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心機(仮題)  作者: 山葵
第一章 「アンドロイドと心」
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第三話 「アンドロイドと心」 3

 リビングへ向かう足取りは重く先程の決意はどこにいったのやら、原因はこのスリッパだ。歩くたびにピーピーと変な音が出て正直気が抜ける、俺はタラちゃんじゃねーんだからそんなSE付けなくていいよ。なぜこんなスリッパ用意したの?俺への嫌がらせとしか考えられない。そのままリビングへ着くと雲英は顔を隠して笑っていた。その後ろに待機している氷華は真顔で俺を見ている…ここまで付き合ったんだからお前も笑えよ。

「このスリッパはなんなんだ?俺への嫌がらせか?」

「えぇ、ちょっとした悪戯だったんだけど思いのほか笑えました。あなたの容姿とスリッパのギャップがいいスパイスになっていたわ。そのスリッパよく似合っていらっしゃいますわ、お気に召したのならお持ち帰りして結構よ」

「こんなもん気に入る感性がわかんねーよ、残念ながらお持ち帰りは無理だな。おふざけはここまでだ、笑ってないで普通のスリッパを用意してくれ」

「そうね、十分笑わせてもらったからこれぐらいで潮時かしら。氷華、スリッパとお茶の準備をお願い。コーヒーで良かったかしら?」

「あぁ、頼むよ」

氷華は会釈し了承した意を伝えた後、無言で行動を開始する。俺はスリッパを脱ぎ捨て雲英と対面のソファへ腰を掛ける。よくよく辺りを見回すと広いリビングだった。30畳程はあるんじゃないだろうか、ソファもL字の家族全員が座れるほどの大きさだし、テレビに至っては壁面の半分を占める程の規模だ。いったい何インチなの?こんなテレビ家電量販店でも見たことないわ。奥にはダイニングキッチンが設置されており氷華がお茶の準備をしている、キッチンもここから見る限り相当な広さだ。奥様方の要望を集約したらあんなキッチンが出来上がるのだろう。他にも間接照明やら、カーテン・テーブルなど見るものすべてが高級家具に見えてしまう。まるでモデルルームを見ている気分だった。


辺りを見回している俺に雲英が問いかける

「どうかされましたか?なにか珍しいものでも見ているような挙動ですが」

「珍しいね…確かに俺は今珍しい空間にいるところだ。こんな高級マンションとは無縁の生活を送っていたからな。ところでご家族はいるのか?いまのところ雲英と氷華しか見あたらないし、挨拶くらいはしておいた方がいいだろう?」

一応社会人としての礼儀なんだし挨拶くらいは出来ないとな。しかし、雲英は表情を曇らせ下を向いている。

「両親はいませんわ、今は独り暮らしでここに住んでいますの」

「両親がいない?中学生の少女がこんな広いマンションで独り暮らしなんて冗談だろ?」

「冗談なんかじゃありません。母は私の小さいころに他界し、父は仕事上海外を転々とする毎日。でも従者の方々もいますから寂しくなんてありませんわ。幸いにも叔父様も近くに住んでいますし特に不自由に感じたことはありません」

「そうだったのか…すまない、失礼な事を聞いてしまった。しかし、不自由はなくても独り暮らしなんて…叔父とは一緒に住めないのか」

「いえ、昨年までは同居していましたが今年から私の希望で独り暮らしをさせて頂いてます。あまり叔父様にも迷惑を掛けれないですし…自分で出来る事は自分でしないと…」

そう言って苦笑いを浮かばせる雲英。まるで早く大人にならなければと子供が背伸びをする幼い姿が俺の目に映っていた。


微妙な空気を割って入るように氷華がお茶を運んでくる。お前が空気を読めるなんて凄いな!まるで気が利くメイドみたいだ。俺のニヤついた表情で察したのかメイドの視線がきつい。心を読むのはやめて下さい。

双方の前には珈琲が出されソーサーの横には角砂糖とミルクが備え付けてある。雲英は紅茶派だと言っていたが昨夜の珈琲がよほど印象的だったのか雲英の前にも珈琲が置かれていた。

せっかく氷華が用意してくれたので冷めないうちに頂く。俺はブラック派なので特に脚色を付けることなく、そのまま一口含む。

これはまた雪月花と違った風味が鼻を抜けていき、カフェで飲む珈琲とは一味違った珈琲だ。一言でいうと美味しい。なにが違うのかを言葉で表すのが難しいのだが、例えるなら雪月花の珈琲は社交的と言うかお客を喜ばせるような、ある程度の珈琲通向けだ。対して氷華の珈琲は家庭的で安心感を与えてくれるような風味を醸し出している。珈琲は作り手や材料・工程一つでここまで違いが出るのだから面白い。飽きが来ないってのはいいことだね、これからもよろしく頼むよ珈琲様。


