第三話 「アンドロイドと心」 2
車は走り続け、周りの風景も高級住宅街へ変化していた。見慣れない風景に俺の視線はキョロキョロとまるで田舎者が都会へ迷い込んだ状態だ。あれから会話はなく車内は静寂を保っている。普通の人なら沈黙に耐えきらず会話を切りだすところだが、あいにく俺は普通の人じゃない。逆にこの静寂こそ落ち着いてしまう。別に俺が普通の人より優れているって話ではなく、逆に劣っているくらいだ。一言で言うと気が利かないってところだな。
しかし、劣っているからといって自分が嫌いってわけではなく、これも逆に自分が好きなくらいだ。劣等感なんて微塵もない。ウィークポイントをチャームポイントに変えていくスタイル。…なにその自己愛者理論。
40手前のおっさんがチャームポイントを披露して誰得なんだよ。披露後のデメリットしか想像できない。
余計な事ばかり頭に浮かんでくるが先に思考を向けなければいけない事項があるはず、車内から外を眺めていると中学生位の女子が下校していた。よく見ると雲英と同じ制服を着ている。そういえば見覚えのある制服だったが思い出せないでいた。モヤモヤしたままってのも気持ちが悪いのでメイドに聞いてみることにした。
「なぁ、あの女子中学生の制服ってどこの学校なんだ?」
「…………」
反応がない。聞こえなかったのか?それとも俺の声だけ遮断するフィルターがかかっているのかな、そういうイジメはやめてほしい。仕方ないのでもう一度尋ねてみる。
「なぁ、あの制服って」
「私は『なぁ』とういう名前ではありません。その不特定な名称はやめて頂けますか、非常に不愉快です」
「あ、あぁ悪い。じゃあ何と呼べばいいんだ?まだ自己紹介も受けてないんだが…」
メイドは眼鏡の端を指先でクイっと上げこちらに向き直る。
「私の名は霧嵜 氷華と申します、以後お見知りおきを。できれば愚民の口からお呼ばれされたくはないのですが仕方ありません。ここは妥協して『氷華様』とお呼び下さい、それで愚民代表の砂月はどういったご用件ですか?」
「なんで自分から様付けを要求してくるんだよ、あと俺は愚民じゃない。全うな市民代表だ」
霧嵜氷華。ぴったりの名前だと思った。切り裂きジャックみたいに鋭い眼光と、氷のように冷たい表情に機械的な礼儀作法や立ち振る舞いには華がある。
お前の名付け親は凄いな、まるで名前から生まれた存在みたいだ。名前はその人の人柄を表すとはよく言ったものだ。
既に呼び捨てで呼ばれていることを忘れるほど感心していた。俺はお前の部下でも東雲コーポレーションの社員でもないからな、一応お客様なんだけど礼儀作法もクソもない。氷華に直接申し立てしてもいいが、あまり効果は見込めないだろう。下手したら更に要求が増えそうだ。雲英にでもクレームを言っておくか、お前のメイド、躾がなってないぞ。
「市民代表なんて軽々しく公言されない方が身のためだと思いますが、殺されますよ。あなたのような人が市民代表だと住民の民度が問われますし、結果的に国全体が非難を浴びますのでお辞めください。あ、人間をお辞めくださいと言ったわけではないので安心して頂いて結構です」
「俺はそこまで変人じゃねーよ。だいたい市民代表と言っただけで殺されてたまるか!最後は世界規模で非難されるってどんなバタフライ効果だよ、なに?俺の発言で戦争が起きちゃうレベルなの?そう考えると俺の発言力が絶大だってのは悪い気はしないが…あとお辞めくださいと言われただけで自ら命を絶つ程メンタルは弱くないから!愚民の生命力をなめんな!」
自分から愚民て認めちゃった。市民代表ってのも烏滸がましいから特に気にしないでいよう。
「そのポジティブな思考は感心を通り越して呆れますわ。一体どんな環境で育ったらそんな思考回路が構築できるのかしら、一度脳を解剖して論文を書いてみたいから協力して頂けないかしら?命の保証は…善処します」
「マッドサイエンティスト並みの発想が怖いわ!善処しますって言葉がもう保障対象外だろ。その言葉使っている人でいい結果を持ってきた人物を見たことがない。謹んでお断りを申し上げます」
善処します、つくづく都合のいい言葉だよな。失敗しても責められないし、稀に成功したらお褒めの言葉を頂ける。曖昧な返事ってのは相手を不安にさせるが善処しますって言えば、成功するかは保障出来ないが自分はやる気があります。と前向きな態度を言葉で表している。
