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心機(仮題)  作者: 山葵
第一章 「アンドロイドと心」
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第三話 「アンドロイドと心」 9

 あれから小一時間は経っただろうか、ゴリ君達が去ってからすぐにメイドと執事の格好をした従者達が大勢で押し掛けてきた。それから氷華の指揮の元、大掃除が始まったのだが、あまりにも多すぎたようで半分程は帰っていた…流石は世界的大企業、一体何人の従者が控えているんだよ。だいたいそんなに従者がいたならもっと早くに来れたんじゃないのか?そしたらこんな苦労をすることもなかったと思うのだが…疑問が募るばかりだ。

それに、従者は帰ったのに俺が片付けを手伝うハメになってるんだけど、どういうことなの?お前のとこの従者達怠け過ぎじゃないか?特に指揮をしていた氷華なんて紅茶片手にくつろいでいらっしゃるんですが…普通立場が逆じゃないかなぁ…

片付けを手伝うのもバカらしくなってきたので自分の持ち場を離れ、氷華の座っている3人掛けのソファへ勢いよく座り込む。溜息交じりで、さも”一仕事してきました”アピールも忘れない。

「まだ休憩をしてもいいなんて、一言も言っていないのだけど」

氷華は紅茶を眺めながら俺に忠告する。

「従者のお前が休んでいるのにお客様の俺がなんで働かなきゃいけないんだ。一体どんな礼儀作法を学んできたんだよ、少しは雲英を見習ったらどうだ?」

「言っている意味が分からないわ、手伝いたいと申し出たのは貴方じゃない。私はその意思を汲み取ってあげただけよ、憎まれ愚痴を叩かれるなんて勘違いも甚だしい、感謝される方が筋ってもんじゃないかしら?」

「なにそのヤクザ理論…筋なんてある訳ないだろ。そんなに筋が欲しいなら肉の加工場でも行ってみたらどうだ?喜んで分けてもらえるぞ」

「なにふざけた事を言っているの?そんなもの欲しい訳ないじゃない。口を動かす前に体を動かしなさい。この『為体』」

氷華は俺の方を向き真顔で注意した、さらに毒舌を吐く始末だ。この従者は特に接客態度が酷すぎる、早くなんとかしなければ…牛乳に相談…じゃなかった、雲英に相談だ。

辺りを見回すと雲英と八雲の姿が見えない、氷華なら知っているだろうが素直に答えてはくれないだろう。でも一応聞いてみるか。

「そういえば雲英と八雲を見ていないが、どこかで休んでいるのか?」

「……?」

顏を顰め”なぜそんな事を聞くのだろう”と不思議そうに頭を傾けている。いや、別に不思議がる事はないだろうが!さっきまで三人と一機で仲良く笑いあってただろ!?ついさっきの出来事も忘れてしまったのかよ…怒りを通り越して氷華の記憶力の方が心配になる。

「冗談よ、さっきメイドロボの専属業者が到着したからメンテナンス中。雲英お嬢様はその付き添いよ、別に心配することはないわ」

「そっか…それなら安心だ。機械は専門業者に任せるのが一番だしな!八雲もすぐに回復するだろう」

「専門なら貴方も………いえ、なんでもないわ」

途中で言葉を濁らせる氷華。なにを言いかけたのか…定かではないが、いいたくない事を無理に引き出すこともないだろう。俺も聞かなかった事にした。

「ところでさっきの話の続きで幾つか質問したい事が…」

俺の言葉を最後まで聞かず氷華は立ち上がり、姿勢を正して尋ねてくる。

「その前にお茶はどうかしら?珈琲と紅茶、緑茶も用意出来るわよ」

確かに喉がカラカラだ。折角の申し出なのでここは甘えることにした。

「じゃあ珈琲をもらおうか、今はそんな気分だ。」

「承りました。少々お待ちください」

小さく会釈をすると氷華は寝室を出てキッチンへ向かった。


数十分後、氷華が丁寧に珈琲を運んできた。

やはり珈琲の香りは落ち着く。周りは騒々しいのにここの空間だけ切り離されたように平穏の空気が漂っていた。出された珈琲を一口含むと俺の喉を潤すと同時に、ほのかに甘い香りが鼻を抜ける。先程飲んだ珈琲とは別物と思わせる程の香り・風味が違う。気を利かせて別の豆を挽いてくれたのだろうか?だが、家庭的な味は変わっていないので氷華が淹れた珈琲で間違いないようだ。

氷華も再び紅茶を手に持ち暫しのブレイクタイムと言ったところか、お互い無言でこの時を愉しんでいた。


喉も十分に潤い、話の続きを促す。

「そろそろ聞いていいか?氷華、君は始めから八雲を壊す気はなかっただろ?」

「私の了承を得ずに質問を投げかけるとは…余程せっかちさんなんですね、童貞なんですか?」

「俺が童貞かなんて今は関係ないだろ!?いい加減にしろ!」

だいたいせっかちさん=童貞って言う風潮はどうにも納得できん。童貞じゃなくてもせっかちな人もいるし童貞でも落ち着いてる人はいるからね、俺とか…俺とか……俺、とかね……すみません、嘘つきました。

