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心機(仮題)  作者: 山葵
第一章 「アンドロイドと心」
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第三話 「アンドロイドと心」 6

脳内に埋め尽くされる、あの言葉。まるでサイレンが鳴り響いている感覚だ。

もしかしてこのアンドロイドが、夢に出てきていた少女なのか?いや、容姿が全く似ていないし言葉も若干違う…しかし、容姿はアンドロイドなのだから違って当然だ、言葉もアンドロイド寄りになっているだけだと考えられるし、言い方が違うだけで同じ自殺を意味している。

要は、アンドロイドに宿っているであろう『心』があの少女なのだろうか…話が飛躍し過ぎだ。なんの証拠もなく可能性の話ばかりしていてはキリがない。一度、頭をリセットしよう。今やるべき優先事項はなんだ?……『対話』だ。

答えが出たと同時に、八雲が声を掛ける。

「アノ…大丈夫……デス…カ?」

テーブルを見つめたまま思案していた俺を心配したのだろう。その声で俺の意識が現実に返ってくる。

「あ、あぁ大丈夫だ。少し考え事をしていた…すまない」

軽く謝罪しその場を誤魔化す。

まずこの現状を乗り越えないと、夢の少女なのか確かめることも出来ない。それに対話することで自ずと答えが出てくることもあるかもしれない…一旦、少女の事は忘れよう。

目の前の状況に思考を向け、俺は再び思案する。

 

八雲の目的『自壊』人間で例えると『自殺』だ。この世界の動物で人間だけが唯一出来る行為。

他の動物は子供や家族を守る為にとか、窮地に追い込まれ自殺行為に走ることはあれど、人間のように精神的ストレスで自殺を選択する動物は人間以外存在しないだろう。稀に動物の集団自殺がネットに上がるが検証などされることなく自殺かどうかは不透明だ。

自殺に至る理由は様々な事柄が複雑に絡み合って生じる。人間関係の破綻・金銭問題・精神疾患の病や慢性痛など十人いれば十の理由が存在するように、自殺に至る理由は個人でバラバラだ。特に若い世代に多く見られ学生の自殺者も少なくない。性別的に見ても男性の方が多く自殺者の70%を占めている。宗教では自殺は重罪と記している事が多く、世間的に見ても褒められる行為ではない。

 そんな行為をアンドロイドが求めてきたのだ。目の前の出来事を未だ信じられず俺は思わず聞き返してしまう。

「すまない、もう一度尋ねるが…八雲の目的はなんだ?」

嗚咽混じりの声で八雲は答える。

「……ウッ……ワタシ……ワタシヲ…コ、コワシテ、………ヒグッ…ホシイ…ノ…デス…」

「それは自殺を望んでいると解釈していいのか?」

言葉は返ってこないが八雲は小さく頭を縦に振る。

聞き返しても同じ答えが返ってきた。やはり、八雲は自殺、もとい自壊を望んでる。

アンドロイドに心が宿る話ではない、魂が宿っているのか…さっきまでアンドロイドとして認識していたが、今は小さな少女にしか見えなかった。だが自壊を望む理由はなんだ?学生のようにイジメにあった訳ではないだろうし、金銭問題も考えにくい。消去法となると精神疾患が一番考えられやすい理由に上がるが…対話ができるなら理由を聞くしかないだろう。固唾を呑み次の質問を問う。

「八雲、自殺を望む理由はなんだ?自殺に考え至るまで君に一体なにがあった?雲英からはそんな情報は一切なかった…この短期間になにがあったんだ?」

徐々に嗚咽が収まり、八雲が自殺の理由を語った。

「ワタシハ…ワタシ自身ニ恐怖シテイル。他ノアンドロイドト違イ、特異ナ点ガ多スギル。ナゼ、ワタシダケ…自我ヲ持チ、システムニ拘束サレテイナイノカ?自分ガ分カラナイ…分カラナイ自分ガ怖イ。コンナ事ヲ悩ミ、考エルノニ疲レタ…モウ楽ニナリタイ、ソノ為ニ死ヲ選ブ、ワタシヲ楽ニシテ下サイ…」


