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心機(仮題)  作者: 山葵
第二章 「心理と心」
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第一話 「新たな依頼」 1 

あれから18年の時が流れた…

俺も初老から中老へ、むしろ還暦間近である。最近は関節が悲鳴を上げ何をするにも痛みが生じ不便な老後生活を送っている。

八雲の研究は既に終え、数年前に公へ正式に発表された。今では"アンドロイドにも人権を!"なんてものを掲げ、毎日どこかしらで演説が開かれている。八雲は一躍有名人となり、アンドロイドの英雄なんてものに担ぎ上げられ、まるで人柱のような扱いだ。公表はしたが、研究者の名は匿名で掲載されたので俺の存在は公には出ていない。まぁ俺がお願いしたんだけどね。そうでもしないと隠居暮らしなんて出来ないからな…

雲英も八雲の研究に加担していた事が週刊誌にでも載ったみたいで、こちらも時の人と成り果てたようだ。今では新聞・雑誌、テレビや動画に引っ張りだこで忙しい毎日を送っているのだろう。

東雲 雲英と八雲の名は毎日のように耳に入るのだから、二人ともそれぞれに頑張っているはずだ。俺の知り合いが有名になるのは誇らしくもあると同時に少し寂しくも思う。なんだか違う世界に行ってしまったみたいだ…もう俺の研究所に二人が訪れることもないだろう。あの二人は既に自分の足で歩き始めたのだから…俺はその姿を見守るだけだ。

部屋を見渡し埃を被った研究設備が目に入る。もう動かすこともないので処分してしまっていいのだが、その決心がつかないまま部屋に置きっぱなしだ。

研究が始まった頃が懐かしい…もうあの騒がしい日常は戻ってこない…失ってしまったものの大きさが老体に鞭を打つように圧し掛かってくる。

いや、失ったわけではないのに、なぜ失ったと思ってしまうのだろう…

これも年のせいなのか?それとも別のなにかか?

答えのない問いを繰り返し、先が見えない老後生活を送る毎日。これが俺の望んだ人生だったのだろうか?

もう取り返しが付かない事は十分に理解しているつもりがだ、淡い期待が過る。


"あの頃に戻ってもう一度やり直したい"と…


叶う筈もない願いを祈りつつ、俺は静寂の日常に戻るのだった…



「砂月様、独リデ何ヲ呟イテ、イルノデスカ?」

「うわぁあ!!?」

不意に声を掛けられ俺は驚きを声に出し、意識が現実に戻される。

どうやら脳内妄想が声に出ていたらしく、八雲は心配になり声を掛けてきたみたいだ…そりゃ、いきなりブツブツと独り言をいってたら心配になるよね…頭おかしいんじゃないかって自分でも心配になるレベルだ。


実際は八雲との共同生活が開始して、約一ヶ月が経った頃だ。日に換算すると30日、時間だと約730時間といったところ。

約一ヶ月が経ち研究の成果を望んでいる人達もいるようだが、進展は一切ない。

八雲の研究どころか、ようやく研究設備の取り扱いに慣れ、今日から研究を開始しようと準備を始めていたら妄想の世界に入り込んでしまった訳だ。

…たまにはいいじゃない!最近は研究設備の取説を読み漁る毎日でストレスが溜まっていたのだから、妄想くらい好きにやらせてほしい、誰にも迷惑かけないから!


俺の願いは言葉にならず、八雲に届くこともなかった。八雲との共同生活の間は、独りになる時間が少ないので妄想もろくに出来ない…今度からはトイレに籠って妄想の世界に浸るとしよう。

次回の妄想に適切な場所を確立すると、八雲が急かすように言い寄ってくる。

「砂月様、早ク研究ヲ、始メマショウ!今日カラ、待チニ望ンダ研究ガ始マルノデスネ!私、胸ガ踊ルヨウナ気持チデス!」

「胸が躍るねぇ…」

八雲に胸はないよ、なんて言葉が出そうになったが喉元で押し留めた。

一応、八雲は女性型アンドロイドなので、この発言はセクハラになるのか疑問が浮かんだからだ。その辺はアンドロイドとして認識しているのだろうか?まず、アンドロイドに性別なんてものが存在するのか?疑問は疑問を呼ぶばかりだ…

