第三話 「アンドロイドと心」 5
氷華の元へゆっくりと戻ってきた。メイドロボを刺激しないよう敢えてゆっくりとだ。
さっきまでは雲英を避難させたり状況を聞いたりと忙しくメイドロボを観察する暇がなかったがようやく落ち着いて観察できる。
身長は俺より少し低く160㎝程か、体系は細身で少女型のメイドロボだ。白銀のショートボブでメイドカチューシャのフリルが可憐さを引き出していてアンドロイド特有の整った顔は雲英に負けず劣らず可愛らしい顔立ちをしているが無表情の為まるでお人形のようだ。服装はメイドロボなのでメイド服を着ているがやや汚れが目立つ、先程の戦闘の為かフリルの端が切れていたり解れている。氷華のメイド服とは違いやや露出が多く関節部分の球体関節が露わになっていてアンドロイドであることを強調している服装だ。俺の視線に気付いたのか、俺と目が合う。しかし、脅威と感じなかったようで再び氷華へ視線を戻し対峙する。
氷華も視線を逸らすことなく臨戦態勢を継続していた。俺が戻っきていることには気付いていたらしく、そのままの態勢で俺に尋ねる。
「なにかいい対応策は見つかりましたか?他に手がないのなら私が手を下しますが」
「さっきの約束はもう忘れたのか?俺に言った言葉をそのまま返してやるよ。あいつを壊したら雲英が悲しむんだぞ…それに二人のことを頼まれてきたからな、お互いこれ以上の戦闘は避けるべきだ」
「二人?一人と一機の間違いではなくて?私はいっそメイドロボが消えてくれた方が都合がいいのですが…まぁそこまで言うのであれば何か妙案がおありのようですね」
氷華は俺を横目に対応策の内容を尋ねる。しかし、俺の答えは単純なものだった。
「あぁ、簡単な事だ。対応策は『対話』だ」
その答えに氷華は睨みつけるように怪訝な表情を浮かばせ反論する。
「対話なんて無意味です、対話で事が解決するのは人間同士の場合だけ。今の相手はアンドロイド、あんなのと対話したところで定型文しか返ってこないわ。ハッキングされ遠隔操作されている可能性もまだ否定できないし、それに隙を見て逃げ出す場合もある。まだ敵意がある以上先決すべきは無力化よ。無力化してからいくらでも対話をすればいいわ、話が出来たらの場合だけど。貴方の言う対応策はただの失策だわ…貴方には任せられない、雲英お嬢様の元にお戻り下さい」
氷華の反論は確かに正論だ、誰もが氷華の意見に賛同するだろう。俺もこの状況でバカなことを言っていると思っているし、こんな戦場で平和的に対話で解決しようと提案する平和ボケしたアホだと思う。
だが雲英に頼まれたのは氷華だけじゃない、メイドロボのことも頼まれているのだ。二人とも五体満足で解決しない事には雲英の願いは成就出来ない。他の人なら色々な対応策が浮かぶのだろうが俺には対話しか解決方法が思いつかなかった。
いや…逆だ。対話でなら俺は解決できると思ったのだ。対話に自信がある程コミュ力は高くないし、どちらかと言えば人見知りする方だ。
だが雲英の依頼内容や、今のアンドロイドの仕草・起動した時の状況がどうにも引っ掛かる。僅かな可能性を見逃したくはない、その為に対話が必要だ。
まずは、氷華を説得させなければ…コミュ力はないけどねじ曲がった性格のせいで屁理屈と詭弁は得意だ。嘘も方便っていうからね。俺の腐った持論で正論を捻じ曲げ論破してやるよ。
一呼吸し心を落ち着かせる。脳内で適当な言葉を並べ持論を作成、氷華へ反論にでる。
「なぜ対話が無意味と判断できる?あのメイドロボに話しかけたのか?」
「えぇ、『おとなしく降参すれば命までは奪わない、スクラップにはなるけど』と警告したわ」
「それは対話と言わないだろ、脅迫だ。」
どっちが悪役かわかんねーよ。どっちも悪役でも正義の味方でもないけどね
「ってことはまだ対話が無意味か判断できていないな。次は、今のメイドロボに敵意があるように見えるか?」
メイドロボは上半身を仰け反るようにジリジリと後ずさりをしている。それに対し氷華がナイフを構え一定の間合いを維持しようとジワリジワリ迫っている状態だ。誰から見ても殺人犯と被害者の絵面だ。
「今はなくても雲英様に対して敵意はあったわ。私の攻撃を避けるばかりで攻撃する意思はないようだけど…敵意はなくても危害を加える可能性がある要因は摘んでおくに越したことはない、排除対象と捉えるべきよ」
「その言葉だと今は敵意はないと氷華も思っているんだな、じゃあこうしよう。」
