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心機(仮題)  作者: 山葵
第一章 「アンドロイドと心」
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第三話 「アンドロイドと心」 1

 久しぶりの疲労感で深い眠りにつくはずだったが依頼の件が気になって眠りが浅い状態が続いていた。せめて何時に迎えが来るのかを聞いておけばよかった。と、後悔し時計に目をやるも一時間程しか経っていない。さっきから一時間置きに目を覚ましては昨日の出来事を振り返り、再び眠りにつくを繰り返している。これじゃ休んだ気になれないな。一体俺の睡眠リズムはどうなっていることやら、早いうちに大家さんの言う事を聞いていればもう少しは寝付きが良くなっていたかもな。


今更後悔して仮定の話をしてもしょうがない。これは羊でも数えて眠気を誘うか、ところで眠れない時には羊を数えるという方法が昔からあるみたいだが、あれは間違いだ。間違いと言うより日本人には効果がないと言った方が正しいのかもしれん。

 まず、この睡眠法は欧米から伝わったといわれているが、その由来はフランスのおとぎ話を元に出来たとか、羊を数えることに集中すると他の事を考えずに済み眠れる等、様々な諸説があるのだが一番有力であろう説が複式呼吸を用いた説ではないだろうか。

 羊は英語でsheep。これを連続で発声すると一種の腹式呼吸と同等の効果が得られると言われている。腹式呼吸には副交感神経を刺激する効果がある。副交感神経が刺激されるとリラックス状態となり自然と眠りに着くことが出来るということだ。つまり日本語で羊を何匹数えようが効果はない、数えるときはsheepと発音し数えなければならない。しかし、英語の発音がしっかり出来ていないとこの効果は薄れてしまう。

それじゃどうすればいいのか、羊なんて忘れて腹式呼吸をマスターすればいいだけなのだ。普通の呼吸や深呼吸とも勝手が違い、呼吸法をマスターするまではやや時間が掛かるだろうが、英語の発音をマスターするよりはよっぽど現実的ではある。それに、腹式呼吸には入眠を促すだけじゃなく様々な効果がある事が証明されている。ぜひこの機会にマスターしてくれ。

 俺はすでにマスターランクでこのあいだ殿堂入りを果たしたところだ。マスターまでの道のりは険しく長い道のりだが君ならできる!君の挑戦を待っているぞ!じゃおやすみなさい…

睡眠法の説明が小学生向けの怪しい勧誘に変わっていた、締まりが悪いおかげですべてが台無しだ。


浅い呼吸から徐々に深く長い呼吸に変わっていくのが分かった。これはもうすぐ眠りにつくことが出来ると確信した時、玄関からドアをノックする音が室内に響き渡る。ようやくお迎えが来たようだ。お迎えと言ってもあの世からのお迎えじゃないからね。

このタイミングの悪さといったらマスターランクだぜ。ぜひミス・バッドタイミングの称号を贈ろう。

頭がはっきりしない状態だがゆっくりと体を起こし目を開ける。寝起きは最悪で体が重い。あと5度寝したい気分だ。ぼーっと一点を見つめていると再びノックが響く。

「一回ならせば分かるよ、こんなに狭い自宅なんだから。」

さりげに部屋の悪口を言った事に後悔した。大家さんに怒られる。

重い腰を上げドアへ歩き出す、足取りも重く途中で躓く始末。何もないところで躓くと気分悪いよね。自分が衰えてきているんじゃないかと心配になる。

ドアノブに手を掛けゆっくりと開くと同時に梅雨前とは思えない熱風が室内に入り込む。その熱風に顔が自然と歪む。寒いのはある程度耐えれるのだが暑さには耐性がない。俺は草属性だから炎は効果抜群らしい。

熱風に怯みドアを閉じようとしたがドアの前で待ち構えていた人物は許そうとしない。そこには予想通りの人物立っていた。そう、あの毒舌メイドが俺の顔を見るなり睨みつけ俺の行動を制限してる。まるで蛇に睨まれたカエルのようだった。


