第三話 「アンドロイドと心」 8
重い足取りで雲英の元へ向かうが、辿り着く前に寝室へ体格のいい男達がドタドタと入り込んで来る。黒のスーツにサングラス…明らかに雲英のSPのような雰囲気を漂わせ、俺たちの進路を阻んだ。
感動の再開を邪魔する野郎共を俺は睨みつけ、無視するように歩みを進めるが氷華が右手を広げ俺に制止のサインを送る。
「なんだよ、お前も邪魔するってのか?」
「いいえ、別に邪魔するつもりはないけど…命が欲しいならその場に留まることね。あいつらは私以上に手加減を知らないわよ。それに私と違って護衛のプロ…力・技術でも勝ち目はないわ」
「氷華以上の強者…それじゃあ何か打つ手はあるのか?」
その問いに氷華は何も答えなかったが、視線は真っ直ぐSP達を見据えていた。
「何もないならどうする?このまま睨みあっていても事は進まないぞ…」
「……そうね、でも心配しなくても大丈夫よ、そろそろ大将が出てくるわ」
その言葉通りSP達の壁を押しのけるように一回り大きい男が前へ出てきた。
同じ黒のスーツにサングラスを掛けているが、体が一人だけ突出する程の大男。周りのSP達も恐らく精鋭揃いで体躯もそれなりに大きいがそれを凌駕する程の体型だ。
髪は坊主頭で少し茶色がかっている。胸ポケットには紳士を引き立てるためか、白いハンカチが綺麗な花を咲かせているかのように添えられ、青黒く光るタイピンが妖艶に輝いていた。そして、一番目に入ってきたのは右額にある大きな傷跡。まるで男の勲章のようにその傷跡を見せびらかし自分の力を誇示しているようだった。
そんな大男が氷華と対峙する。氷華も女性では大きい方なのだが、この時ばかりは氷華の体型も女性なのだと再認識させる程の体格差だ。
「よう、久しぶりだな氷華。今度は無事、主を守れたみたいだが…」
言葉を途中で止め、大男は八雲の方へ視線を向ける。
「相変わらず甘ちゃんだなお前は…その甘さが主を危険に晒すと何度言ったら分かるんだ?」
「私は自分が甘いなどと思ったことは一度もないわ。責務はしっかりと果たしているつもりよ。」
冷めた表情で反論する氷華を大男は威圧的な態度で見下し、サングラスから覗く視線には殺意を籠めて睨みつける。
「その考えがあめーんだよ、責務ってのは主の要望に100%答えるだけじゃ足りねーのさ。主の要望を越える程…120%…いや200%以上の答えを示してやることが俺たち従者の責務だ。肝に命じておけ」
「その説教じみた文句も聞き飽きたわ、貴方の威圧的な顔もこちらに向けないでくれるかしら?タダでさえ暑苦しいのに余計にむさ苦しく感じるわよ。だいたいそんな事を言いに来た訳ではないでしょう?要件を簡潔に述べなさい」
「ふん、可愛くねー野郎だ…」
氷華も負けず劣らず言い返しているが、大男はたいして気にも留めていない様子で視線をこちらへ向ける。
「要件と言う程でもねーよ、単に排除対象を俺が仕留めてやるってだけだ。おい、そこのモヤシ!そのアンドロイドを此方に渡してもらおうか?」
モヤシとは俺の事だろうか?いや違うだろう。そんなモヤシみたいな人間見たことがないし…俺の後ろに誰かいるのだろうか?そう思って後ろを振り向いたが誰もいなかった…
「なにふざけた事抜かしてんだ!お前の事だよ!!」
視線は俺に向いていたのでやっぱり俺の事みたいだ…
俺がモヤシだって!?なんで初対面でそんな事言われなきゃいけないんだ!お前から見たらモヤシみたいに見えるだろうが、成人男性の標準値からみたら俺の体型は大きい方なんだぞ!