これじゃあ持論を展開する前に論破したようなものだ、氷華の言っていることはただの憶測であって数回の質問で崩壊していた。このまま氷華を持論で追い詰めいてもいいが面倒くさいのでやめる、こういう手合いは持論をダラダラ聞かせるのではなく行動で示した方が手っ取り早い、『論より証拠』今にぴったりの言葉だ。
やや強引な持論だが。俺はテーブルを抱え氷華とメイドロボの間に置き椅子を二つ対面に並べた。その行動を二人は呆けたように眺めていた。そして提案する。
「さぁ、対話の準備はできた。メイドロボ、お前にチャンスをやる。対話の席に着き俺と交渉するのであればその椅子に座るんだ。」
その提案に氷華が俺の腕を掴み、俺の視線を無理やり自分の方へ向かせる。
「なに勝手なことをしているの、私は貴方に任せるなんて一言も言っていない。一緒に排除対象になりたいわけ?貴方から先に排除しても構わないわよ」
「自ら排除対象になりたい奴なんていないだろ…これはメイドロボに対話をする価値があるのか試しているんだ。もしこれで席に着かなかったらあのアンドロイドに対話をする価値はない。俺の対応策は氷華の言う通り失策という事になるだろう、あとは氷華の好きにするといい。しかし席に着いたならアンドロイドと対話する時間をくれ。」
ある意味博打だ。これで席に座らなかったら雲英の願いは叶うことなく最悪の結果になるだろう。だが俺は席に着いてくれると確信している。根拠はないけど、あの姿を見る限り、藁にでも縋りたいほど窮地に追い込まれているのだからスクラップになるくらいなら対話の席に着くだろう。本当にメイドロボが対話できるのであればの話だけど…
「なにバカなことを…席に座るわけ…」
氷華は俺を非難していたが途切れ、俺の背後に視線を向ける。俺もその視線の先に目をやると、そこには背筋を伸ばし綺麗な姿勢で椅子に着座しているメイドロボがいた。
「そんな…本当に…対話が出来るというの…」
驚きの表情を隠せない氷華、でも一番驚いているのは俺だった。こんな一瞬で座るとは思っていなかったからだ、あまりにも理解力が早すぎる。いや状況判断力と言うべきか…ひょっとすると雲英の言っていたことは本当にあり得るかもしれない…が、まだ判断材料が足りない。
「いや、まだ課題を一つクリアしたに過ぎない。ハッキングや遠隔操作の類は払拭できていないからな、対話が出来るかはこれからだ。対話をするには時間が必要だ、協力してくれるか?」
「……分かったわ、私も対話を望む相手に危害を加えるつもりはない…10分で話をつけて下さい。でも私の監視付に加え、少しでもおかしな行動をしたら貴方の許可なく責務を果たすことになるから…そこは十分注意して下さい。」
「了解。やっと任せてくれる気になってくれて助かるよ」
ほらね?簡単でしょ?って言いたいが正直心臓の音が頭まで響いて頭痛がしている、こんな思いをするのはもう懲り懲りだ。俺はギャンブラー体質じゃないから余計に心労を感じるのだろう、いつもこんな危険な橋を渡れるギャンブラーの人を尊敬するよ。尊敬するだけで真似をしてみようとは思わないけどな、そういう人はハイリスクもハイリターンも楽しんでいるのだろう、勝手にギャンブラーを定義してみる。
氷華は周りを見渡せる位置へ移動し壁にもたれ掛かるように監視を開始した。俺もメイドロボが待っている対話の席に着く。さて、ここから解決の糸口が見つかればいいが…アンドロイドと対話なんて初めての経験だし勝手が分からない、時間は限られている。適切な言葉で最短に最適な答えを導き出す必要がある。ここが踏ん張りどころだな。
俺はメイドロボへ向き直り姿勢を正す。メイドロボも真っ直ぐな姿勢を保ちつつお互いほぼ同時に小さく会釈をした。
対話と言う名の交渉が始まる。
いきなり本題を聞きたいところだが、まずは名称から尋ねてみた。
「君の事はなんと呼んだらいいかな?メイドロボじゃ言いにくいし」
「ワタシハ、メイド型アンドロイド、八雲型三号機、型式ナンバーMA-100258、通称メイドロボト言ワレテイマス。雲英オ譲様ハ、八雲ト呼バレテイマス」
「そうか、俺は『砂月 悠』呼び方は好きに呼ぶといい。それじゃ八雲いくつかの質問に答えてくれるか?もしかしたら君が助かる手助けになるかもしれない」
「ワカリマシタ、デハ愚民様ノ質問ニ答エマス。ナンナリト、ゴ質問下サイ」
「ちょっと待った。なんで呼び名が愚民なの?そこは氷華を見習わなくていいから…出来れば普通に呼んで下さい」
「……ワカリマシタ、デハ砂月サマ、質問ヲドウゾ」
なんだか調子が狂わせられる、アンドロイドって皆こうなのか?
