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心機(仮題)  作者: 山葵
第一章 「アンドロイドと心」
20/44

第四話 「平穏な日常の終わり」 1

ゆっくりと目を開けると見慣れた天井。昨日、梅雨入りしたとニュースで言っていたが…相変わらず室内は高温多湿で蒸し風呂状態だ、あまりの暑さに嫌でも目が覚めた。しっとりと汗ばんだ体、顔には汗の雫がゆっくりと重力に従うように流れ落ちていった。反射的に手で汗を拭う。

この現実を受け入れたくないのか…それとも二度寝を決め込みたいのか…俺は再び目を閉じた。


あの事件から2日経ち、俺の生活も平穏を取り戻しつつあった。

あの後、片付けもある程度済んで従者の数もさらに減っていたし、俺もやることがなかったので氷華に帰るよう促された。最初は八雲のメンテが終わるまでいるつもりだったが、今日中には終わらないと聞いて挨拶だけでもと思い、屋外にあったメンテ室まで訪ねたが関係者立ち入り禁止の札を見て挨拶すら出来ず帰ることにした。

帰りも車で送ってもらえたが、氷華はまだ仕事が残っていると言っていたので、送迎のおっさんと二人で帰路に着いた。

始めはお互い何も話さず沈黙が続いていたが、他愛もない話から始まり徐々に会話が弾んでいった。自宅に着いた頃には二人で大笑いする程仲良くなっていた。こんな短時間で仲良くなれた人物は初めてだったかもしれない。まぁ中年と初老のおっさんの会話なんて大した内容ではなかったが…そういえば名前を聞くのを忘れていたな、今度会う機会があれば聞いておこう。


家に帰り着いてからはいつも通りのルーチンワーク。変わったことと言えばだいぶ疲労が溜まっていたので早めに休んだくらいだ。だが、日中の出来事を脳内で整理していたら眠れなくなって、結局いつも通りの時間になってしまっていたというのがオチなんだけどね。

その後はなんの連絡もなく、俺から連絡をすることもなかった。まず連絡先すら知らないからどうしようもなかったんだが…多分知ってても連絡なんてしないだろう。


そんな訳で、俺も無事平穏な生活を取り戻したということだ。因みに、あの事件は公になっていないようでニュースやネットでもそれらしき記事は見当たらなかった。まぁ記事が上がっていたとしてもお偉いさん方が揉み消しに懸かるだろうから、どのみち公になることはなかったのかもしれないな。


いい加減この暑さに耐えきれず体を起こし行動を開始する。時刻は午後1時15分、太陽が一番元気な頃合いだ、カーテンを開けると眩しいほどの太陽光が室内に流れ込む。まだ目が慣れておらず咄嗟に目を細める。ようやく目が慣れてきたので外を眺めると、そこにはいつもの風景が広がっていたが、一定の距離から湯気が上がっているように景色が歪んでいる。まるで陽炎のようだった。

それ程に屋外は熱気に包まれているようだ。そして俺は静かに決意する。"今日は一歩も外に出ない"と。


洗面所へ向かい、洗顔・歯磨き。頬を手でさすると少し伸びた髭がチクチクと手の表面を刺激する。まだこれ位なら大丈夫だろう、髭剃りは明日に回しミネラルウオーターを手に取りパソコンの前に居座る。

「さて、いつもの作業でもやるか」

独り言を呟き、パソコンの電源へ手を掛けた瞬間、室内にインターホンが鳴り響く。

「…………」

タイミングが悪すぎるだろ、俺の邪魔をするな。

暫し動きを止め居留守を決め込む、もしかしたらセールスマンとか変な勧誘の人かもしれないし、そんなのを相手するのは面倒だ。このまま居留守を貫けば、その内諦めて帰ってくれるだろう。しかし俺の願いは届かず再び耳障りなインターホンが鳴る。

だが俺も諦めない。こうなれば持久戦だ、我慢比べは自信がある。そのまま動かずに耳を澄ましているとドアを数回ノックした後、声が聞こえた。

「砂月さ~~ん?いますか~~?お届け物で~~す!」

ダルそうな若い男性の声だった。はて、届け物?最近通販でなにか頼んだかな?あまり記憶がないが、再配達を頼むのも面倒だし、配達員の人に申し訳ないだろう。ここは受け取るしかないか…