まぁその為の研究なのだから、これから解明していけばいい話なんだがね。

疑問は山ほどあるが、俺はまず一番の疑問点を明確にしなければならない。

それは研究を始める前に明確にしなければいけない事だからだ。

その有無でこの研究の進め方が変わるし、今後の可能性として頭に入れておかなければならない…なによりも八雲自身の為だ。

やや深い息を吐き俺は八雲に問いかけた。


「八雲、研究を始める前に聞いておきたい事がある」

「ナンデスカ?イキナリ真面目ナ顏デ。私ニ答エラレル、質問ナラ答エマス」

「答えと言うか確認に近いかな…八雲、君は"嘘"がつけるのか?」

俺の質問に八雲は首を傾げ困惑しているようだ。

「嘘デスカ?私ハ嘘ノ意味ヲ理解シテイル、ツモリデスガ…実際ニ試ス機会ガナカッタノデ、嘘ヲ言エルカ、ドウカハ、試シテミナイト分カリマセン」

なるほどな、確かにアンドロイドが嘘をつく必要性は皆無だ。もしそんなシステムが導入してあったら、情報が錯綜し機械として致命的だ。それに、信用できない機械なんて誰も使いたがらないだろう…

だが、八雲は心を宿していると仮定すると、もしかしたら嘘をつくことが出来るかもしれない。そうなると研究中は八雲の言葉を疑わなければいけない。

八雲のことを信じていない訳ではないが、嘘がつけるなら、全ての言葉が真実とは限らない。


これは人間関係でも言えることだ。人間は嘘をつく、もちろん全ての嘘が悪とは限らない、人を傷つけない為、人を救うための嘘も存在する。

嘘とは、嘘をつく動機や技術、事実との関係によって、嘘は正負、両方の効果を及ぼしうるのだ。

そう考えるとこの世は嘘に満ち溢れているといっても間違いではない。

良い嘘だろうが、悪い嘘だろうが、嘘は嘘。真実なんてものは実際存在しないのかもしれないな…

だが、必ずしも真実がいいとも限らないのも事実だ、時に真実は嘘よりも残酷だ。

もし、この世に嘘が存在せず真実のみの世界なら…人間関係なんてものはすぐに破綻し人間は滅んでいただろう。人間は一人では生きる事の出来ない生物なのだから、この仮説はあながち外れてはいないはずだ。


結局なにが言いたいのか、要約すると…

人間関係、いやこの世界において嘘は必要不可欠なのだ。人間は嘘をつけるからこそ、人間関係を保つことができ組織を形成している。これは人間だけが獲得した"理性"が働いている証だと俺は思う。

理性があるからこそ人間は円滑に関係を築き上げ、ここまで発展できたのだ。

だが、人間関係が拡大すれば、それに比例するように人間社会は複雑さを増す。まるで出口のない巨大迷路のようだ。

俺はそんな生きにくい人間社会に嫌気がさす…だから俺の人脈は浅く狭くを貫いているのだ。広がるほど複雑になり一度絡まってしまうと解くのが面倒だからな。そうならない為に始めから広げないのが賢明だ。

つまり、人間関係を豊かにしたいのなら嘘をつけってことだ。勿論、嘘がバレてしまえば関係なんて容易く破綻してしまうがな!嘘も方便とは正にこの事だな……違うか?


