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心機(仮題)  作者: 山葵
第二章 「心理と心」
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第一話 「新たな依頼」 3

俺が忠告するなんて…らしくない事をした。

だいたい、俺みたいなニートに忠告されたところで素直に聞く人なんていないだろう、むしろ腹立たしいことこの上ない。

雲英も素直に受け入れたかどうか分からないが、誰でも忠告を受ければ気持ちがいいはずがない。

そのせいか、あれから雲英の口数は減り、ただ静かな時間が続いていた。

八雲も機械的で単調な返事しか返してこない…八雲なりに空気を読んでくれているのだろうか…

なんとも言えないような空気が流れるなか、インターフォンの音がその空気を変える。

皆インターフォンの音には反応したものの、誰も出迎える気は起きらず視線だけが玄関に向けられる。誰もが無気力のように座り込んでいた。

ただ一人、八雲だけが何も言わず立ち上がり玄関へ向う。俺達に気を遣ってくれたのか、もしくはアンドロイドとしての使命なのか…雲英と俺は八雲の後姿を視線で追うだけで何も行動を起こさない。

何気なく視線を掛け時計に向けると、午後7時を過ぎた頃だ。この時間に訪問する人物も特定できている。なので八雲に任せても大丈夫と勝手に安心しきっていた。


八雲が玄関を開けると同時に若い女性の声が微かに聞こえる。その声は細く抑揚のない声音だが、聞き取りにくい訳ではない。声量が小さくても通るような声音だ。

俺はこの声の人物を知っている…っというより、ほぼ毎日のように顔を合わせているので今更感がハンパじゃない…

八雲は女性と簡単な挨拶を交わした後、二つの足音がしだいに近づいてくる。雲英の時と同じようにこの部屋まで誘導してくれているようだ。これも八雲に頼んではいない事だが、毎日の事なので八雲のルーチンワークになっている。

廊下の奥から八雲の姿が見えると、後ろから見慣れた女性を確認。

「こんばんわ、砂月様。相変わらず辛気臭い顏をしてるわね、速やかに整形することをお薦めするわ」

挨拶と同時にジャブのような鋭い毒舌を吐いてきたこの女性。

霧嵜きりさき 氷華ひょうか。雲英の従者だ、平たく言うとメイドみたいなものか…

鋭い眼光に加え、無表情だから余計に威圧感が増す。このメイドに反抗する雲英も相当なものだが…主従関係だから成り立っているのだろう。氷華の目の前で子供が泣いてたら、泣き止むまで殺気を飛ばしてきそうだもんな…泣く子も黙るとは氷華のことをいっていたのかもしれない。

適当な紹介も済んだところで、いつもの俺なら毒舌を毒舌で返してあげるのだが、今日ばかりはそんな気が起きなかった。

「おう…お疲れさん…」

その反応に氷華は違和感を感じたようだ、氷華は流れるように雲英の方に視線を向けるが、雲英は視線を合わせることなくそっぽを向いていた。

表情は変わらないが首を傾げ、俺達を訝しんでいる様子。そのまま隣にいた八雲へ耳打ちをするように声を掛ける。

「なに…この二人どうかしたの…?もしかして…夫婦喧嘩?」

「「違うわ!!」」

雲英と俺のツッコミが見事に重なる、これはもうシンクロ率400%だね。暴走する寸前だよ…

声が重なったことで雲英と視線が合ってしまう、お互い何とも言えない空気が生まれ、その空気に耐えきれず視線を逸らしてしまった。

流石は、空気詠み人知らず。空気を読めないことで氷華の右に出る者はいないだろう。

これがワザとなのか、それとも本気で読めないのかは謎だが…よくそれでメイドが務まるものだ。

静まり返る室内で、八雲が小さな声で氷華に現状報告をする声だけが細々と響いていた。


八雲の現状報告が終わると氷華は小さく呟いた。

「くだらない…」

その呟きは俺の耳にしっかりと届いていた。雲英も聞こえていたらしく、二人とも強い眼差しを氷華に向ける。しかし、氷華はその視線を物ともせず続けた。

「全くもってくだらない、と言ったのよ。夫婦喧嘩は犬も喰わないとはよく言ったものね、確かにこんなくだらない口喧嘩なんて誰も喰いたがらないでしょう。こんなもの食べたら食中毒でも起こしそうだもの」

逆に睨みつける氷華の顏は、いつもの殺気に満ちた鋭い表情ではなく、呆れて怒っている表情に見える。

なにか言い返したいが言葉が出てこない。反論の隙も与えず氷華はさらに畳み込む。

「こんなくだらない事に私を巻き込まないでくれるかしら?私も暇じゃないの。自分たちの問題は自分達だけで解決しなさい。それまで私は貴方達に関わり合わないわ…では、ごゆっくり」

