第三話 「アンドロイドと心」 7
俺は反射的に目を背けていた、最悪の結果を直視したくない現実逃避の表れだ。だがこの結果を見届けなければならない、ゆっくりと八雲と氷華へ視線を向ける。
そこには額ギリギリの位置でナイフを片手で受け止めている八雲の姿があった。意外な展開に俺は硬直していると八雲は首を傾け俺に視線を向ける。
「砂月様、大丈夫デスカ?オ怪我ハ、アリマセンカ?」
俺は大丈夫だが…今は八雲自身の心配をするべきだろ。とツッコミを入れようしたが氷華が割って入る。
「他人の心配とは…よほど余裕があるようね。それともアンドロイドとしての『人を守る』使命を忠実に全うしているだけかしら、まぁどちらでもいいわ…これで終わりだから!」
氷華はスタンナイフの放電スイッチを容赦なく押した。その瞬間、周囲にほとばしる程の電圧が空間に放出され八雲は痙攣でもしているかのように体を小刻みに揺らしている。
「氷華!やめるんだ!!八雲に敵意はない、これ以上痛めつけても何も解決しないんだぞ!」
「いいえ、今、問題を解決できなくても先延ばしには出来るわ。この場でアンドロイドを破壊し雲英お嬢様へ危害を加える不安要素を排除することが私の責務。排除した後で検証はいくらでもすればいいだけのこと…いずれ記憶は風化しこのアンドロイドは思い出になる。時間がゆっくりと問題を解決してくれるわよ」
俺の制止に見向きもせず氷華は電流を流し続ける。氷華の言っていることは間違いではないが、一つの選択肢に過ぎない。
「じゃあ、雲英の願いはどうする?お前は主の命に背くのか?それは従者として恥ずべき行為じゃないのか?」
「確かに私の行為は従者として最悪の行為よ、でも、雲英お嬢様の身を守るためには私のプライドなんていくらでも捨ててみせる。今後、雲英お嬢様が私を軽蔑し無視しようとも…私は今度こそ主を守ってみせる。その為に不安要素には消えて頂きます。私は敵とみなした者には容赦しない」
氷華の決意は揺るがない。それに呼応するように電圧が徐々に上がっていくように感じた。小刻みに震える八雲はしだいに椅子から崩れ落ち片膝を着いた。
「ガ……ガガガ……ワ…ワタs…ワタシ…ハ……」
電流が流されるなか、八雲は何かを伝えようと口を開く。だが上手く聞き取れない。
「氷華!八雲がなにか伝えようとしている、電流を止めるんだ!」
「貴方は私の主ではないわ、その命令には応じる事は出来ません。そこで大人しく見届けなさい」
氷華は俺を一蹴すると、八雲を睨みつけるように静かに諭す。
「さぁ、もうすぐ貴方に死期が訪れるわ。貴方が何を望み・願い・失望しこのような行動に出たのかは私には全てを理解出来ない。でも、貴方には確かな望みがあったはず、死線を交わしただけで私には分かったわ…でもその望みを貴方自身が理解出来なければ貴方は所詮アンドロイドのまま。いえ、アンドロイドにもなれない、人間にも成りきれない。ただの半端者の鉄屑よ」
氷華の目はまるで子供を説教をしている母親のようだった…氷華は更に追い打ちをかけるように続ける。
「貴方が自分の意思で選びなさい。このまま鉄屑に成り果て中途半端なまま命を終えるのか。それとも、自分の望み・願いを成就させる意思を示すのか!」
氷華の言葉に応えるように八雲はナイフに両手を掛ける。氷華の腕がプルプルと震戦を起こし、お互いの力がナイフに集約しているようだ。
「p@いっ………pp……っがが……あぁあぁ…ワワワ、ワタシ…ハ…」
電流が更に勢いを増すが八雲も力を弱めることはなく、ナイフを氷華へ押し返している。
「ワタ……ワタシ………わ…ワタシノ…ノゾミ……ワタシノ、望ハ!」
その瞬間、ナイフが耐えきれず真っ二つに折れた。
『『ワタシハ、マダ死ニタクナイ!!コノ命ヲ捨テルコトナンテ出来ナイ!!精一杯生キタイ!!』』
八雲の望みが部屋中に響き渡ると同時に静寂が再び訪れる。
その望みは紛れもなく俺が待っていた言葉だった。
『生への執着』俺達、人間が本能的に行っている。また、意識することなく生活の一部に溶け込んでいて、いわば一つの原動力と言っても間違いではないだろう。
『死への恐怖』と『生への執着』は表裏一体。
死への恐怖を抱けば生への執着が出てくる。
生への執着が強くなるほど死への恐怖も高まる。
両方とも欠けている場合があったとしても、片方だけ欠けている事は絶対にない。必ず裏には恐怖か執着が潜んでいる。
だが、普段生活している中では感じる事はない。それは本能的なことで、出来て当たり前な事。意識しなくても人間は生きる事を選択し続ける。呼吸が出来て当たり前・眠るのは当たり前。それと一緒だ。
しかし、ふとした時に人間は立ち止まる。
『自分はなんの為に生きているのか』と。
一度は皆考えたことがある自問自答ではないだろうか?