ゆっくりと玄関へ向かいドアを開ける。同時に外気の熱風と太陽光が室内へ流れ込んできた、顔を歪めながらドアを全開に開くと、そこには若い男性の配達員が立っていた。

緑色の帽子を雑に被り、制服も意図的に着崩していて如何にもアルバイトみたいな子だ。

「あ、砂月さんのお宅っすか?荷物があるんでサインいいっすか?」

「え?…ああ、サインね。いいよ」

こんな人物久しぶりに見たな、こういうのをチャラ男とかDQNって言ってたか?接客態度といい、見た目といい、よく会社も雇ったもんだ。まぁ俺と比べて働いているだけマシってもんだよな…

世間ではこのチャラ男より俺の方が下だと思われてるんだよな……死にたくなってきた…世の中って理不尽だよね。


渡された受領書にサインをして配達員へ手渡す。

「あざーーす、じゃこれ」

代わりに納品書を渡してきた、しかし肝心の荷物が見当たらない。そういえばこの配達員手ぶらだ、辺りを見回しても荷物らしき物はない。納品書を見てみると荷物の名称が書いてあった。

”アンドロイド専用メンテナス用品”

アンドロイド用品?こんなもの頼んだ覚えは絶対にない。まずこの家にアンドロイドはいないし、そんな無意味な物を俺が買う訳がない……しまった!悪徳商法か!?

俺は咄嗟に身構え警戒する。その行動を配達員のチャラ男は不思議そうに見ていた。

「……あの、どうかされましたか?」

俺の奇怪な行動が気味悪かったみたいで、急に敬語で喋り出すチャラ男。敬語使えるなら最初から使えよな。

何も答えずそのまま身構えていたが、チャラ男は困った顔をして話を続けた。

「すみませんが、荷物を運ぶの手伝ってもらえないですか?相方の人が急遽帰ってしまって…俺一人じゃ運ぶの無理そうなんで…お願いします」

軽く頭を下げお願いをするチャラ男、その辺の礼儀は弁えているようだ。今の内容からちゃんと荷物はあるみたいだが、一人で運べないとはどういうことだ?

玄関から少し顔を出しアパートの入り口に目を向けると、2tトラックが駐車してあり、荷台を見ると大小様々な段ボールが隙間なくビッシリと積まれていた。まさか…あれ全部じゃないよな…?

俺の顔を見て察したようでチャラ男は口を開く

「あれ全部、砂月様へのお届け物です」

「なん………だ…と……!?」

今度はちゃんと決まったな!少しオサレ度が上がった気がした。

…いや、そんなボケをしている暇なんてないだろ…どうすんのこれ?送り主に返すか?

そういえば送り主って誰なんだ?納品書をもう一度見る、そこには嫌な予感しかしない名前が書いてあった。

”霧嵜 氷華”

やっぱりお前の仕業か…頭を抱えこの場をどうやり過ごすか、思考を巡らせる。


この場合クーリングオフが適用されるのか?でもお金を払った訳ではないし、この配達員は荷物を送り届けただけだ。じゃあ普通に送り返せばいいだけなのか?取り敢えず聞いてみる事にした。

「あの、この荷物全部は入りきれないみたいなんで、送り主に全部送り返してもらっていいですか?中途半端に受け取っても貴方達が困るでしょうし」

「えぇ!?全部ですか!?それはちょっと…」

俯きながら難色を示すチャラ男だったが、すぐに顔を上げ何かを思い出したかのようにポケットを漁る。

「そういえば、荷物と一緒に送り主の方からお手紙もお預かりしていました。……これです」

萎れた便箋を俺に手渡す。恐らくポケットの中に入れたまま仕事をしていたのだろう。彼の温もりが便箋を通じて手に伝わる。温もりというか、汗なのかもしれないが…

フニャフニャの便箋を指先だけ使いながら器用に開封する。そこには新聞の切り抜きでこう書かれていた。


"送り返しは不可。貴方に拒否権はない。もし受け入れないなら…そこの配達員に不幸が起きるわ"


それはお手紙なんて生易しいものじゃなかった。ただの脅迫状だ。

まるで俺の行動を先読みしたかのような内容で、しかも目の前の配達員を人質にとる始末だ。俺には全く関係ない赤の他人だが…ある意味俺が巻き込んだようなものでもある。ただの脅しだと思うのだが、氷華なら本気でやりかねない。