捨て台詞を吐いた後、氷華は真っ直ぐに玄関へ向かって歩き出す。その歩みには迷いがなく、こちらを振り向くこともなかった。八雲は慌てて氷華の後を追いかけ出ていってしまった。

機械音が小さく響く部屋に、俺と雲英だけが取り残されてた。

先程と変わらず言いようのない空気が漂う。

氷華に説教を受けた事も相まって、お互い何も言い出せない。

しかし、このまま黙っていても何も進まないのも事実だ。氷華の言う通り、これは俺達が問題を解決しないことには何も進まない。

ここは年上の俺が話を切り出すしかない。そう思い俺は雲英に声を掛ける。

「なぁ、雲英…その…さっきは…」

俺の言葉を遮るように低い重低音が室内に響いた。

その音には聞き覚えがある、確かあれは雲英と初めて会った日に聞いた音だ。

記憶を辿るとすぐに思い至り、俺は雲英に問いかける。

「腹、減ったのか?」

その問いに雲英は顏を真っ赤にし、お腹を押さえていた。それでも止まない腹の音に思わず俺は笑い出してしまう。

「し、仕方ありませんわ!!生理現象なので抑えようにも…」

今度は雲英の言葉を遮り、別の腹の音が鳴った。

次は俺の腹が鳴ったようだ。頭をガシガシ掻いて照れ隠しをしていると、雲英も小さく笑っていた。

こんな状態ではろくに会話も出来ないな…仕方ないので俺は提案する。

「取り敢えず、飯でも食べに行くか」

雲英は微笑みながら小さく頷き、俺の提案に賛同してくれた。


玄関から出ると夕闇が薄く広がり、心地よい微風が吹いていた。まだ日は沈んでいないが横に広がる薄雲が強い日差しを隠している。

頭上を見上げるが月は出ておらず、夕焼けに染まった空を飛行機雲が横一線に伸びている。

まるで境界線のように引かれた雲は、後方から徐々に滲んで夕焼けに染まった空に溶け込んでいた。

玄関で雲英の支度を待っていると、どこからともなく香ばしい匂いが漂ってくる。ここは住宅街なので、この時間だと、皆夕食の支度をしている頃だ。その匂いの影響なのか、俺のお腹は更に空腹を訴えかけてくる。

無意識にお腹を押さえていると、後方より声が掛かる。

「御待たせしました、砂月さん。では、参りましょうか」

「おう、そうだな」

雲英の支度も済み、俺は玄関の鍵を閉め階段を降りていく。俺の先を歩く雲英はやや俯きがちで、まだ先程のやり取りを気にしている様子だ。

俺の方も気にしていないと言えば嘘になるが…ご飯を食べるまでは気丈に振る舞うことにしよう。それからじっくり話せば大丈夫だ。

根拠のない言葉を安易に信じ、二人で斜陽が射す道を歩く。お互い目的地についてはなにも話さなかったが、俺達のお食事処は決まっていた。

お互い何も話すことなく目的地を目指しひたすら歩く。


結局、なにも進展がないまま目的地についてしまった。目の前には喫茶店"雪月花"が静かに佇んでいる。

しかし、そこで目にしたのは入口に下がる"close"の札だった。

据え置きの看板も見当たらず、窓から店内の様子を伺うが店内は真っ暗だ。

この様子だと本当に閉まっているらしい、この辺りに他の店なんてないし…どうしたものかと悩んでいると、雲英が声を掛けてきた。

「どうやら今日は定休日のようですね…私は空腹くらい我慢出来ますのでお気になさらず。自宅に帰って夕食を頂くきますわ。砂月様はどうしますか?」

「えっ?そうだな…俺は別に空腹さえ満たせばどうでもいいからな…」

眉間に手を当て暫し考えていると、一つの閃きが浮かんだ。

「雲英、ちょっと付き合ってくれないか?」

そう言って俺は雲英を先導するように歩き出す。雲英は首を傾げながらも、俺の後を付いてきてくれた。


雪月花から15分程歩いただろうか、住宅街を少し離れ傾斜が続く坂を上ると、ひらけた高台にやってきた。その高台の天辺には気休め程度の公園があるのだが…

一ヶ月前、雲英に介助してもらった公園よりは大分小さい。遊具はほとんどなく、ベンチと水飲み場が数か所設置してあるだけで、なんとも殺風景だ。これを公園と呼んでいいのか疑問だが、高台を上った先には"星空公園"と明記してあったので、これでも公園なのだろう。