「こんにちは、砂月様。ノックをして五秒程待ちましたが返事がなかったので、てっきりお亡くなりになられているのかと思い警察に通報するところでした。ご無事でなによりです」

「そりゃ、どうも。ごらんの通り五体満足で生きているよ。だいたいノックして五秒で出てこれる訳ないだろ。せっかちなメイドだな。それでなんの用なんだ?」

「なんの用?ですか、昨日の事もお忘れとはいい御身分ですね。まぁ私は聖母のような存在ですから、あなたのような愚民でも思い出せるように記憶修復のお手伝いをしてあげますわ。では失礼します」

そう言ってメイドは、右手を上げたかと思ったら俺の頭めがけ手刀のように振り下ろしてきた。

「ちょっと待った!!お、思い出した!だから暴力はいけないと思います!…依頼の件でお迎えに来られたんですね。」

「思い出して頂けましたか。それなら結構です、30秒で支度を済ませて下さい。あなたに割く時間が勿体無いので」

メイドの手刀は俺の頭から数センチで止まっていた、風圧がおれの髪を撫でるように後頭部へ流れていく。右手を戻しそのまま踵を返すと俺に背を向け玄関前で待機する。

このメイド本当に怖いよ。サディストにも程があるぜ動きも機械じみているし、表情も変わらないから感情も読み取りにくい、まるで心がない人間みたいだ。これじゃ心が宿ったアンドロイドと正反対の生き物だな。それに寝起きだってのに30秒で支度とか絶対無理だろ。お前は空族のババアかよ。

心では反骨心全開なのだが現実はそうもいかない、手刀をもらいたくないので全力で支度する。


ようやく支度を終えお気に入りの革靴を履いていると、頭に疑問が浮かんだ。このメイドはどうやって俺の自宅を特定できたんだ?雲英はアパートまでしか辿り着けていないし、雲英が情報を漏らしたとしても同じような玄関扉がいくつもあるアパートで特定するのは困難だろう。もしこの情報源を聞き出せたら俺の個人情報の出所が分かるかもしれない。聞いてみる価値はあるな。

「ちょっと聞きたいことがあるんだがいいかな?」

「すでに30秒は過ぎているのに質問をする余裕がおありなのですね。口を動かす暇があったら手足と頭を動かして下さい。」

「いや、支度はもう済んだから質問の一つ位いいだろ?それとも聖母様は愚民のささやかな願いも聞いてくれないんですかね。」

さっきのお返しと言わんばかりに皮肉たっぷりで煽る。メイドの表情は相変わらず無表情のままだが俺の言葉が気に障ったのだろう、眉尻がピクっと反応していた。

「いいでしょう、愚民の戯言に付き合ってあげます。この聖母の中の聖母になんなりとお聞きください」

いちいち聖母を強調してくる。若干イラッとしたがここは抑えて情報の取集にかかる。

「俺の自宅をどうやって特定したんだ?表札は掲示していないし、ポストにも部屋番号しか書いてなかったはずだが…」

「そんな事ですか、やはり愚民はその程度のことも分からないことでしょう。慈悲深い私が教えて差し上げます。」

傲慢な態度で俺を侮辱するメイドの表情は変わらないが、少し楽しそうな雰囲気が漂っていた。お前が楽しそうでなによりだよ。

これで少しでも情報が得られるなら容易いもんだ。しかし、またしても俺の予想していた答えとは違う答えが返ってきた。

「さっき、アパート周辺を掃除している御婦人から情報を得ただけです。たしか雲谷と名乗っていたはず、気さくな方でとても親切な方でした。あなたのような底辺の愚民も彼女を見習って立派な大人になることね」


またしても俺の身近な人物が情報漏洩していたとは…っつーか大家さんがアパート住民の個人情報漏らしちゃダメだろ!親切を通り越して迷惑行為でしかない。有難迷惑もいいところだ。暫く言葉が出てこなかったが俺は一つの教訓を得た。