この手紙の内容通り俺には拒否権はないみたいだし、ここは彼の命を救ったと思って荷物を受け取るしか道はないようだ。

「すまない、さっきのは取り消しだ。荷物を部屋へ運んでくれ」

俺は目に涙を浮かべながら決死の思いでチャラ男に伝えた。それを見た彼は小さな悲鳴を上げトラックへ小走りに去っていった。……ある意味、彼にとっては俺は救世主のようなものなんだが、そうとう気持ち悪かったらしい。救世主ってのはいつの時代も報われない存在なのだ。


それから二人仲良く荷物を部屋に運び入れ。仲良く休憩を挟みながら、仲睦まじい時間が過ぎていった。もう彼とは親友だ。そう思っていたのは俺だけかもしれないが…実際、他愛もない会話はあって今時の流行なんかを聞けたのは素直に楽しかった。ネットでは知り得ない事もあったし、やはりネットだけではこの世の中の全てを知る事は出来ないらしい。

引きこもりの貴方!ネットで知り得た情報だけで知ったかぶりをしてはいけない。その内赤っ恥をかくことになるから注意してね、しくじり先生と名高い俺が言うのだから間違いない。

無事、運搬を終えチャラ男の配達員は帰っていった。これで彼の安全は確保された。もう会うことは無いだろうが…彼の人生に幸あれ。

チャラ男の人生にエールを送り自室に戻る。室内は熱気で溢れエアコンが設定温度を保とうと必死に頑張っている、運搬に集中していたせいで室内温度に気を配る余裕はなかったのだ。

久しぶりの肉体労働で程よい疲労感が体と心を支配する、そのまま床に大の字で寝転んだ。

頭だけ起こし部屋の半分を占領している荷物の山に目を向ける。

「受け取りはしたが…この後どうするんだ?」

目を閉じて考えてみるも、勿論答えなんて出る訳がなく余計なことに思考が向けられる。


"あのチャラ男、名前なんだったかなぁ"

"今日はまだご飯食べてないなぁ"

"そういえば運んでいる間、大家さんの姿がなかったなぁ、あれだけ騒がしいかったからご近所迷惑にならなかっただろうか"


本当にどうでもいい事ばかり頭に浮かんでくる。

エアコンの御蔭で徐々に快適になる室内、肉体労働での疲れも相まって睡魔が襲ってきた。特に拒否する理由はなくそのまま睡魔の誘いに身を任せ、俺は再び深い眠りに落ちていった。


ふと目を覚ます。アラームが鳴ったとか、物音がした訳でもなかったが…体を起こすと同時に腹が鳴る。どうやら空腹で目が覚めたらしい。久しぶりの肉体労働で体力を使ったのが空腹に繋がったのか、俺の体は養分を欲している。

小一時間程眠っていたらしく外はまだ明るい。睡眠を取ったお蔭で体もだいぶ楽になっていた。

この明るさだと、まだ外には熱気が充満していそうだが…空腹には敵わない。仕方なく着替えをし外出する準備を始める。

無精ひげを軽く剃り、適当な上着を羽織る。髪は…まぁ何もしなくて大丈夫だろう、軽く顔を洗った後、玄関へ向かいお気に入りの革靴を丁寧に履く。

やっぱりこの革靴格好いいわ。自分のセンスを自画自賛し勢いよくドアを開けた。

しかし、ドアは何かに引っ掛かり半端な角度で止まる。不思議に思いもう一度押し開けるがビクともしない。ドアが壊れたかと思ったが…そうではなかった。

中途半端に開いたドアの隙間からぬるりと、白い手が伸びドアを掴んだ。俺は咄嗟にドアノブを放し身じろぐ。

あまりの出来事で声にならない声が喉から微かに漏れる。これが心霊体験ってやつなのか?ここまではっきり見えるものなんだな…それにまだ昼間の時間帯なのに幽霊ってのは昼夜関係ないんだね、俺はてっきり幽霊達も昼夜逆転の生活を送っているものだと思っていたんだが…勘違いだったようだ。俺も昼夜逆転の生活を送っているから、もし死んだあとは幽霊として人を脅かす事になると想定し、様々な脅かし方を研究していたが…その必要はなかったらしい。