公園には到着したが、まだ歩みは止めない。そのまま奥に進んでいき、雲英も俺に続き歩みを進める。

そして、公園の端にたどり着いた。

そこには住宅街を一望できるほどの景観が広がっていた、空を見上げると陽は既に陰り、西の空から東の空へと見事なコントラストの夕焼け空が広がる。住宅街のさらに奥へ視線を向けると海岸に面した工業地帯が明々と輝き、オレンジ色のライトが煙突から排出される煙に乱反射し、まるで人工的に作られたのオーロラのようだ。

幻想的な夜景を目の当たりにした雲英は、転落防止用の柵に手を掛け息をのむように、ただただ魅入っていた。

その様子だと、この夜景を気に入ってくれたみたいだ。雲英なら気に入るだろうと思って連れてきたが、その顔を見るまでは安心できなかったので、ここでようやく安堵の息が漏れた。

俺は「少し、ここで待っててくれ」と、一言伝え近くの自動販売機へ向かう。

本当は雪月花のブレンドコーヒーを飲みたかったが、閉まっていたのでは仕方ない。ここはブラックの缶コーヒーで我慢しよう。

缶コーヒーを二つ購入し、俺は足早に雲英の元へと戻っていった。


雲英の元へ戻ると、先程と変わらず夜景を傍観していた。

余程気に入ってくれているみたいで、俺は少しばかり得意げな気分になる。しかし、自慢気になっても、これはただの自己満足だ。そんな下らないものを振りかざしたところでなんの意味のない。

思考を切り替え、近くのベンチに腰を掛ける。俺は夜景をバックに雲英の横顔を静かに眺めていた。


それから暫く、お互いそれぞれに夜景を楽しんだ。雲英は一頻り夜景を眺めたようで俺の隣に腰を落とす。

「ここの夜景はどうだった?」

感想を求めながら缶コーヒーを一つ手渡す。雲英は小さくお礼を言って素直に受け取ったが、蓋を開けることなく、ただ両手で握りしめていた。

「とても素晴らしい夜景ですわ。夜に出歩くのは禁止されていましたから、夜景を見る機会はほとんどありませんでした。ここの夜景は幻想的と言いますか…視界に入る全てが星々のように輝いていて、まるで自然と人工が合わさったプラネタリウムのようでしたわ」

称賛の言葉を頂いたが、伏し目がちの顏に笑顔はなかった。

「…ですが、少しばかり寂しい気持ちにもなりました。例えるなら…哀愁、でしょうか…この街にはこんなにも人が住んでいるのに、私は一人ぼっちのような…そんな不思議な気分になりました」

「…そうか」

俺は曖昧な返事しか返すことが出来なかった。


始めは喜んで魅入っていると思っていたが、そうではなかったらしい。逆に寂しい思いをさせてしまった事に反省すると同時に、俺の考えに似ていたことで少し驚いてしまう。

実際、俺もこの夜景を見るたびにそんな感覚に浸ってしまう。

確かに俺達の位置からみる夜景は綺麗だ、しかし、夜景の光たちから見る俺はどうなのだろう?

暗闇に一人だけポツリと立ち尽くす俺を、光たちはどんな風に見ているのだろうか?

まず、暗闇中に立つ俺すら見えていないのかもしれない…それが孤独感に繋がる。

この夜景を見ていると俺はそんな風に考えてしまう。

要は目の前の物事を素直に受け入れられないのだ、先入観に囚われないよう何事もすぐに疑ってしまう。俺の悪い癖だ。

雲英も俺と似たような事を考えているのかと思うと少し親近感を感じたが、恐らく俺とは違う事で哀愁を感じているのだろう。雲英は人を疑わない、俺と全く正反対の人格者だ。

似ているようで全く異なる二人。そんな二人が肩を並べている光景こそ、一番不思議な光景じゃないだろうか。

そう考えていると思わず苦笑してしまう。…なんだこの凸凹コンビは。凸凹というより凸と凸。凹と凹だ。


苦笑してる俺に雲英は声を掛けてきた。

「大丈夫ですか砂月さん?なにか変な物でも食べましたか?」

独りで笑っている俺を引き気味に心配している。まぁ俺自身も自分の事を気味が悪いと思うから仕方がない。

「大丈夫だ、気にしないでくれ」

ようやく笑いが収まると不思議と頭の中がクリアになっていた。なんだかモヤモヤしていたものが、スッキリとなくなった気分だ。

俺は缶コーヒーの蓋を開け一口含み、味わうように飲み下す。やはり雪月花の珈琲の方が好みだが、たまには缶コーヒーも悪くはない。

コーヒーの苦みで頭も冴え、俺は中断していた話の続きを再開する。

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