嘘の影響力が分かったところで、話を戻そう。

八雲が"嘘をつけるか"検証したいところだが…正直なところ"嘘をつけない"でほしい。もし八雲が嘘をつけると分かったなら、八雲の証言は信憑性を失ってしまうからだ。この場合、刑事のように裏取りが必要となる。勿論、八雲の言葉を信用したいところだが、研究の最中は私情を挟めない。

研究中はあくまで学者と研究対象者との関係なのだから、そこに私情を挟むとそれは研究ではない。研究中は非情になり第三者の目線で研究を進めないと、それこそ時間の無駄なのだ。

だから俺は研究前にまず検証をしなければいけない。八雲が嘘をつけるのかどうかを…


口に当てていた手を戻し腕を組む、俺は改めて八雲を見据え嘘の検証を始めた。

「それじゃ八雲には試しに嘘をついてもらう。これはなんだ?」

俺は胸ポケットからボールペンを取り出し、八雲の目の前にかざす。

「ボールペン、デスガ…コノボールペンニ、ナニカ意味ガアルノデスカ?」

当たり前のように答えた八雲は不思議そうに俺へ尋ねる。

「いや、ボールペンに意味はない。勿論、八雲がボールペンだと認識している事も分かっていた。ただボールペンだと認識をしつつ違う言葉を伝える事が出来るか試しているんだ」

「ナルホド、私ガ認識シタ事象、モシクハ物体トハ、違ウ言葉ヲ伝エレバ、イイノデスネ!ヤッテミマス」

八雲は理解したようで意気込むように胸を張る。だからお前に胸はないんだが…

俺は次にズボンのポケットを適当に漁り、八雲へ問いかける。

「それじゃ、これはなんだ?」

右手を広げ、家の鍵を見せてみた。八雲は鍵を見つめると答えを返すどころか黙り込んでしまった。

人間なら嘘をつくときに戸惑う仕草や視線が泳いだりと僅かな反応をみせるのだが、八雲の場合は無表情のままピクリとも身動きをせず、制止している。

…もしかしてフリーズでも起こしたのか?心配になり声を掛けてみる。

「八雲、大丈夫か?」

その声にすら反応がない。どうしたものかと右手の鍵をポケットに戻すと、同時に八雲は活動を再開した。

「砂月様、今ノ現象ハ?私ニナニガ、起キタノデショウ?私ハ、真実モ、嘘モ、答エルコトガ出来マセンデシタ…」

それは恐らく、理性とA・Iのシステムが同時に働いた為、思考が混線しフリーズを起こしたのかもしれない。あくまで仮説なのだが、今は仮説でも構わないだろう。

説明をしても八雲が理解できるか不安だが、このまま放って置く訳にもいかないので簡単な説明を試みる。

「今の君は二つの人格を宿しているのかもしれない。アンドロイドとしての八雲と、人間としての八雲の二人だ。今の現象は真実を伝えようとする人格(アンドロイド側)と、嘘を伝えようとする人格(人間側)が八雲の中で混線し、その現象にシステムが対処できずフリーズ、もしくは思考が停止したのかもしれない。あくまで仮説なのでそれだけが原因とは限らないが…」

俺の仮説を熱心に聞い入り、八雲なりに理解は出来たようだ。

しかし、顏は俯き彼女にとってはいい情報とは思えなかったらしい。その姿を見るとこっちまで落ち込むからやめてくれないかな…

八雲に顏を上げてもらう為、俺は適当な言葉でフォローを入れる。

「しかし、八雲はある意味ハイブリットなのかもしれないな!アンドロイドと人間、両方を宿しているのならこれこそ世紀の大発見だ!もしかしたら、八雲は数世代先をいく新人類の化身かもしれないぞ!」