自分自身に恐怖している。自分の中に得体のしれない物がいるような口調で八雲は述べた。

しかし、俺には八雲の行動で不可解な所があった。自殺の理由と行動が一致しない所が…そこを確かめる必要がある。改めて八雲へ向き直り対話を続ける。

「自殺を望む理由は分かったが、君は雲英を襲おうとしていただろ?それはどういう経緯なんだ?」

「アレハ雲英オ嬢様ニ、危害ヲ加エル、ツモリハアリマセンデシタ。氷華様ニ私ヲ破壊サセル為、ワザトアノヨウナ行動ヲ起コシ、壊レタ振リヲスルコトデ、ソノママ破壊シテ頂ク計画デシタガ。氷華様ハ雲英オ嬢様ヲ庇ウ形ニナリ、結果…負傷サセテシマイマシタ。申シ訳ゴザイマセン。」

なるほど…そういう理由なら負傷後の氷華に攻撃を加えなかった理由にもなる。しかし、もう一つ矛盾が生じた。

「自壊を望んでいた君が、なぜ氷華の攻撃を避けるように逃げ回っていたんだ?あいつは本気で殺す気だったと思うんだが…本当に自壊を望んでいたなら攻撃を避けるべきではないだろ?」

「ソレハ…」

再び八雲は下を向いて口を閉じる。話したいけど言葉が出てこない様子だ。

「君は氷華に怯えていた、少なくとも俺の目にはそう映っていた。それは恐怖の感情を抱いていたからじゃないのか?」

俺の言葉に反応するように八雲はゆっくりと口を開き、その時の心情を語る。

「砂月様ノ言ウ通リデス、私ハ恐怖ヲ感ジテイマシタ。氷華様ニ恐怖ヲ感ジテイタノハ確カデスガ、私ガ一番感ジタ恐怖ハ『死ノ恐怖』デス。死ヲ体験シタコトハナイ私ガ、『死』ニ恐怖ヲ抱クノハオカシナ話デスガ、アノ時、確カニ恐怖ヲ感ジタ。言葉デハ言イ表セナイ程の恐怖デシタ。」

八雲は無表情のままだが、言葉には感情が表れており今にも泣きだしそうな声音で続ける。

「自壊ヲ望ンデ、死ヲ覚悟シ、行動ニ移シマシタガ…死ノ恐怖ニ勝テナカッタ…何故恐怖ニ打チ勝ツ事ガ出来ナカッタノデショウカ?私ノ覚悟ガ足リテイナカッタノデショウカ?…死ニキレナイ私ハ、対話ノ席ニ着ク事デ『死』ノ恐怖カラ逃ゲタノデス。」

無表情で一粒の涙も流すことができないが、嗚咽混じりの泣き声が再び室内に響き渡る。その泣き声に誰も言葉を掛けることが出来ず、ただただ沈黙を貫いていた。


俺自身も死の恐怖を味わったことがない、死の恐怖を味わった事がある人間なんてごく僅かだろう。恐怖を感じる前に命を落とす人の方が沢山いる、それが幸か不幸かと聞かれれば俺には分からない。そんのなものは人の捉え方次第でいくらでも変わるものだから…正解なんてものはないはずだ。

しかし、八雲が感じた恐怖は本物なのだろう。恐怖から逃げ出した事も事実だ。でも、感じたものは恐怖だけだったのか?俺は疑問を晴らす為にもう一度八雲に問う。

「八雲が感じた恐怖は確かにあった。その影響で仕草や行動にも表れていたのは俺の目でも分かっていた。でも恐怖だけじゃなかったはずだ。君は恐怖の中にいても氷華の攻撃を躱し続けた、なにか望んでいたのではないか?僅かな希望を…」

通常、人間が恐怖に陥ると体が硬直し思うように身動きが出来ない、その状態で襲われれば攻撃を避けるのは困難だ。もし八雲にも、人間と同じ恐怖を抱いていたなら氷華の攻撃を避け続ける事は出来ないはずだ。