実際成功するのは稀すぎて俺は信じてないけど、そんな態度を見せられたら相手を信じてしまうだろう。言葉には気を付けるんだよ。特に詐欺師は絶対騙されないと思っている人ほど騙される仕組みなんだから、言葉の裏を読んで騙されないようにしようね。騙される方が悪いなんて詐欺師の戯言だから真に受けないように、騙す方が悪いに決まってるじゃないか。
なぜか詐欺師の対策講座みたいになってしまった。話題が右往左往しているので修正することにした。
「マッドサイエンティストでもなんでもいいから、あの制服がどこの学校なのか教えてほしいんだが、たしか雲英もあの制服を着ていただろ?」
「なんでもいい?愚民風情がいい度胸ですね。まだ出会って数時間しか経っていない相手にそんな態度をとっていいとお思いなのですか?場合によっては粛正が必要ですね」
いや、お前も主人のお客様に対して大分失礼な態度をとっているのだが、自分は棚に上げるタイプなんですね。そのまま牡丹餅になってしまえ。
「分かったよ。聖母のようなメイド氷華様、この愚民にあの制服で通う学校名を教えて頂けないでしょうか?」
「雲英お嬢様の個人情報に関わる質問にはお答えできません」
…久しぶりに殺意が沸いた瞬間だった。
結局、氷華からは何も教えてもらえなかったが、偶然にも学校の校門前を通り過ぎたため学校名を知ることが出来た。
「私立雲雀ケ丘学院・中等部」
高い偏差値を誇り全国でもトップクラスの優等生が集まる学校と記憶している。最近では皇族が入学されたとかでニュースになっていたのが印象的だ、どおりで見覚えのある制服だったわけだ。メイドは校門前を通ることを知っていたから敢えて教えなかったのだろうか…いや違うな。氷華の性格上単純に教えたくなかっただけだろう。性格悪すぎるぜ。
学校名が判明したところで現状の問題が解決することはないが、少しでも情報を集めておいた方がいいに決まっている。いつ・どこで役に立つかは分からないからね。
しかし、雲英の素性が分かるにつれ本当にお嬢様のような暮らしをしているのだと確信させられる。きっと自宅も日本庭園があるような豪華なお屋敷なのか、それとも西洋風のお城を模したような豪邸なのだろう、勝手な妄想がどんどん広がっていく。独り言を呟くようにニヤニヤしていると、氷華の視線が痛いほど伝わってきた。先程の蔑むような目じゃなく憐れむような眼差しが俺へとそそがれる。その残念な人を見るような眼差しはやめて下さい。こっちまで悲しくなっちゃうから、まだ非難される方がマシのような気がしてきた。
そうこうしている内に目的地に着いたようだ。車のブレーキが掛かりゆっくりと高層マンションの前で停車する。あれ?思っていたのと違うぞ。もしかして場所を間違えたのかな?これは運転手の間違いを正してあげなくては。運転手に声を掛けようとしたが、先に氷華が口を開ける。
「着きましたよ砂月さん、早く降りて下さい」
降車を促されると同時にドアが自動で開く、俺に発言権はないようなので渋々降りる。氷華も運転手に一言伝えた後、降車した。二人が下りたのを確認し車はマンションの地下へ入っていく、おそらく駐車場へ向かったのだろう。車を見送ると氷華が先導するようにマンションへ歩き出す。
目の前には高層マンションが佇んでいる。高いものを目の当たりするとなぜ見上げてしまうのだろう、本能的なものなのだろうか。この距離だと最上階が見えないほどの高層マンションだ。
そのまま周囲を見渡すと高さは違えどマンションが連なるように建っており、ここ一帯が集合住宅だと一目で分かる。先程の高級住宅街とは違い、一つ下の上流階級が済んでいるような住宅街のようだった。想像とは違ったが一般家庭と比べると十分すぎる程の高級マンションなのだろう、高さがそれを物語っている。
やはり現実はそう簡単にはいかないらしい。飛躍し過ぎた妄想を反省するように頭をガシガシ掻いてみる。
その仕草を見ていた氷華は、呆れた声音で声を掛けてきた。
「何をしているのですか?物思いにふけるのは帰ってからにして下さい。雲英お嬢様がお待ちですので急いで頂けないかしら?」
「分かってるよ、そう客人を急かすなよ。時間はたっぷりあるんだから」
その言葉にメイドは頭を抱え大きなため息を吐く、それってわざと俺に聞こえるようにしてるよね。露骨な嫌味を頂いたが俺は動じない。そういうの慣れてるしお前が性格悪いのも十分知っているから気にしたら負けだな。
氷華には悪いがもう少し付き合ってもらおう、こんなコンクリートジャングルをナビなしで彷徨うのは嫌だからね。しっかりとナビゲーションを頼むよ氷華くん。
氷華の誘導に従いゆっくりとマンションへ歩みを進めた。