その答えを導き出せた人はいるだろうか?
誰かは『金や名誉・欲望の為』。また別の人は『愛する人の為』。あるいは『子供、家族の為』など生きる理由は個人で様々だ。しかし答えを出せない人も沢山いるだろう。多分答えの出せない人の方が多いと思う。
結局、納得いく答えが出ないまま次の日には忘れているのだが…俺も未だに答えを出せずにいる。ここからは哲学的な話になってしまうので割愛するが…
要約すると、人間は無意識に生きる事を選択している。この世に生まれた瞬間、赤ちゃんが産声を上げると同時に生への執着が身に付いているということだ。
人間に限らず動物でも同じだ、強者は生きるために狩りをし食料を得る。弱者は生き残る為、時には強者へ牙をむく。お互い理由は違えど元を辿れば本能的な行動で、誰もが生への執着を無意識に抱いている。
では、死への恐怖について掘り進めてみよう。
死は誰にでも平等に訪れる。死なない人間・動物なんてこの世には存在しない、生命ある物は必ずいつかは死ぬ運命にある。生きとし生けるものは、常に死の恐怖が纏わりついていると言っても間違いではないだろう。しかし、四六時中『死への恐怖』を意識していては日々の生活に活力は生まれない。恐怖におびえる日常なんて生きた心地がしないはずだ。
そこで発想の転換をし、生きる意味を見出すことで死の恐怖を打ち消し活力ある日々を送るとしよう。
だが、それも長く続き歳を取ると次第に『生への執着』に変わる。生への執着が強くなると『死にたくない』と言う思いが強くなり、生への執着の裏には死の恐怖が潜んでいるのだ。
『生への執着』と『死への恐怖』は比例している。
それでは両方とも希薄な方がいいのかと言えば、そうではない。『生への執着』は活力になる事もありえるし、場合によっては『死への恐怖』に対しての対抗手段にもなるのだ。
それに両方とも希薄な人間を生きているといえるのか?
生への執着がなく・死への恐怖もない人生は楽しいものなのだろうか?
それは機械同然だと俺は思う。
生への執着があるからこそ、今を生きようとあがく。
死への恐怖があるからこそ、生きていることに感謝することが出来る。
その思いが豊かな人生に繋がれば幸いだ。
自ら行動を起こさず、目の前の事柄を何も考えず淡々とこなし、ただ死を待つのみ。
そんな人生になんの意味がある?価値を見出せない人生を送るくらいなら死んだ方がマシだ…
そうやって自殺を試みた人は沢山いただろう。しかし、理性が働いて留まる人が大半だ。死への恐怖には簡単には勝てない、本能が生きる事を選択し続けるからだ。
じゃあどうすればいいのか?