「もうその反応が童貞と物語っているじゃない、もうちょっとゆとりを持ちなさい。女性を気遣える程の余裕がないと初めては緊張して失敗するわよ」

「なんでそんな事まで指導を受けなきゃいけないんだ…第一、俺が何時から童貞だと錯覚していた?」

「なん………です…って……!?」

言葉では驚いていたが、表情はいつもと変わらず無表情だ。

ギャグに乗ってくれるならちゃんと最後までお願いします。軽くあしらわれたみたいですごく悲しいです。

頭を抱え一呼吸置く……話を戻そう。


「それで?答えはどうなんだ?」

「………そうですね、始めは本気で排除するつもりでしたが、あれほど逃げられてばかりでは壊す気も失せます。半々と言ったところでしょうか」

「だろうな、逃げ回っている時点で八雲に敵意がないことは明白だった。それでも従者としての責務は果たさなければいけない。そんな葛藤の渦中に君はいた」

「…………」

氷華は反応することなく沈黙で返す。おそらく肯定の意思だと俺は捉え話を続ける。

「そんな最中、雲英が俺を呼んできた。その後は色々とあって結果は見ての通りだったが…もう一つ気になる点がある」

制限時間が切れたあと、氷華は再び八雲に刃を向けた。氷華は既に排除するつもりはなかったはずだ。

現に本人の口から”壊す気がなかった”と証言までしている。それなのになぜ?もし八雲が止めていなければ間違いなく破壊されていただろう。こんな危険な賭けを起こしたのには理由があるはずだ。


「なぜあんな賭けにでたんだ?あと少し時間があれば危険な賭けに頼らなくても八雲を救えたかもしれなかったのに」

その問いに氷華は頭を抱え大きなため息を漏らす。

「本当に貴方はなにも見えていなかったのですね、怒りを通り越して呆れ果てます。もしかして盲目なのですか?周りが見えていないにも程があります」

「生まれてこの方、視力には自信がある。両目とも2.0を維持しているからな」

「貴方の視力なんてどうでもいいです、視力が悪くなろうともこの御時世いくらでも矯正できますし、目が良いなんてなんの自慢にもならないわよ。私が言っているのは貴方の視野の狭さです」

「視野の狭さ?自分ではそこまで狭いと思った事はなかったけど…」

「自覚もないなんて、手の施しようがありませんね……あ、視野の狭さを指摘して下さる方が周りにいなかっただけでしたか…これは失礼なことをお聞きしました」

「ちょっと待て、それは関係ないだろ!」

まぁ実際、指摘どころか会話する相手もいなかったんだから反論しようがない……でも、昔に似たような事を言われた気がするな。よく思い出せないが…

「だいたい、俺の視野が狭いのと氷華が八雲に刃を向けた理由が関係あるのか?」

「………貴方、今回の件は自分の力だけで解決したなんて己惚れた事を思っていないかしら?」

俺の問いは無視され、冷めた口調で氷華が俺に尋ねる。俺は答えることができず沈黙してしまう。

あの件の裏でなにが繰り広げていたのか…氷華は懇切丁寧に説明してくれた。


「まず、なぜ10分間の制限時間を設けたのか分かりますか?いや、正確には10分しか確保できなかった。私の中では既に排除対象外だったのだけど…周りがそれを許さないわ。現に解決した後、星震が乗り込んできたでしょ?主に危険が及ぶ不安要素は限りなく零になるまで排除する。それが私たち従者の責務よ」

「確かに、その責務は理解できるが…なぜ10分しか確保できなかったんだ?その時はまだ俺達三人しかいなかったはずだし、雲英の安全も確保出来ていただろ?時間を延ばす程度は可能じゃないのか?」

「視野が狭いって言ったのはそこよ、貴方がメイドロボと対話を始める前に制圧部隊は現場に到着していたわ。いつでも突入できる状態だったのよ。それを10分間も制止していたのは誰だと思う?」

「…………」

俺の脳内では答えは出ていた、しかし言葉に出すのを躊躇してしまう。俺の答えを聞く前に氷華が先に答え合わせをする。

「雲英お嬢様よ、貴方が強行して獲得したかに思えた10分間の対話時間は、雲英お嬢様が裏で懸命に交渉し確保できた時間だったのよ。もしその交渉がなかったなら…ここにいた全員が排除されていたわ」

「裏ではそんなことが…でも雲英はそんなこと一言も言わなかったじゃないか」

「あの御方はそういう人なのよ、表では世間慣れした淑女のように振る舞われているけど、根は正直者でバカが付くほどの真面目な人。人目の付かない所で人一倍努力するのが雲英お嬢様なの。だから私は付き従う事が出来る」