いや…太ってるって事じゃないからね。でも最近はお腹周りが気になりだす年頃なの…まぁ俺の身体的悩みは置いといて。
だいたいお前は趣味は筋トレですって言いそうな脳筋の筋肉バカみたいじゃないか!まるでゴリラだな!…あれ?ゴリラは褒め言葉なのか?まぁいいか…名前も分からんし、これからはゴリラのゴリ君と呼ぼう。
それに加え、東雲コーポレーションの関係者はなんでこんなに口が悪いんだ…だから東雲コーポレーションは嫌いなんだよ!東雲のトップは一体どんな教育をしてるんだ!お目にかかる日が来れば説教を十時間ほど説いてやりたいくらいだ、もちろん説教するのは大家さんだけどね。
自分の事は棚に上げ他力本願主義の俺がそこにいた。
言葉には出てなかったが表情には反骨心が出ていたようだ、その表情を見てゴリ君は威嚇するように睨みを強めた。
「なんだぁその反抗的な目は!この状況で俺に歯向かう気か?喧嘩なら喜んで買ってやるぜ!」
ゴリ君の挑発に周りのSP達もニヤニヤと煽るように笑い始めた。反論するつもりはなかったのだが、流石の俺もイラッときたのだろう、考えるより先に口から言葉が溢れ出す。
「喧嘩を買う?喧嘩を売っているのはお前だろ?俺はそんな無意味な品物買うつもりはない。お前がやっているのはタダの押し売りだ、そんな詐欺まがいな事して誰が買うかよ。買ってほしいのならそこら辺の営業の人にでも接客のイロハを教えもらうんだな。それから出直して来い」
俺の反論で寝室は再び静寂に包まれる、誰もが俺に注目していた。数秒経った後に誰かの吹き出す笑い声が静寂を破る。
「…フフ…あははは…貴方、相変わらずバカだわ。そんなに死に急いでいるなんてね…私はもう助けないわよ」
その笑い声は氷華だった。お前って笑えるんだな…と感心していたが最後の言葉が理解できなかった。『助けない』とは一体どういう意味なんだ?…視線をゴリ君に向けるとその答えをすぐに理解した。
「この……!なめ腐りやがって!!ぶっ殺してやる!!!!」
罵倒する声と共に凄まじい勢いでゴリ君が俺へチャージタックルをしかける。お前は本当にゴリラかよ、しかもそのセリフって逆に殺される死亡フラグだからあまり使わない方がいいよ…
って!そんな悠長に脳内で独り言を呟いている場合じゃない!俺は八雲を抱えているので咄嗟に行動が出来ないし、氷華もさっきの言葉通り助けには来ないだろう、これは流石に不味い。もう目と鼻の先までゴリ君の巨体が迫る、打つ手がない俺は現実に目を背けるように目を強く瞑った。
……あれ?なにも起きない?衝撃の代わりに風圧が顏全体を撫で後方へ流れていく。気が付くと両手の重みも消えていた。薄っすらと目を開けると目前にはゴリ君と八雲が対峙しており、八雲は両手でゴリ君のチャージタックルを受け止めていた。
さっきの風圧はその衝撃で発生したものだったみたいだ。
「ははっ!わざわざアンドロイドの方から壊されに来るとわな!そのまま押し潰してやるよ!」
意気揚々なゴリ君は体を捻じ込むようにタックルの勢いを更に増す、その勢いで八雲は少しづつ後退し始めた。
「八雲!大丈夫か!?」
俺の声に八雲は視線を逸らさず反応する。
「砂月様、御無事デナニヨリデス。私ノコトハ、心配ナサr……!」
言葉は途中で途切れたと同時に、衝撃で八雲は大きく後退する。
やはりまだ回復しきれていない。先程の戦闘でボロボロになっていたのだ、そんなに早く回復できる訳がない。じゃあなぜ俺を助けた?俺なんて置いて逃げればよかったはずなのに…
……今はそんな事考えている場合じゃないな、早く対策を見つけなければ八雲が潰されてしまう。
しかし、俺も先程の疲労で頭が上手く回転しない。これじゃ雲英に顔向け出来ないな……
…?……雲英?そういえば今あいつはどこに……!?