こんな所で油を売っている暇はない。早速本題に入ることにした。
「八雲がハッキングや遠隔操作の類を受けていない証拠になるようなものを提示できるか?」
「ハイ、ソレハ簡単ナコトデス。ワタシノネットワークヲ、オフラインニ切リ替エ、外的干渉ヲサレナイヨウ設定シマス」
「オフラインにして、八雲に何か影響はあったりするのか?」
「長期間ノオフラインハ、データノバックアップヤ、ネットワークノ再構築ニ影響シマスガ、短時間ナラ問題ハナイト断言デキマス」
「分かった。じゃあオフラインにしてくれ。」
「了解シマシタ」
八雲は瞬きを数回して目を閉じ暫く黙り込む。数分後再起動したかのように目を開いた。
「オフライン設定完了シマシタ」
よし、二つ目の課題をクリアだ。オフライン設定にしても先程と何も変わらない感じに見える。そのまま次の質問を投げかける。
「八雲は自我がある事を自覚しているか?もし自覚しているのならいつ頃だったか覚えているか?」
「自我デスカ?私ニハ自我ト言ウ言葉ガ理解デキマセン。自覚モシテイルカドウカ不透明デス。気ガ付イタ時ニハ、コンナ状況ニナッテイマシタ。砂月サマノ言葉ヲ借リルナラ、イツノ間ニカ自我ガ芽生エテイタ、ト考エルベキナノデショウ」
なんだこのアンドロイドは…ついさっきまでは自我の言葉を理解出来ないと言っていたのに、予測で自我の言葉の意味を想定し、言葉を使いこなしている。あまりの理解力早さに嫌悪感が背筋を凍らせる…
今の答えで自分に自我がある事を自覚しているようだ。自我があるのなら今現在の状況に陥るのには理由・目的があったはずだ。次の質問が本命だ。一呼吸を置いて質問する。
「八雲、君の目的はなんだ?今、君は何を望んでいる?」
その言葉に八雲は言い淀むように下を向いた。
「どうした?何か目的があって行動を起こしたのではないのか?それともただ単に雲英や氷華に危害を加えるために行動を起こしたのか?」
「ソレハ、違イマス!!」
テーブルに手を付き、強い口調で否定する八雲。
「じゃあなんの為に行動を起こした?今まで雲英以外にそのような行動を見せたことはなかったのだろ?今回に限りなにか理由があったんじゃないのか?それとも言えない理由があるのか?」
俺の質問は警察の尋問を変わらない程、八雲を追い詰める。もし本当に自我があるのなら精神的窮地に立たせられているはずだ。それにこの質問に答えられなければ、俺は八雲の手助けも出来ない。目的の分からない奴を信用なんて出来ないし、そんな奴を周りの人に信用してくれと言うホラ吹きにはなりたくないからな。
八雲は先程と変わらず言葉に躊躇うように下を向き沈黙を貫く。氷華は監視の目を緩めることなく此方を冷たい目線で凝視している、俺も一緒に排除されそうなので自然と視線を逸らす。雲英も相変わらずドアより頭だけ出して様子を伺っている。三人の注視が八雲に集まっていた。
八雲の体が少しだけ脱力したように肩が下がる。すると顔を上げ俺の目を見て質問の答えを示した。
「ワタシハ…ワタシ…ハ………」
「「ワタシノ目的ハ…ワタシヲ壊シテ欲シイイ!!」」
その言葉は誰もが予想することが出来ない答えだった。その場にいた全員が表情を強張らせ、まるで時間が止まったかのような静寂が訪れる。…その後に聞こえてきたのは八雲の嗚咽だった。
俺はその言葉で悪夢がフラッシュバックする…
『ワタシヲコロシテ…』
俺をお兄ちゃんと呼んでいた少女の願い事…
俺の中ではその言葉に変換され、脳内をグルグル廻り続ける。
終わりのない思考の迷路へ迷い込むのだった。