珈琲への感謝の意を述べたところで本題に入ろうとしたが、雲英も珈琲を一口飲んでご満悦な表情を浮かべている。別に珈琲を飲めたからって大人になる訳じゃないからね…そんなに大人に憧れなくてもいずれは大人になっていくのだから心配しなくていい。逆に大人になってる時間の方が長いのだから今の子供時代を楽しむべきなのだが…これを言ったところで理解はしてくれないだろう。

俺もそうだったよ。はぁ…戻れるなら子供の時代に戻りたいよ…あの自由だった頃に。

珈琲片手に遠い目で外を眺めていた、哀愁漂う俺に氷華が釘を刺す。

「物思いにふけるのは帰ってからにして下さいと申したはずですが…」

「わかってるよ、少し感傷に浸っただけだ。」

やはりこのメイドは俺に対して厳しい。さて、いい加減本題に入ろう。


「雲英、依頼内容を詳しく聞かせてくれるか?」

その一言で雲英の表情は真剣な面持ちになり小さく頷く。珈琲をテーブルに置くと静かに話し出した。

「先日のことです。私の小さい頃から身の回りのお世話をしているメイドロボがいるのですが、そのメイドロボが感情を出すようになったのです。今までは機械的と言いますか…命令には従順に従い、一日の行程もプログラム通りに行っていたのですが。急に命令を聞かなくなり行程にも抜けが出始めましたわ、始めは故障と思って専属の管理会社へ連絡し修理を依頼したのですが、なんの問題もなく修理の必要がないと言われましたの。その後も様子を見るように稼働させていたのですが、相変わらず命令は聞かないし家事をさせても酷い有様でした。どうしようもなく処分を考えていた時、メイドロボが懇願するように話し掛けてきたの『ステナイデクダサイ、チャント、カジヲ、シテミセマスカラ』と。」

雲英は真剣な表情を崩すことなく話を続ける。

「…それからです、あのメイドロボが話し始めたのは。今まで機械的な会話しか話さなかったメイドロボが愚痴を言ったり、テレビの情報に対して感想を答えるようになりましたの。言動まで人間地味てきて正直信じられなかったわ。その姿を見て私はアンドロイドに心が宿ったのではないかと思いましたの。相変わらず命令は聞かないし家事もズボラでしたけどね」

雲英は少し笑っていた。氷華の方へ目を向けると目を閉じて沈黙を貫いている。俺は雲英へ向き直り問いかける。

「それで?そのメイドロボは今はどこにいるんだ?」

「今は私の寝室で休んでいます、なぜか私以外の前では会話をしようとせず寝ている事が多いのです。氷華や他の従者にもこの話をしたのですが誰にも信じてもらえず、そこで専門的な方にメイドロボの解明をお願いしようと思い依頼を出すことにしましたの…様々な著明人へ依頼を出したのですが悉く断られてしまい…辿り着いたのが砂月さんだったわけです」

「なるほど、大体の内容は分かったよ。それじゃ少女の寝室に入るのは気が引けるのでメイドロボをここに呼んできてくれるかな?」

「えぇ、分かったわ。少々お待ちになって」

雲英は立ち上がると寝室へ向かっていった。


氷華と二人きりになる。いや、二人きりになるよう敢えて雲英を退場させたと言った方が正しい。この件の内容を聞いて既に大体の見解は出ていた。恐らく氷華も同じ見解にたどり着いているはずだ。そこで雲英の側近でもある氷華の意見も聞く為、二人きりになるよう仕向けたのだ。

