山並家 ―母親―
ハルカはミノリを見送った後に自分の家に帰る。それは日課だった。
玄関のドアを開け、足を踏み入れる。
「ただいま」
誰もいない家に、帰ってきた証を言い放った。
「ハルカ、お帰り」
自分以外誰もいない筈なのに、声が聞こえた。
「え？」
目を見開く。目の前には伯母がいるではないか。
「なに驚いているの？ 今日は早く仕事を切り上げたのよ」
「あぁ……」
今日――。そうだ。今日は母親の命日だ。ついでに自分の誕生日でもある。
「すいません。忘れてました」
伏し目がちに言い放つその声は、微かに震えている。――本当は忘れてなんかいないけれど。誕生日が命日なんて、皮肉なものだ。忘れられる筈がない。
「ハルカ……」
なにかを察したらしい伯母は、言葉に詰まった。
ハルカは靴を脱ぎ、廊下に上がる。
「嘘ですよ。忘れる筈がありません」
言い放ち、伯母の横を通り抜ける。
忘れられるものなら、忘れたかった。そう、忘れられるものなら――。そんなことは出来ないことぐらい判ってはいるが。
階段を上りながら、ため息を吐いた。
「……ダメだなぁ」
気分がへこむ。誕生日は楽しい行事の筈なのに――。
廊下を進み、自分の部屋のドアを開けた。彼の部屋は綺麗に整理整頓されている。各々に片付けられているので散らばるものはなにもなく、目立つものは勉強机に本棚、タンスくらいしか置かれていない。
「ただいま、母さん」
タンスの上に置いてある写真に声を掛ける。返事が無いのは解っていても、これはしなければならない。
そこには若い女性が写っていた。その笑顔は柔らかく、どこか嬉しげだ。
カバンを床に置き、着替え始める。
「……ミノリ」
ポソリと名前を呟く。返事がある訳ではないが、どうしようもないときに、つい呼んでしまう。
痛いよ……。辛いよ……。
誕生日は自分が母親を殺した日だ。その罪は、消えることはない――。