『おしゃべりな人物には気をつけろ!平気で個人情報を口走るから絶対情報を漏らさないようにしよう!』

そう心に誓った。


放心状態の俺を見飽きたのかメイドは咳払いをし続けた。

「もう支度を終えたのならそろそろ出発します。アパート前に止めてある車に乗り込んでください」

そう言ってメイドは先に車の方へ歩き出した。まだ先程の精神的ダメージを回復できていないが、俺もメイドに続き玄関を出て鍵を閉める。

アパート前には黒光りをしたセダンの車が止まっていた。車に詳しくない俺でも分かる、あれは高いやつやで。いかにも高級車ですよと誇張しているディテール。ボンネットには車種を表すエンブレムが太陽に反射し輝いている。車体には水垢一つ見つからず埃すらついていない。黒色の光沢が妖艶さを漂わせ視界に入った瞬間に視線を奪われるように作られているみたいだ。

さっそく後部座席へ乗り込もうとしたら自動でドアが開いた。まるでタクシーだな。そのまま車内へ入り座席に座る。隣には既にメイドが待機しており視線は真っ直ぐに前を見据えている。俺が乗り込むのを確認したかのようにドアは自動で閉まる。運転席には白髪の男性が座っていた、顔は見えないが後ろ姿で判断し初老くらいだろうか、確かなことは自動運転のアンドロイドではないという事ぐらいだ。メイドは視線を変えずに運転手へ一言告げる。

「では、出してください。」

その言葉に対し返事はなく代わりに車がゆっくりと動き出した。ふと外に目をやるとアパートの敷地内から一人の女性が笑顔で手を振っていた。大家さんだった。

その笑顔を見るかぎり罪悪感を抱いている様子はない、ある意味マスターより性質が悪いな。もうちょっとバツが悪そうな表情を見せてくれてもいいのよ?

まぁアパートまで分かっていたのなら大家さんが情報を提供しなくても、いづれ特定されていたのだろう。世の中広いように思えて案外狭いものだからね。いつまでも大家さんを恨んでいる訳にはいかないな、実際、今の現状と今後起きるであろう事柄に思考を向ける方が先決だ。

車がスピードに乗ってきたところで、俺は目を閉じ脳内で情報整理を行う。車には大人が三人も乗車しているにも関わらず誰一人として会話をしようとしない。まるで喋ることを禁じられているような、学生の頃にあった自習の授業を連想させる。あれって苦手だったな、静かな教室での勉強は好きなのだが勉強する教科が大体決まっていて、自分の勉強したい項目がない時はただただ眠いだけだった。

沈黙と言えば沈黙の戦艦が頭によぎったがやめておこう。あ、セガールさんはお呼びではないのでお帰り下さい。

沈黙を守り続いている車内には車の動作音だけが響いていた。情報整理には最適な環境で作業は捗るのだが、昨夜の寝不足がここにきて効いてきた。車の定期的な揺れも相まって睡魔を誘う。

少しくらいいいかな、と甘い誘惑にのまれ眠りに入りそうになった時、沈黙の戦艦、もとい車内を引き裂いたのはメイドだった。


「…いいかしら?」

「え!?」

前半部分がよく聞き取れなくて思わず言葉を被せるように聞き返してしまった。メイドはやや不機嫌そうに睨んでいたが、一呼吸置くともう一度俺に問いただす。

「私も一つ尋ねたい事があるのだけどいいかしら?と言ったのよ」

「あぁ悪い、俺に質問ね。いいよ、俺が答えられることなんてたかが知れていると思うが」

メイドの表情は変わらず視線を前方へ向け話を続けた。

「なぜ、お嬢様を助けたの?」

「助けた?俺は雲英を助けえた覚えはないぞ、あいつが何か言ってきたのか?」

「お嬢様は夜道に迷って泣いていた時、あなたに助けられたと私に話していたわ。正直あなたのような風貌の人が少女を助けるなんて信じられない話だったから、なにか意図があるのではないかと思ってた訳よ」

