです…お婆様にとって一番の手助けとなる方法を教えて下さい。私は、あの方を助けたいのです!」

その言葉は、俺の心…いや、魂にまで響くような言葉…言霊だった。

その信念は一体どこから湧き出てくるのだろう…雲英はただの優しい子じゃない。

自分の信念を曲げることなく、ここまで信じれるのは大人でも僅かなのに、雲英は中学生でやってのける。

雲英は、本当の意味で強い子だ。

これは氷華が惚れ込むのも分かる気がする。カリスマとはこのような人物を言うのだと、雲英を見つめながら勝手に納得する。

俺から忠告することは何もない、初めから忠告することなんてなかった。

俺がすべきことは助言だ。雲英に助言を言える程たいした人間ではないが…それでも先人の知恵くらいは教える事はできる。まずは、その第一手を教えよう。

「人を助ける方法は教えるし、力も貸す。でも、老婦人の意思を無視しちゃダメだ。老婦人がまず助けを望んでいるのか、それが肝心だ。助けを望んでいない人に手助けをしても、それはお節介と一緒なんだよ。確認の為に、明日は老婦人を尋ねてみよう…まずは、それからだ」

雲英は瞳に溜まった雫を手で拭うと、頷き小さな声で"…はい"と答えた。


結局、雲英は缶コーヒーを開けることなく両手で大事そうに持っていた。まさか雲英も飲まず嫌いか?と思ったが、ふたノブの辺りや缶の底をまじまじと眺めている。

…もしかして開け方が分からないとか…

俺は無言で雲英の缶コーヒーを取ると、ふたノブを引き上げる。カポッと軽やかな音が鳴ると同時に缶コーヒー独特の香りが立ち込める。

それを雲英に手渡す。雲英は少し感動したような表情でお礼を言うと、素直に受け取った…本当に開け方が分からなかったらしい…お嬢様って時々俺らの常識が通じないから怖いわ…


雲英が缶コーヒーに口を付けると同時に、俺も残り少ない缶コーヒーを一口含む。

ブラック缶コーヒーの苦みが口内に広がると、俺は少し話題を戻した。

「さっきの続きなんだが…人は容易く本心をさらけ出せないって言ったよな?」

「…はい、それがどうかされましたか?」

雲英は横目で俺に視線を注ぐ。既に涙は止まり、いつもの様子で聞き返してきた。

「いや、もし…自分をさらけ出せる環境や相手がいたのなら、それは幸せなことじゃないかって…俺は思う…そんなもの、ある訳ないと分かっているのにな…」

照れくささが入り混じり苦笑いを浮かべる。気が付くと夜景の方へ視線が向いていた。

夜景は相変わらず星々の様に煌めき、イルミネーションのように夜を飾っている。

雲英も、俺から夜景の方へ視線を向ける。そして小さな声で答えてくれた。

「…砂月さんなら、きっと見つかりますよ。勿論、私も…」

夜風がやさしく頬を撫でてくれた気がした。

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