マンションへ入るとエントランスに着いたが、そこにはインターフォンらしき部屋番号を押すパネルとエレベーターしかなかった。やはり防犯対策が万全の高級マンションのようだ。もし火災が起きた場合、エレベーターが動かなかった時はどうなるのだろう?非常階段はあると思うのだが住民は避難経路を把握しているのだろうか、それとも階段ではなく特殊な脱出装置が備えられているのだろうか、今度雲英に聞いてみよう。マンション事情に詳しくないためか妙に興味津々で思考が回り始める。
氷華はパネルの前でインターホン越しに雲英と会話をしているようだった。会話の内容は聞き取れなかったが時間はあまり掛からなかったので大した内容ではなかったのだろう、数分もしない内にエレベーター降りてきた。
先に氷華が乗り込み、続くように俺も乗り込む。エレベーターには非常用のボタンしかなく、こちらからは操作出来ないようになっている。防犯対策もここまで来ていたとは感心していまう。それに最近のエレベーターはあまり重力を感じないような造りになっているようで、階数表示の電子掲示板がものすごいスピードで上がっているが体に感じる重力は微塵も感じない。やはり日本の技術は進歩しているなと感慨にふける。体験したい人は近くの電波塔やタワーのエレベーターに乗ってみるといいだろう。
あとエレベーターに乗っている間も人は自然と上を見上げてしまうのはなぜだろう?階数なんて降りる階が決まっているのだからわざわざ確認する必要ないのに、無意識に階数表示板を見てしまう。その行動になにか意図があるのかもしれない。人間の行動原理を調べるのは面白い、今度暇になったら調べてみよう。
いつの間にか階数が50階を超えていた。これ高層マンションってレベルじゃないよね、超高層マンションだったのか…どおりで最上階が見えない訳だ。
階数は56階で止まりドアが開くとホテルのような廊下がすでに高級感が漂わせている、窓はマジックミラーのように外側からは反射して見えないような造りでここでも防犯対策がしっかりと施してある、まぁこちらからはのぞき放題なんだけどね。
氷華は視線を逸らすことなく雲英の待つ部屋まで廊下を真っ直ぐに進む。置いて行かれないように俺も付き従う。下手な行動はやめた方がいいだろう、ここまで防犯対策が施してあるのだからカメラが設置してあるに違いない。自分の経歴に前科を付けたくないからね。
暫く廊下を突き進むと氷華が足を止める。どうやら目的地に着いたらしい。インターフォンを鳴らし暫し待つ。インターフォンから聞こえてきたのは紛れもなく雲英の声だった。
「はい、どちらさまでしょう?」
「従者の氷華です、ご指定のお荷物をお届けに参りました」
どちらさまでしょうってさっきインターフォン越しに会話をしていただろ、お互い天然なのか、ただのバカなのか不安になる。それと俺を荷物扱いするんじゃない、荷物だとしても生物なんだからクール便で頼まなきゃダメだろ!…いやそういう問題じゃないか…
クサいほどのノリツッコミをしていると玄関の扉が開き雲英がお出迎えをする。昨日とは違い制服はではなく普段着のようだ、可愛らしいワンピースがよく似合っていて髪は後ろに一結びにしていた。オフモードと一目で分かる。
「いらっしゃいませ、砂月さん。お待ちしていましたわ、さぁお上がりになって下さい」
「あぁ、お邪魔します」
昨日今日出会った間柄だ、距離感がまだ掴めず気を利かせた言葉が出てこない。ここにきてコミュ力の無さが出てしまった。
雲英がスリッパを用意してくれたので履き替える。しかし、出されたスリッパは白い変な顔をした動物の顏が前面にプリントしてあるキャラもののスリッパだった。なに?ウーパールーパーかこれ?こんなキモイキャラが今の流行りなのだろうか、それとも雲英の趣味なのか…雲英の感性を疑ってしまう。それにおっさんがこんなスリッパ履いてたら変な人と思われるじゃないか、実際、変人なんでいいけど外では絶対履けないな。
そう考えると、雲英の素性はまだ知り得ない事が沢山あるのだと思い知らされる。これからお互い知っていけばいいだけの話だが、雲英も俺の素性をほとんど知らない。そんな人物を自宅に招き入れ依頼を頼むのだから雲英の立場からいってあまりいい状況ではないのだろう、それに表面には出さないようにしているが焦っているようにも見える。そこまで雲英にとっては重要な件なのだとヒリヒリと伝わってくる。
俺が力になれるかは分からないが、やれる事はやってやるさ。決意を固め雲英の待つリビングへ向かう。