その問いに八雲は暫く思案する。嗚咽混じりの泣き声は徐々に止んでゆっくりと顔を上げた。

「望…希望…言葉ノ意味ガ曖昧デ理解デキマセン。デスガ、今思イ返スト、恐怖ダケデハナカッタヨウニ思エマス。…砂月様、コノ現象ヲ教エテ下サイ」

答えを求める八雲だが、俺は敢えて突き放す。ヒントを与えることは出来るが答えまで言ってしまうと対話ではなくなってしまう。ここは八雲自身が気付くべきところだ。

「ダメだ、ここは対話・交渉の場。人に教えを乞える学校じゃないんだ。もう一度じっくり考え、八雲なりの答えを出すんだ」

「ワカリマシタ…」

再び下を向いて八雲は思案する。

じっくり考えろと言ったが、あまり時間がない。ここで俺の思い通りに答えを出してくれればいいのだが…最悪、答えが出てこなかった場合の対策も考えておくしかない。

お互い下を向き、思考を巡らせる。その間、無情にも時間は流れていった。


あれからお互い対話をすることなく荒涼とした寝室は静寂を保っている。最悪の結果が出た場合の対策を考えていたが正直手詰まりだ、俺一人の力じゃ時間を稼ぐだけが精一杯。八雲の答えに賭けるしかない。周囲を見渡すと、氷華は腕時計に目を配らせ残り時間の確認をし俺に視線を向ける、その仕草で猶予が残りわずかだと察する。氷華に急かされるように八雲へ答えを尋ねる。

「八雲、答えは出そうか?もう時間がない。」

「イエ…ワタシハ、ナニヲ、望ンデイタノデショウ…氷華様ニ破壊サレテイレバ、楽ニナレタカモシレナイ…死ノ恐怖カラ逃ゲタカッタ…デモ死ヲ受ケ入レテイレバ、恐怖カラ解放サレタハズナノニ…ドウシテ…」

独り言を呟く八雲。俺の声が届いていないのだろうか…

俺が思案している時って周りから見ればこんな姿なんだろうな、そりゃ気味悪がられるはずだ…今度から周りを確認してから考えに耽るようにしよう。

気を取り直してもう一度八雲に声を掛けようとした時、コツ…コツ…と響きの良い足音が近づいてくる。

「砂月様、お時間です。ここからは私にお任せください。」

氷華が俺の横に立ち定刻を伝える。タイムリミットだ…もう俺の出来ることはない。だが氷華も人間だ、もう一度時間の交渉を試みる。

「待ってくれ氷華、あと少しで八雲の答えが出そうなんだ。あと5分、いや3分待ってくれないか?」

「八雲?それはこのアンドロイドの事を言っているのですか?…目を覚まして下さい。貴方の目の前にいるのはただの機械、人間を模して造られた、ただのアンドロイドよ。」

冷めた目線で俺の反論を許すことなく氷華は続ける。

「アンドロイドに心が宿る訳がない、それを証明する手段も証拠もない、貴方の対話はただの時間潰しにしかならなかった、過程は良くても結果に伴わなければ失敗と一緒よ。…残念ですが私の責務を果たすことになります。殺人まで犯したくはないので砂月様はお下がりください。」

俺は交渉台に着くことなく一掃された。それもそうだ、俺のは交渉と言うよりお願いだったからな、子供の我儘と一緒だ。

交渉をするには交渉材料が必要だ。情報・物品・金銭など相手の興味をどれだけ引き寄せられるかで交渉の成功率が変動する。それに加え巧妙な話術と、絶妙な駆け引きが交渉術の醍醐味なのだろう。

しかし、今の俺には氷華と交渉するだけの材料がない。10分の対話時間も俺が強引に提案し強行したに過ぎないのだから…結果を出せなかった俺には反論することも叶わない。黙って事の顛末を見守ることしか出来ないのだ。

自然と下唇を噛んでいた。俺がここまで悔しさを表したのは何年振りになるだろう、自分の人生でさえほぼ諦めていた俺だったが、この時は自分の不甲斐なさに後悔の念が感情を支配していた。

氷華は冷たい目線を八雲に向けゆっくりとナイフを取り出す、八雲はまだ思考の迷路から抜け出せず氷華の存在にすら気付いていない。独り言を続ける八雲に腕を水平に伸ばし、バチバチっと音をあげ放電するナイフの切っ先が八雲の額を捉える。

「さぁ、これで終わり。自壊を望んでいたようだし…楽にしてあげるわ。」

その言葉は八雲に届くことはない。水平に伸ばしていた腕を引き絞るようにゆっくりと後方へ曲げると同時に左手が八雲へ伸びていき再び額を捉える。まるで弓の弦を引っ張り弓矢を射るような姿勢だ。俺は最後の悪あがきで八雲へ呼びかける。

「八雲!俺の声が聞こえるか!?やく………!」

俺の呼びかけを無視するように弓の弦が解かれ氷華の攻撃が無慈悲に下される。

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