ジャンケン王②
決勝の対戦相手は、田中一郎という気迫の無い、見るからにナヨナヨした男だった。運の良さだけで勝ち進んできたらしく、司会者のインタビューに対しても、「まさかここまで来られるとは思いませんでした」などと、照れながら頭を掻いていた。
――クククッ。決勝戦の相手がこんな雑魚では、いまいち張り合いもないが、仕方ない。せめてもの情けとして、全力で粉砕し、格の違いを見せ付けてやる。
『――さあ、いよいよ、ジャンケン最強の人間が決まります! 両者、前へ!」
久史は腕組みを解くと、笑みを堪えながら、堂々とステージの中央へ進んでいった。
レフェリーの指示で、久史は対戦相手の男と拳を突き合わせる。その感覚からは、やはり微塵のオーラも感じない。
――実力無き弱者め。ひれ伏すがいい。ジャンケン王の称号は、この俺にこそふさわしいのだ。
固唾を呑む観客たちの視線が、二人の拳に注がれる。
「それでは、行きます! ……せーの! ジャン・ケン――――」
レフェリーの掛け声で、二人の腕が真上に掲げられ、振り下ろされる!
「「「ポオオオォ――――」」」
久史は身体を前のめりにして声を張り上げた。視線を相手の拳に集中しながらも、ボールを投げるかのような大げさなモーションで、少しでも相手より遅く自分の手を出す。これが、見ている者にも違和感を抱かせない、王者にふさわしい者の高等テクニックだ!
相手の男は、久史の気迫に押されてか、握り締めた五本の指をひるんだように緩めた。久史はそれを見逃さない。
『パーだ!』
もらった!
そう確信した瞬間だった。
――イタッ!?
突然、電流がはしったかのような鋭い痺れが、久史の振り上げていた右腕を襲った。普段以上にモーションを大きくしすぎたせいで、使っていない筋肉が過剰な刺激を受けたのだ。
――マズイ! つった!? 指が開かないっ! うおおおおっ!
そこから先は、まるで、全てがスローモーションのようだった。
脳では理解しているのに、自分の腕が、いうことを利かない。そんな不思議な感覚が解けたとき、勝負はもう決していた。
相手の手は、予想通りのパー。
対して、静まり返る中で久史の出した手は、力強く握り締められたままだった。
「――し、勝者! 田中一郎!」
何が起きたのか、理解出来ないといった様子できょとんとする田中の手が、レフェリーによって高く掲げられる。
「初代チャンピオン、決定だああああっ」
周囲が感嘆とも悲鳴とも取れる奇声を発する中で、久史はガックリと膝をついた。
まさか、こんな大事な場面で腕がつってしまうなんて……。
――田中一郎…………クソッ、運の良いヤツめ……!
―――――――――――――――――――――終
ジャンル設定にはいつも悩みます。
とりあえず、最後まで読んでいただき、ありがとうございました!