氷華は紅茶の水面に移る自分の顔を見つめながら答える。

「じゃあ、実際助けられたのは俺だったという訳か…」

「確かにそうなるわね、そして約束の10分間が過ぎ貴方は問題を解決できなかった、雲英お嬢様が必死で確保した時間を貴方は延長してくれなんて言ったのよ。あの時は本当に排除しようかと思いましたわ」

氷華の目が殺意に満ちている。やばい…本当に殺される…

「まぁ貴方を排除したところで事は解決しないので仕方なくメイドロボに刃を向けましたが…もし私が行動を起こさなければタイムリミットと同時に制圧部隊が突入していましたわ。あれでも時間を稼いだつもりだったのよ」

自分の不甲斐なさに顔が上がらない…俺はここまで無力で無知だったのか。

「結果はいい方に転んでくれたから良かったけど、最悪そのまま排除されていた可能性も零ではなかった。あんな賭け事はもう懲り懲りだわ」

「それでも氷華は賭けにでたんだろ?その勇気は評価に値すると思うけどな」

「ふん、あれは貴方の真似事よ。二度と貴方の真似はしないわ」

俺の真似事?俺はそんな危険な橋を渡った覚えはないのだが…

「貴方がいきなりテーブルを抱えて『対話の時間だ』なんて強引に持っていったでしょ?あれがどれ程危険な行為だったか…今なら分かるでしょ?」

確かに、制圧部隊が周囲に控えている状態で奇妙な事を叫んでいる人物がいれば八雲と一緒に排除対象に加わるはずだ。改めて自分の行動の愚かさを再認識する。

「その行動を真似したって言いたいのか?」

「えぇ、私が行動を起こすことで強引に現場の主導権を私に移す。そうすれば制圧部隊も安易に突入は出来ない、制圧部隊の方達も出来れば穏便に済ませたいのよ。それに、貴方が求めいてた答えは分かっていたから、あのメイドロボに再度『死の恐怖』を与えれば自ずと答えを出してくれると思っていたわ」

「それでも危ない賭けだったと思うのだが…八雲が確実に答えを出す保証はなかったはずだ」

「その時は諦めるしかないわね。所詮はそこまでのアンドロイドだったというだけよ」

あの時も氷華はそんな事を言っていたな、氷華自身も八雲に少し期待していたのかもしれない。

「結果的に八雲が生への意思を示したが、その後制圧部隊はどうなったんだ?」

「帰ったわよ、制圧部隊はあくまでも最終手段なので敵意がない排除対象をわざわざ制圧する必要はないでしょ、だから部隊は撤収して従者の星震達が乗り込んできたのよ。あいつらは八雲を排除対象か品定めにきたって訳。でも雲英お嬢様が追い返して下さったからもう大丈夫でしょう」

裏事情をすべて話し終えると澄ました顔で紅茶を一口含み余韻に浸る。この洞察力、流石は雲英の従者と言ったところか…正直、凄すぎて頭が上がらない。


改めて裏事情を聞くと俺の視野の狭さが浮き彫りになり自己嫌悪に陥る。もう中年も半ばにさしかかり数年後には初老を迎える年でここまで周囲が見えていないとは…項垂れている俺に氷華が声を掛ける。

「貴方の視野の狭さは折り紙付きですが、この件、貴方がいなければこのような結果にはなっていなかったでしょう。いや、この三人の内、誰か一人でも欠けていたのなら最悪の結果に辿り着いていた。雲英お嬢様も私も、それなりに貴方を評価しているのですよ、少しは胸を張ったらどうですか?」

氷華はティーカップをテーブルに置き、姿勢を正して俺を見据える。その眼差しは嘘偽りがない程真っ直ぐな目をしていた。

「そう…なのか……これでも役に立っていたのなら良かったよ。氷華、ありがとう」

心の栓が取れ嫌悪感が流れ出た気がした。まだ少し残っているが少し救われた気分だ。


そして最後に一番気がかりな質問を問いかける。

「今後、八雲はどうなるんだ?雲英の願い通りに助けはしたものの、今まで通りの生活は送れないだろ」

「…そうですね、雲英お嬢様には残念ですが、一度排除対象と定められたアンドロイドをお傍に置いておくわけにはいきません。メンテナンスにて完全修復後は然るべき研究施設などに送られると思われます。まだ確定事項ではないので、これ以上は私からは何も言えません」

「そうだよな…でも一生会えない訳ではないだろうし、これはこれで良かった思うしかないか…」

これからは雲英自身が決めることだ、俺が口出ししてもしょうがないし、俺にそこまでの権力もない。あとは雲英に任せるしかないのだ。雲英ならもう大丈夫だろう、氷華も付いているし俺が心配することはないはずだ。

そう自分の心に言い聞かせ、残りの珈琲を一気に流し込んだ。

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