簡単な事だ。生きる事を精一杯楽しむ、それが一番重要だ。
いつ死が訪れてもいいように今を精一杯楽しむ。
時には将来が不安になる事もあるだろう、過去の過ちで今は苦しい状況なのかもしれない。そういう時こそ周りを見て欲しい、人間社会で人は一人で生きることは出来ない。
『自分は自分一人の力で生きている』と思っている貴方、それは驕りだ。例えば今手に握っているスマホやPC、またはコンビニでいつも買っているお気に入りの商品。それはどっかの誰かが丹精を込めて作っている品物だ。それをお金という代償と引き換えに得ている、その時点で誰かのお世話になっているのだ。
もう一度言うが、よく周りを見て欲しい。必ず傍には誰かがいるはずだ。家族や友達、バイト仲間や仕事の上司・部下や同僚。自分が辛い時には『人』に頼ってみよう。
人に頼る事は恥じではない。自分が頼った分、相手に頼ってもらえるよう自分を磨き成長することが恩返しになる。そうやってお互いを高めることが良好な人間関係を築くコツだと俺は思っている。
それでは今日のまとめだ。
要はバランスが大事。『生への執着』と『死への恐怖』両方とも薄すぎても強すぎてもダメ。
『薬も過ぎれば毒となる』し『毒薬変じて薬となる』と同じで希薄すぎると人生は豊かにならず、過敏になりすぎると過度な精神的ストレスを抱えてしまう。療法・容量を守って正しくお使いください。
脳内解説も一段落したところで、改めて八雲を見つめ状況の整理を試みる。
八雲は確かに言った、『生きたい』と言葉にして叫んだ。それは紛れもなく『生への執着』だった。
自壊を望んでいたアンドロイドが、死の恐怖に反抗し生への執着を示したのだ。
死の恐怖を抱くアンドロイドだけでも世紀の大発見なのだが、それに加え、生への執着も見せてくれた。
俺は密かに確信する、八雲には確かに『心』がある。
そうでなければこの状況を説明することが出来ない。
勿論、八雲を調査・検証することで違う見解が判明することもありえるが、今の情報では心があると判断していいだろう。その方が色々と都合がいい気がする。今日はこれ以上頭を使いたくないのが本音だ、正直疲れた…
八雲は床にうつ伏せの状態で倒れ込んでいる、関節の所々から煙が薄っすらと立ち上りナイフの刃を握りしめていた。そのすぐ近くには腕を押さえ座り込んでいる氷華がいる。氷華の表情はやや穏やかになっていた。
俺は衣類に付いている埃を適当に払い、二人の元にゆっくりと歩み寄る。そして、八雲の上体を起こし声を掛けた。
「八雲、大丈夫か?まだ壊れていないよな?」
その声に反応するように八雲の瞳レンズが拡縮し俺を捉える。
「ソノ声ハ……砂月様デス…ネ……ゴ無事…デナニヨリ…デス」
「それはこっちのセリフだ…あの土壇場でよく答えを見つけたな。お前は頑張ったよ」
「フフ…頑張ッタ…甲斐ガ……アリマ…シ…タ」
表情は読み取れないが少し笑ったような気がした。その後、八雲は眠るように目を閉じた。
「おい!八雲!!」
焦る俺をなだめるように氷華が声を掛ける。
「砂月様、ご安心下さい。少しオーバーヒートを起こしスリープモードに入っただけです。その証拠に左耳のピアスが緑色に点滅しているでしょ?それがスリープモードの証です」
「そ、そう、なのか?ならいいんだが…ところで氷華に聞きたいことがいくつかあるんだけど、いいか?」
八雲を床に寝かせ、氷華に質問を投げかけるが氷華はあきらかに怪訝そうな顔し拒否する。
「嫌です。なぜ私が貴方の質問に答える必要があるのですか?私も戦闘で疲れたので今日は休ませて頂きたいのですが…この寝室の片付けも残っていますし…貴方のお蔭で仕事が山積みなのだけれど?」
ひどい八つ当たりを受けた。この惨状は主に八雲と氷華の戦闘跡だろ?なぜ俺が責任を負わねばならん。それこそ納得できんわ!…だが氷華に聞きたいことがあるのは確かだ。仕方ない…ここは折れるとしよう。
「分かったよ、俺も片付け手伝うから…それでいいだろ?その代わり質問に答えてくれ」
「は?片付けを手伝うのは当たり前でしょ?なに寝ボケた事を言っているの?寝言は寝て言って下さい。」
氷華は捨て台詞を吐き廊下にいる雲英の元へ歩き出した。
この件で少しは氷華と打ち解けたかと思っていたが…人間そう簡単には関係を築けないよね。知ってました。
俺も八雲を抱きかかえ雲英の元へ歩き出す。少女型のアンドロイドでも意外と重いものだ。しかし、その重さは物理的な重さだけではなく、色々な思いが更に重なっているのだと感じた。俺は八雲の思いを落とさないようにしっかりと抱きかかえ雲英へ送り届けた。