メイドの視線は変わらず前を向いていて表情も読めない。だが口調や態度でわかる。メイドはまだ俺を信用なんてしていない。どちらかと言えば疑っている。お嬢様の敵であれば抹殺するような気迫がピリピリと伝わってきていた。その気迫に負けじと俺の口から出た言葉は意外なものだった。


「人を助けるのに理由が必要かい?」

メイドの視線がゆっくりと俺へ向けられる。表情は変わらないが、その視線は俺への殺意が込められているように感じた。なんでこんな状況で冗談が言えるのか自分でも不思議に思う。このセリフはファンタジーの世界でしか通用しないみたいだ。

「私をバカにしているのですね、分かりました。それでは相応の対応をするしかありませんね」

どす黒いオーラが後ろに漂っている。これはヤバイ、起こしてはいけない獅子起こした上に怒らせてしまった。

「ちょっと待って!冗談だよ冗談!これくらい許してもいいじゃない、聖母のようなメイドだろ!?もう少し聖母みたいなところを見せてくれよ」

「そうですね、私は聖母であっても見方を変えれば悪魔のように見えるでしょう。連邦からは英雄のような象徴でもジオン軍からは白い悪魔と称されるような存在が私よ」

「言っている意味がめちゃくちゃだ!そんな聖母いてたまるか!わかった。ちゃんと話すから!」

メイドの怒りを何とか抑えねば、俺の命が危ない。こんなところで死にたくないよ。


「別に俺は助けたつもりはない、たまたまあの場に居合わせただけだ。それに俺のアパートの前で永遠と泣かれたら夢見が悪いだろ。だからあの場から取りあえず動かしたかっただけだ」

「その方法が行き倒れだと言いたいの?意味が分からないわ。普通に追い払えばいいだけじゃない」

「それが出来たら苦労はしてないよ、あんなに泣き喚いている少女に話しかけたところで会話は成り立たないだろ、下手したら逆に酷くなる場合もあったからな。それじゃ会話が出来るようにまずは泣き止んでもらうしかない。それで出た行動が行き倒れって訳だ」

メイドはまだ理解できていない様子で訝しむような表情をしていた。

「なぜ泣き止ませる方法が行き倒れなのかってことだろ?それは意外と簡単な理由で『自分の置かれている状況を変えてやる』ってのが理由だ。雲英が泣いていた理由は恐らく一人ぼっちで迷子になっていたからだろう、それは雲英の状況を見れば一発でわかったよ。他にも理由はあったんだろうが大きな要因は確信していた。じゃあ普通に話かけて道案内をすればいいだけだと思うが、これは逆効果になる場合があって泣き止まないことが多い。下手したらそれを見ていた野次馬に通報され逮捕されるかもしれないしリスクが大きすぎる。そこで行き倒れだ。目の前でいきなり人が倒れ込んで来たらどうする?普通の人なら自分の事は置いといて助けに来るだろう。目の前で起こった事が自分の立ち位置を変え、本来助けてもらう側から助ける側へ変化する。その状況の変化が感情より行動が勝り結果泣き止むっていう算段さ。まさか、公園まで引きずられるってのは予想外だったが…それに逃げ去って放置されたとしても、その場から動かすという目標は達成できたし、通報されても行き倒れの人を逮捕することはないからな。ローリスク・ハイリターンの方法だったという訳だ」

意気揚々と俺の行動解説を話してみせた。メイドは途中から呆れ顔で聞いていたがそんなものは気にしない。

「本当に呆れた人ですね。こんな理由をお嬢様には聞かせられません。子供扱いされていたと知れば手が付けられませんから」

メイドは困り果てたように頭を抱えていた。顏は隠れて表情が見えなかったがほんの僅かな笑い声が聞こえた気がした。メイドが笑ったのか、それともただ単に車の走行音がそんな風に聞こええたのか…確かめるすべはなかった。メイドは顔を上げ俺へ向き直る。

「しかし理由がどうあれ、あなたがお嬢様を助けた事実は変わりません。この場を借りてお礼を言わせていただきます、ありがとうございました。」

穏やかな表情で微笑み感謝を述べる。その表情こそまさに聖母の様だった。

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