「氷華、メイドロボが会話をした所を目撃したことはあるか?」

「いえ、一度もそのような場面に遭遇したことはありません。それに、修理依頼後より稼働しているところさえ見ていないのですから」

「そうか、因みに雲英が一人になる時間帯ってのはあるのか?」

「メイドといっても常に雲英お嬢様の傍にいる訳ではないので一人になる時間はそれなりにあるかと…夜にあなたの所へ飛び出すくらいですから」

「そうだな、結果迷子になってたわけだし…大体の事は分かった。それじゃ氷華の見解を聞かせてくれるか?」

その言葉に氷華は怪訝な表情で俺を見る。

「は?私はあなたの助手ではないのだけれど、それに私の見解を聞いたところでなにか変わるとでもいうの?」

「別に深い意味はないさ、それに何も変わらない。ただ最も近くにいた人から雲英がどういう風に映っているかを聞きたいだけだ」

怪訝な表情は変わることはなかったが、氷華は渋々見解を話し始めた。


「私は…雲英お嬢様は虚言壁があるのではないかと思っています。始めは私達を困らせようとして冗談を言っているだけと思っていましたが、徐々に内容がエスカレートしていき冗談ではないのだと気づきました。叔父様へも報告しましたが、まともに取り合ってはくれませんでした『暫く様子を見ていろ』との指示だけ…その後も雲英お嬢様の虚言は続き、私のストレスも限界に近づいてきた時でした、ついムキになって雲英お嬢様に反抗的な態度を取ってしまったのです。その事が雲英お嬢様に火をつけたようで専門家巡りが始まったのです。『氷華に信じてもらえるよう私が証明してあげますわ!』…目に涙を浮かべながら放った言葉が今でも忘れられません。あれから雲英お嬢様は数えきれない程の専門家と交渉をしてきましたが答えはいつも同じ…『精神科のいい先生を紹介してあげるよ』『アンドロイドの修理以前に君の治療が必要だね』『ここは君のような虚言壁を持つ人が来るべき場所ではない』…時には侮辱に耐えきれず泣きながら帰ってくることもありました。」

氷華は主への侮辱が許せないようで唇を噛み締め怒りを抑えていた。あのメイドがここまで感情をむき出しにしているのだ余程悔しかったのだろう。

「それで俺に行きついたという訳か…今でも氷華にメイドロボの話をしているのか?」

「いえ、私にはあの時以降メイドロボの話をすることはありません。話す内容があったとしても話さないでしょう、また怒られると分かっていて話す人なんていませんよ。…ところであなたの見解をまだ聞いていないのだけれど」

氷華が俺の見解を求めてきた。だが俺の見解も他の専門家と一緒だ。特に解説する必要もない。

「あぁ、残念ながら他の専門家と同意見だよ。疑うべきはメイドロボではなく雲英自身だ」

「…やはり……あなたもあの専門家達と同じなのですね…」

その答えに氷華は浮かない表情で俯き呟いた。だが俺の見解はまだ終わっていない、人の話は最後まで聞いて下さいね。

「しかし、今の段階での話だ。まだ検証すべき所は複数あるし、雲英が虚言壁と決めつけるには早すぎる。検証する時間が必要なんだ。だから、ここは俺に任せてくれないか?」

俺の言葉を理解できない様子の氷華は、さらに訝しむ表情を見せ問いかける。

「なにを言っているの?任せるもなにも、大勢の専門家が口を揃えて精神疾患と言っているのよ?そんなの簡単に覆せる訳ないじゃない。あなた本当に専門家なの?藪医者じゃないでしょうね」

「紛れもなく専門家だよ、元・だけどな。大勢の専門家がなんだってんだ、他の専門家がなんと言おうと俺自身が納得できるまで検証する。それが俺のやり方だ。それに…」

「…それに?」

氷華は先を促すように俺の言葉を真似た。

「雲英はお前の主だろ?誰一人、雲英の言葉を信じなくてもお前だけは最後まで信じてやれ。たとえ虚言だったとしても。それが従者としての務めじゃないのか?」

あまり説教は好きではないのだが、大家さんの真似をしてみた。説教する側ってのはなかなかいい気分になれるものだ。だけどやり過ぎると嫌われるから気を付けようね…大家さん。


大した説教ではなかったが、その一言で氷華は忠誠心を取り戻せたようだ。一瞬驚きの表情を見せたが得心したように穏やかな表情へ変化していた。まるで母親のような表情だった。

決心がついた様子の氷華は、いつもの無表情と辛辣な口調で俺に侮辱の言葉を並べる。

「あなたのような愚民風情にそんな事を言われる筋合いはありません。いつ私が雲英お嬢様ことを信じていないと言いましたか?あなたの勝手な妄想もその辺にして頂けないかしら、あと口臭いので喋らないでもらえます?今後は私への要件は筆談でお願いします」

俺を罵倒した後ペンと紙を叩きつけ、氷華はキッチンへ向かう。

そこまで言わなくてもいいじゃない…だいたい見解を求めてきたのはお前だからな。口臭くらい我慢してほしいものだ。

口に手を当て口臭を確認する…若干臭いかな…いや気のせいってことにしておこう。誤魔化すように珈琲を一気に飲み干し、ペンと紙を手に取り書き始める。

『すみません、オカワリ下さい。』

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