わざとらしいお世辞に八雲は口に手を当て笑っている様な仕草を見せる。

「相変ワラズ、砂月様ハ面白イ人デスネ。私ハ、ソコマデ大キナ存在デハナイト思イマスガ……デモ、少シハ気分ガ和ライダ、気ガシマス。嘘デモ、アリガトウゴザイマス」

相変わらず八雲の顏は無表情だが、俺の目には笑っているように見え、微かな笑い声も俺の耳には聞こえた気がした。


さて、今のところ八雲は嘘をつく事は出来ないと判明したが、心ってのは成長するものだ。

いつかは、人間みたいに自然と嘘をつくことが出来るようになる可能性もゼロではない。定期的に嘘がつけるかの検証を行っていくべきだろう。その周期はどうするか…

額に手を当て、今後の研究項目を考えていると来訪者を告げるベルが鳴る。

時計に目を向けると午後5時半過ぎを指していた。この時間に来る来客は特定出来たので八雲に声を掛ける。

「八雲、出てくれないか?多分あいつだろうから」

「モウ、ソノヨウナ時間デスカ、分カリマシタ。砂月様ハココデ御待チ下サイ」

八雲は俺の指示を受け入れ、玄関に小走りで向かう。

玄関を開ける音と同時に少女の声が聞こる。八雲は来訪者を迎え入れ、俺のところまで誘導してくれた。そこまで頼んではいないが、既にルーチンワークと化している行動が八雲にも染み付いているようだ。少女は俺の顔を見ると行儀よく挨拶をしてくれた。

「こんにちわ、砂月さん。研究の調子はどうかしら?八雲も元気みたいだし、経過は良好と言ったところかしら」

「おう、昨日ぶりだな雲英。残念ながら未だに報告するような研究結果は出ていないよ。唯一報告できるのは、ようやく研究が始められそうな事ぐらいだ」

「そうですか、まぁ仕方ありませんね。では、私はお茶の準備を致しますので、研究を続けて下さい」

「いつもすまないな、助かるよ」

挨拶も手短に、雲英は台所へ向かっていった。

"東雲 雲英"(しののめ きら)俺のクライアントだ。俺は彼女に八雲の研究を依頼され現在はこのような状況になっている。

雲英自身も手伝いを申し出てくれたので、八雲の話し相手をお願いしたのだが…こんな感じで色々とお世話になっている。これじゃどちらがクライアントか分からないな…

それに、お手伝いの頻度は雲英に余裕がある時と言ってたのだが、ほぼ毎日のように来てくれている。

俺からしたら、有り難いことこの上ない…しかし、今の中学生ってこんなに暇なの?俺の思う中学生ってのは部活に塾と毎日忙しい日々を送ってそうなのだが、雲英はそういうのに興味がないのか、会話にもそういう話題は上がってこない。

まぁ雲英が話したくないのであれば、俺から聞くこともない。

これ以上詮索したところで雲英との関係が縮まることもないし、俺はこの距離感で十分だ。


そうこうしている内に、雲英が珈琲を淹れたマグカップを二つトレーに乗せ運んできてくれた。

俺はマグカップの一つを受け取ると、熱いうちに一口含む。雲英はテーブルに自分のマグカップを置き、俺と対面になるように座った。

雲英はマグカップを手に持ち、珈琲の水面に映る自分の顔を暫し見つめていた。いつもと違う雰囲気に俺はなに気なく声を掛ける。

「どうしたんだ…珈琲飲まないのか?」

「え!?あっ…あぁ、ちょっと考え事をしてましたわ。珈琲、頂きますね」

明らかに態度がおかしい。だが、俺から内容を聞くものなんか違う気がするし…ここは雲英から話をしてくれるまで黙っておくか。

そのまま珈琲を嗜んでいると、雲英は俯いたまま申し訳なさそうに口を開いた。

「あの…砂月さん…少しお願いしたい事がありまして……」

お願い事?依頼とは別の事だろうか?

なんだか嫌な予感がする…俺のシックスセンスが雲英の言葉を聞くなと警鐘を鳴らす。

しかし、雲英がここまで思い詰めているなら、話だけでも聞いて損はないだろ?…先っちょ!先っちょだけだからね!

「…まぁ、お願い事を叶えられるかは別として、話だけなら聞いてあげるよ」

俺は先程の検証結果の報告書を作成をしていたが、手を止め雲英へ向き直る。

これは暫く研究は進みそうになさそうだ…そんな事を思いながら雲英に話の続きを促した。

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