心霊体験を目の当たりにし、現実逃避のように思考が巡る。今はそんな事を考えている場合ではないと自分に言い聞かせ、現実に思考を向けるが、心霊を相手にしたことがない俺は対抗策なんて思いつかない。そのまま後ずさりをしていると足がもつれ、尻餅をついてしまう。

時間切れを示すように、白い手がジワリジワリとドアを開け始めた。

もうダメだ…俺はこのまま幽霊に取り憑かれ殺されしまうのか…せめて美人の幽霊ならいいのだが…

幽霊の姿を確認したいが俺の防衛本能がそれを許さない。恐怖で無意識に腕が顔を隠してしまう。

視界を自ら遮ってしまったが、音だけでドアが開かれているのが分かる。この音が消えた瞬間俺の命も消えるのだと思うと、恐怖が更に込み上げてきた。叫び声を上げたいが体が硬直して呼吸をするので精一杯だ。

そして、ついにドアの音が消える。命が危機的状況に陥た時には脳内で走馬燈が流れると言われるが、俺の場合は真っ白になっていた…別に思い出が一切ないとかそういう悲しい事ではないからね。多分…

死を覚悟し目を強く瞑った。……が、何も起きなかった。替わりに聞き覚えのある女性の声が聞こえた。


「貴方は一体なにをしているのですか?」

腕の隙間から覗くと、そこにはアンティーク調のメイド服の着た従者。氷華が立っていた。

見知った顔を見て俺は安堵の声を漏らす。危うく小便も漏らすとこだったが、なんとか堪えることが出来た。この時ばかりは氷華が聖母様のように見えたのは秘密だ。心霊じゃなく氷華でよかったよ。

「ちょっと転んでな……それで、どうかしたのか?」

俺は平静を装いながら立ち上がり、お尻の埃を手で払う。氷華は訝しむような顔で俺を見ていたが、要件の方を優先したらしく、いつもの無表情で尋ねてきた。

「荷物は届いたかしら、ちゃんと受け取ったわよね?あ、配達員は先に排除しておいたから安心していいわ」

「あいつは始めから排除対象だったのかよ!?お前の血は何色だあああ!!?」

「冗談よ。この程度の冗談も通じないなんて、どうかしてるわ」

お前の冗談は、冗談に聞こえないんだよ…それに、何に対して安心していいって言っているのか俺には分からん。どうかしているのは、お前の表情筋だろ。

俺は溜息を吐き氷華の問いに答える。

「取り敢えず荷物は受け取ったが、そのまま山積みになってるぞ」

「それでいいわ、あとは此方の仕事だから」

「んで、俺の質問には答えてくれないのか?」

「なんだったかしら?私の私生活に関しては答えられないわよ」

「なんでこのタイミングでそんな事聞かなきゃいけないんだ、まず興味もない…この荷物と、氷華の目的だよ。一体なにが始まるんだ?」

「……ご存知なかったのですね、確か通知を送ったはずでしたが…伝書鳩で」

「この御時世に伝書鳩!?それこそ冗談だろ!!?」

一体いつの時代の人間なんだよ、時代遅れも程があるぞ。流石の俺もその冗談は見抜けるぞ。だが、氷華は平然と答える。

「冗談なんかじゃないわ、私たちの伝達ツールは伝書鳩よ。」

嘘だろ…そんなもの映画とかアニメの世界でしか見たことないんだが…本当に使っている組織があるんだな。

驚愕する俺を無視するように氷華は続ける。

「まぁ鳩も生物なんだし、届く確率の方が少ないわ。それよりこの荷物と私も目的だったわね」

届く確率の方が少ないってそれは伝達ツールとしてダメなのでは…もうこれ以上話を広げても残念な話しか聞けそうにないから打ち切る。俺もどちらかと言えば伝書鳩の話より、この目的の方が興味があるからね。

俺は黙って頷くと、氷華は一呼吸置き口を開いた。


「「ここを特別アンドロイド研究施設とする」」


……全くもって意味が分からなかった。驚愕を通り越して呆然と立ち尽くす、ツッコミどころが多すぎてどこから説明を求めたらいいのか…ってか嘘だよね?嘘だと言ってよバーニィ!!

俺は取り敢えず考えるのを止め、玄関のドアを閉めた。

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