雲英の存在が脳内に浮かび上がったと同時に誰かの叫び声が室内に響き渡った。
「「貴方達!!いい加減しなさーーーーい!!!!」」
怒号のような声は室内で反射しサイレンのように響く。対峙していた二人も動きを止め、皆が一斉に声の方へ視線を向ける。そこには腕を組んで仁王立ちしている雲英がいた。
「ようやく一段落したかと思えば、今度は身内で争うなんてどういう神経をしているのかしら?特に星震?貴様は一体なんのつもりかしら?身内だけじゃなく私の友人にまで手を掛けるとは…恥を知りなさい!!」
星震?おそらくゴリ君のことだろう、ゴリ君は顏中に冷や汗を掻いて視線を逸らしている。中学生女子に説教される中年男性。これが主従関係というものなのか…流石に可哀想すぎるな…
だが、ゴリ君にも言い分があるみたいで拙い言葉で反論を始めた。
「雲英お嬢様、不躾で申し訳ありませんが、これも我ら従者の仕事。主を守るために不安要素は速やかに排除しなければなりません、ご理解頂ければ幸いなのですが…」
「ほう…私の友人を挑発し手を掛けるのが貴方のお仕事ですのね、それは初耳ですわ!叔父様に連絡して確認してみようかしら。もし貴様の言い分が間違いなら、もちろん処分は覚悟の上ですわよね?」
さっきから雲英の口調がおかしいのは気のせいだろうか…お嬢様と言うより女王様みたいな口調になっている。それに背後に漂うドス黒いオーラ、まるで氷華のようだった…やはりこの娘は怒らせない方がよさそうだな、肝に命じておこう。
八雲と氷華以外は雲英の威圧にたじろぎ、誰も反論出来ない。ゴリ君も処分という言葉で顔が真っ青になり完全に心が折れている。そして命乞いのように土下座決め込んだ。
「雲英お嬢様!!処分だけはお許し下さい!!先程の非礼はお詫びします!だから処分だけは!!!!」
中年男性の土下座なんて初めて見たわ…しかも相手は女子中学生だぞ。俺なら自殺するレベルだよ…
だが、雲英の怒りは収まらない。追い打ちを掛けるように言葉を並べる。
「はぁ?たかが土下座で許してもらえるとお思いですの?誠意が足りませんね。だいたい私に謝る前に真っ先に謝る相手がいるでしょ?そんな事も分からないなんて…筋肉を鍛える前に脳味噌を鍛えるべきではありませんこと?」
「仰せの通りに!砂月様それに八雲様、本当に申し訳ございませんでした!!!この星震!先程の非礼をお詫び致します!もし気が済まないようでしたら私を煮るなり焼くなり気が済むまで甚振って下さい!!」
俺と八雲は目を点にしてその場に立ち尽くす。あまりの様変わりに思考が追い付かない。
「ほら!まだ誠意が足りないみたいよ、その足りない脳味噌で精一杯の誠意を見せてやりなさい!!」
雲英の顏は小悪魔を通り越して鬼のようだった。
流石にゴリ君が可哀想なので雲英を制止する。
「雲英、その辺でいいだろ…こいつも十分反省しているみたいだし、お前もそろそろキャラを戻さないとその女王様キャラが定着しちまうぞ」
その言葉で雲英を我に返ったようで、コホンと咳払いをし身なりを整える。
「砂月様がそう仰るならこの辺で止めておきますわ。星震、砂月さんに免じて今回は不問にいたします。今後もこのような事態を招くことがないよう精進なさい!」
「ハハー!ありがたきお言葉!ではこれにて失礼させて頂きます!!」
なにこれ、いつの時代劇だよ…途中からコントみたいになってんだが…
ゴリ君は許しを得たと同時に周りのSP達を引き連れ足早に去っていった。ところであいつらは一体なにをしに来たんだ?よく分からない連中だったな。
騒がしかった寝室も三人と一機になり再び静寂が訪れ、これでようやく一段落がつける。
緊張が解かれみんな安堵したように床へ座り込む。静寂の中小さな笑い声がこだました、誰が先に笑い出したのか確かめるすべはないが、その笑い声につられ皆が笑顔になる。
こんな充実した気分は久しぶりだ、今は皆が無事に生きている事を噛みしめよう、片付けはそれからでも遅くないはずだ。
荒れ果てた寝室は平穏に満ちていた。




